「前世の記憶がある」と自称する幼馴染と野球をする話
日戸有芽
第1話 この私に、ついてきなさい!
◆◆ご注意◆◆
このお話は、現実の各野球規約、野球ルールをベースとしてのルール説明をしている部分があります。まったく同じところもありますし、未実装のルールを実装ずみのものとして話を進めているところもあります。少し違うところもあります。
また、場合によっては『現在は使用されていないルール』などが適用される場合もあるかもしれません。(これは今後の展開によります)
【あくまでフィクション】としてお楽しみください。なお、実在の団体・地方性・思想などとはいちおう一切関係ないものとして御了承くださるよう、御願いします。
◆◆◆◆◆◆
「指先は繊細に。でも力づよく。…はい、ここで力を。ぐっと押す」
「は、ひゃい」
「うん。いい感じよ。感覚でおぼえてね」
「ひゃいぃい」
若い女と、若い男の声。
女の指示に従い、男が腕を指を動かし、声をうわずらせる。
落ち着いた女の様子に対し、男は顔を上気させて落ち着いた様子もない。あきらかに経験と場数が違う様子を感じさせた。
「おいコラ岡田!ちょっと落ち着けや!女体に興奮しすぎだぞ!」
「おめーの声のせいで、ピッチングのコーチングに聞こえねぇだろがよ!!」
「童貞感が激しすぎるわ!!」
「…ちょっとみんな、女子部員がいるって事に気遣ってくれないかしら?」
ピッチング指導を受ける岡田先輩に飛ぶ罵声。最後に大槻マネージャーの突っ込みが入る。
場所は県立弘前高校のグラウンド。
弘前高校野球部は、新入部員を含めての練習の真っ最中。
マウンドでは3年部員であり、エースピッチャーの岡田 健史(先輩)が、新入部員1年の女子である山崎 桜に、手取り腕取り、ピッチングの指導を受けているところだ。
女子免疫の無い(であろう)岡田先輩は、遠慮なく顔や体を寄せたあげく腕や手をグイグイ握って指導してくる山崎に、かなりテンパっている様子。
仕方ないとも言えよう。
ピッチングの指導をしている山崎 桜は、とても見た目の良い高校一年女子であり、美少女と言って差し支えない容姿をしている。
肌は白く、眼は切れ長で瞳は大きめ。面立ちもすっきりと整っており、唇は桜色だ。充分に手入れされているであろう長い黒髪は、背中の真ん中ほどまで伸びており、彼女が動くたびにサラサラと流れているよう。
上背は女子にしては高めで、およそ170センチ弱。そしてその身長に見合うように育ったのか、ボディラインはグラビアモデル並みに体の凹凸がはっきりしている。というか胸はデカイ。
そして男子の感覚的には、なんかイイ匂いまでするような気がする。
こんな女子が密着しつつ(くっついたり離れたりしながら)腕やら手先やらをペタペタ触ってきたりしたら、女子免疫の無い男子が動揺するのも仕方ないというもの。
まぁ、慣れないうちは仕方がない。
要は慣れですよ慣れ。じきにそんなの気にならなくなる日が来ます。
すぐにね。
俺は岡田先輩に生暖かい視線を送ると、ティーバッティングに戻る。100均で購入した工作素材で作った自作のティー(ゴルフのティーと同じように、上にボールを乗せるための棒)に練習球を乗せ、芯を意識して軽く打ち出す。
同様の練習を数人がしている。打ち出す力はまちまちで、ティーの高さも一打席に3本はバラバラに立ててあるため、高めから低め、外角から内角までそれなりに打ち分けの練習ができる。
もちろんバラバラにバンバン打たれる打球を捕球する部員もいて、内野守備の練習も兼ねている。
フルスイングで長打を狙う練習ではない。
狙った場所にバットをコントロールし、『狙ってボールにバットを叩きつける』バットコントロールの練習だ。
