第 一 章 5



     * * *


 結局あたしは、トランポの共有を受け入れた。


 バイクを二台積む準備は、トランポの中を整理してすぐ済んだ。問題はベッドだった。


 あたしはトランポの中にコンパネを渡し、天井の空間にベッドをしつらえ、その下にバイクと機材を積んでいた。キャンピングカーっぽいがそんないいもんじゃない。


 ベッドは大人二人が横になれたが、どうにか寝返りが打てる高さしかない。ほとんど穴蔵。それでも足を伸ばして眠れる。宿泊費が浮く。あたしはルーフベッドと呼んで、重宝していた。


「海、ベッドの荷物も片付けてくれよ。俺の寝る場所がない」


 トランポの整理を手伝わせていた森屋が、なんでもないことのように、いや、なんでもないこととして言った。


「おまえさ、のベッドで寝るつもり?」


 当時のあたしは23歳。森屋24歳。年頃の男女がひとつのベッドで寝る。それがどういうことか。ったく、トランポの共有を持ちかけてきた時点で、わかっていたけど。


「大丈夫。海に手は出さない」


 胸を張って言われて、それはそれで癪に障る。女の沽券に関わる。


 あたしは釈然としない思いで森屋をねめつけると――


「よろしく、相棒」


 イラズラっぽく笑って、あたしに拳に向けて来る。


「ガス代、ちゃんと払いなさいよ」


 あたしはその拳を、自分の拳で打ち下ろした。


 彼女にフラれた直後の森屋は、もぬけの殻って感じだった。目は虚無を見ていて、生気を取り戻したかと思えば、重たいため息を連発していた。


 レース仲間の男女がトランポで雑魚寝とか、サーキットじゃめずらしくない。下手なことしやがったら叩き出せばいい。移動費折半はでかい。


 まぁ、いっか。


 おざなりに着地して、あたしと森屋は行動を共にするようになった。


 そして『森屋と海が付き合い始めた』なんて噂が、パドックに広まるのはあっと言う間だった。


 パドックとはピットの裏側にある関係者向けの敷地のことで、トランポを駐めたりホスピタリティブースが設置されたりする。いわば舞台裏で、レース関係者の小さな社会ができあがっている。噂もパドックの中を駆け巡る。


 トランポから寝ぼけ眼の男女が揃って出てくれば、二人はそういう仲なんだと思わない方がおかしい。


 だからあたしは噂を放っておいた。付き合っているのかと訊かれれば、付き合ってないと答える。じゃなんでトランポの共有なんかしてるのと突っ込まれたら、移動費と引き替えに居候させてるだけと返す。


 そこまで突っ込んでくる人間なら、だいたいあたしの性格をわかっているからそれで納得して、たいていこう続ける。


「まぁ森屋と一緒にいられるのは、海くらいなもんだよ」


 バイクでレースをやろうなんてくらいだ。サーキットにはあくの強い人間が集まってくる。その中でも森屋は特にの強い人間だった。


 森屋に対するあたしの第一印象も〝友達少ないだろうな〟だった。


 そう。あれはまだ森屋と知り合う前、レース仲間の手伝いで参加した地方レース。





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