第23話 エカトルタ。

 エカトルタに着いたのは洞窟での騒動から丸三日が経ってからだった。

 洞窟を出るのに半日、砂漠を進むこと二日。

 砂漠は洞窟を出た人たちと一緒になったため、野営は大人たちが引き受けてくれて、十分な休憩をとることができた。


 エカトルタは砂嵐から身を守るため、街全体が大きな壁に囲われている。

 壁に沿って溜まる砂山は定期的に取り除かれているらしい。

 さらに街の中心の高いところに、城壁と城が建てられている。

 門番に通行証を見せ壁の中に入ると、そこは砂の舞う外とは別世界だった。


 高い壁に囲われているため、街に吹く風は穏やかで、ところどころに花壇や畑がある。

 足元は一面石畳で舗装されていて、土レンガで作られた建物が軒を連ねる。

 ほぼ、砂漠の中央に位置するエカトルタは水不足というわけでもないようで、街の広場には噴水が設置されている。

 いたるところに井戸もあるようで、水脈が通っているのだろう。水があるから、この場所に街ができたのかもしれない。


 街は活気にあふれ、商人の呼び込みの声が響く。

 道端には露店が広がり、アニュキスでは見たことのないものが多く売られている。

 砂漠を移動中は、全員が十分な睡眠を取れていたはずだが、パリアカからの長距離移動ではかなりの体力を消耗していた。

 洞窟での交戦は精神的疲労が多く、砂漠の砂でざらついた体をどうにかしたかった。


 俺の意見にネモアたちも賛成のようで、特にミリィが強く願ったため、宿に移動することになった。

 キシャをいつものように預け、大部屋が借りられる宿に向かう。

 ついた宿はエカトルタで一番大きな宿だった。中に入ると既に人が何人かいて、その中に一緒に砂漠を移動した顔見知りの姿もあった。

 早速部屋を取り、ミリィから順番に部屋についているシャワーを浴びることになった。


「場所の交渉は、城の人にしないと駄目なのか?」

「おそらく。アニュキスには城にそう言った部署があるので。あとで宿の人に確認してみましょう」


 荷物についた砂を払いながらファンとそんな話をする。

 ネモアとウィズは小腹を満たせるものを買いに街に出ていた。

 体は順番にしか流せないので、分担することになった。次はファンが入ることになっている。

 その後もたわいない話をしながら荷物を整理しているとドアがノックされる。

 ネモアたちか? と思ったが、それならば勝手に入ってくるだろう、と考え直す。

 若干警戒しながらドアに近づくと、外の音に耳を傾ける。

 コンコンッと二度目のノックが響いて、ドア越しに声を掛けることにした。


「どちら様ですか?」

「エカトルタの第三番隊隊長、ルスト・ブルバファです。こちらにオケアノス学院の学生さんが泊まっていると聞きやってきました」


 エカトルタの兵士が何故。

 俺はさらに警戒を強めながら、ドアにしっかりと鍵がかかっていることを確認する。


「エカトルタの兵士様が何の御用でしょう?」

「洞窟でのカルピオの件で、大変なご協力をいただいたということで。お礼申し上げたく参りました」

「お礼……?」


 首を傾げながらファンを振り返ると、ファン自身も小さく首を傾げる。

 丁度良いタイミングでミリィが出てきたので、隊長のルストにしばらく待ってもらうようにお願いして、ミリィに状況を説明する。

