第30話 思惑と幕引き。

 ふと、この発表の結果はどのように決めるのか聞いていないことに気付く。

 両者の発表が終わったのだから、これから何らかの方法で判断が下されるのだろうが、このあとどのように行動すればいいのかを聞いていない。

 聞き漏らした、というわけではない。それについての説明がなかったのだ。

 結果が出るまで壇上に居るわけではないだろう。

 そう思い、進行係の人を目で探していたときだった。


「……っ、あれは、我々の研究結果です!」


 国家魔法研究所の居る壇上の横から、何度も聞き慣れた台詞が発せられる。

 誰が言ったかなんて、見なくてもわかる。

 それまで、音を失ったかのように静かだった空間に、石を投げ込んだかのように小さなざわめきが波紋のように広がる。

 その半分ほどは、何を言っているんだ、といった声が多かったが。

 残りの半分ほどは、これも盗んだのか? と、顔をしかめたくなるような声も聞こえた。


「何を言っているのよ! 自分たちの研究結果だと言うのなら、何故発表しなかったのよ!」


 理不尽な言動に抑えきれなくなったのか、ミリィがジーナを睨み付けながら叫ぶ。

 普段は可愛らしい表情だが、今は眉が吊り上げられ、細められた目からは鋭い瞳孔がのぞいている。

 あまりに鋭く強い視線に、ジーナが一瞬たじろぐが。

 相手は子供だと思い直したのか、睨み返してきていた。


「盗まれたからよ! 発表する資料を盗んだ本人たちが、何を言うかと思えば! 大事な資料がなければ、発表もできないでしょう」

「なっ! あなたねぇ、これは私たちが昨日……」

「確かに、子供の考える発表内容としては出来すぎているな」


 ミリィが反論をしようとしたとき、低く通る声が会場に響く。

 声のした方へ、会場内の人々の視線が集まる。

 その聞き覚えのある声に、俺もその方向へと視線を向けた。


 中央の少し奥、騎士達に囲まれる集団の中。

 エカトルタの謁見の間で、一度だけ会ったきりだが。

 あの時も、今ぐらいの距離が離れていた。立ち位置的にはこちらが壇上であちらが下という全く逆ではあるが。

 そばに控える見知った騎士の姿もあり、声を出したのはエカトルタのルカエル王で間違いないだろう。

 そのルカエル王の言葉で、ざわめきは、やはり俺たちが盗んだのではないか、という声が増えていく。


 ミリィがルカエル王に近づくように前に出ようとしたが、俺はそれを手で制した。

 その俺の行動にミリィは俺を睨み付けてきたが、小さく首を振ると、納得はしていないようだが押さえてくれた。


「ジーナだったな。お主は、先に発表した資料も、彼らが発表した資料もすべて国家魔法研究所から盗まれた物だというのだな」

「はい。間違いありません」

「そうか。となれば、彼らは罰せられることとなるのだな」

「当然のことかと思います。国家の魔法研究所の資料を盗んだのですから」


 ジーナはルカエル王の言葉に揚々と答える。

 ふむ、と呟いたルカエル王の姿に、明るい笑顔を浮かべるジーナ。

 俺たちの発表が始まってから、顔色の悪かった国家魔法研究所の他の研究員たちの表情も鮮やかだった。


「我は、君たちを招待した記憶はないのだがな」


 突然のルカエル王の言葉に、ジーナの顔には疑問が浮かんでいた。

 ジーナだけではない、壇上から見える限り、何人もがルカエル王の言葉の意図を解らずに、頭に疑問符を浮かべているように見えた。


「国家魔法研究所の諸君、提出された調査報告書。我らも読ませてもらったぞ」


 そう言いながらルカエル王は、そばに控えていたルストに指示を出す。

 頷いたルストは懐から書類を取り出すと、ゆっくりと読み上げ始めた。


「ケースケ・ク・グリサラーサの国家魔法研究所資料盗難について。八月某日、研究所内で資料の紛失が発生した……」


 当初、事故か事件かが不明であったため、極秘に調査が行われた。

 対象の資料がごく一部のジーナをはじめ、国家魔法研究所の中核が携わっていた最重要機密であったこともその一因となった。

 同年、十一月、メウテスロで資料と酷似した調査を行う者がいることが判明。

 その後、パリアカ、エカトルタ、キシャルナと、資料の調査結果をなぞったかのように行動がとられる。

 更に、ケースケ・ク・グリサラーサはこの時の調査方法について、自らが考えたこととして周知させようとしていた。

 これは調査をしたという事実を作る目的があったと思われる。


 俺が城で見せられた二枚に渡る資料には、それ以外のことも書かれていたが、ルストが話したのは『資料が盗まれた』と判断された理由の部分。

 状況証拠だけだが、国家魔法研究所という地位と権力が影響を与えている。

 相手は学生で子供。

 さらには、転移の魔法陣による誤作動で喚び出された、どこの誰ともはっきりしない者。

 後見を得てオケアノス学院に通ってはいるが、今回の資料について発表をすれば、一気に地位と権力を手に入れることが可能となる。

 もしくは、その後見を申し出たグリサラーサ家の指示である可能性もある。


