第4話 物事は連鎖する。
カルディナ王との夕食の予定のため、ミリィたちとは店の前で別れ、迎えの馬車に乗り込んだ。
ネモアはミリィから聞いたエリオットの言葉が気になっているのか、馬車の座席に座ると難しい顔で考え込み始めてしまった。
俺には、貴族にどういった役割や義務があるのかはわからない。そこには、当然に責任も発生するのだろう。
何を考え込んでいるのかを聞いて、一緒になって知恵を絞るというのも一つの手だとは思うが、今回の場合はその貴族というグリサラーサ家に関連が強いように感じる。
そうなると、ネモア個人が判断して俺に相談してもいいのか、判断できるものなのか。
俺は周りに風潮するつもりはないが、ネモアが考え込んでいることが重要機密かもしれない。
下手に俺から聞いてしまうと、言えない事柄だった場合に、ネモアは気に病むのではないかと思う。
「ネモア」
「……? あ、はい」
「この馬車、何処に向かっているんだ?」
そう結論づけて外の景色に意識を向けると、俺には見覚えのない景色だった。
何度か訪れたことのある城とは違う道に進んでいるように思う。
こちらの世界での生活のほとんどの時間をオケアノス学院の中で生活をしていて、街に出ても近くの食べ物屋かヘランドに向かうことが多かった。
アニュキスの全てを見て回ったわけではないので、知らない場所や道があるのは理解できる。
民家や店舗が数を減らし、見たことのない門を抜け、今は高く長い壁が続く通りへと入っている。
立派な門構えが時々見えることから、おそらく建物の外壁であるとは思っているが、馬車と壁の距離が近くて、向こう側にあると思われる建物までは見えなかった。
グリサラーサ家と外観が似たようなつくりだったため、貴族がまとまって住んでいる場所だろうという予測はついた。
そうなると、カルディナ王との夕食はそういった場所で行うということになる。
何故、城で行わないのか。
「ここは……城の南に位置する貴族の移住区域ですね」
「夕食の場所は聞いていないのか?」
「はい。待ち合わせの場所を聞いていただけなので。こちらの方が城へ向かうより、師匠の家と近いので、その辺りを考慮されているみたいですね」
俺の質問に対してネモアが違和感を覚えている様子はない。
馬車は城から迎えが来るときによく見ていたデザインのものだった。家紋というか紋章というか、そういう類のものも、グリサラーサ家の馬車とは違うモノがついていたのを覚えている。
貴族の移住区域というぐらいだから、構えている店舗は王族が夕食をするのに問題ない場所を使うのか、そもそも王族専用の建物があってその場所を使うのか。
俺はついつい、この馬車自体が実は城からの迎えではないのでは、と良くない方向へ考えてしまう。
そんな考えを口にしてネモアに聞いてしまおうか、と何度か悩んで決意を固め始めた頃、馬車は緩やかに減速した。
そのまま一つの門の前で止まると、馬車のドアが開かれる。
「お待ちしておりました。ネモア・グリサラーサ様、ケースケ・ク・グリサラーサ様」
そう言って顔を見せたのが、カルディナ王の隣で何度か見たことのある騎士の一人だったことに一先ず胸を撫で下ろす。
ネモアと二人、迎えの騎士の後について門をくぐり建物の中に入っていく。
入り口で何人かに出迎えられる。
建物内部の造りは城よりはグリサラーサ家に近い。
「こちらでお待ちください」
テーブルとソファが中央に置かれた少し広めの部屋に通される。
騎士はそのまま部屋を出て行ってしまったが、代わりに入ってきた女性がお茶を用意してそのまま部屋の入口付近で待機している。
ネモアは慣れた所作で女性が用意してくれたお茶に口をつけているが、俺は中々手を伸ばすことができない。
カップは高級そうで、テーブルは繊細な細工が施してあり、材質はガラスのように見える。カップを持ち上げたが最後、テーブルに戻せる気がしない。
座っているソファは少しでも気を抜くと背中から沈み込んでしまいそうなぐらい柔らかだ。
全くもって落ちつけない。
あまり深く考えずにカルディナ王との夕食に参加することを決めたが、この後のことを考えると胃の辺りが重くなる。
テーブルマナーは日本と同じで良いのか? コース料理とか食べたこともないのに、どうすればいいんだ。
ネモアに疑問や不安を伝えたいのに、入口に立っている女性のことが気になって、中々聞くことができない。