新入部員のオリエンテーションを兼ねた歓迎会。新1年の入部初日に、その強引さと話術、あと見た目と意味不明な迫力によってオリエンテーションの支配権を奪った【山崎 桜】は、2年3年を含めた全員のトスバッティングを見て、こう言った。
『…皆さん。バッティングが下手糞すぎです。もうドン引きするレヴェルで。』
もう少し言葉を選べよこの野郎(女だが)、と俺は思ったが、確かに皆ダメだった。
山崎が言ったとおり、現状の弘前高校野球部で、まともに『狙って当てる』スイングができているのは、俺こと北島 悟と、俺の野球の師匠であり、小学生低学年の頃からの腐れ縁である幼馴染の山崎 桜の2人だけだった。
『…試合で勝ちたい、とは思ってるんですよね?…だったら、まずは打撃を練習しましょう。野球のルール上、打てないチームは死ぬまで頑張っても絶対に勝てない。まずは打撃からです。…そして、打線が得点できる点数以下に、相手チームの得点を抑えるのがピッチャーの役目です。それを意識して、【到達する目標を意識した上で】【効率よく】練習しようじゃないですか。ウチは公立の進学校。練習時間はどれだけ頑張っても、私立やスポーツ特待枠のある学校には敵わない。であるならば、考えて、時間を、練習方法を、効率よく行おうじゃないですか!そして』
彼女はここまで一気に語り、そして全員を見渡し、こう言った。
『夏の県大会を制覇して、甲子園に行きましょう。なぁに、全国制覇なんて無理は言いません。たかが県の甲子園常連校とやらを叩きのめすだけの簡単なお仕事。皆さんが本気になれば、必ず達成できる目標です。』
…と。
『もちろん、一から練習方法を考えても、試行錯誤の時間が無駄になります。…だから、指導は私がしましょう。この、弘前高校野球部の期待の新星にして、高校野球界の指折りの超性能無名スラッガーであり超性能無名リリーフピッチャーでもあり、超絶有能コーチの、この私、山崎 桜がね!!弘前高校野球部の、必勝請負人を買って出ようじゃありませんか!!』
間に「無名」って入っていたが。「自称」って言う方が正しいじゃんね?
『さぁて、我が武勇を疑う者は前に出よ!遠からん者は音にも聞け!!我が力をその眼に焼きつけ、末代までの誉とするがいい!!!』
すでに前口上が鎌倉時代の武人か、歌舞伎の役者のようになっていた。
しかし彼女は強引に人のいい先輩たちを全員勝負の場に引きずり出し、ついでとばかりに新入部員も勝負に参加させ、現役ピッチャーおよびピッチャー経験者のボールを外野以上の長打で完全に打ち込み、ピッチングにおいては俺を除く全員を三振に切り捨てた。
ちなみに俺は3球中、2球は打ち返した。しかし2球とも内野の頭を越せない当たり。そのうち1球はピッチャー脇を抜けようとした瞬間に捕球された。クソっ、まだ勝てねぇ。
『これで分かったでしょう?私はこの野球部で、誰よりも能力が高い。そして、私はこの能力を、素質だけではなく、私が実践したトレーニングで身につけた。』
新入部員女子である山崎 桜は、マウンドから全員を見下ろして言った。
『皆さんを鍛えてあげます。…夏の大会、今年の弘前高校野球部は、ひとつの伝説を作る』
皆、眼を見開いて山崎の言葉を聞いた。
『全員ついて来なさい。試合で勝利する喜びを、その身に教えてあげるわ。』
数瞬後、全員が雄叫びを上げていた(俺はサクラ的に叫んでいた)。
俺達もやれる。弱小のエンジョイ勢と言われていた野球部が実績を残せるのだ。
やるぞ。俺はやるぞ!この指導者についていくぞ!!と!!!
県立弘前高校野球部が、山崎 桜という女生徒の支配下に置かれた瞬間だった。
ちなみに監督とマネージャーも叫んでいた。完全に支配されていたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます