第2話

 友人であることの証拠に俺の顔写真を夏音に渡して、しばらくしてからのことだった。突然夏音が。

「あ、あのさ……話、あるんだけど、いいかな?」

 と、とても言いづらそうに言ってきた。

 最初はどうしたのかと本気で心配していたが、話を聞いていると、どうやら嫌なことがあったわけでは無いらしかった。

「その……実はさ。私、好きな人ができたんだ。」

「へー、好きな人って、異性としてってことだろ?よかったじゃん。」

「うん。そうなんだけどさ、その、告白したら、その人も私を好いてくれてるみたいで。その……」

 嫌な予感がした。すごく胸騒ぎがした。夏音に好きな人ができて、夏音がその人と恋人になれるのはすごくいいことで、心の底から嬉しかった。だけど。胸の中のざわざわとした嫌な感覚はどんどん膨れ上がっていくばかりだった。

「別に、田中のことが嫌いになったとかじゃないから、勘違いとかはしないでね?その……多分、こうやって話せることが減ると思う。その人と付き合うことになるから、今までは田中のこと一番の友達だったし、一番大切にしてたけど、これからは、一番の友達でも、恋人になる人を一番大切にしたい。……ごめん。」

「……何言ってんだよ、恋人が一番大切なのなんて当たり前だろ!大体、この先ずっと話せないわけじゃないんだし、俺らが友達なのは変わんねぇだろ。」

「うん。でも……」

「気にすんなって!俺は夏音が幸せなのが嬉しいんだからさ。むしろ、長続きするように応援してるよ。」

「そっか。……うん。ありがとう!ちゃんと私、幸せになるし、長続きするように頑張るから!」

「それに、夏音だってそろそろいい歳なんだから、恋人つくって、早く結婚しなきゃだしな。」

「もー、それは女性である私に対して失礼です。怒りました。……えへへ。結婚までいくかはわからないけど、そうなれたらいいな。」

「あはは、ごめんんごめん、応援してるよ。」

 そこで俺は気が付いてしまった。俺は思っていたよりも夏音に頼っていたらしい。今の俺の生活から夏音という存在がいなくなる。つまり、今まで夏音に相談していた悩みや、話していたことを自分で抱えるか、夏音以外の人間と共有するかしかなくなるわけだ。しかし、今の俺には夏音以外の人間と悩みを共有なんて考えられないし、必然的に自分一人で抱え込むことになるわけで。無理だ。考えれば考えるほど、どれだけ自分にとって夏音という人間が大きな存在だったかを思い知らされる。

 別に、夏音のことが異性として好きだったわけじゃない。好きか嫌いかと聞かれればもちろん好きだが、異性どうこうの前に、俺には既に恋人がいる。いつも仕事などで時間が合わないが、それなりに仲も良い。それに、俺と夏音は友人だ。俺は友人をそんな目で見ていたくはないし、見たくない。それでも彼女は、俺の中でとても大きな存在であることに変わりはない。

 でも。だからって俺には夏音の幸せの邪魔をする権利はない。俺は、夏音の幸せを奪いたいわけでも、夏音を幸せにできるわけでもない。夏音には幸せになって、笑顔で居て欲しい。俺がいくら辛かろうと、夏音はこのまま好きな人と恋人になるほうが幸せになれる。だったら俺のすることは決まっているじゃないか。

「なぁ、夏音。」

「ん、なぁに?」

「おめでとう。」

 全力で祝福する。それだけだ。

「うん!ありがとう、田中!」

 彼女は幸せそうに、俺の名前を呼んだ。

 その声に俺の目頭が熱くなったのは、きっと、彼女の幸せそうな声が嬉しかったからだ。……きっと嬉しかったんだ。

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