第 五 章 2
森屋はすこぶるバツが悪そうにした。あたしに抗議しろ言い張るのは、手持ちに1万円すらないから。払えるなら森屋の一存でとっくに抗議書を叩きつけていただろう。
「なぁ海、もう時間ねぇんだよ」
森屋は腕時計を指で苛立たしげに叩く。抗議書はレース終了後30分以内に提出しなければならない。
「抗議しなかったら、今川のやったことがオッケーになっちまう。」
「だから、もういいって言ってるじゃない」
森屋は脱力したように肩を下げ、顔を落胆に染める。
「なんでだよ海……。おまえ悔しくねぇのかよ。正々堂々の真剣勝負。それがレースだろ!? あんな姑息なことされて、男だったら絶対許しちゃいけねぇんだよ!」
あたしゃ女だよ!
喉元まで出かかった突っ込みを、あたしはぐっと飲み込む。
「なにか言えよ海! 今川の所為で俺たちのレースが汚されたんだぞ!」
森屋は興奮して口走っただけ。それにこいつは、レースになれば男女の区別なんて一切しない。相手が誰であろうと本気の勝負に挑む。あたしとだって、こうして本気の言い争いをしたりする。男も女も関係ない対等の勝負。それがいいって言っているあたしが、たとえ突っ込みだとしても、女であることを主張したくない。
「なんで平気な顔してられんだよ。おまえのレースへの気持ちはそんなもんなのかよ!」
「ちょっと、見損なわないでよ!」
あたしは森屋に肩を突き飛ばして、声を荒らげた。
「悔しいに決まってるでしょ。でも無駄じゃない。抗議しても却下されるってわかるでしょ。ムカついてる。あいつのことぶん殴ってやりたいよ。だからってね、今川なんかに引っ掻き回されてその上お金まで失ったら、それこそあいつの思う壺だよ!」
森屋はすぐに口を開き、でも言い返す言葉が見つからなかったのか声にならず、代わりに息を大きく吸って、
「クソおっ!!」
そばにあったペール缶を蹴り飛ばした。
「ちょっと、森屋…………」
呆れたことに、森屋は悔し涙を浮かべていた。
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