第29話 学習発表会。

 会場となる講堂には、いくつか控え室のような場所が用意されている。

 発表が始まれば俺たちも会場に用意された部屋に移動するが、準備が整っていないため、舞台近くに用意された控え室に騎士の人達と入る。

 国家魔法研究所の一行も既についているらしく、別室で待っているらしい。

 資料の運び忘れがないか、最終確認をして、思い思いに時間を潰していた。

 と言っても、流石に緊張しているのか、ウィズは落ち着きなく部屋をうろうろしているし、ミリィは座っているものの足が小刻みに動いている。


 ファンは本を広げているが先ほどから一ページも進んでいない。

 ネモアのお茶のお替りは三杯目に突入した。

 かく言う俺も、緊張はしているが、大人数相手のプレゼンとかは何度も経験しているのと、ネモアたちが目に見えて緊張しているのとで、逆に俺だけは落ち着いていないといけない気持ちになる。

 実際に発表をするのは俺なわけで、最悪、俺だけが舞台に上がればいいわけだ。

 話をする順番を頭の中で再確認していると、部屋のドアが二回ノックされた。


「準備が整いましたので、会場に移動をお願いします」


 入ってきたのは城仕えの人だった。

 今回の発表は準備から進行まですべてカルディナ王が手配した者で構成されているらしい。

 更には、本来であれば発表は講堂を開放して行うが、今回に限り、外部からは誰も入れないように講堂の周りに相当数の騎士達が警備している。

 各国のお偉いさんが、オケアノス学院の学習発表会に足を運ぶことはあったが、その中でもトップ、王族がこれほどまでに集まることは早々あるものではない。


 俺の予想では断ったり、子供や大臣などに任せる人が多いのでは、と思っていたのだが。

 国家魔法研究所とオケアノス学院の学生が戦う、と言うのが思いのほか関心が高かったのか、各国の王、もしくは王族が態々足を運んでいるらしい。

 この情報を聞いたのは、控え室についてから、ヘリオス学院長が教えてくれたことだ。

 言葉遣いとかは、発表だからあまり気にする必要はない、と言いたかったようだが。

 その事実の所為で、ネモアたちの緊張はピークに達していた。

 すぐ隣にある会場に移動すらだけで、壁に頭をぶつけ、何もないところで転び、表情が無くなっていた。


「……大丈夫か?」


 思わず聞いてしまった俺に、無言で頷いたり、手をあげたりとかろうじて返答があった。

 講堂の舞台袖に案内された俺たちは、いまだに資料を手に持ったままだ。

 袋二つしかないし、今から盗られでもしたらそれこそ笑えないので両手で抱えている。

 舞台に上がるのだからと、騎士の人達があずかろうかと声をかけてくれたが、聞いた話だと舞台に上がったあとはそのまま用意された椅子に座るらしい。

 取りに戻るのも面倒なので、許可をもらって持ったまま上がることになった。

 どうやら国家魔法研究所の方も、すぐに発表を始めるため、資料を舞台に持って上がるみたいで、別段目立つこともなかった。


 カルディナ王の説明を舞台袖で聴きながら、向かい側で同じ様に出番を待つ人影が目に入った。

 ジーナだ。

 睨み付けてくるその瞳に、こちらの様子も向こうから見えているのだろう。

 舞台裏は光が入りにくいが、舞台にあふれる照明が舞台袖に届いている。

 ジーナのそばにいる研究者たちは、あふれんばかりの資料を両手に抱えている。対して、すっきりとおさまった袋二つの俺たち。


 その奥によく見知った顔を見つけて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 それを見ていたジーナは、勝ち誇った様な笑みを浮かべたが、気にすることではなかった。

 体裁を考えるならば、表面上はこちらの側にいる方が良いのではないのだろうか。

 研究者の影に隠れるようにこちらの様子を伺うエレイ先生の姿に、小さく一つ溜息を吐いた。

 舞台の照明が落とされて、一瞬、暗闇に包まれる。

 スポットライトのように光が、ジーナを照らしている。

 堂々と進みでる彼女の姿を見ながら、自分たちの順番がくるのを予測し、資料の入った袋を抱え直した。


「まずは、国家魔法研究所側から」


 経緯と簡単な紹介が行われて、進行役の人の言葉で俺たちは舞台を降りる。

 舞台のすぐそばに用意されていた椅子に腰掛けると、周りが幕で覆われていた。

 降りるまでに講堂を埋め尽くす人と、ほぼ中央に用意された豪勢なスペースに、騎士に囲まれた一角を見ていた。

 集められた専門家である魔法士たちは一様にローブを身に纏っていた。

 彼らの正装はローブなのだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、ジーナの発表が進められていく様子を見ていた。


 前回城で話していた内容から始まったが、俺が説明した部分は、そっくりそのまま使われていた。

 あまりのお粗末さに怒りを通り越して呆れることしかできない。

 ネモアやファンは前回の俺の説明を聞いていただけに、眉間に皺が寄っている。

 知らないミリィやウィズたちでさえ、自分たちが作った資料がそのまま使われているのに、良い顔をしていなかった。


「ここまでが、属性と自然エネルギーについてです」


 そんなところまで、合わせなくても良いだろう。

 思わず、心の中で呟きながら、壇上にいたジーナがこちらに視線を寄越したのに気づいた。

 ネモアたちの表情を見たのだろう、その口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

 俺はジーナと視線を合わさないように、次に貼られた資料へと目を向ける。


「ここからが、本題の魔法陣の属性と自然エネルギーの関連についてですが。まずは、こちらの資料をご覧ください」


 舞台の端から端までを多い尽くす資料に、俺は自然と眉が下がる。

 ここまでとは……。

 それは一瞬のことで、すぐに表情を戻した俺だったが、ジーナは気づいたようだ。

 勝ち誇った様な笑みとでも言うのだろうか。子供だと明らかに馬鹿にしているように感じたのは、俺の気の所為であってほしい。


 資料に描かれていたのは、ノシルフィ大陸だった。

 先に紹介したメウテスロ、パリアカ、エカトルタ、キシャルナの場所から広がるように色が付けられている。


「この資料は、我々の調査結果より、自然エネルギーの属性別に強さを色分けしたものです。ノシルフィ大陸の先に説明した四箇所の場所が一番濃く、そこより広がっていることがお分かりいただけますでしょう」


 そして、オケアノス学院のあるアニュキスを指で示した。

 資料上、そこはすべての色が交わっている場所になっている。


「何故、オケアノス学院がアニュキスに建てられたか不思議ではございませんか?」


 ジーナの言葉に会場がかすかだがざわめく。


「そして、エルコティアソフィア中から魔法使いの卵が集まる程に有名になったのか」


 アニュキス国の第十四代カフォス王が創設者だからだろう。

 そう、思った人が何人いただろうか。

 カフォス王と初代理事長であるヒュペリオンらの努力の賜物だ。

 そう、気づいた人が何人いただろうか。


 流石、国家魔法研究所の研究者と言ったところか。

 こういった発表には慣れているのだろう。

 それは、城に呼び出されたあの時に、初めて見たはずの資料で見事に発表して見せた姿からでもわかった。

 ジーナの話は人を引き込む。

 ジーナ自身が自信満々に語るので、気持ちが彼女に引きずられるのだ。


「それは、一重にこのアニュキスがすべての属性の自然エネルギーをバランス良く保っている場所だからです。魔法陣は魔力で発動します。魔法陣には属性があります。更に、自然エネルギーにも属性があり、それは魔法陣の属性と深く関連しています。自然エネルギーの属性が偏ると、覚えられる魔法も偏ります。アニュキスは魔法を使う環境が整っている、その理由は解明されていませんでしたが、先人はオケアノス学院を立てるときに肌で感じていたのでしょう」


