第32話 急転直下。
どれぐらい、泣いていたのだろう。
気付いた時には涙は止まっていて、ただ、目の前の空間を見つめていた。
何度も擦った目元はひりひりと痛みを訴えるし、考えようとする頭は霞がかかったようにぼぉっとしてきた。
泣きすぎの所為か口の中が酷く乾いていて、飲み込む唾さえ出てこない。
それでも、また両親の顔が頭に浮かんで、視界に水の膜が溜まりはじめる。
乾くほど泣いたのに、どこからこの涙は出てくるのだろう。涙が枯れるって聞いたことがあるけど、これほど乾いてもまだ枯れないのだろうか。
静かな夜の闇の中で、自分の鼻を啜る音がまた響き始めていた。
「まだ、泣くの?」
頭上からかけられた声に、ひっと小さく悲鳴が漏れた。
それもタイミングが悪いことに、出かけていた嗚咽と共に空気を吸い込む形になったその悲鳴は、乾いた喉には負担が大きすぎた。
喉の奥が引きつるような感覚のあとに、気管の方へ入ってしまった水分の所為で、激しく咳き込むことになった。
一度や二度ではすまなかったそれに息苦しくなり、口と胸のあたりを押さえながらうずくまる。
うまく肺に空気が取り込めず、軽く酸欠状態になり、視界が白くなり始めた頃、なんとか荒い呼吸を繰り返すことで咳を押さえた。
つい、あまりの苦しさに原因となった声のした方を睨み上げた。
二階の窓からこちらを見下ろす人の顔に見覚えがあったことに驚き、眉を寄せながら目を丸くするという変な顔をしてしまったと思う。
月光に照らされた髪が風に揺れながら白銀色に輝き、深い緑色の瞳も月の光でより淡く輝いて見えて、そのどこか浮世離れした姿に幻かと思った。
二つの瞳がしっかりとこちらを見下ろし、少し戸惑った表情をしたユリアが確かにそこにいた。
「……そんなに、驚くとは思わなかったのよ。悪かったわ」
「いえ……」
いつから見られていたのか。
まだ、と言われたぐらいだ。俺が、どれぐらい、と思うほど泣いていた時には、既に居たのだろう。
何故、彼女がここに、という思いと、改めてここはどこなのだろう、という疑問が浮かぶ。
うまく思考がまとまらない頭でとりあえずの否定を返したが、その声は酷く掠れていた。
「あっちにドアがあるから、そこから入ってすぐの階段を上がってきなさい」
ユリアも俺の声に気付いたのか、窓から身を乗り出し左側を指差し、こちらが返事をするより早く部屋へと引っ込んでしまった。
少しの間、どうするか考えていたが、断るにしてもここから大声で呼びかけるには迷惑か、と考え、重い腰を上げた。
ユリアの差した方に向かい、言われた通りの場所にあったドアから建物の中に入る。
中は薄暗かったが、ちょうど階段の辺りに月の光が差し込んできていて、真っ暗という訳ではなかった。
階段を上がると等間隔に並ぶドアの中で、一つだけ開けられているのが目に入った。
中からは光が漏れている部屋に近づくと、開けられていたドアをノックする。
静かな廊下には、ノックした際の木の音が思いのほか響いた。
しばらくして入り口から続く先にある奥の部屋から、顔をのぞかせたユリアと目が合った。
「入っていいわよ。ドアは閉めておいてね」
「お邪魔します」
小さく頭を下げて中に入ると言われた通りにドアを閉めて奥の部屋に進んだが、そこに広がった光景に思わず足を止める。
部屋の中央に置かれた大きな木製の机、その上には倒れそうなほどの資料と様々な器具。
周りを囲むように配置された棚には分厚い本が並べられ、あふれた資料は床に積み重ねられていた。
壁には設計図のようなものが何枚も貼られていて、隅に追いやられた移動式の黒板には書き殴られた文字が躍る。
よくよく見ると、魔法陣の模様だとわかる。自分で分解したものと似たような模様がいくつかあった。
学生の時に見た、教授と呼ばれる先生の部屋がこんな感じだったと思い出す。
床に乱雑に重ねられた資料は絶妙なバランスを保っているようで、少しでも触れれば雪崩を起こすことが容易に想像できた。いくつかは振動だけでも倒れそうに見える。
周りに注意しながら、できるだけ足音を立てないように慎重に進む。
