第一章 風の少女 2
独立都市インスラ第三区にあるこの高校は、町全体の治安維持を仕事としている風紀委員の支部が設置されている。
一般の執務室とあまり変わらない内装だ。中に入ると、壁にある時計やポスターと、整然と並べられたデスクに置かれた小物が視界に入り、生活感を感じさせる。
「えっと……ここに置いたはずなんだけど……」
その中で、琴葉は自分のデスクの引き出しを真剣な顔つきで探っている。きちんと整理された引き出しから、ちゃんとファイルに入れた資料をきれいな指で取り出す。
目当ての資料を見つけると、あった、と嬉しそうに笑った横顔がとても印象的だった。
「はい、冬戸くん」
「助かる。調べる手間が省けた」
「冬戸くんは独立官だもの、これぐらい大したことじゃないよ」
はにかんだ笑顔で、今どきでは珍しい、紙でまとめた資料を両手で差し出され、それを無造作に受け取る。
そこに書かれたのは、前に冬戸が受けた、今日で始まる依頼についての内容だ。事前に依頼の詳細を知るために、風紀委員の琴葉に調べてもらったのだ。
独立官。
それはこのインスラにおいてもかなり特別な仕事だ。仕事内容は警察に似ているが、対処する事件は基本、警察が手に負えない事件か、AFプログラム関連と思われる事件が多い。つまり、能力を使わないとやっていけない仕事だ。
AFプログラムの副作用が判明されてから、使用者(デコーダ)のほとんどは能力を使うことを忌避している今、やりたがる人が極端に少ない。それに、やろうとしても、一定な能力を持っていないと免許が取れない。
そんな背景があるからか、独立官にはいくつかの特権が与えられる。
例えば、仕事の自由裁量権。独立官は基本、仕事を強いられることはない。警察機関かインスラの運営部から依頼はくるが、それを受けるか受けないかは自分で決められる。そして、月給はないけれど、仕事の対価は高額なものばかり。一件解決したら、その一か月は食っていけるレベルだ。
それと、生徒は学校、大人は会社に行かなくてもいいというのもメリットの一つ。実際、冬戸が独立官になったのはこの特権があるからと言っていい。
ちなみに、使用者の主な年齢層は青少年のため、独立官にしても風紀委員にしても、中学生、高校生が圧倒的な割合を占めている。
「でも、本当には噂程度のものだよ? 一応皆に聞いてみたんだけど、実際に見た人は一人もいないから」
「いや、これでいい。むしろこういうのがほしかった」
髪を耳にかけながら、冬戸と一緒に資料を覗き込む琴葉に言う。
正しくて間違いのないものがほしいなら、専門機関に頼めばいいのだ。あえて風紀委員の琴葉に頼んだのは、こういう確証のない、だが真実が隠されているかもしれない噂程度のものがほしかったからだ。
「そうかな。じゃ、役に立った……かな」
「そうだな。どちらかといえば役に立ってる。感謝する」
「へへ、よかった。ちょっと嬉しいかも」
淡々と返すと、琴葉が丸めた手を口元に当てて、照れくさそうに笑った。
が、その笑みはすぐに消え、代わりに端正な顔に少し心配の色が表れる。
「でも」
俯きがちになり、赤い目でチラッと冬戸の顔を見てくる。
「その仕事、ちょっと危ないと思う。冬戸くんがやらないと……だめかな」
「俺のこと信じてないのか」
「ううん、信じてるよ。冬戸くんのこと、全部。でも、その……なんと言えばいいかな。冬戸くんがそんな危ないことにかかわるの、ちょっと嫌かなぁ、って思うんだ。昨日のあれだって、犯人は実は使用者だって知って、すごく心配したんだよ」
資料をぺらぺらめくりながら適当に返すと、珍しく琴葉が食い下がってきた。頬をポリポリと掻いていて、自分の考えを婉曲的に伝えてくる。一応協力はしてくれたけど、本心ではこの仕事をやめてほしいらしい。
琴葉の考えも理解できないわけじゃない。むしろ心配しないほうがおかしいぐらいだ。
資料を閉じて、表紙に目を向けると、黒い字で書かれた「インスラ連続殺人事件」という物騒なタイトルが目に入ってきた。
独立都市インスラが成立して以来、一番物騒な事件と言っても過言ではないだろう。
とはいえ……やらないといけないのも事実。別に責任だのなんだのじゃない。ただ、なんとなく、自分がやらなければと思っただけだ。
「それほど心配することもないだろう。仕事でやらなくても、インスラにいる以上、いきなり殺される可能性もゼロじゃない」
「もう、冬戸くん、そういう冗談はやめよう」
「別に冗談でもないが」
資料を手にしたまま、琴葉の席に腰を掛ける。
それを合図に、琴葉は壁にかけた時計をチラッと見る。机に置いたカバンを取る。
「じゃ、私、先に教室に行くね。冬戸くんも読み終わったらちゃんと来ること」
「気が向いたらな」
「来ないと、今度は調べてあげないよ?」
「………そりゃ、困るな」
基本、学校に行きたくないから独立官をやっているのだが、生活費のために依頼もちょくちょく受けている。必要なときに風紀委員のコネを使えないのは効率に影響する。
そんな冬戸の考えを見透かしたのか、琴葉はへへと無邪気な笑顔を浮かべて、冬戸の頭をポンポンと軽く叩いた。
「よしよし、じゃ、あとでね」
「……ああ」
短く言葉を返すと、琴葉は満足げな笑みを浮かべて、一つ頷くと、部屋を出ていった。
その背中が視界から消えるのを待たずに、冬戸も目を手元の書類に戻し、琴葉が調べてくれた内容を目で追っていく。
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