第 一 章 1



     * * *



 バイク乗りって、な~んでこんなバカばっかなんだろう。


 タバコで煙ったい居酒屋の座敷で、あたしは隣の卓に目を遣りながらため息をついた。


「ぐわーっとさ、フルブレーキングでコーナーに突っ込んで行ったわけよ。そしたら俺のインにバーーーン!ってバイクが突っ込んできたんだよ!」


 赤ら顔の男がバイクに見立てた手に、反対の手をぶつけてみせる。


「えぇー……。体は大丈夫だったんですか?」


 話し相手の、バイクなんて触ったこともなさそうな女の子が首を竦ませる。


「気がついたら病院のベッドの上。脳震盪と鎖骨がポッキリ。手術してボルト止め」


 よれたTシャツの襟に指をかけ、ミミズ腫れに似た手術跡を見せる。


「うわぁ、痛くないんですか?」


 女の子は、本当に嫌そうに眉根を寄せる


「大丈夫大丈夫。もう治ってるから心配しないで」男はガハハと笑う。


 バカたれ……。心配してんじゃなくて、ドン引きしてんだよ。


「俺なんか新車で転んで縦回転やったかんね。目の前でバイクがバラッバラになんの」


 向かいの男が、張り合うようビールジョッキを突き出す。


「バラバラって……そういうオートバイって、いくらくらいするんですか?」


 聞き上手な女の子だなぁと感心してしまう。さっきから男どもが求めている言葉を的確に返してる。あたしには無理。


「150万!」


「えっ、150ですか!? 車が買えるじゃないですか」


「買える買える」


「150万が、バラバラになっちゃったんですか……」


「なっちゃったぁ~。万札が舞い散ってるように見えたねぇ」


「オートバイって、お金かかるんですね……」


 女の子は呆れたようにつぶやき、きっと心の中でこう続けてる。


 ――この人達、バカじゃないの!?


 今の話、だいぶ前にあたしも聞かされた。飲み会の度に同じヤツが、同じ話をしている。ていうか、一般人にそういう話をするなよ。レースがそういうものとして見られるでしょ。後ろの卓じゃ下ネタで大盛り上がり。さらにその向こうじゃ、脇毛にライターで火をつけるという一発芸で、バカどもが息も絶え絶えに笑い転げてる。


 あたしはもう一度、深々とため息をつく。


 久々に顔を出してみたら、こいつらなんにも変わってない。


 飲み会に来て、口を開けば転倒クラッシュの自虐話。あと怪我自慢。ライダーにしてみればよくある話だけど、一般の人が聞いたら、それこそドン引きする話だ。


 大枚はたいてをバイクに乗って、転倒してまた大枚はたく。あまつさえ大怪我を負う。それをうざい感じで自慢されりゃ誰だって『バカじゃないの!?』ってなる。


 バイク乗り同士ならいざ知らず、今日は一般の人もいるんだ。TPOってもんはないの? そんなんだから、いつまで経ってもバイク乗りは変人扱いなのよ。


 こんなふうにイライラしてしまうのは、あたしもバイクでレースをする、ライダーだったから。





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