第5話 二つの日常。
終わり際のカルディナ王の発言に、詳細を聞きたかったが時間のこともあって、そのまま食事会は終了となった。
あまり詳細を確認させないためのタイミングだったのかもしれないが、帰りの馬車でのネモアの機嫌は良くない。
行き先がユリアの家であることもあって、馬車の中には俺とネモアとユリアの三人だ。
当然、ネモアの矛先はユリアへと向かうわけで。
「師匠は知っていたんですか、ヒュースト・アロディーンのこと」
「貴方たちより少し早く呼び出されていて、その時に聞いたわ。私にも詳細の説明はなかったわね。家の防御を強化するように言われたぐらいね」
そう言ってユリアが鞄から取り出したのは、拳大のゴツゴツとした岩のようなものだった。
岩と言うよりは、宝石の原石と表現したらいいのだろうか。
全体的に濃いめの紫色をしていて、薄暗い馬車の中ではわかりにくいが、半透明で光が中まで進んでいるように見える。
全体的にゴツゴツとしているが、平らな面はツルリとしていて若干の光沢が見られる。
「それはなんだ?」
「魔鉱石と呼ばれるものよ。これ一つで、平民の一年分の生活費ぐらいかしら」
「……よく、準備できましたね」
俺の質問にユリアが答え、ネモアがため息をつきながら呟く。
魔鉱石は主にアポテメタンのキリクという鉱山で取れる鉱石の結晶で、自然エネルギーが凝縮されているとのこと。
単体では自然エネルギーの塊でしかなく、魔法を発動することはできない。
魔鉱石を使用すると、魔法の効果が跳ね上がることが過去に立証されており、通常の魔法をより強固にする際や魔道具の効果を高める際に用いられるとのこと。
凝縮されている自然エネルギーは使用すると減少するため、魔鉱石は高価であまり一般に流通することはないとのこと。
先の食事会でも話のあった、ノシルフィの自然エネルギーはアポテメタンより少ないので、魔法の効果を高めるために城や一部の重要施設では使用されているとのこと。
「家の強化って、一体どういった魔法を使っているんだ?」
エルコティアソフィアの魔法は、俺が思い描くような万能なものは存在しないように思える。
発動には魔法陣が必要で、杖を一振りして詠唱で完了するような簡単なものではない。
また、火、水、風、地の基本属性から構成されている。
オケアノス学院での授業が初等学の分類なので、まだ、基本的な属性以外の魔法を学んでいないことと図書室でもそう言った本をあまり見かけなかった。
基本的に、転移の魔法陣のことばかりを調べていたから、知識が偏っている。
ただ、転移の魔法陣についても不明確なことばかりだ。
そもそも移動系の魔法陣自体が、基本属性の四属性に当てはまらない。いわば、色々な要素を組み合わせた魔法陣だ。
最初に召喚された時に、ユリアの家には侵入防止の魔法が施されている部屋があると言われていたが、それは一体何属性に当てはまるのか。
基礎がはっきりと確立されていない中で、疑問ばかりが浮かぶわけだ。
ゲームのように万能ではないが、有用な魔法陣はいくつも存在する。
ネモアに見せられた世界の魔法が描かれた本も百頁ほどだったが、オケアノス学院に通っている間にそれ以上の魔法の存在を知っている。
「重要な部屋には侵入防止、家全体には侵入阻害の魔法を使っているわね」
「それは何の侵入を防止したり阻害したり、どう言った効果があるんだ?」
「侵入防止は、私が認めたものしか入れないようになっているわ。侵入阻害は、私が認めたもの以外が入れないように行動が制限されるわね」
ユリアの言葉に、余計に疑問が浮かび上がる。
認めたもの以外が入れないように行動が制限されるのであれば、何故、最初のタイミングで俺は召喚されたんだ?
