第15話 深淵の闇



 相馬亨は目の前の気配が怖ろしく大きくなるのを気付くのが数秒遅れた。

 普段なら、そんな事は絶対に無い。

 だが、今は六郎が狙撃された場所を特定することに気を取られ、全面に広がる空気が満ちるのを赦してしまった。

「ちッ!」 

 思わず舌打ちをする。

「おい! お前逃げるぞ!」

 既にいつもの言葉遣いは彼の中では忘れ去られてしまった。

 だが、蹲る結菜の手を引き上げる頃には、ふたりの周りには真っ黒な闇が広がっていた。

「囲まれたか!」

 相馬亨は叫ぶように言ったが、闇は濃くなる一方だった。

 それはまるで漆黒の夜。

 本物の闇。

 一切の光が吸い込まれるようにかき消される。

 果てしない闇の奥には鴻大な闇が横たわり、徐々に姿を変え始めた。

 それをヒトガタと認識した時。

 その深淵の闇の眼差しがこちらを見つめた。

 その瞳が相馬亨の瞳と刹那に重なる。

 結菜は見ていた。

 自分を抱きかかえる相馬亨の顔を。

 その感情の針が振り切れたような顔を。

 もう悪寒で汗が滴り、余裕など微塵もない。

 その顔を……。

 そして、津波のような闇が覆い被さるように世界を呑み込んだ。

 その瞬間、最後に相馬亨が何かを叫んだ。

 しかし、結菜は、そんな事など気にもしなかった。

 ただ、最後の瞬間に、別のことを思った。

 先程の必死の形相を見て、この人も本当は普通の人間なのだと。

 結菜はそれだけ確認すると安心するように意識を失った……。


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