 そういう内容のことが伺える文章をルストが読み上げる。

 既に内容を知っている俺とネモア、ファンは良いが、初めて調査報告書の内容を知ったミリィとウィズの表情は酷く歪められていた。

 俺たちからすれば、作り話もいいところだ。

 すべて後付けで、よくここまで想像力を膨らませられたことだろうと。


「これに、間違いはないのだろうな?」


 ルストが内容を読み終えた後、一呼吸おいてルカエル王が言葉を発する。

 その視線はジーナに向けられていて、会場の他の者の視線もジーナに向けられていた。

 発表の時と全く同じ数の視線のはずだったが、ジーナの肩が小さく震えたように見えた。


「間違いありません」


 それでも堂々と答えるジーナは、ルカエル王をまっすぐに見返す。

 ジーナ自身、先ほどのルカエル王の一見、意図の解らない呟きに、不安を感じている様子だったが。

 今までの態度を崩さないのは、彼女なりのプライドなのか。

 それとも、本当に、気づいていないのか。

 国家魔法研究所の研究員たちは、そんなジーナの後ろで小さくなっている。

 再度、ふむ、とわざとらしく頷いたルカエル王。

 同じ言葉なのに、ジーナの顔色はすぐれない。


「では、君たちはいつ我が国で調査を行ったのだ?」


 調査場所にはエカトルタが入っている。

 自国内なら調査のために魔法を使用しても問題ないかもしれないが、他国となればいくら国家魔法研究所の権力があったとしてもそうそう簡単なことではない。

 それこそ、黙って魔法を使った調査をしましたなんてこと、国交問題に関わる可能性だって否定できないだろう。

 極秘の調査なので極秘で行いました、など、この場で言えば駄目であることはジーナ自身もわかっているようだ。

 言葉を返せないでいるジーナに、ルカエル王とその他の視線が刺さる。

 堂々としていたジーナの顔に、焦りの色が滲み始めていた。


「それは……」

「それは、前回のエカトルタ国との魔法論議の時でございます」


 ジーナが何かを返そうと唇を震わせた時、別の場所から声が答えた。

 講堂の壁側、ちょうどジーナたちの後ろに設けられた席に座っていた一人の男が立ち上がっていた。

 そこには机が並べられていて、いくつかの資料が乗せられている。


「突然のこと、大変失礼いたしました。私、国家魔法研究所の運用を任されております、ヒュートス・アロディーンにございます」


 深く腰を折って頭を下げるヒュートス。

 その顔は、エリオット・アロディーンと瓜二つだった。

 思わず目を見開いて二度見をしてしまった俺は、その後もヒュートスの顔をまじまじと見つめていた。

 ヒュートスはそんな俺に気がつくと、一瞬だけ強く睨みつけてきた。

 それが、俺に対してだったのか、すぐ近くにいたネモアに対してだったのかはわからない。

 本当に一瞬のことで、瞬きの間にはにこやかな微笑みをルカエル王に向ける姿があった。


「魔法論議とは、今年四月に行ったものか」

「そうでございます。その際、周辺の魔物の調査と、魔法陣の使用を許可いただきました」

「確かにな。我はそれに許可を出した」

「その際に、極秘で進めていた今回の調査を行わせていただきました」


 笑顔で対応するヒュートスに向けられる、ルカエル王の視線は熱を帯びていなかった。

 冷ややか、というわけでもないが。

 ルカエル王が言葉を返さず、ただ、ヒュートスをその瞳に映しているだけの時間がしばらく過ぎた。

 人当たりの良い、と思われる笑顔を浮かべたヒュートスの顔には、いまだにその表情が保たれている。

 しかし、無言でただ視線を交わしている状況からすると、感情を出さないルカエル王とヒュートスの笑顔は異様と言えるだろう。

 どちらも一歩も引かない視線の交戦は、ルカエル王が口元に弧を描いたことで終わりを告げる。


 緩い三日月型に歪められた口元とは対照的に、相変わらずな瞳との温度差が激しかった。

 するりっとヒュートスから目線を外すと、ルカエル王は、発表の時の堂々としていた様子がすっかりと形を潜めてしまったジーナへと向けられる。

 ジーナはルカエル王と目があった瞬間に、遠目でもわかるほど全身を震わせた。

 こちらからはちょうど後ろを向いているために、その表情はわからないが、そばにいた他の研究員が思わず駆け寄るほど、よろしくないことはわかった。


「ジーナ、彼がいう通り、砂漠で調査を行ったのか」

「……はい」

「おかしなことをいう。君は、その調査方法を知っているのだろう? あの日、許可した場所は酷い砂嵐だったというのに」

「……それは……」

「砂嵐だからなんだというのですか、我が国の研究者たちは優秀ですので」


 返事を返せないでいるジーナの代わりにヒュートスが再度声をあげる。

 会場の空気は、今回の件で悪いのは誰か、既にわかっている。

 ジーナ自身、資料とエレイ先生の情報からだろう、調査方法を知っているがために、言葉を返せないでいたのに。

 そんな雰囲気が読めないのか、あえて読んでいないのか。


