第二章 共通戦線 1

 独立都市インスラ中央部。

 都市運営から独立官の管理まで行う、インスラの政府機関と言ってもいいここは、都市内で唯一一般人を採用している場所でもある。

 内部で詰まるほど建てられたオフィスビル群には、理事会や風紀委員本部などがあり、当然、独立官の属する警備部もここに拠点を構えている。インスラの状況を把握することや、警察機関とうまく連携を取るために、外部の組織も、大使館のようなものをここに置いてある。

 そして、独立官の端くれである冬戸は、まさにその本部に向かっている。……犯人として。

「ほら、さっさと歩きなさい!」

「お前のスピードに合わせてるだけだ。普通に歩けば、足の短いお前は回し車を走るハムスターみたいになるぞ」

「口答えしない!」

 一応AF能力を使ってないが、容赦なく拳を振るってきた。

 それを適当に手の甲を押さえて明後日の方向に流すと、少女はバランスを崩し、転がりそうになるのを必死にこらえる。

 攻撃が当たらないだけではなく、慌てた素振りまで見せてしまったからだろうか、少女は顔を少し紅潮させ、今度は思いっきり膝あたりに蹴りを放ってきた。……が、こっちも足の位置をずらして避けた。

 と、大体このような感じで、少女に負けた冬戸はもともと来ようと思った中央部警備部本部に連れていかれたのである。

「急いで向かったんだから、手錠を持ってないんだけど、暴れ出したら、分かってるよね」

「別にここまでくると暴れる理由もなんもないよ。すぐ無実だと分かる」

「なんでそんなに冷静なの……? 八人殺したんだから、終身刑はほぼ確定なんだけど」

「さあな、犯人じゃないからじゃねぇの?」

「ど、どこまでも白を切るつもりね」

 さすがにここまできて緊張する素振りも見せずにいると、少女も少し動揺したらしい。口調もさっきみたいに自信満々の感じがなかった。

 それもそうだ。と冬戸は密かに思う。

 独立官だから推測だけでの仮逮捕には証拠も証人もないし、冬戸も現行犯じゃない。独立官にはその権限があるとはいえ、人権の考慮で、完全な犯人扱いはできない。

 じゃないと、今のように一人で冬戸を連れてくるではなく、冬戸を負かしたときに警備部本部と連絡を取り、車やらを出してもらって冬戸を移送しただろう。

「ほら、着いたよ」

 ぼんやりと考えていると、少女は警備本部の裏門の前に足を止めた。それに従って、足を止めると、ふとわき腹に手を当てられた感触を覚えた。

 銃口を押し付けるような感じで、少女が小さな手を当ててきたのだ。やけに力を込めているので、痒さと痛みを同時に感じちゃうという新感覚を味わわされる。

「なにやってるんだ……?」

「変なマネしたら吹っ飛ばす準備」

「なるほど、それなりに用心してるか。見かけによらず」

「一言多い!」

 怒ったネコみたいな顔で睨んできた少女に肩をすくめて見せる。すると、少女もさすがに諦めたのだろう。不機嫌オーラを丸出しにしたまま、生徒証明書で扉を開く――のとほぼ同時に、ちょうど中から出てこようとする少年とぶつかりそうになった。

「おっととと、すいません、ちょっと急用があって……え? あ、神谷さん! ちょうどよかった」

「え? 根岸ねぎし? なんでここにいるの?」

「いやぁ、それは……」

 びっくりした様子で言われると、根岸と呼ばれた少年は気弱い笑みを浮かべて、後ろ頭を掻いた。体に馴染んだスーツからみれば、ここの職員だろう。

 ふと、根岸のメガネの奥から視線が向けられてきた。その目は冬戸の姿を認識すると、見る見るうちに見開かれる。

「こ、この人はまさか……その、捕まってきたんですか?」

「……監視カメラが急に故障して、それも棺運びのときと同じパターンだから、早く向かえって言ったのはあんたでしょう」

「あ……あはは……」

 半眼を作って呆れた様子で言った少女に、根岸は気まずそうに乾いた笑みをこぼした。

「実はその……神谷さんが向かったあとすぐ直ったんです。それで……その、この方の顔を見て、少々調べたんですけど……その……」

 妙に歯切れ悪く答えて、やがて諦めたのか、がっくりと肩を落とす。

「彼はただの高校生の独立官なんです。それにその、前の事件のアリバイもありますし……」

 たははと後ろ頭を掻きながら誤魔化すように笑う根岸に、少女がジトーっと半眼を向けた。

「つまり……?」

「つまりその……人違い、みたいです」



「と、とにかく、全部根岸が悪いの! あたし、根岸の情報を信じて動いただけだから!」

 そのあと、少女とともに根岸のオフィスに連れていかれると、少女は顔を赤らめながらも、ものすごい勢いで全責任を仲間に押し付けた。sどれは捕まった犯罪者の屁理屈にも聞こえるが、言うとめんどくなりそうだから、やめておいた。

