第 五 章 3
あたしは髪をかきあげるように頭に手をやって、森屋に背を向ける。
これで抗議しなかったら、あたしがヘタレってことになるじゃない。
…………いいや。誤魔化すのはやめよう。
数えきれないほど出たレースのひとつ。いちいち相手にしていたらキリがない。バカの相手はしない。効率が悪い。エトセトラ……
そうやって賢いふりをして、まぁいいやって、やり過ごす。そんなことを繰り返していくうちに、あたしは絶対に手放しちゃいけないことまで、手放していたんじゃないか。
そして自分を
あたし、誰とレースしてるのよ? わかってたじゃない、森屋がこういう男
だって。
森屋のレースに懸ける想いは、それが生きる理由であるかのように、ブレることも、後へ引くこともなかった。
「あーもう! わかった、わかったから。ほら!」
財布ごと、森屋に放って渡す。
「海! よぉーし、これで今川に天誅食らわせてやろうぜ!」
「物騒なこと、大声で言うんじゃないよ!」
事務局へと駆け出す森屋に向かって、あたしは声を上げた。
果たして――抗議は却下され、保証金は没収された。
地元に戻り、あたしと森屋は行きつけの安居酒屋で、ヤケ酒をあおった。
「……保証金は
こいつなりに責任を感じているんだろう。すっかり据わった目で森屋は言った。
「いいよ」
抗議すると決めたのはあたしだ。
「なんでだ――」
「いいから」森屋を言葉を遮り、言い聞かせるように「いいの」
いつから、やり過ごせるようになったんだろう。
あたしはあの悔し涙を、本気の気持ちを、どこに置いてきてしまったんだろう。
森屋が正しいなんて言わないよ。無駄なことはしない。スルーする冷静さ
だって必要だ。
でもあたしは、森屋のこういうところをガキと見下せるほど訳知った大人じゃなくて、それどころか、まだ熱々のガキかもしれなくて。
「見てな森屋」
あたしは森屋のグラスにビールを注いでやる。
「次はトップ走って、今川のクソ野郎を黙らせてやるよ」
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます