第3話


 夏音と連絡を取る頻度が減ってから、夏音のことを考える時間が増えた。自分の彼女と時間が合わなかった分を夏音と話していた俺は、暇な時間のほとんどを夏音と過ごしていた。その夏音との時間が大幅に減ったことで、一人の時間が増えた。一人でいると、自分が孤独感に襲われているということを意識せずとも、認識させられざるを得ない。寂しかった。まるであの楽しかった時間が最初から無かったように感じて、怖かった。

 そんな時、前に夏音が、友人だった証拠が欲しい、と、俺の写真をねだっていたことを思い出した。そして、やっと理解することができた。証拠を欲しがった夏音の気持ちが。

 そうか。そういうことだったんだ。夏音は怖かったのか。今まであったことや、今までの気持ちが自分の中から消えていってしまう事が。自分の中から相手の存在が消えてしまう事が。

「ははっ……」

 乾いた笑いが漏れた。今更気が付くなんて。夏音がいなくなってから。夏音と話さなくなってから。今更。本当に今更だ。

 なんでだよ! 遅いじゃないか! 今になってからじゃもう、証拠も何もないじゃないか! 形に残ってるものなんて何も、夏音に貰えるものなんて何もない!! もう夏音の時間は俺がもらっていいものじゃない。それはもう夏音の恋人もので、夏音と友人だった証拠をもらう時間や手間を、もう夏音に気軽に頼めない。何より夏音は今更そんなこと望まない。きっと困らせる。

 夏音を困らせたくはない。傷付けたくもない。そんな思いを抱えながら俺は、夏音が好きな歌だと紹介してくれた曲を聴く。比較的ゆったりとした曲調のその曲は、何か物事を考えたり、頭の中を整理するには丁度良い。

 ぼーっとしながらこの曲を聴いていると、今までの夏音との会話を思い出す。夏音の悩みや俺の悩み、夏音の好きなこと俺の好きなこと、夏音の嫌なこと俺の嫌なこと。今でも鮮明に思い出せる。夏音の声や話し方まで。

 ……そういえば夏音は小説が好きだった。読むことよりも書くことが好きな彼女は、よく自分の書いた小説のお気に入りのシーンや好きなキャラクターの話をしてくれた。俺自身も小説が好きで、夏音のするその話が好きだったし、俺も自分の好きな小説の話をしたりした。

「……小説、か。」

 今更夏音から何か貰うことはできないけど、俺が何か作ることなら。夏音と友人だった証拠を文字にして、日記のように、物語のように残すことはできるんじゃないか? 文字に起こすことでこの気持ちが少しでも整理できて、この気持ちを形として残せるなら。

「……書いてみるか。」

 その日俺は、パソコンに向かって、手を休めることも忘れて夢中になって文字を打った。いつの間にか日付も変わり、外も明るくなっていた。思っていることや、実際にあったことを形に残していくのは、不思議と安心したし、文字にしたことで気持ちが整理されてスッキリした。

 それに夏音も、きっとまだ小説を書き続けている。俺と夏音は、一緒居たり、話せたりはしたくても、同じことをしているんだ。ちゃんと、繋がってる。

 いつか、この小説を書き終えたら。いつか、それまで書いてきたものに満足出来たら。夏音へのこの気持ちや、自分の悩みも少しはどうにかなるだろうか。解決はしなくとも、少しは。少しはこのわがままな気持ちが自分にとって良いものになってくれるだろうか。



 そんな事を考えながら、俺は今日もパソコンに向かって、文字を打ち続けている。


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私という人間 田中 堕郎 @tanaka_darou

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