第18話 黒い渦



「なあ、おっさん。この業は凄いな」

「そう言って貰えれば、嬉しいな。けど僕は君の方がよっぽど凄いと思うよ」

 松葉尋まつはじんは追いついた基経もとつねと併走するように微笑みながら呟いた。

「そうでもないさ。親父殿にはまだまだとさ。この前も負けたばかりだしな」

「ほう、君ほどの才能でも負けることがあるのか。それを聞いて少し慰められるよ。情けないことだけどね」

「慰められる?」

 基経は訝しむ。

「ああ、僕は生まれた時から、ある人と比較されて生きてきてきたから……」

「そうなんだ……」

「ああ、僕は一生日陰者なんだ。君のお父さんが羨ましいよ」

 そう悲しそうに微笑んだ顔が急に前を見据える。

 その真剣な顔。針のように細くなる瞳。

 一変する空気。

 つられて基経の瞳が目前に吸い込まれる。

 それは黒い渦。

 巻き立つような漆黒の旋風。

 果てなしの闇がその際限ない両手を伸ばしたような漆黒の手の内に、気付けば基経の躯を通り抜け、その背後までその手の内にあった。

 漆黒の内に呑み込まれると、漆黒の奥に不思議な明るさ、否――白さがあった。

 ただ視線は真っ白な何も無い空間が球体に、奥を見れば円錐型に徐々に白い球体は中心点のような黒い点に注がれてしまう。

 その奥に中ふたつの影があった。

 ひとつは名取四郎。

 もうひとつは名取六郎――否。

 その傍らに瀕死の六郎が見えた。

 もう距離感など曖昧だった。

「親父!」

 基経の脚は漆黒の地を踏みしめる。

 だが、その脚は動かなかった。

 正確には動けなかった。

 何かが見えた。

 正確には視界に入ったのが解った。

 躯が縫い止められたように動けない。

 もう眼を背けることが出来ない。

 それは始め、名取三郎の躯に見えた。

 だが、その瞳の奥底から覗く、この世で最も深い底根の闇の中で、あるはずのない蒼白い閃光に瞳が射貫かれた。

 すると躯を包むすべてが消えた。

 何もかもが――ナニモカモ、意識を、心を、魂を遮るモノが消え失せた。

 躯が漆黒の疾風のような渦に流れ落ち、その渦の中で躯と意識が徐々に遊離して、流されるふたつの距離が怖ろしいほどの早さで無限に引き延ばされてしまうような感覚。

 溺れるような闇の流れの中で。

 ただ遠い。

 ――ただ黒い。

 ただ、視線に入る指先を動かすのでさえ、永遠のような距離を感じさせてしまう。

 意識だけがハッキリしているのに躯との距離は、もう二度と再び合わさることができないような永遠の隔絶を思わせた。


 

         

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