そもそも、俺がユリアに認識されていないのであれば、認められていないと考えると、呼び出されること自体がおかしいのではないのか。
その魔法はしっかりと効果があるのか。
単純に浮かんだ疑問をユリアに投げかけると、ユリアの眉が顰められる。
「侵入防止と言っても、完全ではないのよ。発動した際の効果に比例する部分が強いの」
「検証は行っているのか?」
「侵入防止に関しては、ネモアでも部屋に入れないことは実証済。侵入阻害については、野兎が弾かれていることを確認している。基本的に、部屋にあるもの以外はそれほど重要ではなかったから、今まではそれほど効果の高い侵入阻害の魔法は発動していないの」
ユリアの言葉にネモアが同意のため頷いた。
「そもそもが、ユリアの認めたもの以外というのはどう言った基準なんだ? 発動時に確定されるのであれば、前回のカルディナ王たちは入れないということになるよな」
「あの時は、一度、魔法を解除して新たにかけなおしたの」
「解除する前には、カルディナ王たちはこの家に入れなかったのか?」
「それほど強い効果ではないから、入ることはできるけど自身の魔力が押さえつけられていて行動が制限されている不快感はあったみたいね。だから、一度解除して新たにかけなおしたの」
「……俺は、その不快感と言うのを感じたことはないんだけど」
俺の言葉に、ユリアの眉がさらに寄せられる。
ユリアの話からすると、侵入阻害の効果は発動時に対象が確定されるようなものなのだろう。
ただし、俺はその行動の制限という違和感を感じたことがない。
「転移の魔法陣と言う形で、直接中に呼び出した影響……かしら?」
「その日以降も、ユリアと出会う前に何度かここには来ているけど、そう言った違和感はなかった」
「……一度、検証してみる必要があるわね」
何か抜け道があるのかもしれない。
家全体に侵入防止の魔法を施した方が良いのではないのか、という話だが、侵入防止は侵入阻害に比べて複雑且つ魔力が必要で。
それこそ、魔鉱石でもなければ、家一軒という大きさの建物全体を効果範囲に指定することが難しいのだという。
精々、一部屋を囲うのが限界だと。アポテメタンであれば、二部屋だと。
話をしているうちに、ユリアの家に馬車が到着した。
懐中時計を確認すると、時刻は午後四時五十分を過ぎたところだ。こちらに来てから、八時間が経過しようとしている。
「ネモア、明日も今日と同じ時間で」
「はい、お気をつけて」
ネモアとユリアに手を振りながら、魔法陣の光に包まれた。
プルルルルッ……、プルルルルッ……。
光が収束する中、ベッドの上に置いてあった携帯が鳴っているのに気づく。
あちらに持っていくと電波が届かなくなるため、こちらに置いて行ったのだ。
両親から連絡があった際に繋がらないとまずいと思ったからだ。
画面を確認すると案の定、母さんからで、既に何度か掛けてきていたようで、不在着信のマークが着いていた。
「もしも……」
「っ! やっと繋がった! 啓輔、無事なの? 何かあったの!?」
「母さん……、耳が痛い。悪い、携帯を家に忘れてて、今、帰ってきたんだ」
「……っ、はぁ……。全く、心配掛けないでよ……」
ズッと電話口から鼻をすする音が聞こえる。
忘れないように気をつけることを約束して、向こうの様子を確認した。
現地のホテルにチェックインをして落ち着いたから、俺に連絡をしたのだがつながらない。
メッセージも送信したが既読もつかないので、こちらに帰るかどうかの話し合いまで進んでいたらしい。
途中で電話を変わった父さんにも、母さんを泣かせるんじゃないとため息混じりに怒られた。
外に出る時は携帯を必ず持っていくことの約束と、最低でも二時間に一度は確認することを約束した。
何か作業をしていて気づかないこともあるだろうから、と、母さんを父さんが説得してくれた結果だ。
最初はすぐに返信をという話が出ていたのだ。
「うん。悪かった、ごめん。ああ、ありがとう……。楽しんできてな、お土産楽しみにしてる」
かれこれ、半時間ほど母さんの話をして、電話を切った。
やってしまった。
八時間ぐらい大丈夫だと、勝手に思っていたが、かなり心配させてしまったみたいだ。
一年間も行方不明だった息子と、連絡がつかなかったら、それは心配するだろう。
それも、すぐに見に行ける距離じゃないから余計だろう。
考えなかったわけではないが、元々は夕方ぐらいに連絡をくれるとの話だったので、完全に油断してしまっていたのだ。