 ヒュートスは声高々に自分たちの正統性を主張するのだ。

 ヒュートスが何か言葉を口にすればするほど、ルカエル王の瞳も表情も熱をなくしていく。

 聞かれてもいないのに、自国の国家魔法研究所の素晴らしさと、自分の手腕をつらつらと語るヒュートスは夢中になってしまっているのかそれに気づかない。

 関係のない自分の領地の話にまで及んだ頃に、隣に座っていた別の男がヒュートスの腕を叩いた。

 それに鬱陶しそうに反応したヒュートスだったが、ルカエル王に見られていることに気づくと、慌てて笑顔を貼り付ける。


「我が国の研究者たちの優秀さをわかっていただけたでしょうか?」

「ああ、その優秀な研究者を貴方が一人で取りまとめ、貴方の指示で動いているのだろう?」

「そうです、そうです! 私は、それはもう頑張りましたよ」

「つまりは、貴方に全ての権利と責任があると」

「はい、そうです。いやぁ、わかっていただけて嬉しいです」


 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべながら返すヒュートスは、よほど鈍感なのか。


「ジーナ、並びに国家魔法研究所の研究者たちよ。彼の言葉に嘘偽りはないな」


 向けられた視線に、大きく震えたジーナと研究者たちだったが、言われた言葉の意図を理解すると小さくざわめきだした。

 すぐに返事をしないジーナたちに、ヒュートスの視線が刺さった。

 言葉の違和感に気づけないヒュートスには、自分の名声しか頭にないようだった。


「……間違いありません。全て、ヒュートス様の指示に従って行動しております」


 そう、答えたのはジーナではなかった。

 ジーナと共にいた研究員の中で、一番に歳のいった初老と思われる男がその言葉を発する。

 初老の男の言葉に、ルカエル王は頷くとさらに続ける。


「では、今回のケースケ・ク・グリサラーサの研究資料を盗むように指示を出したのも、このヒュートス・アロディーンで間違いないな」

「なっ!」


 ルカエル王の言葉に、ヒュートスの表情が驚き、見開かれる。

 誰かの吐いた長いため息が、やけに大きく聞こえた気がした。

 それから後は早かった。


 ジーナたち、研究者たちが俺の資料を盗んだことを認めた。

 証拠がないと無謀にも反論するヒュートスに、国家魔法研究所は今回行われた調査場所で同様の調査を行ったことはないという。

 なおも、そんな言葉は証拠でもなんでもないというヒュートスに、ジーナが今回の調査方法とそのために必要な条件を述べる。

 計測器などない世界、目視で確認するため砂漠の砂嵐の中では不可能だ。

 となると、エカトルタでは壁に守られた街中で行う必要があるが。そんな許可は出されていない。

 別の方法で行った、とヒュートスの言い分に、ならば証拠として同じように調査をして見せろ、とルカエル王が言い放つ。


 ぐぅの音も出ないヒュートスには、ジーナの言葉の通り、当然、罰せられることとなった。

 ジーナたち、国家魔法研究所の研究者たちも、数年の無償労働が言い渡され、研究費も大幅に削減されることが決まった。

 エレイ先生も、国家魔法研究所からの証言で今回の件に加担していたことが証明され、解雇されることが決まった。

 余談だが、ヒュートスは今回の件を調べるという名目で行われた家宅捜索で、巧妙に隠してあったはずの横領の証拠などが見つかってしまったらしい。


「すまなかった」


 結果の報告をと、呼ばれた城で、カルディナ王が口を開いた。

 頭こそ下げていないが、王族が軽々しく謝罪を述べるのか、と先入観を持っていた俺は少し驚いてしまった。

 一緒に呼び出されていたミリィは鋭い視線で睨みつけている。

 それを慌ててウィズとファンが止めていた。

 ネモアは笑顔でカルディナ王を見つめていたが、その目は笑っていない。

 俺はその様子を見て、小さくため息を吐くと、カルディナ王に向き直る。


「本当は、最初から証拠はあったのですよね?」

「ああ、エカトルタのルカエル王から証書が届いていたからな。今回の件は表に出たが、国家魔法研究所の盗難は何も今に始まったことではない」

「それも、アロディーン家が指示していたというのですか?」

「奴が国家魔法研究所を私利私欲に使っていたのは確かだ。しかし、確固たる証拠がない。現行犯でなければ、どうにもならなかった」


 下手に地位のある貴族に、なんの理由もなく家宅捜索などできない。まずは、証拠を出せ、と言われる。

 証拠を突きつけようにも、本人立ち会いの下に見つけないと意味がない。

 でっち上げだと言われれば、それまでだからだそうだ。

 もし、発表会で俺たちが失敗していたとしても、同じ結果になっていたらしい。

 そのため、他国の王族、ルカエル王を審査員とするために、各国の王を集めたのだという。

 なんとも面倒な話だったが、お詫びとして、国に保管されている秘蔵書の閲覧許可をもらうことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る