第 五 章 4



 目をそらしたら負けだとばかりに、悠真は突き刺すような視線を向けてくる。


「お願いします。責任は自分で取ります。だから――」


「ガキが生意気な口聞いてんじゃないよ。責任なんて子供のおまえには取れない。怪我して障害でも負ったらどうする? おまえの面倒を誰が見る?」


 悠真は悔しそうに唇を噛みしめる。


 昨日、ギプスが取れた。そして今日、悠真は松葉杖をついてモトムラに訪ねてくるなり、案の定レースに出るとほざきやがった。レースは6日後だ。


 ――この、バカ娘が。


 レースに出せるわけがない。ギプスを巻かれていた足がどうなっているか、あたしは考えたくもないくらい知ってる。


 いや、手負いでレースに出るリスクは悠真もわかっている。この青白い顔が物語っている。悠真はちゃんと怖がっている。骨と皮だけになった足を見て、恐怖を覚えないほど狂っちゃいない。


「それでも……それでも出たいんです。わたし絶対負けたくないんです。迷惑かけたらレースやめます。だからお願いします!」


 あたしは思わず額に手を当て、ため息をついた。


「あんたねぇ、やめるなんて簡単に……」


 呆れ、そしてどうしようもなく、あいつのまなざしが悠真と重なって見えてしまう。


 あたしは足元に目を落とし、問いかける。


 森屋、おまえだったら、どうする?


 、どうしてる?


「……どうしても、でるのね?」


「はい」悠真は即答する。


「ちょっと待ってなさい」


 あたしは立ち上がり、事務室の戸を引く。


「社長、ちょっといいですか」


 めずらしくモトムラモータースの机に向かっていた社長と対峙する。


「なんだ」


 書類に目を落としたまま、無愛想に言った。


「ゆう……」


 声を出そうと息をするがうまくできない。つばを飲み込むにも苦労するほど、喉の詰まりは最悪で、口の中はカラカラだった。


「悠真を、


「馬鹿言うな。あんな怪我で」


「確かに足に不安がありますけど、驚異的な快復力で、医者も許可をだしています」


「そうか。だが子供に無理はさせられん。今は怪我を治すことに専念させろ」


「……でもそれじゃあ、チャンピオン争いから脱落するんです」


「やむを得まい。子供の将来とチャンピオン。どちらが重いかなんて考えるまでもない」


「でも、今年チャンピオンを獲れば――」


「スカラシップのシートが手に入る、か?」


 あたしの声を遮り、はじめて目を合わせて社長は言った。


「……そうよ。世界に出るチャンスなの。だから悠真、今年は本当にがんばってて。このチャンスを逃したくないの。社長もわかるでしょ。確かにリスクはあるけど、このチャンスをつかめば世界に一気に羽ばたける。結果的に悠真の将来のためになるの」


「俺の言うことを聞かないで、おまえはどうなった」


「……え?」


「俺の言うことを聞かないでレースに出て、おまえはどうなったんだ!!」


 社長は拳を机に叩きつけ、怒鳴る。


 引退の原因になったあのレース、あたしは社長の猛反対を押し切ってレースに出た。そして、あたしのレース人生は終わった。


 悠真がバカだって? 確かにバカだ。でもあたしも同じくらいバカだ。


 理性ではわかってる。レースに出すのは間違っている。でも人の何百倍も努力して、怪我という困難だって乗り越えて、ついには命を懸けて、それくらい真剣な気持ちで挑めば、凡才にだって天才を打ち負かすことができる。いつか世界に羽ばたける。


 大丈夫。本当に死ぬわけじゃない。あの日のあたしは世界で一番、最低最悪にツイてなかっただけ。あんなこと、何度もあってたまるか!


「あたしは重いバイクだったから、悠真はミニバイクだし――」


「よそ様から預かっている子供だぞ!」


 怒鳴り声に遮られる。


「万が一のことがあったらあたしが全責任を負います。一生懸けてでも償います」


「償う? バカが! 子供ひとりの将来を償えるものか!」


 わかってる。バカなことを言ってるって。それでも――






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