最初の着信が昼の二時頃だったので、それから約三時間。
不在着信は十数件が残されていて、最初の方のメッセージには現地のにこやかな両親の写った現地の写真がのせられていたが、だんだんと間隔が短くなり俺を心配する言葉ばかりになる。
「……あー……」
顔を手で覆いながら、ベッドに倒れ込む。
余計な心配を掛けてしまった。
久しぶりにファンたちにも会って、楽しんできてしまっただけに、やってしまったという気持ちが大きい。
本当のことを話さずに隠しごとをしながらやっているという罪悪感も大きい。
プルルルルッ……、プルルルルッ……。
再度鳴った携帯に勢いをつけて起き上がる。
画面を確認すると、母さんではなかった。
「え……?」
登録していない番号に、思わず声をあげる。見覚えのない番号だ。基本的に、知らない番号の電話には出ないようにしている。
放置すると、数分鳴り続けた後にそのまま切れた。
「間違い電話か?」
切れた携帯を手にとると、また、すぐに鳴り出した。
先ほどと同じ番号だ。
間違い電話ではないようだが……。
しばらく悩んだが、いまだに鳴り続ける電話に、とりあえず出てみることにする。
「もしもし……?」
「あっ、啓輔? あんた早く出なさいよ」
「え?」
突然聞こえた女性の声に、思わず声が漏れる。
聴き慣れない大人の女性の声。だけど、電話の相手は親しげに、こちらの名前を呼んでいる。
「おばさんから電話もらったのよ。あんた、一年間も心配掛けたのに、さらに心配掛けるなんて、何考えてるの?」
続く、言葉に知り合いだということはわかるが、声から名前が導き出せない。
「えっと……、悪いんだけど。誰……?」
「……本気で言ってる?」
「あ、うん」
「……まぁ、高校卒業してから、会ってないから仕方ないか。連絡先も交換してなかったし、当然、そっちからも連絡なかったし」
「高校卒業……」
ふと、過去の記憶が蘇る。
俺の母さんをおばさんと呼び、俺を名前で呼ぶ女性。感じからして同級生。
俺の同級生で同じ高校に通ってた女の子の知り合いといえば、一人しかいない。電話越しのせいか、大人になったせいか声から全然わからなかったが。
「山下、七海?」
「そうよ。何よ、フルネーム呼びなんて、気持ち悪い。前みたいに、七海でいいよ。久しぶり」
「あ、ああ……久しぶり。というか、連絡先」
「母さんにおばさんから連絡があって、私、今こっちで就職したから、啓輔の家と割と近くなのよ」
七海は、母さんの弟の嫁さんのお兄さんの子供だ。
親戚ではないが、高校まで七海もこの近くに住んでいて、小さい頃はよく遊んでいた。
高校卒業と同時に、母さんの弟の嫁さんのお兄さん、つまり、七海のお父さんの仕事の都合で他県に引っ越した。
七海は大学を卒業後に、こちらの企業に就職したらしく、今はマンションで一人暮らしなのだと言う。
俺が行方不明の間に、母さんと七海のおばさんが連絡を取っていて、その時に七海が近くにいることを知っていたらしい。
今回は緊急事態ということで、会社帰りに様子を見にいくようにお願いされていたとのこと。
定時の六時に会社を出た時に、母さんから連絡がついたと報告はあったが、不安だろうからと本人確認のために家に向かっているとのこと。
その際に、連絡先を聞いたのだと。
「後、十五分ぐらいで着くから、呼び鈴鳴らしたら開けて」
「あ、ああ」
「ついでに、材料も買ったから、夜ご飯作ってあげるわ」
「え?」
「まだ、ご飯食べてないでしょ?」
少し前までカルディナ王と食事をしていたから、実を言うとお腹はそこまで空いていない。
ただ、全体的に量は少なめだったので、全く食べれないと言うこともない。
七海の言葉に頷いて電話を切り、とりあえず服装とベッドに転んだことでボサボサになった髪を整えて、一階に降りる。
ご飯がなかったので、早炊きで仕掛ける。
廊下とリビングの電気をつけて、軽く机の上の雑誌などを片付けていると玄関の呼び鈴が鳴った。
時間もちょうどだったので、何の疑いもなく玄関を開けると、どこか高校時代の面影はあるが、すっかり大人になった知らない女性がそこに立っていた。
片手には近くのスーパーの買い物袋をぶら下げている。
「久しぶり、随分背伸びたね」
「あ、うん。七海も、随分変わったな」
そう言った俺に、ニカリッと笑った七海の顔は、昔のままだった。
高校時代はバレー部に所属していて、スポーツ少女と言った元気に日焼けしていたが。