資料が重ねられた大きな木製の机とは別に、丸い小さめの机が一つ、椅子が三つ並べられている机の上には、ティーポットが準備されていた。
その椅子の一つの前にカップが置かれて、ユリアに目で促されるまま席につく。
斜め向かいに同じように座ったユリアは何も言わずに自分の文のカップに口をつけていた。
俺も小さく一口含むと、少し甘い香りが口の中に広がった。喉の奥に流し込むと、乾いた場所に染み渡る気がした。
片手で包み込めるほどの大きさのカップに、二、三口をつけただけで飲み干すと、無意識に詰めていた息を吐き出す。
なくなったカップにユリアがティーポットから注ぎ直してくれる。
同じように二、三口で飲み干すという行為を三回ほど繰り返し、最後に一口だけ味わうと、机の上にカップを置いた。
「落ち着いた?」
「はい、ありがとうございます」
微笑みながら問いかけるユリアに、泣いているところを見られたという恥ずかしさを感じながらもお礼を返す。
俺のそんな気持ちに気付いたのか、さらに口元を緩めるユリアに、頬が熱くなるのを感じた。
ユリアの翡翠色の瞳に見つめられると鼓動が早くなる。
柔らかく微笑みかけられると、変に緊張してしまう。
この気持ちがなんなのかと、純情ぶるつもりはないが、元カノにも感じたことがなかった余裕のない感じには戸惑いがある。
多分、ユリアは俺と同じぐらいの歳だと思う。
年齢的にはちょうどいいはずだが、少し見上げなければいけない身長差と、こちらの世界では幼く見える自分の顔立ちの所為で、ユリアにとって俺は男として意識されていないのではないかと思っている。
現に、子供を見るような優しい目元が、そうだ、と言っている気がした。
「ユリアさんは、魔法陣の研究をしているのですか?」
出そうになったため息を飲み込むと、気持ちを変えるために気になったことを聞いてみることにした。
学習発表会の場所であったことから、彼女が国家魔法士かその道の専門家であろう可能性は予想していた。
また、この部屋を見ると、研究者という言葉がよく似合っていた。
俺の言葉に、翡翠色の視線がこちらに向けられる。
じっと見つめられると、何もしていないのに居心地が悪く感じるのは何故だろう。
また、深い緑色に見つめられると、視線を外したいような、ずっと見ていたいような、相反する気持ちが湧き上がり、視線を彷徨わせた。
不審者のようだ、と自分の行動を滑稽に感じて、カッと血が沸騰したように感じた。
よほど俺の様子が可笑しかったのか、小さく声を漏らして笑うユリアの声に余計に体温が上がる。
「そうね。もう、何年も調べているわ」
しばらく、こちらが恥ずかしがるのを面白そうに見ながら笑っていたユリアだったが、一度息を吐くと打って変わって真剣な表情がそこにあった。
突然変わった空気に、赤くなっていた頬が自然とおさまってくるのを感じる。
何故か妙に緊張して、ゴクリッと飲み込んだ自分の喉の音が部屋に響いた。
その様子に気付いたユリアは苦笑いを浮かべる。
「転移の魔法陣について、調べているの」
告げられた言葉に、耳鳴りがした。
またか、と思う気持ちと、もしかして、と思う気持ちが渦巻く。
ただ、こちらを見つめる二つの翡翠に、何故かすべてを見透かされているような気がして、変な期待が湧き上がってくる。
俺の困惑する姿を見てなのかは解らないが、口元に弧を描いたその表情に、背筋を悪寒が駆け上がった。
そんな異様さに、思わずユリアから距離をとろうとした俺は、座っていた椅子を倒して立ち上がっていた。
「ケースケ君が転移の魔法陣について調べているのは知っているわ」
「……何故?」
「貴方でしょう? ネモア・グリサラーサが行った、転移の魔法陣の被害者は」
確認するようにつぶやかれた言葉だったが、ユリアは俺にその答えを求めていないようだった。
俺の返事を聞かず、立ち上がったユリアは、作業用の机に向かっていく。
乱雑に積み上げられた資料の中から、一枚の紙を取ってくると、こちらに戻ってくる。
警戒する俺を気にした様子もなく、また、椅子に座ったユリアはティーポットを端に寄せ、机の上に持ってきたそれを置いた。
