第2話 大志と菜々
9月になったばかりだし、本格的に涼しくなるのはまだ先か。そう思いながら自転車を駐輪場に置き教室を目指す。
「おはよう。」
「おー陽太。今日もあちーな!」
ハンディタイプの扇風機を持参しているこの男は同じゼミの加藤大志。なんとなく量産型大学生の自分と雰囲気が似ていていつのまにか仲良くなった。
しかし俺とは違い大志はかなりのミーハーでSNSが大好きというイマドキな男子大学生。髪型もこだわっており、暗めのアッシュカラーにゆるくパーマをかけた今風スタイル。大志曰くガチガチに固定するよりワックスでゆるくカジュアルに仕上げるのがイマドキらしい。常に彼女募集中の彼だが一つ欠点がある。
「陽太、今朝の光ちゃんの自撮り見てくれよ!」
そう言い大志は俺の目の前にまだ買ったばかりの最新のiPhoneをかざす。画面にはバナナを両手で持ちながらニコニコ顔の女の子。
「どうだ?まさに地上に舞い降りた天使だろ?可愛い光ちゃんのおかげで俺は今日もハッピだ〜〜!」
「いや、なんでバナナなんだよ。バナナおいしいけど。」
「なんでこんな俺が話してるのに覚えないんだよ!光ちゃんのイメージカラーは黄色!だからバナナなんだよ!」
あぁそういえば、と俺は納得した。
「こんな可愛い子が彼女だったら…。いや、彼女なんて恐れ多い!やっぱり俺は影から見守り応援するファンで十分だ…!」
大志は自他共に認める可愛い子好きだが、特に今推しているのは『la nature(ラ ナチュール)』というアイドルグループの「光ちゃん」という子らしい。
髪は明るめの茶髪でストレートのショートカットが印象的な女の子だ。最近は大志がしょっちゅう光ちゃんがいかに可愛いかを語り出すので俺もだんだんと詳しくなってきそうだった。
「光ちゃんはちょっとアホなところがあるんだけどそこがいいんだよ!俺は女は賢すぎるより少しアホのが可愛い!その方が守ってやりたくなるし!」
大志の語りがヒートアップしてきた時。
「いったい、なにから守るのよ。」
後ろからひんやりした声が聞こえた。
声の主はもう一人の俺の友達、斎藤菜々だ。
「陽太くん、おはよう。」
「斎藤さんおはよう、今日も暑いね。」
「もう、菜々でいいよって言ってるのに。」
「そうだった忘れてた。菜々、ごめん。」
菜々はニコリとしてUV加工がされているであろう薄手のカーディガンをまだ残る外の暑さと共に綺麗に畳んでバッグの中にしまった。
「で、その光ちゃんをなにから守るって?」
大志の方へ菜々が鋭い質問を投げた。
「え、う〜んそうだな、光ちゃんはきっと世間知らずだから、変なファンとかから、だな、やっぱり…。」
自分でも実際なにから守るのかわからなくなったらしく、語尾が弱弱しく消えた。
「そう。大志みたいな熱狂的なファンがいて、さらに守ってくれちゃうなんてその光ちゃんて子も安心でしょうね。」
菜々は少し意地悪なこと言っちゃったかな、と大志に小さくごめんねと言った。
菜々はツヤのある黒髪をゆるく巻いていて背丈はすらりと高い。俺のギリギリある170センチの身長なんて菜々がヒールを履いたら越してしまうだろう。
しかし菜々がヒールを履くところなんて見たことがなかった。
俺の通っている大学は昔女子大だったこともあり女子の人数のが圧倒的に多い。そのためかみんな流行に敏感で休み時間にはファッション雑誌やメイク本を開いて熱心に読んでいる子も多くいるのだった。
「菜々はさ、ヒールとか履かないの?」
服はいつも女の子らしい服装の菜々だったが靴はいつもカジュアルなぺたんこ靴かシンプルなスニーカーだった。
「履きたい気持ちはあるけど、慣れてなくて。無理して履いてみんなの前で転んでもしたらそれこそ恥ずかしいし。」
「それに…。」
と菜々がごにょごにょ話出そうとした時、
「なぁ陽太!今度の土曜って空いてる?」
大志がキラキラした目で話しかけてきた。
「だから土曜はバイトだって!俺は忙しいの。」
なんだよ、と明らかに落胆した大志。大げさに落ち込むがどうせアレだ。
「光ちゃんのライブ一緒に行かないかと思ったのによ〜。まぁいいやまた誘うわ。」
やっぱりライブのお誘いか、そう思い菜々の方を向く。
「大志がごめん。なんだった?」
「うぅん、別に!ちょっと言いづらいことだったからよかった。またタイミングが来たら、ね。」
手を横に振り少し顔を赤くした菜々は本当に気にしないでと笑っていた。
たしかにタイミングってあるよなあ、俺はそう思いながら妙に納得したのだった。
あの子に至ってはタイミングなど自分から作るのだろうが。
彼女が朝偶然を装って俺に挨拶してくるときの、待ってました!というようなキラキラした目を思い出し、ふんわりと口角が上がったのが自分でもわかった。
隣の美少女はあからさま もなか ののた @nono_ta
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