第9話 異形の手

「消えた……」

 落ちたはずの相馬 とおるの身体がない。

 石畳叩き付けた筈の……。

 結菜ゆうなは反射的に真後ろを向く。

 しかし、奴の影はない。

 六郎の鬼眼きがんは追っていた。

 相馬亨の動きを。

 今も、彼女の背後に貼り付いて動いている。

 結菜はまだ気付いていない。

 天地四方八方を確認して、最期に観念して六郎の顔を見た。

「ひどいな。死ぬじゃないですか。あれは人を殺す業ですよ」

 声がすると目の前に微笑む顔があった。

 ――言い終える前に結菜から飛び出した短刀を躯の軸だけで捌きながら彼女の鼻先には振り下ろされた手刀が見えた。

「双方それまで」

 声が響いた。

「一瞬、儂も見失った。今回は結菜お前の負けじゃ」

 六郎は腕を組んで微笑みながら言う。

 結菜の裏頭かずが左右に分かれて、漆黒の長い髪が滝のように流れ落ちた。 その美しい白い顔が相馬亨の視界に入る。

 眉間に皺を寄せ口を一文字にしても凛々しく美しい。

 その顔を暫し亨は見続けてしまった。

 

「貴様、何をした?」

 そう聞かれて亨はハッとする。

「貴方の体術が素晴らしかったので、思わず四鬼しきを使うしかなかったんです。体術での腕比べなら確実に私の負けです。ははは……」

「四鬼? 馬鹿な何も感じなかった。確かに人の業を超えるなら、それしかないが、理屈ではわかる。だが、微塵も感じさせぬとは、お前の業は上を行き過ぎている」

「ふん。召喚術じゃな。儂の鬼眼きがんには異形いぎょうの手が見えた」

「召喚術ですと! 馬鹿なそれこそ、幻の業ではありませんか、こんな若さで!」

「いえいえ、僕もすべて使えるわけではありませんよ。今のは手を貸して貰い衝撃を殺して貰いました」

 そう笑った。

「わかった。御主は技量的には何も問題ない。それどころか、この里の中で此程の使い手は五人も居るまい。お主は送り込まれた口だろう。言え誰の差し金じゃ?」

「これだけは殺されても言えませぬが、敵ではありませぬ。六郎様に昵懇こんいの御方ですよ」

「ふん、あの蒼鬼あおおにか? 他に当てがないからのう」

「ええ、あの蒼鬼様です」

「あい。わかった。こやつを信用するとしよう」

御屋形様おやかたさま、よろしいのですか?」

「良いんじゃ。その鬼は知り合いじゃからな」

「誰なのですその御方は?」

「昔助けられたからな大丈夫じゃ。そう聞くでない。もし、その鬼の真名を、この口が滑らせたなら、こやつの信用にも関わる事。ならば信用するのが道理どおりじゃからな」

 そう六郎は片眼を閉じて楽しそうに口角を持ち上げた。

「さて、奥にある我らが五百年守ってきた秘密を見せるとしよう」

「わかりました」

「信用頂き、ありがとうございます」

 三人は屋敷を裏から出ると小道が見えた。

 そのまま彼らは山間を進んでいった。

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