動こうとしない俺を急かすわけでもなく、のんびりとお茶を再開するユリア。
そんなユリアを観察していたが、何も言わず、何もする様子のない彼女に、倒してしまった椅子を元に戻し、自分も座り直す。
座った俺を確認すると、机に置いた紙をそのままこちらに差し出してきた。
どうしようか悩んだのか、ユリアの手が紙から離れるまでの僅かな時間だった。
机と椅子の距離を取り、すぐに立ち上がれるように注意しながら、差し出された紙に手を伸ばす。
問題なく受け取ると、紙には一つの魔法陣が描かれていた。
つい最近見たような、奇妙な感覚を覚える。
すぐに、転移の魔法陣に似ているのだと思い至る。
「これは?」
「私の考えた、転移の魔法陣による被害者を元の場所に戻す専用の魔法陣よ。転送の魔法陣って、仮で呼んでいるわ」
告げられた言葉に顔をしかめる。
性質の悪い冗談にしか聞こえなかった。
数週間前の俺なら単純に喜んだだろうが、また、期待して、信じて、裏切られるのはごめんだ。
歓喜しそうになる気持ちを押さえつけ、先ほどの悲しみを思い出す。
それに、転送の魔法陣ができているのだとすれば、何故、発表もされず、噂にもなっていないのか、と疑う方が自然に思えた。
疑いの目を全面に向ける俺に、ユリアはふっと小さく息を吐く。
そして、続けられたユリアの説明に、俺の期待は抑えられないほど膨らんでしまう。
転送の魔法陣は、未完成である。
机上の上での理論は完成しているが、その結果が意図したものになっているのかは、魔法陣を発動させてみないとわからない。
ユリアが考えた転送の魔法陣は、転移の魔法陣による誤作動で呼び出されたものにしか使えない。
その原因は、転移の魔法陣の構造にある。
転移の魔法陣には、呼び出し元に一時的に魔法陣が描き込まれる。その描き込まれた転移の魔法陣に転移することで、呼び出し元に戻ることができる。
これが、誤作動の場合、呼び出し元に転移の魔法陣が描き込まれず、戻れないとされている。
しかし、ユリアが言うには、誤作動の場合も呼び出し元に転移の魔法陣は描き込まれているのだという。
では、何故描き込まれているのに、呼び出し元の転移の魔法陣に転移できないのか。
転移の魔法陣には繋がりが必要不可欠だ。対象を特定するために、転移の魔法陣にはその個を識別する繋がりが組み込まれる。
誤作動の場合、呼び出し元の転移の魔法陣に、この繋がり、が正しく描き込まれないため転移できないのだ。
ユリアが考えた転送の魔法陣は、この呼び出し元に描かれた転移の魔法陣を対象に転送する。
正しく描き込まれていないだけで、呼び出し元の転移の魔法陣には、被害者の情報が残っている。
描き込まれている途中で、回路が断線したときのように途切れ、それ以上描き込まれていないだけで、情報自体は送られているのだと。
それと繋げることで、呼び出し元の転移の魔法陣に転移させることが可能だと。
ただし、あくまで理論上だと、ユリアは続けた。
実際に成功するかは、転移の魔法陣の被害者がいなければ確認できないし、そんな何が起こるかわからないもの、誰が試したいと思うのか。
俺は可能性があるのなら試したい。
だけど、何故、ユリアが俺のことを知っているのか。
ヴァカンフで出会ったあの時から、偶然ではなく、自分は監視されていたのではないか。
疑惑の目と、思ったことをそのまま告げた俺に、ユリアはしばらく宙を見つめながら考えているようだった。
「信じろとは言わないけど、ヴァカンフと発表会の日に会ったのは偶然よ。今日もね。ケースケ君が転移の魔法陣の被害者だと分かったのは、発表の時ね。ケースケ・ク・グリサラーサだと、グリサラーサ家の被後見人だと知ってから」
そう言って目を瞑り、数回、瞬きを繰り返したユリアが正面から俺の目を見つめる。
「ユリア・オメクトリ。転移の魔法陣の研究者、ティラム・オメクトリとその最初の被害者である、カトリヌ・コラーザの娘よ。そして……、ネモア・グリサラーサは私の唯一の弟子よ」
パシンッ……。
