第26話 事情聴取。

 年明けを通常授業で過ごした。

 学習発表の発表資料も既に完成してベッドの下に積み重なっている。

 発表内容もファンとの詰めの作業に入っている。

 一度、寮の部屋で通しで予行演習をして、わかりにくい部分などに手を加えていくつもりだ。

 早めに行動していたおかげで、今は大分余裕がある。


 月に二時間だった学習発表のための授業時間は、今月から五時間に増えた。

 各週に一時間、金曜日の最後の時間が割り当てられて、それぞれのチームが最後の追い込みをかけている。

 最終的な俺たちのチームの発表内容は、魔法陣の属性と自然エネルギーの関連というタイトルを付けた。

 一般に出回っている魔法や魔法陣関連の資料には、各属性の相生と相剋についてが書かれているものはなかった。

 もし、既に発表されていたとしても、元研究者であったエレイ先生が知らない方面から証明しているのだから問題ない。

 最悪、どこかの研究機関に取り込まれる可能性もなくはないが。それも視野に入れて、魔法陣の属性と自然エネルギーの関連にしか焦点を合わせていない。


 また、あの自然エネルギーを取り込めるのであろう杖については、あの確認を行った日以降は常に持ち歩いている。

 俺が火の魔法を成功させたあと、同じようにネモアたちにも試してもらった。杖に体内エネルギーを集中させたあと、魔力が体内に残った状態で辞めるということだ。

 結果は、流れ込んで混ざるという感覚がわからないらしく、体内に魔力があるかも判断できなかった。

 明言はさけ、言う通りにやってほしいとネモアたちに指示を出したので、自然エネルギーを取り込めているという話はしていない。


 何故、話さなかったのかと聞かれると、自分でもよくわかっていない。

 ただその時は、話す気持ちにはなれなかった。

 今回の調査内容も全員がわかる部分については、属性と自然エネルギーの関連しかわからないものとなっている。

 別のことや気になったことや気づいたことは、個人のノートに日本語で書いている。


 これは図書室でのエリオットからの探るような視線を感じた時から、続けていることだ。

 資料として形に残してしまうと、どこから漏れるかわからない。

 だから調査内容には最低限の項目しかないし、発表資料も基本的には図で表現して、発表内容も部分的にしか文章に起こしていない。

 ネモアが学習発表でチームを組んだ時に、俺の功績だと強く反対していた理由がここにきて身に染みている。


 そもそも、俺が魔法陣についていろいろと調べ始めたのは、帰る方法を探すためだ。

 ネモアは俺が異世界人だと知っているし、彼の口の堅さは十分に理解している。一番に信頼しているとも言えるだろう。

 だけど、ウィズとミリィとファンに対しては、そうではない。

 ある程度、信用はしているがそれまでだ。

 いまだにウィズたちに自分が異世界人だと言えないのには、そこが大きく関係している。


「ケースケ・ク・グリサラーサ」


 声をかけられた俺は、その聞き覚えのある声に手の中にじっとりと汗を掻くのを感じた。

 発表資料の作成は終わっているので、そうそう、全員が集まる必要がなくなっていた。

 ネモアとファンが家庭の用事で呼ばれていたため、今日はそれぞれ自由に過ごそうという話になった。

 放課後、久しぶりにやってきた図書室で、杖についている石が気になった俺はそれ関連の資料の棚を見ていた。


「アロディーンさん」


 振り返ったそこにいたのはエリオットだった。

 何故、声をかけられるのか? 内心の動揺を表に出さないように笑顔を張り付ける。

 あの日もネモアとファンは各家から呼び出しをされていた。

 あの日も俺は一人で図書室にやってきていた。

 偶然だと思うのに、どうしても目の前にいる年下の、自分からすれば子供だと言えるはずの男に背筋にぞわりと悪寒がはしる。


