想う心
てる
悔いの消し方
ガタンゴトンと同じリズムで奏でられる音に合わせて、壁に寄りかかった私の身体が揺すられる。窓の外を流れ行く景色がどこか儚く感じるのは、この景色を見るのが今日で最後だからだろうか。
つい溜息を吐きたくなって項垂れると、自分の両手に抱えられている装飾の施された黒くてまあるい筒が目に入る。その中に入った卒業証書が「もう彼に会えない」という現実を突きつけてくるように思えて、私の胸はぎゅっと締め付けられた。
高校一年の春、私は恋をした。それは私の人生で二度目の恋で、初めての一目惚れだった。
でも私は結局、三年間を無駄に過ごした。彼と特別なにか話すわけでも無く、何も行動を起こすこともできないまま。
ただ「好きです」と……そんな四文字の言葉さえ、最後まで心の中でしか言えなかった。
後悔はしている。なんで言わなかったのかって、言えなかったのかって。もう会うことも無いんだから、せめて一言だけでも言っておければ……なんて。
私にそれができる訳がないことなんて、私が一番よく分かっているのに。
たしかに、後悔はしている。……しているけれど、悔しいとか泣きたいとかそんな気分でもない。
泣けるほどに私が何かしたわけじゃないから。最後まで何もできなかった、臆病者でしかないのだから。……でも。
程なくして電車はその駅へ着き、私はホームへ降り立つ……と同時に反対側のホームへ駆け出した。周りの雑踏も聞こえなくなるほど、今は前しか見えていなかった。
――私は、臆病者だけど
私が降りたのは私の家の最寄駅、ではない。ここは私の高校の最寄り駅。そして彼は、きっとまだ電車に乗っていないから。
上り線のホームで周りを見回してすぐ、黄色い線の内側でスマホを弄りながら電車を待つ彼の姿を見つける。
私は生唾を飲み込んで、彼の方へ駆け出した。鼓動が速くなるのを感じながら、呼吸が荒くなるのを感じながら。それでも、立ち止まらない。
電車がホームに入ってくるのと同時に。
彼の背中に抱き着くようにして。
――私は彼と一緒に、線路へと飛び込んだ。
最後に聞こえたのは、甲高く鳴り響く電車のブレーキ音と、恐怖の色に染まった悲鳴。見えたのは電車の中で必死な顔をした運転手さんと、私が抱きしめた彼の驚愕に染まったその表情。
そうして私は彼の匂いに包まれながら、やがて意識を手放す。やっぱり自分は臆病者だなぁと、そんな自分を肯定しながら。
******
――あの頃は若かったなあ。
無理心中をしようとしたあの日から、今日でちょうど十年。彼のことを思い出して、私は車いすをこぎながら一人微笑みを浮かべる。
結局あの時、私は両足を代償に生き残ってしまった。やっぱり無理心中は難しいんだなって、そんな風に病院のベッドの上で思ったことを覚えている。
今年も彼のお墓の前で、私は一人手を合わせる。「一緒に死ねなくてごめんなさいね」とひっそりと微笑みを浮かべながら。
想う心 てる @teru0653
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