第 一 章 4



     * * *


 言葉の意味を理解するのに、だいぶかかった。


「……死んだ? 森屋が?」


 あたしのひっくり返った声に、オダケンは気まずそうに頷く。


 冗談でも言っていいことと悪いことがある。そんなこともわからないのかこのバカは。


 一瞬、そんな怒りがこみ上げたけどすぐに霧散むさんした。そういうことがわかるバカなんだ。


「いつ?」


「……去年の八月だったから、一年前だな」


「なんで?」


都筑つづきの1コーナーで、クラッシュして……」


 都筑とは、茨城県にある都筑サーキットのことだ。


「なんで都筑の1コーナーで死ねるのよ!」


 都筑は中規模サーキットで、特に1コーナーのエスケープ衝突回避ゾーンエリアは狭く、クラッシュリスクが高い。でも低速サーキットだし、そうそう死ねるような場所じゃない。


「海、声でけぇよ」


 とがめられて、乗り出していた体を戻す。この場二次会に相応しい話題じゃない。


「俺も詳しくは知らないけど、都筑の1コーナーにノーブレーキで突っ込んだって」


「なにそれ……マシントラブル?」


 そんなの、ブレーキが効かなくなったとか、アクセルが戻らなくなったとかの、マシントラブル以外考えられない。でもオダケンは首を横に振った。


「バイクの損傷が酷くて、原因はわからなかったって」


 人づてに聞いた話だけど、と付け足してオダケンは口を噤む。


 あたしは居心地の悪さを感じ、ジョッキを呷ったが空で、取っ手を掴んだまま恰好かっこうのまま押し黙る。


「即死だったって」


 オダケンが、口からこぼすようにつぶやいた。


 ――即死。


 その生々しい言葉を耳にした途端、言い様のない不安が胸で渦を巻き、叩くような動悸どうきが始まる。酔いなんて吹き飛んでしまった。


「…………なんで、知らせないんだよ」


 あたしはジョッキを置き、誰に言うでもなく言った。


「海が知らないわけないっていうか、つぅかなんでおまえ知らないんだよ!?」


「だから、誰も知らせてくれなかったんだって。葬式そうしきはどうしたの?」


「実家から親父さんが飛んできて、こっちで火葬かそうして連れ帰っちまったって。葬式は向こうでやったらしい」


「火葬って、葬式の後にするもんだろ」


「俺もそう思ったけど、あいつ秋田の出だろ。秋田って葬式の前に火葬するらしいんだよ」


「なにそれ。そんなの聞いたことないよ……」


「俺だってそうだよ……。それに、火葬した方が、連れて帰りやすいだろ……」


 即物的な話に、あたしは息を呑んだ。


 麻実ちゃんも知ってたの? と顔を向けるとおずおずと頷かれてしまう。


「いや、海が知らないわけないって、誰だって思うだろ」


「どうしてよ」あたしは森屋の肉親でもなんでもない。


「だっておまえ、森屋と付き合ってただろ」


 あたしは思わず手で目を覆った。


 そんなふうに思われていたのは知っていた。でも、だからって――


「それに、あんな噂があったから、みんな森屋の話は避けてたっていうか……」


「噂?」


 オダケンは顔をはっとさせ、気まずそうに目を逸らした。


 そうだよ。なんにも知らなかったあたしが、その噂とやらを知っているはずがない。


「なに、噂って」


 あたしは、オダケンを睨み付ける。


「あいつのクラッシュさ……事故じゃなくて…………」


 オダケンは酷く言いにくそうにした後、声を潜め、


「自殺、だったんじゃないかって」





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