「貴様は、俺を馬鹿にしているのか?」

「……何を突然?」

「グリサラーサ家という後見人を得ていると思って、油断していたが。いや、貴様はグリサラーサ家自体も騙しているのか」


 エリオットの言っていることが理解できない。

 ただ見つめ返すと、脇に抱えた資料の中から一枚の紙を取り出してこちらに差し出してくる。


 ……ケースケ・ク・グリサラーサの国家魔法研究資料盗難について。


 資料の一番上に書かれた文面に目を疑う。

 慌てて本文を読み進めていくと、アニュキスの国家魔法研究所の資料庫に荒らされた形跡があったこと。

 いくつか盗まれた資料の研究方法と研究結果が、俺たちの調査資料に類似していること。

 自体を重く見た国王が、グリサラーサ家と先の魔道具の件で関係の深くなったグラヴィスタ家に事情を聞くことになったということが書かれている。


 背筋に悪寒が走った。

 ネモアとファンはこの事情聴取のために呼び出されたのだ。

 資料庫が荒らされた日付を見て眉を寄せる。

 ヘランドの代理人として城へ会談に向かった日なのだ。

 魔法研究所という文章に、ちらりと頭をかすめたのは、エレイ先生の顔だった。


 図書室でエリオットに一言だけ断りを入れて、寮の部屋に戻ってきた。

 ベッド下と机の引き出しに発表資料が入っていることを確認して、自分用にまとめたノートがあることを確認する。

 何かが盗られたという形跡がないことに息をつくとベッドに腰かけた。

 研究機関に横取りされる可能性は、あるかもしれないと思っていたが。

 俺を犯人に仕立て上げようとしてくるとは思っていなかった。


 こちらの世界では、功績というものが社会に大きく影響している。

 エレイ先生に言わせると、俺の調査方法は画期的だという。もしかしたら、その調査方法自体にも功績が発生するのかもしれない。

 あとはエカトルタの城での執拗な監視。

 魔法が魔道具として日常に根付いている割には、魔法自体の開発はそれほど進んでいない。


「……なんなんだよ」


 何が駄目だったのかがわからない。

 魔法陣は属性で分類されているのだから、そもそも、属性によって効果が違うということはわかっているはずだ。

 だったら、自然エネルギーにも属性があると考えるのは普通ではないのか?

 こんなことが、国の研究機関を動かすほどのとてつもない発見だとでもいうのか。

 魔法のある世界だというのに、ゲームのように派手な攻撃魔法があるわけでもないし、魔法陣がなければ発動しないとか不便だとは思っていた。


 しかし、だ。

 魔法が一般的に認知され始めたのが、百年前だといっても、一般に認知されていなかっただけで魔法使いは常にいた。

 過去に行われた長き戦いの模様が書かれた古い本に、度々魔法使いは登場する。

 また、精霊や魔物は何百年も前の神話にも登場する。

 魔法は、この世界、エルコティアソフィアができた時から常にあったと考えるのが正しいだろう。

 ならば、なおさら、なぜ、魔法の属性について述べるだけのものに、国の機関が関わってくるんだ。


 ……本当に国家魔法研究所が、魔法陣の属性と自然エネルギーの関連という題で、研究をしていたのか。


 できれば、そうであってほしい。

 俺が国家魔法研究所から資料を盗んだという話も、その盗んだ物がないのだから、俺の功績として発表しなければすむかもしれない。

 学習発表は別のものを発表すればいいだけの話だ。

 困るのは、こちらの調査結果を根こそぎ奪い取ろうとしている場合だ。

 俺たちが作った調査資料と発表資料を向こうが自分たちの物だと言ってしまえば、それは俺が盗んだ物となってしまう。

 筆跡でわかるだろうが、別の物にうつしたのだと言い張ることもできる。

 そうなると、俺は泥棒として国に捕まるのか?

 自分が城の地下牢屋に入れられている姿を想像してしまい、何度も頭を振る。


 ……バンッ!