オフィスカジュアル? 少しふわりとしたスカートに、ブラウス、柔らかいカーディガンと、少し長めの髪を緩く巻いている姿は女性らしい。
バッチリではないが、軽くメイクをしている顔は、昔と大分印象が異なる。
「まぁ、積もる話もあるし、上がらせてもらうよ。野菜炒めだけどいい?」
「ああ、ありがとう。ご飯は後、十分ぐらいで炊ける」
「りょうかい」
小さい頃はよく、お互いに家に泊まりに行ったりしていたが、七海はよく覚えているのか、迷いなくキッチンに入っていく。
包丁とフライパンもすぐに見つけて、下手をすると俺より場所を知っているかもしれない。
俺は、二人分の皿と茶碗、コップや箸を用意するぐらいだ。
ジュッという油の音とタレの絡むいい匂いがする。
それほど量も多くなかったので、問題なく食べれそうだ。
二人で向かい合わせにテーブルに座ると、手を合わせて食べ始める。
本当に久しぶりに会ったのに、ギクシャクしないのは、七海が昔のような態度をとっていてくれているからだろう。
見た目は随分と変わったけど、気配りやなところや明るいところは全く変わっていない、と安心する。
ご飯を食べながら、七海は今の仕事の話をした。
今は、WEBデザインの仕事をしていて、基本的には自宅で作業をしているらしい。
打ち合わせの時と、月に二回ほど全社員集会の日があり、今日がたまたまその日だったらしい。
そうじゃなかったら、母さんから連絡があった時すぐにこちらに来ていたとのこと。
タイミングがいいのか悪いのか。すぐに七海が来ていたら、余計に俺の都合の悪い自体になっていたかもしれない。
やっぱり、俺が嘘をついてごまかしているのが悪いのだが。
「そういうわけだから、私、明日からこの家で作業するわ」
「え?!」
沈みかけていた思考に、七海のとんでもない言葉に思わず声と顔をあげる。
ここでもネットはつながっているし、必要なのは作業用のノートパソコンが二つ。七海が住んでいるマンションからも近いから、朝一でこちらにやっていると。
俺が出かけるのであれば留守番をしているし、既に俺の母さんと父さんに了承は得ているとのこと。
むしろ、提案したら母さんからは是非にとお願いされたのだという。
「えっと、いや、でも……」
俺が答えに困っていると、七海はじっとこちらを見つめてくる。
自然と視線を避けるように今食べている野菜炒めに視線を合わせる。
しばらく、居心地の悪い沈黙が流れる。
「……啓輔、何か事件にでも巻き込まれてるの?」
「っ!」
今までより一つトーンの下がった声が、七海から上がる。
思わず顔をあげると、真剣な表情をした七海がこちらをじっと見つめていた。
その瞳の中に心配や不安が滲んでいるのがわかって、余計に言葉が喉に引っかかってしまう。
「どうなの……?」
再度、問いかけられて、バクバクと上がる心拍音に耳鳴りまでしてきた。
手に持っている茶碗と箸が手汗でヌルつく。
慌てて、テーブルに置くと、ズボンで汗を拭った。俺の行動に、七海の不安は増してきているようだ。
真剣な顔がどんどん強張っていく。
どくんっ、どくんっと音を立てる心臓に、胸元のシャツをグッと握り締めた。
「……じ、けんには、巻き込まれていない」
「じゃぁ、何に巻き込まれてるの……?」
「……事故……?」
疑問符と共に呟いた俺に、七海の眉が今まで以上に寄せられる。
非現実的なことだ、両親にもあれ以降話していない。
七海に、話しても、俺が頭のおかしい奴だと思われるだけだろう。ただ、明日以降も七海はこの家にやってくる。
実際に転移するところを見せるか……?
思考がなかなかまとまらない、が、今の最善はそれしかないような気がする。
誰にもバレずに、今の状況を続けることは不可能だろう。それは、今日のことを見ても明らかだ。
それに、両親よりは七海の方が、俺と年も同じだし、非現実的なことを受け止めやすいかもしれない。
「……明日の朝、話す」
「今じゃダメなの?」
「今は、証明できない……」
俺の要領を得ない答えに、七海は眉間の皺をより濃くする。
今、話したところですぐに立証できるわけじゃない。
明日、転移の魔法陣が発動する少し前に説明して、向こうに転移して、すぐにこちらに帰ってくる。
それしか、今は、七海に伝える方法が思いつかなかった。
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