第 六 章 3
「タイヤサービスでタイヤもらってくるから、留守番お願いね」
松葉杖を脇にあてた格好のまま、チェアに腰掛けている悠真に声をかけたが、
「コラ、話し聞いてるの」
返事がなくて、おでこを小突く。
「すみません……あの、もう一度いいですか」
HRCミニバイク選手権、第6戦を迎えていた。シーズンは終盤。次戦は最終戦だ。
悠真の怪我は、松葉杖が必要だけど、十分戦えるレベルまで回復していた。
しかしこのレース、問題なのはフィジカルよりメンタルの方だった。
「タイヤサービスでタイヤもらってくるから、留守番してて」
「はい……」
力のない返事に不安が募り、あたしは大きなため息を漏らしてしまう。
悠真と久真は気まずいままで、口も聞いていないようだった。
「あんたたち、まだケンカしてるの?」
気づけば、あたしは苛立った口調で言っていた。
「口を挟むつもりないけど、集中しなさい。余計なこと考え走ると危ないわ」
古タイヤを両手にぶら下げて、あたしはピットを出た。
「舞ちゃん」
タイヤサービスのそばに立っていた舞ちゃんの、隣に立つ。
巨大なミシンのような形をしたタイヤチェンジャーで、次々にタイヤが組まれていく。その様子をあたしは腕を組んで、舞ちゃんはお腹の前で手を重ねて、無言で眺めていた。
「まだ、悠真と話せてない?」
前を向いたまま尋ねてみると、舞ちゃんは、はいと掠れた声を返した。
ふたりは表向き普通に話せていたが、気まずさは隠し切れていなかった。
謝ったり、自分の気持ちを伝えたりするのは、勇気のいることだと思う。
元気づけてあげたいけど……正直自分のことで手一杯だった。
とにかく今は目の前のレースを集中しよう。こんな気もそぞろな状態でレースなんて、本当に危険だ。悠真に偉そうなこと言えない。
――そして、始まったレースで、事件は起こってしまった。
これまで、トップグループが後続を引き離すレース展開がほとんどだったが、この6戦ではトップグループが10台を超える大混戦となった。後続が速くなったんじゃない。トップグループ、悠真たちのペースが上がらないからだ。
原因は岩代さんだ。ただでさえ精彩を欠いていた彼女が走りが、まるで別人のようにギクシャクして、かと言って前を譲るわけでもない。トップグループの《﹅》フ《﹅》タになっていた。
めまぐるしく順位が入れ替わる大混戦にサーキットのボルテージが最高潮に達した、まさにその瞬間だった。
岩代さんがブレーキングをミスり、アスファルトに頭突きを入れるように前のめりに転倒、そのまま目の前にいた久真に追突。
その真後ろを走っていた悠真は驚異的な反射神経で二人を避けるも、避けた先のスポンジバリヤに弾かれ、結局転倒してしまう。悠真はすぐに立ち上がり再スタートを切った。久真と岩代さんもは再スタートを試みるが――
久真は空を仰ぐ。ハンドルが折れていた。
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