第6話 灯明



基経もとつね。いくぞ!」

 四郎は右の掌に炎を出した。

 それは纏まり、綺麗なきゅうとなった。

 手のひらから一寸ほど離れた場所から、真上に擬宝珠ぎぼしの形に納まり、先端が揺らめいている。腕を動かす度にその炎は何処までも追いかけてゆく。

 ピタリと離れない。

「単純な術だ」

「そうだ。これは単純な術だ。だがな……」

 そう言うなり、四郎は火の玉を虚空に残して姿を消した。

 基経もとつねは意識する前に動いていた。

 四鬼は既に動いていた。

 此処で基経もとつねは同じ穏鬼おんき同士では、相手の動きが見える事を知った。

 四郎の最初の一撃――手刀を基経もとつねが躯を開いて躱すと、四郎はニヤリと微笑んで、そのまま怖ろしい早さで山中を駆け抜けてゆく。

「目眩ましにもなってないぞ!」

 それを追って基経もとつねも山中を抜けていった。

 それが何時までたっても追いつかない。

 優に半時は過ぎていた。

 基経もとつねは四郎の早さについて行けないのだ。

 四郎と基経の距離は等間隔で隔たっている。

 時折、基経を確認するように後を向いては笑っている。

 だが、一刻も経つと変化が現れた。

 ふたりの差が広がりだしたのだ。

 四郎の早さは変わっていない。

 変わったのは基経もとつねの速度だった。

 それは基経にとって不可解な事だった。

 早駆けをして四郎との差はない。

 体力的には変わらない。

 いや、若い分だけ基経もとつねの方が体力があった。

 このふたりを分けるモノは気力・精神力、そんなモノだった。

 それを基経もとつねの瞳は感じ取っていた。

 いつの間にか元の場所に戻ってきていた。

「どうだ。坊主わかったか?」

「気力の拠り所を外部に持っているのか?」

「それは半分正解で、半分不正解だ。なら少しだけ教授してやろうか。これを見ろ」

 そういうと四郎は闇夜を指で指し示した。

 基経は真剣な眼で、その方を見つめる。

 すると先程、置いてきた炎の玉がゆらゆらと煌めいている。

「一刻もそのまま維持していたのか……」

「ああ、そうだ。単純な術でも奥が深いだろう。これをそのまま、自分の気力で賄おうとするといつか終わりが来る。これは灯明と同じだな。油を供給せんと消えてしまう。だが一旦、これを誰かに託すと、もうそれは俺の力ではなくなる――それが秘訣ってさ」

 そう四郎は笑った。

 基経もとつねは驚いていた。

 通常、火焔の術など一瞬のモノだ。

 それを焚き火のように維持しているとは、恐ろしい術だ。

 素直にそう思う。



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