 一瞬静まる会場。

 ジーナが壇上で深く頭を下げた。

 惜しみない拍手が送られる。

 俺としては、中途半端としか思えない発表内容。

 何故、この研究を始めたか、という説明にはなっている。

 結果を先に述べて、後に研究の起こりを述べている。


 見方によっては、資料自体は結論の部分しかなかったために、それが正しかったように思える。

 ただそれは、研究結果だけ、を、資料に起こしていた、からだ。

 何故、彼女らは気づかなかったのだろう。

 わざわざ、俺の言葉まで使って……ここからが、本題の……と言っていたはずなのに。

 研究の動機を説明しただけで、発表が完成したとでも思ったのだろうか。冷静な判断ができないほど追い詰められていたのか。


 胸を張って壇上から降りていくジーナ。

 その顔には笑みがあふれている。

 エレイ先生がその一団の中にいたのは、そういう、ことだろう。

 国家魔法研究所の資料が運ばれる。舞台上の片付けと確認作業が終わると、係の人の指示で壇上に上がる。


 舞台袖ではかわいそうなほど緊張して普段と違っていたネモアたちだったが。

 盗んだ資料でそれを悪びれもせず、堂々と自分たちの物だと通している彼女らに、よほど腹を立てているのだろう。

 文句を言いたい気持ちをなんとか抑え、苛立ちを表に出さないように黙々と準備を進めている。

 怒りのためか、緊張がどこかに飛んで行ったのはよかったが。若干、愛想が悪かった。


「じゃ、確認した順番で」

「資料の方は、私たちに任せなさい」

「ケースケさんは、発表に集中してくれて大丈夫です」


 しっかりと頷くネモアたちに、俺も頷き返す。

 小さく息を吸い込むと、それをゆっくりと吐き出す。

 準備が整ったことを係の人に伝えると、俺は観客へと向き直った。

 司会の右端に映る集団に、一瞬だけ視線を向けた。

 余裕の笑みを浮かべるジーナに俺は耐えきれずに笑みを溢していた。


 多分、彼女の予想とは違ったのだろう。

 怒りや焦りといった感情を表面に出さず、逆に笑顔を向ける俺に、ジーナの眉が少し寄せられた。

 すぐに視線を外したので、その後のジーナの表情はわからないが。


「今回、発表を担当させていただきます。ケースケ・ク・グリサラーサです。よろしくお願いします。発表内容が重なる部分があるかもしれませんが、どうぞ、最後までお付き合いください」