 状況を理解したミリィは、危険はないはずだからと部屋に入ってもらって詳しく話を聞くことになった。


 迎え入れたルストは他に二人の兵士が着いてきていた。

 六人部屋を借りているためそれなりに広い室内だったが、日々鍛えられているであろう大人が三人いるだけで変に威圧感がある。

 椅子をすすめたが、ルスト以外の二人は立ったままだ。

 向かいの席にファンとミリィと三人で座ると、ルストがゆっくりと説明を始めた。


 洞窟での後処理を大人と兵士に任せた俺たちだったが、大人たちは俺たちの活躍をすごく強調してくれたらしい。

 大人に比べてまだ背の低い俺たちは目立っていたようだ。

 ウィズとミリィの剣捌きもさることながら、カルピオを撃退するに至った魔法での支援がさらに注目を集めていたとのこと。

 加えてオケアノス学院の学生だということを兵士からの報告を受けて知った王が、何か褒美を渡さなくてはという話になったようだ。

 時間があれば今からでも謁見をという話だったが、ネモアとウィズも帰ってきていないし、疲れていることを伝えると明日の昼頃に迎えにきてくれることになった。


「何だか、大事になったな」

「そうね」

「でも、調査のお願いができるんじゃないですか?」

「そうだな」


 しばらくして帰ってきたネモアとウィズに説明をして褒美を聞かれた調査の話をしようと決める。

 疲れた体を休ませるために早めに就寝したが、全員が十時前という遅い時間に目を覚ました。

 迎えの兵士はまだきていなかったので、一階で軽く遅めの朝食を済ませ、身支度を整える。

 旅のための格好なので、正装は持っていなかったが、綺麗めの服に着替える。

 前日にルストには事情を説明しているので、特に問題はないのだろう。

 用意が終わり部屋でくつろいでいると、昨日同様、ドアがノックされた。


「ルストです。お迎えに上がりました」


 それぞれ荷物を持つと、部屋に忘れ物がないことを確認して外に出た。

 部屋の前にはルストと昨日と同じ兵士が二人立っているだけだったが、宿の外に出て部屋へ弾き帰りたくなった。

 人数が多いためだろうけど。

 大きめの馬車が二台止まっていて、王国仕様なのかかなり豪華だ。

 洞窟で事情を知っている宿の他の客の目、何事かと集まった街の人の目、色々な目にさらされて逃げたくなった。

 仕方がないので、馬車に乗り込むことで逃げたのだが、何せ目立つ。


 俺の乗った方には俺とネモアとファン。もう片方にはウィズとミリィが乗った。

 ルストが座り、ウィズとミリィの方には二人の兵士が乗り込んでいた。

 なんだか、悪いことをして護送されている気分になるのは、俺だけだろうか。

 向かいに座っていることでルストの視線が気になり、街を見るふりをして窓の外を眺めていたが、いささか空気が重いと感じるのは俺だけなのか。


「ルストさん、他のカルピオと戦った人たちも呼ばれているのですか?」


 ネモアの言葉に、宿から出ていたのは俺たちだけだったなと思い返す。

 褒美をと言うのであれば、彼らの方が多く倒していたのだから、呼ばれていてもおかしくない。

 答えが気になったルストに顔を向けると笑顔を浮かべていた。


「いえ、他の方には報酬をお渡ししただけです」

「つまりは、俺たち以外は王様と謁見はしないということか?」


 何故、俺たちだけ?