悶々と考え込んで様子のおかしい俺に気づいたネモアが、視線を向けてくれたが、中々口を開くことができない。
俺の態度にネモアの眉が顰められる。
変な誤解をあたえたままですれ違いなど、今までの経験上、ろくなことにならない。
出そうになったため息を飲み込んで、事情を話す。
「……こう言った所にきたことがないから、緊張しているだけだ」
「……? あ! そ、そうですね。すみません、気が回らなくて」
ネモアの話では食事と言っても堅苦しい物ではなく、俺が貴族でないことはカルディナ王も承知のことなのでそう気にする必要はないと事前に連絡をもらっているとのこと。
移動中に説明するのを忘れていたと謝られてしまった。
「今回参加するのは、カルディナ王と師匠のユリア、そして俺たちの四人です」
主な目的は転送の魔法陣の情報共有と俺に関する情報の認識合わせになるとのこと。
ただ、俺の素性を根掘り葉掘り聞く意図はなく、あくまで常識の違いなど、外海の先に他者が感づくことがないかどうかの判断のためだと。
答えづらいことははっきりと言って構わないことと、後日、ネモアと相談しての回答でも良いとのこと。
本来、一国の王様にそう言ったごまかしはできないのでは? と疑問に思うが。
ここでも、国家魔法研究所の起こした事件が大きく影響しているみたいだ。
グリサラーサ家のダンガルとグラヴィスタ家のジーダンから厳しい声があがったみたいだ。
また、既に事件のことで俺の心象が下がっているのに、無理に情報を引き出そうと俺の機嫌を損ねるべきではないと助言をしたらしい。
こちらの一般常識とは違った知識や物の見方はアニュキスのためになると、交流が途絶えることは避けるべきという結論とのこと。
「……そんなこと話してよかったのか?」
俺は入口の女性を気にしながら、声を抑え気味に問いかけると、ネモアは良い笑顔を見せた。
「むしろ、俺はケースケさんとの友好を深めるようにと指示されています。また、ケースケさんの性格上、こういったことを隠し立てする方が良く思わないとはっきりと伝えているので、俺が知っている情報はケースケさんに伝わることは想定内かと」
「つまりは、ネモアが知らない思惑もあるかもしれないと言うことか」
「できる限り、情報を集めるつもりですが……」
「危険がない限り、無理はしないでくれ」
意気込むネモアにケースケは慌てる。
俺がネモアを信用しているのは、こういった真面目で誠実なところを体感してきたからだ。
「ミリィの話を聞いた後に考え込んでいただろう? あれは俺が聞いても良いことなのか?」
「先ほどの繰り返しになりますが、俺が知っている情報は大なり小なりケースケさんに伝えるつもりです。認識違いが一番厄介だと既に経験したところなので……。考え込んでいたのは、アロディーン家の、エリオットの動向を全く知らなかったからなんです」
「そうなのか……」
調べるつもりだと意気込むネモアに、再度、無理をしないように注意する。
エルコティアソフィアのことについては、俺にはどうすることもできないことの方が多く、ネモアにこれからも負担をかけることになるだろう。
本当に無理や危険なことをしないように、注意するべきだと感じた。
「とりあえずは、今からの夕食ですね」
ネモアの言葉に頷くと、少ししてドアがノックされる。
入ってきたのは、先ほど案内してくれた騎士の人だった。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、案内いたします」
まるで、測ったかのようなタイミングだと感じたが、カルディナ王にとってはこういったことも想定内なのかもしれない。
廊下の突き当たりの部屋の前に案内されると、俺とネモアの到着が中に伝えられる。少しして内側から扉が開けられた。
部屋は結構な広さがあるが、その中央に少し大きめの円形のテーブルが置かれていた。
入口とテーブルのちょうど中間辺りにカルディナ王とユリアが立って、出迎えてくれている。
ネモアから変にかしこまらなくても良いと言われていたため、一国の王様という地位に自然と浮かぶ緊張はどうしようもないが、可能な限り卑屈にならないように注意する。
「よくきてくれたな、ケースケ」
「お招きありがとうございます」
歓迎してくれるカルディナ王。俺はネモアに習って軽く頭を下げた。