 深くため息を吐きそうになったその時。

 派手な音を立てて、部屋のドアが開けられた。

 そちらに目を向けると、騎士の制服に身を包んだ数人が、無言で部屋に入ってくるところだった。


「ケースケ・ク・グリサラーサだな」

「……はい」

「城まで、ご同行願おう」


 多分、隊長だと思われる人が言い終わるより早く、左右の腕が、入ってきていた他の騎士によって掴まれる。

 突然のことに驚き、咄嗟に身を引こうとしたが、がっしりとした手で掴まれた腕が途端に悲鳴をあげる。

 抵抗する暇もなく、引きずるように部屋を連れ出される。

 入れ違いに入ってきた他の騎士が、部屋の中を物色しているのを見て、牢屋の入り口が開けられる幻を見た。


 城に連れてこられた俺は、即座に牢屋に入れられる、ということはなかった。

 窓と入り口のドアしかない部屋に入れられて、部屋の前には二人の騎士が立っている。

 何の説明もされぬまま、馬車に押し込められ、左右と前を騎士で固められた。

 無言で正面に座った騎士の一人から常時険しい顔で睨みつけられては、何かを聞くどころか、口を開けることすら戸惑う状況だった。

 馬車が城門を抜けてしばらくして止まると、また、左右の腕を掴んで移動させられる。

 身長差があるため、引きずられるというよりは、持ち上げられて運ばれているといった表現が正しいだろう。


「ここで待て」


 そういって放り込まれた部屋の中で、何をすることもなくぼうっとしていたのだが、あれから一時間は経っただろうか。

 城までくるのに半時間は使ったかもしれないので、この部屋に入ってから半時間。

 窓から情報が得られないかと思って外の様子を伺ってみたが、ここは三階のようで、下を人が通っても話は聞き取れなかった。

 隣の部屋らしき窓はちょうど一部屋分先に見えたが、しっかりと閉められていて、中に人がいるかどうかもわからない。


 牢屋に入れられなかったのはいいが、部屋に軟禁状態だ。

 外の情報が得られないが、多分、寮の部屋にあった資料を運び出したり、確認したりしているのだろう。

 騎士とは荒事が得意だろうが、物を探すということが得意なのだろうか。

 寮の部屋が無残に荒らされる様が頭をよぎる。

 困った方に進んでしまったわけだ。


 今日の中で何度目かわからないため息をつくと、深く息を吸い込む。

 何もわからずに連れてこられて、混乱状態が続いていたが、部屋に一人にされたことで大分気持ちが落ち着いてきた。

 向こう側は俺たちの資料を横取りしようとしている。

 魔法陣の属性と自然エネルギーの関連という研究結果は、とても価値のある物だということだろう。

 俺が一度だけ城にきた日を犯行日としているあたり、多少、強引すぎる気もするのだが。

 それでも、押し切れると向こう側は思っているというわけだ。


 国家魔法研究所と、国家がつくぐらいだから、国の中では地位のある機関である可能性が高い。

 俺の地位といえば、学生でグリサラーサ家の被後見人。

 実力社会のこの世界、未だ功績も何もあげていない俺は、ただの一般人で初等学に入っている子供。

 そう、向こうが考えているのであれば。

 思考にはまろうとした時、部屋にノックの音が響く。

 返事をする前に開けられたドア。


「着いてこい」


 今回は左右から持ち上げられることもなく、自分の足で歩いていくことができた。

 逃げないように、前後左右に斜めに至るまで騎士に囲まれているが、両腕だけで体重を支えることに比べればどうということはない。

 しばらく歩くと、見たことのある大きな扉の前に着いた。


「ケースケ・ク・グリサラーサを連れてまいりました」


 前を歩いていた騎士の声が響くと、扉が中から開けられる。

 一番奥に座っているのは、あの日と同じカルディナ王だ。

 あの時と違うのは、こちらから見てカルディナ王の左側にグリサラーサ家の当主のダンガルとネモア、グラヴィスタ家当主のジーダンとファンが既に席についていることと。

 揃いのローブに身を包んだ一団が、ネモアたちの正面に座っていることだろう。

 ネモアとファンはこちらを心配そうに見ている。意外だったのはダンガルとジーダンからも気遣わしげな視線を向けられたことだろうか。


 エリオットに言われた、騙すという言葉に、もしかしたら睨まれるかもしれないと思っていた。

 ダンガルから見れば、俺は事故で喚び出したがために後見人とならなくてはいけなかった厄介者だろう。

 ジーダンとはヘランドの一件でしか会ったことがないから、面倒事に巻き込んで、と恨まれても仕方がない。

 そういう思いがあった。

 でも、向けられる視線に、自分は一人ではないのだと思うと、上がりそうになる鼓動が自然と治ってきた。


 騎士に促されるまま、あの日と同じようにカルディナ王の正面に立つ。

 こちらに向けられたカルディナ王の瞳からは、何の感情もうかがえない。ただ、こちらを見ているだけだ。

 カルディナ王の右から感じる視線には気付かないふりをして、ただその目を見返す。


「ケースケ・ク・グリサラーサ。ここに呼ばれた理由はわかるか?」


 後ろの扉が閉められて、一つ息を着いたカルディナ王が言葉を発する。

 俺は小さく首を振る。

 来るまでに何の説明もされていないのに、理由などわからない。


「これは、三日前に国家魔法研究所から提出された書類だ」


 カルディナ王の言葉に、そばで控えていた男が数枚の書類を持ってこちらにやってくる。

 手渡されたそれの一枚は、図書室でエリオットに見せられたものと同じだった。

 二枚目以降に書かれていたのは、盗まれた資料に書いてある調査方法が、俺のやっていたものと同じだということと、研究の題材も同じだという調査報告書。

 課外自習の時のスケジュールまで載せてある。

 一通り目を通して、視線をあげてカルディナ王に向き直る。


「既にグリサラーサ家とグラヴィスタ家に事情を聞いたところ、君は調査方法を自分で考えたという話だったが、間違いないか?」

「間違いありません」

「私たちの研究結果よ!」


 カルディナ王の言葉にうなづいた俺に、右側から声が上がる。

 全員の視線がそちらに向かうと、一番奥に座っていた少し年のいった女性がこちらを睨み付けてきていた。


「ジーナ、今はケースケに話を聴いている」

「彼の部屋から押収した資料を確認しました。あれはまさしく、私たちが行っていた研究のものです」


 ジーナと呼ばれた女性の隣に座っていた眼鏡の男が告げる。

 他の研究者であろう面々も仕切りに首を縦に振っていた。


「なっ! あれは、ケースケさんの……っ!」

「ネモア、止めなさい」

「っ! 父上、でも、あれはっ!」

「落ち着きなさい」


 あまりのことに言い返そうとしたネモアをダンガルが止める。

 ここで言い返しても意味がないので、俺は黙って待っていた。

 ネモアの悲しげな視線に、小さく頷くだけで留めた。


「聴いたとおりだ。ケースケの部屋にあった資料は彼らの研究結果だと言っている。国としても国家魔法研究所の研究結果を盗んだとなると、放ってはおけなくてな」


 そういったカルディナ王の言葉に、研究者の面々の顔は明るい。


「一つ、確認がありますが。よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「全く同じ研究をしている人が複数いたとします。その場合、功績として認められるのは、研究結果を発表した方でしょうか? もし、そうであれば、今この場で私が研究結果を発表すれば、それは私の功績になりますよね」