部屋に乾いた音が響いた。
白い肌を赤く染め、衝撃で若干乱れた髪をそのままに、ゆっくりと視線がこちらを捉え直した。
俺は目の前にある、じんっと痺れて少し熱を持った自分の右手の掌を見つめていた。
気がつけば、手の届く位置にいたユリアの頬を叩いていた。
平手だったのは、無意識ながらに女性だと意識していたためなのか、単に握りしめる動作もできなかったのか。
「お前の所為でっ……!」
それ以上は、うまく言葉にならなかった。
転移の魔法陣が描き変えられていることに気づかず、魔法を発動させ、俺をこちらに過って喚び出したのはネモアだ。
しかし、ネモアが俺から見ても子供だということ、直接の原因ではなく、ある意味では被害者であると言う気持ちから、俺はどこかで自分の感情を押し込めるしかなかった。
ただ、直接の原因であるネモアの師匠がその場にいなかったことで、俺はネモアを加害者だと思うことしかできなかった。
その所為で、ネモアと何度もうまくいかないこともあった。
更には、社会人として過ごしてきた数年が、俺に大人としてのプライドを出させ、幼い子供の頃のように癇癪を起こすことも躊躇わせて憤りを発散することもできずにいた。
ユリア本人の口から発せられた言葉を俺の耳が捉え、ネモアの師匠であると脳が認識し直接の原因だと理解すると、気付いたときには手が出ていた。
どす黒い感情が腹の中をぐるぐると渦巻く。
お前の所為で、という言葉と、それに続く罵倒する言葉が次々に浮かんでは、頭の中を埋め尽くしていく。
汚い言葉を唇が紡ごうとして、こちらを見つめ返す二対の翡翠に息を詰めた。
こんなときでも別の意味で震える胸の鼓動に、自分で自分を罵りたくなる。
何もかもユリアの所為なのに、このユリアに呆れるほどに恋焦がれている自分は一体なんなのだろうか。
憎々しく思う気落ちと、いつの間にこれほどまでに、と思うほど愛しいという感情が入り乱れて訳がわからなくなる。
たった数回、時間にすれば一日にも満たないほどしかユリアのことを知らないはずなのに。
「くそ……っ」
握り締めた拳で、整理のできない思いと共に、机を殴りつけた。
小さな円形の机は、それだけで上に載っていたティーポットとカップを跳ねさせ、音を鳴らせたが、倒れることはなかった。
一目惚れだったのだろう。
光に反射して風になびく白銀の髪も、幻想的な深い緑色の瞳も、一瞬で見惚れてしまうほどの整った容姿も。
一目見て魅了されて、再会して期待をして、三度目には盲目になるほどに。
惚れた方が負けとは良く言ったものだ。
詰めていた息を深く吐き出し、浮かんでいた腰を、力が抜けるままどさりっと椅子に座り直す。
その様子を一言も喋らずにずっと見ていたユリアに、顔を上げて視線を向けると、叩いた頬が手の形に赤く色づいているのが目に入った。
白くきめ細やかな肌が、余計にそれを目立たせる。
「転移の魔法陣の誤作動は、繋がりの部分が何らかの理由で崩れ、他人の個と一致してしまうことで起こるの」
叩いた跡から目を背けるように視線を動かした俺に、ユリアは話を始める。
「魔法陣は描かれたものだから、時間が経てば崩れることもあるわ。だから私は、繋がりの部分を描き変えるのではなく消したの」
「……誰とも、認識されないようにか?」
「ええ……。転移の魔法陣には繋がりが必要不可欠だと、なっていたから、繋がりの部分を消すことで無効化できると思っていたの。でも、間違っていたわ」
小さく息を吐いたユリアの顔色はすぐれない。
何となく、彼女の心配していることがわかった。
条件さえ重なれば、繋がりのない転移の魔法陣で、俺のように無差別に何者かを喚び出せるということが今回のことでわかってしまった。
それを悪用される可能性が、あるということだ。
幸いだったのは、ユリアが無効化したことは他の者に言ったが、その方法までは公言していないということだった。
更には、転移の魔法陣の誤作動の原理についても、ユリアの見解で、世には発表されていないと言う。
実証できないと言うのも大きいが、ユリア自身は転移の魔法陣について研究した成果を世に出すつもりはないらしい。
