第17話 階層



 結菜は反芻していた。

 そして自分の置かれた状況を把握するのに数秒を要した。

 目の前には相馬亨の顔があった。

 気を失っているようだ。

 確か、あの時に、あの漆黒のうねりに呑み込まれる刹那、目の前の男が発した言葉。

 それを必死に思い出していた。

 確か、彼が、何かを叫んで、直ぐに割れた。

 その中に躯が落下した。

 そう言葉にすると記憶が甦る。


「暗鬼――影移えいい!」

 そう相馬亨が叫んだ刹那、地に穴が空いた。

彼は自分ものとも、その穴に落ちた。


――あれは暗鬼だ。

 そうに違いない。

 だが奇妙なのは、この空間が僅かな領域であること、それよりも不思議だったのは、明るくも暗くも無い事だった。

 此処は何処なのか、あるいは今は昼なのか夜なのか定かではない。

 温度も一定で、熱くも寒くもない。

(後からわかった事だが、広さは丁度、四メートル四方の立方体ほどだった)

 ただ、手を伸ばせば、手応えがあり、壁のようだが、強く押せば中に指が入って言ってしまう。だが、その指先には、言いしれぬ冷たさがある。凍りつくような寒さは感じない。だが、何処までも、この指を伸ばせば、何かに繋がってしまう末恐ろしい予感があり、実際には、背中を流れる汗は怖ろしく冷たい。

 何か精神的な冷たさを感じた。

 まるで自分の魂に凍えがくるような感覚。

 そう感じたとき、目前の息の掛かるような距離で相馬亨の瞳が不意に映しだされた。

「少し眠っていたようだ。この空間が何か不思議かい?」

「此処は?」

「此処は、私の結界の中さ」

「結界?」

「ああ、そう呼んでいる」

「だけど結界と言うには……」

「深さがあるんだ」

「深さ?」

「ああ、咄嗟だったから、いつもより深く潜りすぎた。出るまで少し時間がかかる……」

「何処くらい?」

「今の階層が、ざっといつもの倍だから。あと八時間くらいは必要だと思う。だから俺は寝る事にする」

 そう笑って眼を閉じた。

 

 結菜はあきれた顔をして、しばらく亨の顔を見つめていた。

それは腹を上に向けて眠る飼い猫の寝顔を思わせた。

そう思うと結菜に笑みがこぼれてきた。

 安心したのか結菜は眼を閉じると直ぐに眠りについてしまった。

現状を把握して、安堵したのかも知れなかった。



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