 代わりに、二人の関係や、棺運びによる連続殺人事件との関係を聞くと、根岸が気弱な笑みを浮かべながらも、分かりやすく説明してくれた。

 根岸の話によれば、彼は少女のサポートをしている警備部職員で、これ以上棺運びの被害が広がらないために、少女に独立官の特別権限で容疑者を捕まってくるように言った。

 それで、彼が監視カメラを常にチャックしており、棺運びが行動するときと同じパターンで故障したらすぐ少女に連絡し、現場へと向かわせたのである。

 そして、冬戸が通りすがったとき、そのあたりの監視カメラがたまたま故障したという。

「俺がたまたま通りすがって、監視カメラもたまたま全部故障するなんてことありえない、じゃなかったのか」

「し、仕方ないでしょう! だって、インスラの設備はめったに故障しないし、同じパターンだし……」

 少女が自信満々に言った言葉をそのまま言ってみると、少女がネコっぽい犬歯を向いて威嚇するように弁解してきた。顔が赤くなってるところを見れば、少しは悪く思っているかもしれないけど、率直に自分の間違いを認めるつもりなんて毛頭ないらしい。

「その、僕からもごめんなさい。情報提供は僕がしたことですから、神谷さんをあまり責めないでやってください」

 オフィスの奥の椅子に腰かけた根岸も、頭を下げて謝ってきた。

 彼の背後には、監視カメラの映像や、何やらのデータ、図表がそれぞれのモニターに表示されている。機能性を重視して作られた警備部職員のオフィス内装と相まって、いかにも事件を調査するための本部な雰囲気がする。

「いや、謝るほどのことじゃない。鋳装で殴られたのはさすがにどうかと思うけど、結果的に鍛造させてしまったのも事実だ」

 いくら冤罪で連行されたとしても、記憶を失わせたのは事実。それについて申し訳なく思うところはある。

 冬戸に言われて思い出したのか、少女もはっときれいな海色の目を見開き、びしっと根岸を指さす。

「そ、そうよ。どうしてくれるの⁉ 二つとも鍛造しちゃったんだよ」

「そのわりに、あっさりと鍛造しちゃったように見えるけど」

「あんたは黙ってて! そもそも、あんたが抵抗しなければ――」

「普通鍛造まですると思わないだろう」

「ま、まあ、とにかく一旦落ち着きましょう。情報を見る限り、えっと、空木冬戸うつぎふゆとさんですね。あなたも棺運びについて調べているようでしょう。なら、情報交換と行きませんか? ほら、警備部で棺運び事件の担当は僕なんですから、役に立てると思いますよ」

 さすが中央部で働く職員と言うべきか、根岸はにこにこと自然と話を仕事のほうに持って行った。ついでに冬戸の名前をすんなり出したところを見れば、どうやら個人情報も調べられたらしい。

「別に構わない。ちょうど警備部の情報もほしいところだ」

 個人情報が勝手に調べられたのは気に食わないが、悪い提案ではない。

 普通の独立官の冬戸は警備部の情報網をフルーに使うことはできないけど、インスラで五人しかいない特殊官である少女なら、大半の情報は閲覧制限にかからないだろう。風紀委員の資料には載っていない情報もあるかもしれない。

「ありがとうございます。では、まずは自己紹介ですね。僕は根岸優馬ねぎしゆうま。こちらは特殊官四位の神谷杏奈かんだにあんなです。よろしくお願いしますね」

「空木冬戸だ。もう知ってるようだが」

 冬戸がそう言うと、隣から少女……神谷といったか、がバカにしているような視線を向けてきた。

「何、その画数の少なさそうな名前は」

「何、その魚並みの感想は」

 口調をマネして返すと、また小さな拳を振り上げた。

 もう殴られたり防いだしするのは飽きたので、振り下ろすのを待たずに、柔らかい手首を軽く押して、振り上げた方向にさらに勢いづける。そのまま少女を後ろに転がらせる。

「うわっ! い、いたぁー、な、なにすんのよ!」

「それで? 情報と言ったけど、監視カメラが故障しただけで俺を仮逮捕したそっちは何か情報持ってるのか」

「あはは……痛いところを突きますね」

 地面にぶつかったお尻を手で押さえて、ヤマネコみたいに犬歯をむいて何か言ってくる神谷を無視し、根岸に問うと、苦笑いを返された。

「実際、棺運びが行動するときに監視カメラの故障パターンと、可能な居場所のいくつかを特定できた程度です。お詫びとして、空木さんが何か調べてほしいものがあれば、調べさせていただきますが」

「特にないね。そのパターンを共有してくれりゃありがたいんだが」

「それはまとめてあるので、今送りますよ」

「そうか。助かる」

 一応礼を言っておくと、根岸は別にいいですよと穏やかな笑みを浮かべながら、椅子を回転してモニターに向き直る。それから、キーボードをカタカタと打ち始めた。

 モニターに表示されたウィンドが目で追えない速度で切り替わっていき、ファイルやらワードやらが呼び出されていく。

「えっと、空木さんの端末は……これか」

 最後に、根岸はエンターキーを押して、データを冬戸のスマホに送ってきた。受信したのを知らせようと震えたスマホをポケットから取り出して、確認する。すると、確かに根岸からのデータの受信があった。

 開いて確認すると、監視カメラの故障について、システムで見つかった問題が並べられている。

「じゃ、俺はそろそろ帰る。もともと監視カメラについての資料がほしくてきたんで」

 結果オーライ、とあまり言えないが、一応目的は果たした。

 そう思っていると、なぜか根岸はふと手を止めた。ついでに意外そうな顔を向けてくる。メガネをかけた顔で口をぽかーんと開けた様子はどこか間抜けだった。

「ほかになんか用か」

「い、いいえ、けど、その、空木さんも棺運びを追っていますよね」

「そうだが」

「さっき、急いでシステムを修復したら、神谷さんとの戦闘の一部を監視カメラ映像で見ました。その、AF能力を使ってもいないのに、互角のように見えました」

「互角じゃない! あたしの圧勝よ!」

「でも、神谷さんの実力も本物です。それに、能力の性質や鋳装の形態からでも分かりますが、遠距離の戦闘を得意としています」

「ま、まあな」

 さすがというべきか、途中から何度も話に割り込んでくる神谷を完璧に無視し、根岸は長い長い前置きを終えて、結論を口にした。

「つまり、僕はこう思うんです。近接戦闘が得意の空木さんと神谷さんが組めば、棺運びと対峙したときの安全性も高まるではないですか」

 とても、恐ろしい結論を口にした。

「いくら人間は優れた知性生命体とはいえ、無理なことはあるんだ。こういうタイプの人と組むのはその一つ」

「なんで一人でできることをこんなのと組んでやらないといけないのよ」

 お互いを指さし、同時に言い放つと、根岸はさも楽しそうに笑みを漏らした。

「よかった。息もピッタリじゃないですか。これで仕事も順調にいけますよ」

「な、なにを――」

「………中央部の職員はこういうのばかりなの」

「あはは……でも、僕が思うに、やはり二人で協力したほうがいいですよ。ほら、棺運びの能力はまだ未知数ですし、もしやつの実力は僕たちの予想を上回るとすれば、捕まえなかったり、最悪、逆に殺される可能性だってないわけじゃありません。それに」

 と、ここで一拍おいて、少しだけ目を細めた。

「お二人の都合で、この事件の解決を伸ばすんですか。中央部としては、これ以上犠牲者を出したくないのですが」

「ぐ……」

 根岸の話に、神谷は目を逸らし押し黙った。

 確かに、二人で協力したほうが調査が速く進むかもしれないし、いざ遭遇したときにも圧倒的な戦力をぶつけられる。中央部の職員にとって二人を組ませるのがベストなんだろう。

 何より、同じ事件を調べているのに、わざわざ別々に動いて、情報の共有もしない理由はない。

 とはいえ、それも一般論の話だ。冬戸としてはそのほうが逆にやりづらい。

 別に神谷の実力が足りないわけじゃないし、別の事件だったらここで了承したところなんだが、棺運びだけは、だめだ。

 証拠こそないものの、確信はあるのだ。棺運びの能力……

「正気か。俺は別に強くないぞ」

「任務の完遂のためなら……仕方ないわね……」

「さすが四位の神谷さん! よし、これで調査が進むぞ!」

「おい、俺の話聞いてるのか」

 責任感が人一倍強い性格なのか、神谷は意外なほどあっさりと折れた。そのうえ、神谷の反応に驚く間も与えず、根岸は小さくガッツポーズを作り、冬戸の話を流した。

「聞かなかったらしいから、もう一度言うけど、俺は――」

「本当にそうですか?」

「ああ、それに、俺はAF能力を使うつもりは――」

「でも、僕は空木さんの能力を信じますよ」

 きっぱりと言い切る冬戸に、根岸はにこりと笑いながら言葉を返してきた。

「今日初対面のはずなんだが……それともどこかで会ったことでもあったのか」

「まさか。ただ、さっき空木さんの情報を調べたとき、興味深いことがありました。なぜかまでは、さすがに僕の権限では知りえないんですが、空木さんの個人情報は閲覧制限がかかるところが多いですね」

「………」

 今度は、冬戸も黙り込んだ。

 それの沈黙を異論なしのメッセージと取ったのか、根岸はにこにこと二人に笑いかけてからまたモニターに向き直る。キーボードやマウスを忙しく操作し出した。

 そして、エンターキーを押すと、今度は神谷のスマホが鳴いた。なんだか神谷のイメージとはとても合わない軽快な着信音だ。

「では、こちらは神谷さんにお渡しする資料です。閲覧可能な空木さんの個人情報ですから、他人にあげたり読まれたりしたらだめですよ。僕がクビになりかねませんから」

「いや、俺はまだいいとは言ってないが」

「わ、分かった」

「分かるじゃねぇだろう。それを誰かに読ませろ。そんでこいつをクビにさせろ」

 話が冬戸の意向を無視し、トントン拍子で進んでいく。それでも文句を言ってみたが、誰も耳を貸してくれなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る