第24話 キシャルナ。

 アニュキスに向かう帰りの洞窟では魔物の襲撃もなく、ちょうど昼をはさんだので洞窟内の露店で食事をとることができた。

 キシャを路肩に止めての食事になったので、見張りを残すために交代で行う。

 アニュキス行きの商人たちと交代で野営の番をして、何事もなく進めたことにほっとする。

 商人たちの中にはカルピオとの交戦時に一緒だった人もいたようで、野営中にご飯を御馳走になったのは素直に助かった。

 商売品である新鮮な果物などは、砂漠の移動中に特別美味しく感じられる。


 生物をどうやって保存して運搬しているのか気になって聞いてみると、荷物を運ぶキシャの荷台が魔道具になっていた。

 定期的に魔力を注ぐと中が一定の温度に保たれているらしい。

 商売人には欠かせない魔道具のようで、手持ちの資金ができた商人はレンタルをせずに自分用に買い取るのだという。

 維持費とかがかかるので、どの程度の稼ぎになったら購入するかを見極めるのが、商人としての技量だとかなんとか。


 キシャを預けた俺たちは一度オケアノス学院に帰ることにした。

 課外自習として申請してあるのは残りちょうど一週間。当初の予定ではこの期間は調査内容の整理に使うはずだったが、色々とあったためずれてしまった。

 提出したスケジュールにも移動の遅れなどによる予備日としているが、スケジュールから遅れてしまっているのでエレイ先生に報告に行かなくてはいけない。

 メウテスロでのチコに噛まれた傷は、少し無理をしたために治りが遅いが、今は一人で歩くのに問題はない。

 重い荷物はウィズに持ってもらっている。


「じゃぁ、俺とファンで報告に行くから、ネモアと俺たちの部屋に荷物を運んでおいてくれ」

「わかった。運ぶだけで良いのか?」

「整理とかはまた後で考えよう。とりあえず、明日、今後の予定について決めるから、今日は各自疲れをとるということで」

「了解、報告お願いね」


 ネモアたちと寮への道の途中で別れる。

 今は平日の授業中のためか廊下に生徒の姿はなく、演習場から授業の音がしていた。

 職員室のドアをノックすると、授業外の先生が顔を出した。


「あれ? 君たち授業は?」

「課外自習中です。エレイ先生に途中報告にきたのですが、いらっしゃいますか?」


 俺の言葉に小さく眉をあげた目の前の先生は、今まで授業を担当してもらったことのない先生だった。

 すぐに表情は元に戻ったが、一瞬歪んだ表情が頭に残る。

 それに職員室内の他の先生方の視線がこちらに向けられた気がする。


「あっ! ケースケ君、ファン君!」


 理由を探そうと視線を巡らせようとした時に、廊下側からエレイ先生の声が響く。

 振り返ると授業が終わったて戻ってきたのか、手に教科書を持ったエレイ先生がこちらに手を振って歩いてきていた。

 話をしていた先生に一言お礼を行ってからエレイ先生の方に向かう。


「お久しぶりです。途中経過の報告にきました」

「ちょっとまっていて、会議室を用意するから」


 そう言って職員室に入っていくエレイ先生をファンと見送る。

 途中、先ほどの先生に止められて、一言、二言話をしたエレイ先生。

 表情は見えなかったが、すぐに出てきたエレイ先生に、半ば引っ張られるようにして会議室に連れて行かれる。

 何があったのか理解できずに会議室に入ると、しっかりと鍵を掛けられ、窓のカーテンが閉められていった。

 その行動の意味がわからず、ファンと二人で顔を見合わせる。


「……ごめんなさいね。ばたばたしてしまって」


 座って。と言いながら、先に椅子に座ったエレイ先生の前に二人で座ると、真剣な目がこちらを見つめていた。

 それに思わず体が下がりかけるが、押し止まる。


「何か、ありましたか?」

「何かあったのはあなたたちの方でしょう?」


 大きくため息を着きながら言われた言葉に、どれのことだろうと考えを巡らせる。


「洗いざらい、話をしてもらうわよ」


 怒ったような目で見つめてくるエレイ先生に、俺は背筋がぴんっと伸びた。

 よくよく考えれば俺たちはまだ学生だ。至極当たり前の話なのかもしれないが。

 オケアノス学院には、各紹介状を渡した相手から報告が届いている。

 メウテスロでの怪我に始まり、エカトルタでのカルピオという魔物との交戦。すべて学院側に報告がきていた。

 その上、当初の予定通りに帰ってこない俺たちを、学院側が心配するのは当たり前のことで。

 さらには学習発表会で課外自習に行く生徒はいるが、初等学の四年生で課外自習に出るのは稀だという事実。

 そんな話は今聞きました、学院から許可は出たではないですか、という言葉は飲み込んだ。


 課外自習の許可がやけに簡単に出るな、とは思っていたが。そもそも、初等学四年生の学習発表で、課外自習をしなければいけないほどの発表がされることはないらしい。

 確かに、授業の内容を考えるとそうかもしれないが、全くないということはではない。

 エレイ先生に確認すると、俺たちの他にも五組が課外自習に出ているらしい。

 ただし、その期間は一週間程度とのこと。

 一ヶ月の長期におよぶ俺たちの課外自習の許可が簡単に降りたのは、俺の提出した計画表がしっかりしすぎていたからだと言われた。


 仕事でよくやっていましたから。

 何事もなく帰ってきていたのなら、これほどの問題にもならなかったのだろう。

 メウテスロで怪我をしていたにも関わらず、そのまま次の街に行き、その上、魔物と交戦したという話が出て、学院側は情報収集に追われた。

 何故、教師が同伴していないのか、という話が出たのは仕方がないだろう。

 調査の場所として挙げていた場所はどこも安全で、観光にも行かれる土地だったのは確かだ。むしろそういった場所をメインに探していた。


「……すみません」


 俺とファンは深く頭を下げた。

 その後、原因で学院長室に呼び出された。

 ヘリオス学院長や学年主任など、多くの人に怒られて、ひたすら頭を下げまくった。

 なんとか、最後の調査場所であるキシャルナの森に行くことの許可をとることができたのは、奇跡と言えるだろう。

 エレイ先生と剣術担当のジル先生が同伴することが絶対条件だが。


 木漏れ日の中、自然を楽しみながら進んでいたのは、最初の数時間の話だった。

 奥に進むに連れて地面から出ている木の根っこは太くなるし、周りを背の高い草が茂り始めてきた。

 まだ昼にもなっていないはずだが、木の葉が何重にも重なって、日の光が直接地面まで届かずあたりは薄暗い。

 前が見えないというほどではないので、まだ照明器具は必要ない。

 黙々と森の中を歩き続ける。


 オケアノス学院に帰ったのが水曜日だった。

 エレイ先生とジル先生には次の日も授業があったので、キシャルナの森に向けて出たのは木曜日の夕方だ。

 その日の夜に森の入り口について、一夜。

 朝早くから森に入って、ひたすらに歩き続けていた。

 右を見ても左を見ても、木と草しかない。たまに小動物が逃げるような音がするのと、虫と風の音が聞こえるぐらいだ。

 キシャルナの森では魔物は確認されていないという話だが、全員腰に剣を下げている。


 ジル先生が先頭で俺がその後ろで行く方向をナビゲートする。森で迷ったら困るので、何度も確認した地図と方位磁石を手にしている。

 続いてネモアとミリィ、ファンにウィズとエレイ先生。配置はジル先生が考えてくれた。

 エレイ先生は座学専門の先生だと思っていたけど、俺やファンなんかよりだいぶ腕が立つ。

 担当クラスを持っている教師は、ある程度、戦闘ができるらしい。


「その岩を左です」

「今でどれぐらいだ?」

「そうですね。後、二、三時間ですね」

「そうか。いったんここで休憩をとるぞ」


 目印の岩がある場所は少し開けていた。

 ちょうど良い大きさの石に腰を下ろすと、カバンから取り出した水筒で水分補給をする。

 キシャルナの森での目的の大木は森の入り口から半日ぐらいの距離にある。行きと帰りで一日、調査に二日、オケアノスに帰るのに一日。

 課外自習の時間を使い切る形になる。


 調査結果をまとめるのは放課後に行えばいいけど、課外自習中の課題をしなくてはいけない。

 出席扱いになる課題の提出期限が二週間と決まっているので、帰ったら速攻始めなくてはならない。

 本来はそれ込みの期間で一ヶ月をとっていたのだが、何事も予定通りとはいかない。

 その上、怒られた時に何人かの先生には課題を覚悟するように言われている。

 ウィズにとって救いなのは、課題をチームでやって良いというところだろう。


 しばらく休憩を取ってからさらに奥へと進んでいく。

 より一層周りが暗くなってきた時、道の向こう側が開けてきて、そこから光があふれていた。

 ゆっくりと進んでいくと、現れたのは想像を遥かに超える、巨大な姿。

 思わず足を止め、上を向いたまま固まってしまった。


「すごい、存在感……」

「傷つけるなよ。国の保護対象だからな」


 ジル先生の言葉に、うなずく。

 この大木、名前こそついていないが、アニュキスが保護しているのだ。

 そのためここまでの森の道は、鬱蒼とはしていたが、調査で人が定期的にやってきたりするのでかろうじて道になっていた。

 また、過去に何度か学習発表の課外自習で生徒が訪れたこともある。

 事前に国の期間に対して許可も取っているので、ここで調査をすることに問題はない。


 怒られながらも課外自習が続行できたのは、この事前準備も功を奏したのかもしれない。

 調査時に使われている簡易の小屋を軽く掃除して、昼食を取ると、早速調査を開始する。

 エカトルタ同様、ただひたすら調査を繰り返す。

 エレイ先生とジル先生が興味深そうに俺たちの行動を見ているが、同じような作業を繰り返した。

 大木の場所に着いたのが夕方に近かったため、すぐに周りが暗くなり、結果、火属性の確認で終わることになる。


 調査時に使われている小屋に七人は入れないので、ミリィとエレイ先生に使うことになった。

 持ってきていたテントを張ると夕食を食べる。

 料理自体は小屋に作ってあった簡易キッチンで行う。

 流石に水は引かれていなかったが、火を起こすためのかまどがあったので、大鍋に野菜と肉を入れて濃い目に味付けしたスープができた。


 保存のきく固いパンをスープに浸けて食べる。

 旅の途中のご飯は大体こういったスープとパンか、パンに肉や野菜を挟んだものだった。

 今朝は学院の食堂のご飯を食べて、昼は食堂で用意してもらったサンドイッチだったため、味気なく感じる。

 街とかだったら、外食ができるのだが。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかしら?」


 スープとパンを食べながら、たまに談笑しながらの夕食時。何故か俯いたまま考え込んでいたエレイ先生が顔をあげて問いかけてきた。

 食事の準備をしていた時から、何かを考え込んでいたようだったので、全員気になっていたのでエレイ先生に視線が集まる。

 夜の森は静かで、全員がエレイ先生に注目していたため、他の会話も止まっていた。

 風の音だけが流れる、沈黙が続いた。

 聞いてもいいかしら? と問いかけていたが、いまだに聞くのを躊躇っているのか、エレイ先生の表情は暗い。


「エレイ先生? 何か聞きたいんじゃないのか?」


 沈黙に耐えられなくなったのか、同じ教師であるジル先生が声を掛ける。

 ジル先生の方は、考え込んだり悩んでいる風でもなく、先ほどもウィズと剣術について話していた。

 調査の最中もエレイ先生はどこか考え込んでいる様子だった。

 なかなか話し出さないエレイ先生に、スープを飲みながらそんなことを考えていた。


 ふっと視線を上に向けると木々の中にポッカリと空いた空間から、二つの満月が見えた。

 ロアとムアはいつみても満月だな。

 そんなことを思いながら、周りに散らばる星空をしばらく見上げる。

 こちらの世界にも星座とかはあるのだろうか。


「あの、調査方法は、どこで調べたの?」


 俺が思考を飛ばしている間に決心がついたのか、エレイ先生の言葉に視線を落とす。

 全員に問いかけているのかと思えば、ちょうど下げた視線が、こちらを見ていたエレイ先生の視線と一致した。

 正面というよりは斜め右向に座っているため、エレイ先生が意図して俺に視線を向けていないと合わない位置だ。


 ネモアたちも俺へと向けられた質問だとわかったのか、その答えを待っている。

 どこで調べたかと聞かれても、知っていた知識から導き出したものだ。

 つまりは、自分で考えたということになる。

 厳密にいえば、地球で調べた知識の中で、今回の調査に使えそうな方法を自分で考えたということだが。

 どこと聞かれれば、地球なのだろう。


「調べた、と言われると困りますが、俺が考えました」


 威力を数値化するために、わかりやすく目盛を引く。

 元から威力が強すぎる魔法陣だと変化がわかりにくくなるので、調査対象は初級の魔法陣。

 平均値を取るために一つの魔法陣について、二、三回は観察する。

 威力が同程度で、効果が違う魔法陣を各属性毎になるべく多く使用する。

 初級の魔法陣があまり魔力を消費しないのでできる調査方法である。

