第 二 章 6



     *



「さぁ、どうしてケンカしたのか、話してみなさい」


 表彰式が終わって、全員でやる撤収作業に悠真の姿がなかった。久真の様子も変だったから、どうせまたケンカでもしたんだろう思ったら案の定だった。オフィシャルが張ったテントの下で、チェアに腰掛けふて腐れている悠真を発見。面倒だから久真を引っぱって来て、あたしは問いただしたんだ。


「い、いやですよ、海さんには関係な――」


「は~な~し~て~み~な~さい!」


 このクソ暑いのに、あたしはイラってきて悠真を睨み付ける。


 あたしはレースで負けようが転倒しようがレーサーを叱らない。叱ってもなんの意味もないことをあたしは身をもって知っている。でも約束を守らないとかは許さない。


 結局、久真がケンカの訳を話した。


 それは、悠真の真剣さに起因するものだった。


 悠真は女子校生とは思えないストイックさで、MotoGPレーサーという夢に挑んでいる。


 レースは男女の区別がないけど、女は不利だ。あたしが言うんだから間違いない。男でも持て余すパワーを御するには相当な筋力がいる。だから悠真は年がら年中トレーニングに励んでいる。銭湯で悠真の裸を見たことがあるけど、およそ女子高生のそれじゃない。


 悠真の努力はトレーニングに留まらない。週末ごとにサーキットを走りこんでいて、コースの研究も余念がない。メカニックも学んでいて、ひとりで全バラシ完全分解整備ができる。MotoGPレーサーに必須の英会話もお手のものだ。


 極めつけは進路。中三の時、高校には行かないで、うちモトムラモータースで働きながらレースをしたいと言いだして大揉めしていた。結局両親に『高校に行かないならレースをやめさせる』とぶった切られて、泣く泣く今の高校に入学していた。


 普段からレースで勝つことばかり考えていて、言動が全く女子高生らしくない。最近は岩代さんに連敗を食らっていることもあって、目が尖りっぱなしだ。


 ――そう。岩代さんだ。


 悠真はMotoGPレーサーのダニ・ペドロサを見習い、ライバルと口を聞くことを自らに禁じていた。それを久真にも強要していた。


 表彰式の後、久真が岩代さんと話していたのを悠真がとがめ、口を聞かないこと自体納得できていなかった久真と言い合っているうちにケンカになったらしい。


「どっちが正しいかはともかく、ふたりとも言い過ぎね。両者有罪。ふたりともお互いに謝りなさい。ほら、悠真、久真」


 二人とも黙りこくっていたが、先に口を開いたのは、やっぱり久真だった。


「あのさ悠真、俺だって今シーズンは重要だって思ってる――」


 久真は、自分の考えをきちんと話し、ちゃんと謝った。お互いもっとがんばろうって、やさしい久真らしい、激励付きで。


「ほら、久真はちゃんと言ったんだから、あんたも言うことあるでしょ、悠真」


「…………ご、めん」


 悠真はあたしたちに背を向け、窒息寸前みたいな声で言った。


「ほんとに素直じゃないわねぇ」


「よ、余計なお世話ですよ!」


「久真、あんたもいじっぱりの相棒もって大変ねぇ」


「まぁ付き合い長いですし」


 違いない。あたしは声をあげて笑った。


 あーあ、ちょっと久真に優しい言葉かけてもらったくらいでにやけちゃって。


 久真には背を向けているけど、あたしからは丸見え。


 まぁ、想いを寄せている男が、あんな可愛い女の子と親しげに話していたら、心中穏やかじゃいられないかもね。


 悠真は久真の前にいる時だけ、普通の女子高生に戻る。


 悠真はひっそりと、ありたけの想いを久真に寄せている。悲しいかな、久真には届いていない。久真は久真でレースに夢中。ふたりで一緒にMotoGPを目指す。今はそれで満足らしい。


 そんな悠真だが、今季は今までになく真剣になっている。


 なぜなら、MotoGPへの道が一気に拓けるチャンスが眼前に示されたからだ。


 このHRCミニバイク選手権を主催しているHRCは今季、MotoGPアカデミーという若手育成のスカラシップ奨 学プロジェクトを立ち上げた。


 来季にチームHRCを結成し、日本最高峰のバイクレース、全日本ロードレース選手権参戦を計画している。そして、チームHRCのレーサーに、HRCミニバイク選手権のチャンピオンと、選出したレーサー数名を据えるというのだ。


 HRCのレーサーになるということは、世界への道が拓けたのも同じ。MotoGPレーサーを目指す者にとっては人生が一変するビッグチャンス。そして昨シーズンのチャンピオンである悠真は、チャンピオン候補の一人に数えられている。


 悠真はまだ子供っぽいところがあるけど、あたしは素直にすごいやつだと思っている。夢に着実に近づき、ついにあと一歩の所まで来た。これをすごいと言わずなんというんだ。あたしも監督として気合いを入れているが――それはそれ、これはこれだ。


「ほら、仲直りしたらとっとと撤収作業に戻る!」


 あたしはふたりのケツを思いきり叩いた。




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