「……たまたま、同じ研究だったと言いたいのか」

「ふざけるな! 我々の研究結果を盗んでおきながら、ぬけぬけと」


 その言葉にカルディナ王が小さく呟き返すと、ジーナという女性が食ってかかってきた。


「では、貴女は今ここで研究結果が発表できるんですか?」

「当然だ! 我々の研究結果だからな!」


 自信満々にうなづいたジーナの言葉に、相手が単純でよかったと内心笑みを浮かべる。

 仕事で培ったポーカーフェイスで表情には出さなかったが、流石、一国の王様。カルディナ王は俺の雰囲気の違いに気づいたのだろう。


「では、今すぐに研究結果を発表してください」


 俺の言葉にジーナは眉を寄せてこちらを見てくる。

 ヘランドの販売権の時もそうだったが、この世界は何かと早い者勝ちという形式を取っている。

 彼らが学習発表を待たずに横取りにきたのには、俺たちに発表された時点で俺たちの功績になってしまうからだろう。

 小さな学校なら、いくらでも揉み消せるかもしれないが、オケアノス学院の学習発表会には毎年各国から王族や貴族が集まってくる。

 そこで発表されたことをなかったことには、そう簡単にはできないのだろう。

 だから発表される前に強硬手段に出た。


「しないのであれば、私が発表しますよ」


 ジーナは俺の言葉にしばらく考えた後、部下たち数人と共に準備をすると一度部屋を退出した。

 数十分経って戻ってきたジーナの手には、学習発表用にまとめた発表資料と発表内容を書いたメモがあった。

 意気揚々とはじめられた発表は、メモに書かれた内容に沿って行われる。

 最後まで読み上げたジーナは、堂々と言い放った。


「ここまでが、魔法陣の属性と自然エネルギーについての研究結果です」

「ほぅ」

「彼が盗んだことはこれで確定したと思います」


 ジーナはにやつきながらこちらを見てくる。

 カルディナ王に「ということだが?」と視線を向けられた。

 ジーナは確かに魔法陣の属性と自然エネルギーについて、調査内容に基づく結果を述べた。

 それは、メウテスロであれば火属性が強いとか、パリアカであれば水属性が強いとかそう言った類のものだ。

 最終的な、属性と自然エネルギーについては一言も語られていない。


「では、私も同じように発表をさせていただいても?」

「する必要などないだろう? もう、結果は見えている」

「最後の悪あがきぐらいさせてください」


 カルディナ王から許可が下り、ネモアとファンを連れて先ほど発表が終わった資料を持ち出す。

 地域ごとに分けられていた複数の資料を壁に貼り付けると、メモを持たずに前に立った。


「場所によって、各属性の威力が異なることは、先ほどジーナさんが発表してくれたのでわかっていただけていると思います。なので、割愛させていただきます」


 俺の言葉に、ジーナの瞳が見開かれた。


「場所によって何故、威力が異なるのかについて、調査結果から自然エネルギーにも属性が存在すると考えました」


 それぞれの調査場所で、まず目を引くのが威力が上がっている属性についてだ。

 メウテスロであれば火属性、パリアカであれば水属性、エカトルタであれば風属性、キシャルナであれば地属性。

 他の属性の同程度の魔法陣に比べて、とびぬけて威力が大きい。


 それは、何故か。


 ここで重要になってくるのが、自然エネルギーというものだ。

 魔力とは、体内エネルギーと自然エネルギーから構成されている。

 魔法陣という媒体を使って、体内エネルギーと自然エネルギーを練り上げることで魔力を産み出し、魔法を発動させている。


 調査方法の条件として、体内エネルギーの放出量は大体同じになるように心がけていた。

 また、誤差を少なくするために同じ魔法陣で複数回確認することで、平均値をとるようにした。