そのカルディナ王に案内される形で、テーブルに着席する。カルディナ王から見て右側に俺が座り、ネモアは俺の正面。残ったカルディナ王の正面にユリアが着いた。
テーブル自体は大きめなので、隣といってもそれなりに距離が離れている。
正面に座るネモアとも距離が離れているが、お互いの表情ははっきり確認できる距離だ。
カルディナ王の正面に座って対峙することに比べると、緊張は少ない。
「気になることや聞きたいことはあるが、まずは冷めてしまわぬように食事をはじめよう」
カルディナ王の声と共に、テーブルの上に次々に食事が運ばれてくる。
いくつかの料理が一度に運ばれてくる形式で、それぞれの料理も少量ずつ小さめの器に綺麗に盛られている。
ナイフとフォークが左右に並べられているが、ネモアの動きを確認すると外側から使っている様子だが、特に一皿ずつ変えているようには見えない。
カルディナ王やユリアと食べる皿も別々で、好きなものを好きな順に食べているようだ。
味の違うものを食べる際に別のフォークとナイフに持ち替えていたり、スープものはそれぞれの器にスプーンが一緒に載せられているのでそれを使うようだ。
一口、二口で食べ終わる料理を食べながら、味の感想や好みについて尋ねられる。
ノシルフィの料理の味付けは、洋風なものが多く、時々酸味の強い味のものは苦手なものはあるが、食べれないほどではない。
放浪癖のあるユリアの話だと、亜人の多いイエルザの方では醤油や味噌といった、日本に近い味付けの料理が多く、魔人の多いアポテメタンでは辛い味付けの料理が多いらしい。
オケアノス学院は多方面の地方から学生が集まっているため、日替わり定食の中にそれぞれの地域に沿った味付けのものが用意されている。
俺は好んで日本風の味付けを食べていた。
「ケースケのいたところはイエルザに食文化が近いのかもしれないわね」
「最初にネモアに転移の魔法陣で呼ばれたときもイエルザの方かと聞かれました」
「確かに、イエルザの人と顔立ちと肌の色が近いな。黒髪・黒目もノシルフィやシンフォアより多い。魔人とのハーフというわけでもないのだろう?」
食事もデザートに差し掛かった頃、味の好みの話から自然と話題は俺の故郷の話へと。
エルコティアソフィアでの亜人や魔人は別名獣人とも呼ばれ、体の一部が獣化したものや人から獣に変化できるもの達のことを指す。
亜人と魔人の区別は闇の力に強いかどうかで判断され、その影響か、魔人には黒髪・黒目が特徴として現れやすい。
そして、人と亜人や魔人のハーフの場合、外見は人か獣人のどちらか一方に偏ることが多いが、肌や髪や目の色は両方の特徴を引継ぎ易いのだと。
「周りには人しかいなかったので、先祖にそういった方がいたかどうかまではわかりません」
「魔法の存在も知らなかったらしいな。ノシルフィも過去は魔法は秘匿されながら、師弟関係のみで伝わっていた」
「ノシルフィは魔法が発展して、俺の住んでいたところは魔法の代わりに科学が発展したのだと思います」
「科学か……」
日本での転移の魔法陣の発生の仕方を覚えている限りで伝える。
エルコティアソフィアでの魔法陣の発生の仕方と違いはないらしい。
魔法の研究をしているユリアの見解としては、俺のいる日本にも魔力の元となる自然エネルギーは存在するだろうとのこと。
そもそも、転移の魔法陣も転送の魔法陣も、送り元と送り先に魔法陣が描き込まれる性質上、爪の先ほどでも魔力の元となる自然エネルギーが存在しないと発動しないとのことだ。
「エルコティアソフィアの大陸の中でもノシルフィは一番、自然エネルギーが少ないの。逆に一番多いのはアポテメタン」
「それは、どうしてわかったんですか?」
「ケースケの研究と着眼点は似てるわ。ノシルフィとアポテメタンで、同じ魔法でも威力が倍以上に違うのよ。一部の属性ではなく、全ての属性で」
誰の目にも違いは明らかだったらしく、エルコティアソフィアの各大陸で確認が行われたらしい。
十数名の魔法士を使った、感覚的な調査だったらしく、俺のように目盛をつけたり値の平均値を出したりといった方法ではなかったようだ。
エレイ先生が言っていたように、俺の調査方法は魔法の研究を行う上でとても有効的で画期的なものだとのこと。
ただ、一部の研究者は何を今更と興奮した様子もなかったので、既に自分なりに似たような方法で行っていたらしい。
たまたま、属性の相剋と相生について研究している研究者がいなかっただけで、きっかけがあれば同じような研究を行う者も遠くない内に出てきていたとのこと。
また、そう言った方法を編み出している研究者は、国家魔法研究所より地方の個人研究者の方が割合が多かったとのこと。
「そう言う人達って、自分の知識欲を満たしたら満足してしまう人が多くて。何人かは、褒賞ものの研究結果を持っているのに、新しい研究に夢中で発表すらしていなくて……。私も、転送の魔法陣を世に発表するつもりがなかったわけだから、人のことは言えないのだけどね」
ユリアの言葉に、オタクと言う文字が頭に浮かぶ。
カルディナ王は国の発展を考えているためか、可能な限りそういった発表はしてほしいようだが、国として強制する意思はないとのこと。
強制して、他国に逃げられては元も子もないし、そう言った人に限って、地位や権力には興味がなく、煩わしいと感じればすぐに逃げてしまうとのこと。
誰とは言わないが……と言いながら、視線はユリアに向いていた。
ネモアから国家魔法士の資格を断ったとは言っていたが、城の敷地内に父親が使っていたものとはいえ、研究所が残っているのは彼女の能力が高いからだろう。
研究所があるから、国家招集の令状や重要書類がネモア経由で送られるわけで。
ただ、国家魔法士の資格はないから、そこまで高い強制力はなく。
国民の義務レベルの位置付けとのこと。
また、ユリアに関しては、転移の魔法陣の父親の功績が色濃く出ていたが、今回の転送の魔法陣の功績でより強固になったとか。
「ケースケの場合、こちらの身分の証になるし、国家魔法士の資格が悪いわけではないわ。他の国より、カルディナ王は事情を知っているから無理な指示は出さないし」
「国家魔法士と言っているが、基本的には皆、自分のやりたい研究をしている。有事の際の強制力はあるが、ケースケは事情が事情だから考慮する」
「グリサラーサ家とグランヴィスタ家の専属魔法士という道もあるしね」
「はい、もちろんです!」
「ユリア、ネモア……もう少し、こちらの肩を持ってくれても良いだろう」
人払いをしているためか、身内の夕食会と言う意識が強いのか、ユリアとネモアのカルディナ王への言葉に容赦がない。
聞いているこちらが、一国の王様に……と心配になるぐらいだが。カルディナ王も気にした様子はない。
「そもそも、今後の事もまだ決められていないので……」
俺が苦笑いをしながら答えると、とたんにネモアの表情が暗くなる。
先延ばしにして申し訳ないと思う気持ちはあるが、まだ、決められないのだ。
「そうね。ケースケにはケースケの生活もあるわけだし……」
途中で言葉を切ったユリアが、姿勢を正して真剣な目でこちらを見つめてくる。
「突然、あなたの日常を壊してしまって、こちらの事情に巻き込んでしまってごめんなさい」
深く頭を下げるユリアに、自然と背筋が伸びる。
何度かユリアに謝られたが、改めて、そういったことをされると掛ける言葉に悩む。
「……私のことは恨んでも構わない。でも、ネモアとはいつまでも友達でいてあげてください」
「……もちろんです」
「ありがとう」
ユリアへの気持ちはどうなるかわからないが、ネモアといつまでも友達でいることに否はない。
その部分だけ、きっちりと返事をすると、ユリアが少し肩の力を抜いて顔を上げた。
優しげなその瞳に、自然と吸い込まれそうになる。
「そろそろ、ケースケの帰りの時間もあるだろう」
空気を切り替えるようにカルディナ王が声を発する。
「一つ、ネモアとケースケに注意してほしいことがある」
食事中の和やかな視線から一変、鋭い眼光でカルディナ王が俺とネモアを見つめる。
居住まいを正したネモアに合わせて、俺もカルディナ王の言葉を待つ。
「ヒュースト・アロディーンが昨夜、脱獄した」
「! ヒュースト・アロディーンが」
「息子のエリオット・アロディーンの行方もわからない状態だ。既に国外に出ている可能性が高いが、くれぐれも注意してもらいたい。今はこれ以上の情報は掴めていない。君たちに影響深い話でもあるからな、情報が入り次第すぐに伝えることを約束しよう」
最後の最後に大きな爆弾を残して、食事会は終わりとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます