第25話 課外自習課題。
無事、最後の調査を終えてオケアノス学院の寮に帰ってきた。
やっと安心できるベッドで寝ることができる。
帰ってきたのは昼を少し回ったところだったが、俺とネモアは今までの睡眠を取り返すかのように、夕食も食べずに寝て過ごしていた。
起きたら夕焼けだったのには、流石に寝過ぎたと思う。
あまりに外が暗いからてっきり早朝だと思ったほどだ。だんだんと暗くなる窓の外に、今日が何日であるか慌てて確認した。
何度か目は冷めていたはずだけど、記憶が曖昧だ。
「明日、学校行きたくないな」
ついつい本音が漏れてしまったのは仕方ない。
計画通りに旅が進まなかったので、今日一日が休日になっていたのだ。
順調に進んでいれば三日の休日になる予定だった。休日と言っても、調査内容をまとめたり、課題をやったりする時間になるのだけど。
そういえば、課題を取りに行っていない。
帰り道でエレイ先生に、各担当の先生から課題を預かっているから早めに取りにきなさい、と言われていたのだ。
今日、行かなくてもわけではないから別段、気にする必要はないか。
そう思って、まだ寝ているネモアを起こして、ほぼ一日ぶりのご飯を食べて再度眠りに着いた。
そして俺は、何故、エレイ先生が早めに取りにきなさいと、わざわざ言ってくれていたのか、職員室について知った。
職員室の一角に積まれた、三つの箱。
両手で抱えなくてはいけないほどの大きさで、さらに開いた上の口からは収まりきらない物が飛び出している。
一ヶ月と言っても、初等学四年生の授業は浅く広くなので一教科であっても二時間程度だ。
課題が出たとしてもある程度以上にはならないだろうと思っていたのは、間違いだったのか。
放課後、五人で職員室に課題を受け取りに行った俺たちは、想像を超える量に思わず固まってしまった。
「……期限って、二週間だったっけ?」
「そう、だったはずだけど」
「五人だから、この量なのかもしれないですね」
俺の言葉にミリィ、ファンが続けてくる。
五人だとしても、多過ぎはしないだろうか。
そんなことを考えながら、どうやって運ぼうか相談していると、次々と授業を終えた先生たちが職員室に帰ってきた。
中に、薬草学のレフィ先生がいて俺に気づくとこちらに近づいてきた。
初授業の時から、廊下で会うと立ち話をするほどの仲だ。
「ちゃんと、罰も上乗せしておきましたから」
良い笑顔で告げられた言葉に、俺たちは思った。
先生方、相当、怒っていたんですね。
休日出勤をして、情報収集にあたったとかは、エレイ先生から聞いた話だ。
レフィ先生の後にも何人かの先生に同じようなことを言われて、わかりましたと言葉を返すしかなかった。
中には、こんなに心配をさせたんですから当然出来ますよね、と言ってくれた先生もいた。
感謝の念しかありません。
放課後と休日をフルに使って、何とか二週間で課題を終わらせ、各先生に提出と頭を下げに行く俺たちの姿は、凄くやつれて見えたらしい。
それを見た他の生徒が長期の課外自習を自粛したとかいう噂が上がった。
課外自習の課題が終了して、やっと学習発表会の資料を作成する作業を開始した。
放課後も休日も課題に明け暮れていたため、できればしばらくなにもしたくなかったが。
先延ばしにするといつまでも始められないような気がしてきたので、課題提出した次の日から全員で集まって作業をする。
始めに行ったのは調査してきた内容のまとめだ。
場所と魔法陣別を一つとし、四視点からの平均した数値を表にしていく。
その表と対になるように、縦横に一定間隔で引いたマス目に数値と線を書き図形を書く。
図形は上からのものと、横の四視点から見た状態のものを書いて、線は直線ではなく、なるべく実際に発動した魔法を絵にする。
絵は上手い下手があるので、最初に全員で試し描きをして、ウィズが一番上手だったので任せることになった。
調査場所は、メウテスロ、パリアカ、エカトルタ、キシャルナの四カ所。
魔法陣は、火属性、水属性、風属性、地属性の四つ。
各属性ごとに効果の違う魔法陣を三つか四つ。
数としては調査場所あたり魔法陣が最大で十六、全体で六十四。
表と図形はサンプルとして、俺が最初に書いた。
調査時にできるだけ統一化させるため、四視点は東西南北となるようにしてあった。
調査内容を書くノートも位置ごとに決めていたので、表に起こすのも幾分か簡単と言える。各視点ノートごとに担当を決め、表に値を記入し次の人に渡すという流れ作業を行ったおかげで、思ったより作業効率がよかったが。
なにせ、数が多い。
あまり乱雑に書くと後々困るので丁寧に書くことにしているため、俺の手は変に力が入ってペンだこが出来ている。
他もにたようなもので、数が進むにつれて、疲れをとるためか指を鳴らしたり肩を回したりすることが多くなった。
調査資料をまとめ終わる頃、俺は視界を覆い尽くす銀世界があった。
「通りで寒いわけだ」
後一週間ほどで、今年が終わるらしい。
ただ、エルコティアソフィアでは年末年始に何かするというものはないみたいだ。オケアノス学院も通常授業があるから、普段と変わらない。