 あとは、それなりに人数がいるので、適度に交代して魔法陣を発動させていけば、魔力を回復することもできて魔力切れも起こさない。


 目盛を引いて観察しているので、個人によってそう大きな違いはない。

 四方向から見ているので、縦長とか横長の場合も、おおよその面積は割り出せるだろう。

 調査して結果をはっきりとさせる必要があったから、専門の器具も必要なく、ある程度の広さがあればできる方法。

 と、考えて、あまり難しくない方法として挙げたのだが。

 エレイ先生の反応からするに、一般的な考え方ではなかったようだ。


「魔法の研究ですか?」


 聞くところによるとエレイ先生。

 オケアノス学院で教師として雇われる前は、魔法の研究、開発に携わっていたという話だった。

 基本的にオケアノス学院の各強化担当は、その分野に精通した人が受け持つことになっている。

 ジル先生は元騎士隊長で、今でも王国から顧問にといわれる実力者。

 エレイ先生のいた研究機関も、なかなかの規模と実力を誇るところで、エレイ先生自身も相当な実力者だったらしい。


 その元研究者からしても、俺の調査方法は独特で、画期的と言えるらしい。

 続けて、一般的ではないだけで、すでに他の誰かもやっている方法かもしれない、と付け加えられてはいたが。

 だったら、何をそんなに知りたかったのか、と聞いたところ。


「研究や開発をする人は、それがそのまま自分の地位に繋がるから。その方法が素晴らしく良いものであるほど、人には話したがらないものなのよ」


 知識はそのまま、その人の財産なのだと。

 どこまでも実力主義な国の考え方に、思わず「へぇ」と呟いてしまった。

 エカトルタのルストが色々と聞きたがったのも、そういうことなのだろう。

 まぁ、方法だけ見ても、何を調べているかさえわからなければ、現状はどうでもいいかと思っている。

 調査方法自体、やっていることは簡単なことだ。

 俺が試していなくても、いずれは誰かが思いつくことだろう。


 後見人であるグリサラーサ家には、少し悪い気もするが、はっきりと言ってしまうと、俺は地位とか権力とか興味はないし、あまり欲しいとも思わない。

 ヘランドのマルクさんの件で感じた、危うさは避けられるものならば避けたい。

 何かをするのに、ほどほどの地位や権力は必要かもしれないが、過度のモノは逆に危険に足を踏み入れるようなモノである。

 金持ちの子供は狙われるし、王様は暗殺者に怯えるし、認められない独裁者は反乱を起こされる。

 何事にもその人の身分や能力にふさわしい、分相応の待遇があるということだろう。

 枠からはみ出ると、それは上でも下でも叩かれる。


「ケースケさん?」


 エレイ先生にいくつも質問され、ぐったりした。

 流石に学習発表である、調査の内容については一切触れてこなかったが、調査方法については他にも何か良い案はないのかとか大変だった。

 エレイ先生の言葉をそのまま借りて、俺の財産なので話したくありません、と断れたのは半時間以上も経ってからだ。

 どこか諦め切れていない様子だったが、彼女自体が元研究者であるためか、子供であれ無理強いする気はなかったらしい。

 ただ、実施あの調査風景を見ていて、興奮が治らなかったとかなんとか。


「寝ていましたか?」

「いや、星を見ていた」


 片付けも終わり、俺とネモアとファン。ウィズとジル先生という組み合わせでテントを使うことになった。

 ウィズがジル先生と二人なのは、単に体格の問題だ。

 俺たちはインドア派なので、三人でもそれほど狭くはないが、体育会系の彼らは二人でも少し狭そうに感じた。

 大木の近くには魔物や危険な野生動物、野盗などはいないらしいが、用心のために夜の見張りを三時間交代で行うことになった。


 と言っても、ジル先生は熟睡するわけではないので、見張りとして起きておくのは俺たち生徒。

 いつもならウィズかミリィと組むところだが、何かあった場合は大声で叫ぶことになっている。

 そのため、ネモアと二人で話をしながら起きていた。

 いつの間にか考えに夢中になってしまっていたみたいだ。

 星が綺麗に出ていることだし、ネモアしかいない。

 他の寝ている人達を起こさないように、小声で話しかけながら、気になっていた星座の話を振るのだった。

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