転送の魔法陣についても、魔法陣そのものは発表したとして、その研究内容までを発表するつもりはないとのこと。
「私の目的は、父の最後の心残りを解消することだったから」
そのために必要な権力と地位を手に入れるため、他の魔法陣をいくつも研究して開発し発表を行ってきたが、最大の功績と思われる転移の魔法陣については一つとして世に出さないと。
いくら国で保管されている秘蔵書といっても、発表されていないのだから、あるはずがない。
逆に考えれば、世にいる転移の魔法陣の研究をしている人達の域は、まだ、その程度だということだろう。
「本当に、ごめんなさい」
深く頭を下げるユリアに、俺は今どんな顔をしているのだろう。
そう簡単に許せる者でもないはずなのに、良く見ると小さく震えているユリアの肩に、ため息を吐いていた。
俺は、女性や子供のか弱い姿にめっぽう弱い。
その上、聞き分けが良すぎるらしい。
揉め事を起こすのを面倒に感じて、元カノと喧嘩になったときも謝っていたのはいつも俺からだった。
「……責任はとってもらいますからね」
諦めたように呟いた俺の言葉に、ユリアが顔を上げる。
その瞳に涙は浮かんでいなかったが、目元は微かに赤くなっていた。
不安そうに揺れる翡翠に、小さく笑いかけてみたけど、うまく笑えていたかどうかはわからない。
相当、甘いと思う。へたれと言われても仕方がない。
だけど、激情のままに、好きになった人を傷つけることがないのは、良いことだと思うことにした。
ユリアの部屋を出て、俺は暗い廊下を進む。
部屋があった建物は国から与えられた個人の研究部屋で、ある程度の地位を持った者が使えるらしい。
今のユリアの部屋は、元々はティラムが使用していた部屋で、許可をもらってそのまま使わせてもらっているのだとか。
ユリア以外にも研究者もいるが、あくまで研究部屋のため、ほとんどは家に帰ってみている時間だという。
そのため、人の気配がなかったのだ。
教えられた道を進んでいくと、前方から複数の人が動く足音が聞こえてきた。
そちらに向かって進むと、数人の騎士の姿と忙しなく頭を動かすネモアの姿が目に入った。
数人の騎士の中に、護衛の時に何度か会った顔を見つける。
「ネモア!」
声を上げると、彼らの視線がこちらに集まる。
勢いよく振り返ったネモアは、俺の姿をその目に確認すると、一直線に走ってきた。
普段では考えられない速さで近づいてきたネモアは、その勢いのまま胸元に飛び込んでくる。
あまりの衝撃に息がつまり、踏ん張りきれずに後ろに倒れ込む。
冷たい石の床に倒され、後頭部を激しく打ち付けて、痛みに悶えていると、ネモアに続いて近づいてきた騎士の人に顔を覗き込まれる。
「大丈夫か?」
「っ!……っ、な、何とか……」
言いながら胸に張り付いて、背中に回した腕で精一杯しがみつくネモアを剥がそうと目を向ける。
丁度、こちらをみていたネモアの顔は、涙と鼻水で悲惨なことになっていた。
当然、その顔を擦り付けられることになっていた俺の服の胸のあたりも残念なことになっているのだが。
うーうーっと声にならない唸り声を上げながら、いまだにぼろぼろと泣き続けるネモアを無理に引き離す気にはなれなかった。
騎士団長に一人で城の中を移動したことは怒られたが、俺が何を調べていたのかも、その経緯を知っている人がほとんどだった。
目が赤く充血してたこともあって、厳重注意だけで咎められることもなかった。
いつものように城の一室に泊まった。
朝一番にカルディナ王との面会に呼ばれた時には、流石に肝が冷えたが、怒られるどころか逆に心配されてしまった。
寝る間も惜しんで転移の魔法陣のことを調べる俺のことを、ずっと気になっていたとも言われた。
こちらも手を尽くすと、言ってくれたカルディナ王に、お礼を述べた上で、しばらくのんびり過ごしてみますと返した。
そして、今、俺はネモアと二人で最初に出会った場所へときていた。
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