第一章 風の少女 3

 風紀委員の支部のすぐ隣に、十二区の中でも高校生が多い第三区の高校が設置されている。

 使用者を社会から隔離するために設立した独立都市インスラだが、表向けでは、使用者と一般人の違いを考慮し、最適な教育を施すことで、普通の生活を与えるということになっている。

 そのため、独立官は学校に来なくてもいいみたいな特殊ルールこそあるものの、それ以外の学校環境や生活は外とあまり変わらない。

 冬戸の在籍する高校も、国語、数学、英語などを教えている。放課後に部活に行く生徒も大勢にいる。都市の総人口は十万もいるから、毎年各区画の高校で大会すら行われている。

 そうやって、自分は普通に日常を過ごしていると思うことを強要されるのが嫌だから、冬戸は学校に行くのを忌避している。とはいえ、今日は琴葉の無邪気な脅迫で、午後の授業をちゃんと受けることになった。

 そして、ようやく放課後になり、カバンを手に取り家に帰ろうとしたところだが……

「もう帰るのか? もったいないなぁ、せっかく学校に来たのに」

 運悪く、クラスで琴葉を除いて唯一の知り合いに絡まれた。

「せっかくもなにも、来たくて来たわけじゃないから」

「まあ、そう言うなって。たまに青春してもいいじゃねぇの? ほら、お前高校生のくせに、ジジィみたいな顔をしてるしさ」

「お前も人間のくせに謎の生物の顔してるから、これぐらい別にいいだろう」

「あ、人間扱いしてくれてる! 冬戸ってもしかして今日機嫌がいい?」

「いや、そこ喜んでもらっても困る」

 なぜかそんな反応が返ってきたかわからなくて、冬戸は半眼で目の前の少年に目を向ける。

 千葉琉青ちばりゅうせい、オシャレな金髪がよく似合う少年だ。いつも制服を着崩していて、性格もバカみたいに明るい。なんというか、普通に学校生活を満喫している人だ。

「ま、冗談はさておき」

「ああ、じゃあ帰る」

「いやなんで⁉ どう考えてもここで帰るって言うとこじゃないんだけど!」

「お前、冗談以外のこと言えないだろう」

 だから冗談はさておきということはもう何も話さないことにする。

「それはさすがにひどいよ。泣くぞ! 自分の服をめちゃくちゃにして写真撮ってから、冬戸に侵されたんって学校裏サイトに書き込むぞ。それで社会的にお前を抹殺してやる」

「ほらな、冗談しか言えないだろう。それと言っとくけど、自爆するだけだぞ。冬戸冬戸って叫んだところで、誰も俺のことだと分かるはずないからな」

 これぞ透明人間になりきるメリット。そもそも顔知ってる人いないから、悪口言われても、それが自分に結びつかないのだ。

 そう、思ったのだが、なぜかとても悲しそうな顔で肩に手を置かれた。

「そうか、辛かっただろう……。でも、誰も冬戸のこと見てなくても、俺だけが――」

「はぁ、もういい。何が言いたいか早く言ってくれ。めんどくせぇ」

「いいの? じゃあそうさせてもらうよ」

 妙にうまかった芝居をあっさりとやめ、近くのテーブルに腰を掛ける。

「琴葉ちゃんから聞いたんだけどさ、お前、連続殺人事件を調べてるって?」

「まだ始めていないけどな」

「へぇ、冬戸にしては積極的すぎると思うけど、ま、理由についちゃ聞かないでおいてやるとして、その事件、相当にやばいらしいよ」

「お前、知ってるか」

「んや、一般生徒の俺にゃ噂程度だけ。逆に言えば、噂程度ですでにやばいって分かるぐらいやばいとも言えるけど。棺運びって、最近じゃ結構有名な噂になってるよ。お前学校に来ないから知らないよね」

 棺運び、琴葉がくれた資料にも書かれた言葉だ。

 誰にも姿を見せることはなかった連続殺人事件の犯人だが、なぜか犯人は大きな棺桶を背負っているという噂だけが広がっている。だから、犯人のことを公式にも棺運びと呼称されている。

「使用者をれるぐらいだ。危険なやつぐらい知ってる」

「そうそう。もうそれだけでやばいんだけどさ、噂によりゃ、やつは殺した人の死体も持ち帰るってことらしいぜ。詳しいことはさすがに知らんけど、事件の資料に殺し方は乗っていないらしい。それってやっぱり死体がないから調べないってことだろう?」

 言って、どう思うって顔を向けてきたが、ここで憶測を言ってもしょうがないので、軽く肩をすくめて見せた。

 でも、確かに琉青の言う通りだ。琴葉からもらった、生徒の噂を整理した資料には、最近失踪になった生徒が八人いると書かれている。そして、依頼の内容にも被害者は八人と書いてあった。

 生徒にとってはクラスメイトが急に失踪になったのだが、公式では、公表こそしていないものの、すでに殺害されたと見なしているのだ。これだけみれば、正体不明の誰かが裏で使用者を殺しまくっていることはまず間違いないだろう。

 しかし、肝心な手口については、琴葉の資料にも依頼の内容にもピンとくるものはなかった。

「それは確かに気になるが、お前、ずいぶんと暇だな。独立官でもないだろう。そこまで調べてどうする」

「はは、そりゃ、気になるじゃん。それに、さっき言ったことは全部本当のことなら、被害者のほとんどが生徒だぜ。自分に被害が及ばないように、情報は知っておかないとな」

「なるほど、相変わらずのクズっぷりだな。感心した」

「そこは感心しないでくれよ。てか、せめて保身に長けているって言ってくれ!」

「じゃ、先に帰る」

「あ、おい。お前どんだけ帰りたいんだよ!」

「悪いな、これから仕事だ」

 踵を返すと、琉青は引き留めようとしたが、それを軽くあしらって教室を出ていった。ぐずぐずすると、あとでラーメン屋とか牛丼屋とかに連れていかれて、仲良く一緒に夕食を食べる羽目になりかねないのだ。


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