 深く腰を折ると、ネモアに視線で指示をだす。

 一枚目の資料を貼る。国家魔法研究所が提示した資料と同じ物だ。

 一瞬、観客がざわめくが、気にせず始めた俺の説明に口が閉じられた。

 しかし、その内容がさきほどと同じものだと気づくと、更にざわめきが起こった。それを気にしないように、発表を進める。


 城での時と同じく、重なる部分は省略しても問題ないとは思っていたが。

 自分たちで作った資料だ、発表は完成形で行いたい。

 大方会場の反応は予想通りだったので、次々に説明を進めていく。

 元々、どちらかの正統性を判断するために行われている発表だ。

 しばらくざわめいていた会場だったが、よどみなく進められていく発表に、段々と静かになっていく。


「ここまでが、属性と自然エネルギーについてです」


 言葉遣いの違いはあるが、内情自体は全く同じ発表。

 資料の貼られる順番も同じとなれば、観客は逆に面白みを感じているようだった。

 内容に差異はないか、資料に差異はないか。

 まるで、間違い探しを楽しむように、発表に集中しているように感じた。


「ここからが、本題の魔法陣の属性と自然エネルギーの関連についてです」


 一度、言葉を切った俺は、ネモアたちを振り返る。

 取り出されたのは今までの資料より大きいが、国家魔法研究所の資料に比べると随分小さい物。

 広げられたそれに、ノシルフィ大陸が描かれている……なんてことはなく。

 数値の表と、図が描かれたものがそこにあった。


 最初の比ではないほど、会場のざわめきが大きくなる。

 ここまで、まったく同じだった。

 まったく同じ調査結果から、別の資料が出てきた。

 ざわめく観客の端で、それ以上に驚いている集団。

 国家魔法研究所の研究者たちの顔色は悪く、エレイ先生の顔には驚愕が浮かび、ジーナの表情は真っ赤に染まっていた。


「これは、調査結果の魔法陣の属性と自然エネルギーの属性を表にまとめたものです」


 しばらく待って話を始めた俺の声に、会場は一瞬で静かになった。

 表にまとめた数値は、各属性を調査場所の平均値を合計して魔法陣の数で割った数値を、同じくオケアノス学院内で調査した平均値で割った数値だ。

 オケアノス学院を一として、何割程度増減しているのかを数値にした。

 こうすることで、調査場所毎にどの属性の自然エネルギーが強いかがわかりやすくなっている。


 例えば、メウテスロであれば、オケアノス学院内と比べて火属性の魔法陣の効果が約二倍に増えている。逆に水属性の魔法陣の効果は五割近く減少している。

 調査場所毎に増加の割合が一番多い属性を、主となる自然エネルギーとする。

 それぞれ、一.五倍から二倍近く効果が上がっているのが、メウテスロの火属性、パリアカの水属性、エカトルタの風属性、キシャルナの地属性だ。

 魔法陣の属性を行項目とし、主となる自然エネルギーの属性を列項目とする。

 火属性、水属性、風属性、地属性の順に上から下と左から右への一覧にまとめた。

 丁度、同じ属性の重なり合う部分の数値が高くなっている。


「ここで注目していただきたいのが、交差する数値の低くなる属性についてです」


 そう言って示したのが、魔法陣の火属性と自然エネルギーの水属性、魔法陣の水属性と自然エネルギーの火属性だ。

 共に効果はオケアノス学院内の半分だ。

 このことから、自然エネルギーの属性は魔法陣の属性に対して、正にも負にもなることがわかる。

 自然エネルギーの火属性で、魔法陣の風属性の効果が変わらないのに対して、魔法陣の地属性の効果が若干上がっている。

 自然エネルギーの水属性では、魔法陣の風属性の効果が若干上がり、地属性の効果は変わらない。

 これにより、自然エネルギーの属性は、属性毎に正に作用する属性と負に作用する属性が違うことがわかる。


「今回の調査結果により、属性には相互に促進する状態と、相互に抑制し合う状態があると考えました。そして、資料の図がその関連を表したものです」


 十二時の部分を風とし、時計回りに、水、地、火、と円で囲んだ文字を描いてある。

 上下の風と地を繋ぐように縦に線が伸び、火と水を繋ぐように横に線が伸びる。

 風から火へと矢印が引かれ、反時計回りに、火から地へ、地から水へ、水から風へ、と矢印が回る。

 十字に走る線が相剋を表し、外を繋ぐ矢印が相生を表す。


「授業で、地属性の魔法陣を発動したときに、土の壁に使われている土はどこから出てきたのかと疑問に思いました。土のない室内と土のある外で同じ魔法陣を発動させたとき、その効果に少しの違いを感じました。それが、今回の調査のきっかけです」


 日常生活では火は水をかけて消える。火に風を送るとより激しく燃える。火が土に簡単に燃え移らない。

 魔法とはいえ、起こっていることは、火を起こし、水を出し、風を生み、土を作っているだけだ。

 そこに違いはないはずだ。


「今回の相生と相剋のように、魔法は自然に起こっている現象と深く関連していると思います。今後は、そう言った視点から魔法について考察していきたいと思っています。以上です」


 俺の言葉で壇上にいたネモアたちと一緒に頭を下げる。

 しっかり、五秒数えたあとに顔を上げる。

 先ほどのジーナの発表のときのように、拍手が送られることはなかった。

 ただ、誰も話さず、静かだった。

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