家族で揃って年越しとかいうのはないのか、とネモアに聞いたら、そいういうのは国の出来た日ということで三月にあるらしい。
学習発表会の詳しい日程がつい昨日発表された。
二月十四日。
毎年、月の中頃にやるようで、今年は少し早めだとか。
調査資料のまとめは終わっているので、今は発表用に大きな紙に基本的に図をメインで書いている。
発表の方法としては、当初、張り出し形式を考えていたが、エレイ先生の勧めで舞台での発表に切り替えた。
そのため、図は見えやすいように大きく描き、説明のほとんどは口頭で行うことにした。
「ケースケ、出来上がったものはどこに置いておくの?」
模造紙と呼ばれるものがなかったので、ノートに使われる紙を複数くっつけたものをミリィが持ち上げながら聞いてくる。
つなぎ目がいびつなため、下手に丸めると剥がれてしまいそうなものだ。
「そのままベッドの下にでも入れておいた方がいいな」
「そうね。前日には行動に運び込めるみたいだけど」
「当日自分たちで運んだ方が良いんじゃないか? ジル先生に聞いたけど、過去に何回か発表資料が盗まれたって」
ウィズの言葉にミリィが顔をしかめる。
今はミリィとウィズとネモアに発表資料の作成を任せ、俺とファンで発表内容を考えている。
何を発表するかについては決まっているので、流れの部分を考えている。
今のところ順調に進んでいるため、一月中には発表資料が完成する。それに沿って練習ができるはずだ。
「ケースケさん、これ、なんですか?」
ネモアがこれと言って持ち上げたのは、持ち手の部分に小さな赤い石と青い石が嵌め込まれた、蔓が巻きついたような棒だった。
俺的には、魔法使いの杖、なのだが、こちらの世界にきて普段使っている杖は指揮棒のようなシンプルなものだ。杖といえば、それしか見たことのないネモア達にとっては何かわからないといったところだろう。
すっかり忘れていたが、ネモアがカバンを片付けている時に、底から出てきたみたいだ。
「ヴァカンフで買ったんだよ。ちょっと気になって」
「え? いつの間にですか?」
「いや、買ったというか貰っただな。ネモア達と逸れたとき、気になって見ていたら、女の人が買ってくれたんだ」
俺の言葉にネモアが眉をひそめる。
それから値段が三百円だということとか、渡されてすぐにどこかに行ってしまった女の人のことだとか、あったことをすべて説明することになった。
お菓子をもらっても着いていかないように気をつけてくださいね。
という笑顔の一言に、ミリィとウィズに爆笑された。
「それで、これは何なのですか?」
笑っていないファンが、ネモアの持っていたものが気になるのか、再度質問を投げてくる。
何と言われると、はっきりと断言はできないが。
「杖、だと思うんだよな」
「杖? これが?」
俺の発言にミリィが収まった笑い声を驚きに変えて聞き返してくる。
これ自体で魔法を使ったことがないので、確証はもてていないが、俺としては杖だと思っている。
何故杖だと思ったのかとファンい聞かれて、いつも使っている杖の長さと同じぐらいだし、こういうものもあるのかと思って、と咄嗟に口をひらいた。
これが杖なら、魔法が発動できるはずだから、と久しぶりに自習室を借りにいくことになった。
また、五時間待ちとかだとどうしようかと思ったが、他のチームも終盤に差し掛かっているのか、思ったより空いていたためすぐに借りることができた。
初級の火属性の魔法陣を描くと、杖を持ってその前に立つ。
いつものように杖に体内エネルギーを集中させようとして、持ち手の部分に違和感があった。
赤い石の方から青い石の方に向かって、何かが流れてくる感じだ。
自分が送っている体内エネルギーとは違う、何か別のものが混ざってくるような。
違和感があるものの、体内エネルギー自体は循環されているようなので、それを魔法陣に向けて放出する。
……ボウッ。
部屋の中心部に大きな炎が上がった。
大きいと言っても、焚き火程度だが、元々マッチの火程度の魔法陣のはずだ。
あまりのことに驚いて後ろに下がると、そのまま尻餅をつく。慌ててネモアたちの様子を確認すると、十分に距離をあけて見ていたため、ミリィやネモアとかは同じように座り込んでいたが、大丈夫そうだった。
ただ、驚愕に染まった顔でこちらに視線を集中されると、悪いことをしているわけではないはずなのに、自然と視線をそらしたくなる。
魔法が使えたということで杖(仮)は杖であることが確定した。
効果の違う魔法陣や、他の属性の魔法陣も試してみたが、総じて威力が上がる結果となった。
すべて初級の魔法陣で確認した。中級以上の魔法陣はどんな危険が怒るかわからないので保留だが、威力が上がることは確かだろう。
後は、魔力として使用する体内エネルギーの量を増やしても、杖を使った威力が上がる以上にはならない。
これは、魔力の量によって魔法の威力は関係ないという、前の実験結果と同じく魔法陣の特性と考えることができるだろう。
では、この杖を使うことで何が魔法陣の威力をあげているのかというところだ。
「何かが流れてくる感じ、ねぇ?」
赤い石の方から青い石の方に向かって、何かが流れてくる感覚。
それを俺以外の人が試しても感じるものなのか、ということで、ミリィに実際に魔法を発動してもらったのだが。
俺がやったときと同じく、魔法陣の威力は上がったものの、普段使用している杖と同じで違和感はないようだ。
順番に、ウィズ、ネモア、ファンと試してもらうが、わからないと帰ってくる。
「流れ込んできて、混ざるような感覚があるんだけどな」
首をひねりながら、再度、杖に体内エネルギーを集中させると、流れ込んできたものが体内エネルギーと混ざり合い、別のものになる。
集中をさせたまま、手に持った杖を観察するが、見た目上で特に変わったところはない。
赤い石か青い石が光っているなんてこともないし、熱を持っている感じもしない。
上下左右といろんな角度から見て見ても、違いはないみたいだ。
しばらく続けて見たが何もわからないので、そのまま杖への集中を解いたとき。さらなる違和感が全身を駆け巡った。
今まで杖を持った手の部分で、混ざり合っていた別のものが駆け巡る。
自分の身体の内を違うものが移動するような感覚は、ぞわりっと全身に鳥肌が立ったような感じだ。
ただ、それ自体が悪いものではないのか、血液の流れのように循環している。
しばらくすると、流れるときの鳥肌のような感覚はなくなったが、身体の内に何か別のものが流れているのはわかる。
ぞわりっと体を震わせたときに、落としてしまった杖をネモアが拾いながら、こちらを心配そうにのぞいていた。
「ケースケさん? 大丈夫ですか?」
「もしかして、魔力切れか?」
ネモアの言葉にウィズが続けて聞いてくる。
魔力は、初級の魔法陣ばかりだったので、体内エネルギーは大して減っていない。
「大丈夫だ。さっき言ってた、流れ込んで混じったものが体に残ったみたいで」
「残った? それって大丈夫なの?」
「嫌な感じはしないから、大丈夫だとは思うけど」
そう言って、流れるそれを感じるために意識を集中する。
ソレは体内エネルギーに溶けることなく、循環している。
杖から取り込まれた別のものが、体内エネルギーと混じっていた。
……魔力?
魔法を発動させるときに魔法陣を使っているのは、その陣自体が体内エネルギーと自然エネルギーを混ぜ合わせる媒体だからである。
魔法陣なしに魔法を使おうとする場合、魔力を自分の中で練り上げて、発動するための魔法陣を頭の中で正確に構成しないといけない。
まず、練り上げるとは、どういう状態か。
魔力の元となるものは、体内エネルギーと自然エネルギーだ。
体内エネルギー自体は自らの身体の内にあるので感じることができれば、いくらかは使うことができる。
自然エネルギーは身体の外にあるので、まずはそれを取り込まないといけない。
魔法陣なしに魔法を使えたらという、希望の元、一度資料を調べたことがあったが。
自然エネルギーを感じ、全身から取り込むという感覚が掴めず、断念していた。
そもそも、自然エネルギーを感じる、というのがわからなかった。
体内エネルギーを意図的に循環させることさえ、まずは体内エネルギーを感じることに時間がかかったので、自然エネルギーを感じることはそれ以上に難しいことだった。
多分、他の魔法使いも、魔力を自分の中で練り上げるという動作が難しいのだろう。
初級の魔法陣自体の構成は簡単で、頭の中で正確に構成するというのはそれほど難しいことではないと思う。
ただ、初級の魔法陣を発動するために最低限必要な魔力を練り上げるという部分でつまずく。
だから魔法使いの最高峰、国家魔法士の中でも使える人は一握りと少ないのではないか。
魔法陣を使用した魔法の発動で威力が上がったのは、魔法陣自体が混ぜ合わせた魔力と杖から取り込んだ自然エネルギーを混ぜ合わせた魔力分、威力が上がっているのではないか?
過去の実験で、魔力の量によって魔法陣の威力とは関係ないという、考えだったが。
厳密に言うと魔法陣で混ぜ合わせられる体内エネルギーと自然エネルギーの量が決まっているので、それ以上の魔力にならない。
だから、発動時に使用できる体内エネルギーの量を増やしても、魔法の威力はそれ以上にはならなかったのではないか。
と、いうことはだ。
今身体の内にめぐっている、別のものとは魔力だとして、これを集中させて、火属性の魔法陣を頭に思い浮かべて発動するとどうなるか。
「……ちょっと、実験するから。こっち側に集まってもらえるか?」
そう言ってネモアたちを自分の後ろまで下がらせると、火属性の初級の魔法陣を発動させるために、最低限必要な量の魔力を指先に集中させる。
小さく息をつくと、頭の中に魔法陣を思い描く。
何も描かれていない部屋の中心に指を向けて魔力を放つ。
……ポッ、と音を立てて、床から少し上の部分に火が灯った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます