第 二 章 7



 撤収作業が終わり、っていた髪をいてしまう。解くと頭が少し軽くなる。軽くなると少し疲れが抜ける。家に帰るまでと我慢していたけど、もう無理。朝方から動きっぱなしでヘトヘトだった。


 缶コーヒー片手に、さっき悠真が座っていたチェアに倒れ込むように腰を下ろす。


 カフェインが効いてくるのを、真っ赤に染まったコースをぼんやり眺めて待つ。


 これから睡魔と戦いながら帰りの運転。モトムラで機材を下ろして、ふたりを家に送った後は片付け。その後は月曜日の準備をしないと。今日は午前様確定。カフェインでドーピングでもしないとやってられない。


 レーシングチーム運営。社長に逆らって続けている、あたしの仕事。


 かつてのモトムラは、日本最高峰のバイクレース、全日本ロードレース選手権に参戦する本格的なレーシングチームだった。


 サーキットに応援団が駆けつけ、ツーリングを企画すればバイクの隊列ができ、新年会や忘年会を催せば居酒屋を貸し切るくらいの大所帯だった。それが今じゃ、悠真と久真の他に、ポケバイ部門に数人残っているだけだ。


 湯水のようにお金を使うスポーツでビジネスなんて、不景気の最中で成り立つはずもない。レース部門は撤退するって社長の判断は間違ってないんだ。


 そしてこの仕事が、レーサーを引退したあたしとレースとをつなぎとめるかすがいだった。


「疲れたぁ~」


 隣のチェアに黒のメカツナギ姿の男が、どかりと腰を下ろした。エナジードリンクのプルを片手で器用に引くと一息で飲み干す。


てつの野郎、転びやがって、仕事増やしてくれてんじゃねぇよほんとに」


 言葉とは裏腹に、可愛い弟の面倒を見る兄貴のような笑顔だった。


 月足つきあしあきら


 立てた短めの髪、斜め上に伸びる眉と二重の大きな目。はっきりとした目鼻立ちで、まぁイケメン。あたしよりひとまわり背が高くて、細身ながら逞しい体つきをしている。ツキアシレーシングというチームのメカニック兼監督で、自身も全日本選手権に参戦しているプロレーサーだ。


 哲というのはツキアシに所属している、安喜あき哲求てっきゅうくんというけったいな名前の高校生レーサーのことだ。


 悠真と同じ高校に通っていて、なにかにつけ悠真に突っかかってくる、愛情表現の幼い少年なんだけど、今日のレースでは大転倒をかましていた。


「その様子だと、哲求くんに怪我はなかったのね。よかった」


「よかったけどよぉ、帰ったらバイク直さないと。残業確定」


 晶と出会ったのは、あたしが高校生の頃で、学校は違ったけどサーキットに行けば会うレース仲間だった。二歳年下で、昔は本村さんなんて呼ばれていたけど、友達付き合いしているうちに名前で呼び合うようになった。


「いいじゃない。その分売上げになるんだから」


 そう言うと、晶は大げさに肩をすくめてみせた。


 不謹慎な話だけど、それがレース屋の嘘偽りない本音だ。


 あたしと晶は立場がよく似ている。実家がレーシングチームを持っているバイク販売店で、チーム員の面倒を見なければいけない。だから今でも、こうしてサーキットで会う。


 それからふたつみつ話すと会話は途切れて――あたしは一応、訊いてみることにした。


「ねぇ晶……。森屋のことなんだけど……





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