 このことから、それぞれの土地の自然エネルギーが魔法の威力に影響を与えているであろうことがわかる。


「メウテスロにはパイストス山という火山があります。パリアカは海が近く、有名な入り江があります。エカトルタでは、年に何度も竜巻が発生し、キシャルナの森には樹齢何千年、何万年とも言われる大木が生えています」


 各土地にはそれぞれの属性と関係の深い場所や物が存在する。

 自然エネルギーに魔法と同じく属性が存在し、補助または増強の役割を果たすため威力が上がったと考えられる。

 うぐに確認できるものとしては、初級の地属性の魔法陣だ。

 土の壁を作る魔法を室内で発動する場合と、土のたくさんある外で発動するのとでは速さと強度が異なる。

 各属性の魔法が、どこでも発動できるのには、待機中にある自然エネルギーにそれぞれの要素が多少でも含まれているからだろう。


「ここまでが、属性と自然エネルギーについてです」

「っ! 貴様っ! 別の資料まで……」

「ここからが、本題の魔法陣の属性と自然エネルギーの関連についてですが」


 区切りのいいところで一度話を切ると、ジーナがすぐに反論しようとしてきた。

 それを無視する形で、続けての発表に入る。

 あくまでも自分たちの研究結果だと貫き通そうとしている、その意思の強さはすごいと思うが、ジーナ以外の研究者の表情は既に硬い。

 カルディナ王の方へ、視線を一度向ける。


「本題に着いては、オケアノス学院の学習発表会で行いたいと思っているのですが」

「はっ! 続きなどないのだろう! やはり、こいつが盗んだのです!」


 俺の言葉にジーナが笑顔で答える。

 ジーナの中途半端な研究発表、顔色の変わった研究者たち。

 それに気づかないカルディナ王ではない。

 カルディナ王はいつまでも強気の姿勢を崩さないジーナをしばらく見ると、彼女に気づかれないように口元を隠し、小さくため息をついていた。

 カルディナ王の様子を見ていた俺は、肩が微かに上下しているので気づいた。


「ジーナ。彼の言っている本題について、君は発表できるのか?」

「はい! 別の資料になりますので、準備に時間はかかりますが大丈夫です」

「……では、こうしよう。オケアノス学院の学習発表会で、二人が同じ題について発表を行う。その時、ジーナよりケースケの発表内容が劣っていたら処分を考える」

「それは、私たちにとってとても不利ではないですか?」


 どう考えても、国家の研究機関に有利な気がしてならない。

 そう思って口を挟んだ俺に、ジーナは鼻を鳴らした。


「今回同様、ジーナたちがまず発表し、ケースケたちが後だ」

「えっ! それは……」

「君たちは、国家魔法研究所だろう。実力を見せつけてもらいたい」


 カルディナ王の言葉に、他の研究者が思わず声をあげるが、次の言葉で黙ってしまう。

 ジーナだけはまだ、余裕の表情だ。


「そして、審査は国家魔法士など魔法の専門家と各国の王族が行う。それまで、今日押収した資料は直ちに複写をしたのち、彼らの元に返す」

「資料をですか……?」

「ジーナ、同じ資料なのだ。それに、本来君たちの研究結果なのだろう。返したとて、先行の君たちの方が有利なのは明らかだ」

「……そうですね」


 しばらく考えていたジーナだったが、その言葉に納得したらしい。

 カルディナ王は気づいている。彼女たちが嘘をついていると。

 ここにいる人間の誰もが気づいている。

 それでも、ジーナが自信満々なのは、押収した資料の中に答えが書かれていると思っているからだろう。

 今ここでそれを指摘しないのは、カルディナ王にも考えるところがあるのだろう。


「処分は保留だ。当日まで同じようなことが起こらないように、それぞれに監視をつける」

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