第 一 章 2



 女ライダーはめずらしがられる。


 レースが男のスポーツなのは確かだけど、女性ライダーもちゃんといる。そもそもモータースポーツには男女の区別がない。男女の区別がないスポーツはかなりめずらしいらしいが、それは単に女性のエントリーが少なすぎて、女性だけではレースが成立しない。しょうがないから男女混走でっていう、なんのことはない理由だと思う。


 理由はどうあれ、あたしは男女区別なしを歓迎していた。女だてらにレースなんてと言われるは嫌いだったし、レースは速いやつが勝つ。シンプルでいいでしょ。


「よぉ海、久しぶり!」


 日焼け顔が際だつ純白のタキシードを着た男が、あたしの隣に腰を下ろす。ここは居酒屋。何もかもが不釣り合いで頭がぐらぐらしてくる。


「おぉ! やっぱ海さんのおっぱいはでっけぇっすなぁ!」


 タキシード男が、あたしの胸元に首を伸ばして声を上げる。


 確かに、あたしの胸は無駄にでかい。それに今は、メカニックツナギを腰に巻いた、タンクトップ姿だから尚更目立つ。仕事から直行で来たから仕事着のままだった。


「そりゃどーも」


「あ痛い痛い痛い! 穴あく、頭に穴があく!」


 あたしはウメボシを食らわせてからタキシード男の頭を放り投げる。


「新郎がセクハラしてんじゃないよ!」


 今日、レース仲間のオダケンこと織田研二と麻実ちゃんの結婚式があった。あたしはこの二次会から参加していた。オダケンの結婚式なんかどうでもいいんだけど、新婦が麻実ちゃんとなれば話は別だ。


「海さんごめんね。研二がバカで」


 当の新婦が向かいに座って言った。肩の出たウエディングドレスはやっぱり居酒屋には不釣り合いだけど、本当に綺麗で、あたしにはちょっと眩しいくらい。


「本当にいいの? こんなんで」


 親指でタキシードをちょいちょいとやる。麻実ちゃんは顔一杯の笑みを浮かべた。


 今日の結婚式、ホテルとかじゃなくて、レストランを貸し切ったささやかなものだったらしい。二次会もオダケンのバイク仲間がほとんどで、麻実ちゃんの一般の友達が参加していることを除けば、普段の飲み会とさして変わらない。いつもの連中が、ほんとにもう、なにがそんなに可笑しいんだってくらい笑い転げている。


「でも海さん、元気そうでよかったです」


 その言い方には、安堵みたいのが含まれていて、


「心配かけちゃった? ごめんね、連絡しないで」


 麻美ちゃんは、気にしないでというように、笑顔で首を横に振ってくれる。


「そうだよ。俺も心配してたんだぞ。海のおっぱいが垂れてやしないか気が気じゃ――」


「黙りなさい研二。海さんに失礼でしょ」


 能面で口だけを動かす麻美ちゃんに、オダケンが凍りつく。


 やっぱりオダケンは尻に敷かれるのか。あたしは可笑しくなって、からからと笑った。


 バカで、ガサツなヤツばかりだけど悪い人間って訳じゃない。


 そう思ったら、ふっとある男の顔が頭に浮かんだ。


「そういえば、あいつは?」


 あいつって誰だよ、とオダケンがジョッキをひょいと突きだす。


森屋もりや。来てないの?」


 頭に浮かんだ男の名前を言って、鱸の刺身を口に入れる。ここの刺身はめっぽううまい。


「なによ?」


 顔を上げると、オダケンが顔を強張らせていた。


「海よぉ、そういうネタは笑えねぇって」


 似合わない苦笑いを浮かべてあたしの肩を小突いた。


「なによ、そういうネタって?」


「いや、だからよぉ…………」


「もしかして、呼んでないの?」


 森屋は誰にでも好かれるって性格の男じゃない。嫌ってるヤツもいる。だからって村八分とか、小学生みたいなことするなよ。


「……おまえ、マジで言ってるのか?」


 ついにオダケンは眉をひそめて言った。


「ちょっと、なに言ってんのこいつ?」


 麻実ちゃんに振ったら困惑顔をされてしまった。ちょっと、なんなのよ。


「海、おまえ本当に森屋のこと知らないのか?」


「だからぁ、森屋がなんだってのよ」


 オダケンは麻実ちゃんと顔を見せ合わせて、それからあたしに向き直る。


 神妙な顔で、躊躇うような間を置いてから言った。


「森屋…………あいつ、死んだんだよ」





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