 再度湧き上がった警戒心に、とっさに敬語が使えていなかった。

 先ほど護送とか浮かんでいたために、頭の中では悪い方向にばかり考えが行ってしまい、表情が固いものになる。

 俺の雰囲気に気づいたルストが苦笑いをする。


「オケアノス学院の学生さんだから、と言ったところでしょうか」

「それが、何の関係があるんだ」

「我が国にもオケアノス学院の卒業生が幾人もいます。その将来有望な生徒さんに、助けてもらったのに報酬だけ渡してというのは、というところです」


 確かにそうかもしれないが、将来有望かもしれないとはいえ、まだ子供だ。

 嫌な方向に思考がいくのは仕方がないことだと思う。

 突然、剣呑になった俺の態度に隣の二人が心配そうな目を向けてくる。それを安心させるように微笑むと、一つ息をついて不機嫌な表情を隠した。

 しばらく走っていた馬車が堀と城壁に囲まれた場所に近づいた。

 城門から伸びる石造りの橋を渡ると、そのまま中へと進む。

 馬車から降りて城を見上げた。

 この世界に来てから城と呼ばれる場所に来たのは二回目だけど、その存在感に慣れることはないだろう。


 ルストに案内されるまま、城の中を進む。

 大きな扉の両方に槍を構えた兵士がいる場所に着くと、ドアの先にはいかにもな謁見の間が広がっていた。

 ここにきて、王様への挨拶の仕方を知らないことに気づいたが、遅い。


「陛下、オケアノス学院の生徒を連れてまいりました」


 ルストは床に膝を立てると深く頭を下げながら王座に座る人に声を掛ける。

 ついてきていた二人の兵士も同じことをしている。

 俺、とネモアたちは立ったまま、頭を下げただけだ。

 中央に移動する前に、小声でミリィから指示があったからだ。


「うむ、顔を上げてくれ」


 声がかかってから玉座に座る人を見る。

 見るといってもあまりじろじろ見るわけにはいかないので、軽く全体を確認した後は口元に視線を合わせた。


「我がエカトルタの現国王、ルカエルだ。カルピオの件、子供の身ながら危険を顧みず戦ってくれたようで、感謝する。聞けばオケアノス学院の生徒、何かお礼をと思ったのだ。何かあるか?」


 ルカエルの言葉に、しばらく考えたふりをすると、荷物の中からオケアノス学院の紹介状を取り出す。

 それをルストに渡すと、ルストは玉座の下にいた人に手渡し、その人がルカエルへと紹介状を運んだ。

 何とも無駄の多い方法だと思う。

 アニュキスでの場所が会議室だっただけに、この謁見の間という雰囲気に慣れない。


 課外実習なので時間が決まっていることと、途中でトラブルがあったためできるだけ早く次の場所に行きたいという説明をする。

 魔法を使うにしても街の外は砂漠で、あまり調査場所としては適さないこと。

 できれば、昔からある場所で、人の手があまり加えられていないところが良いことなどという条件を提示した。

 しばらくルカエルは考えた後、近くの人に何事かを指示する。

 すぐに帰ってきた人の手には五枚のプレートのようなものが乗っていた。


「エカトルタができる前、ここはオアシスだったのだ。城の奥に庭園にあるのが、そのオアシスだったと言われている」


 奥の庭園は普段人が入るところではないが、それなりの広さがあるらしい。

 石畳で舗装もしていないので砂漠のまま。

 さらには、自然と風が吹く不思議な場所でもあるため、避暑場所として使用されることが多いとのこと。

 渡されたプレートは白への入城許可証で、寝泊りする部屋まで庭園の近くにとってくれるという高待遇。

 思わず裏があるのではと疑ってしまったが、他の人たちみたいに報酬は渡せないが、と言われた。

 後、城の中を移動、庭園で調査を行う際は、兵士が数人つくことになること。


 手放しで歩かされる方が、何かあったときに困る。

 部屋もできれば全員一緒がいいと言うと、そうしてもらえると助かると言われた。

 宿よりかなり豪華な部屋に通され、寝るためのベッドが運び混まれる。

 実際、床に布団を直接敷くだけでも十分な厚みのあるものなのだが。態々、運んでくれることに文句はない。

 部屋の外とバルコニーに兵士が立つらしく、気にはなるが、安全のためと思えば仕方ない。


「明日は早朝から初めて、さっさと終わらせよう」

「賛成。時間がないからな」

「一日で終われば、アニュキスまでは四日。キシャルナの森での調査も何とかなりそうですね」

「目標は、明日中にエカトルタを出発することだな」


 スケジュールの組み直しをしながら、運び込まれた豪華な食事に舌鼓を打つ。

 宿代と食事代だけでも報酬として良いと思う。

 次の日、護衛兼監視として、ルストに案内された庭園は想像以上に広かった。

 奥の庭園と呼ばれるぐらいだから、それほど広くないだろうと思っていたのだが。

 中央に大きな湖があり、周りを青々した草木が囲んでいる。その周りは手の入れられていない砂漠で、庭園に入った瞬間から微風が吹いている。

 太陽が照っていて暑いはずなのに、湖の冷たい水で冷やされた風があたりを包み込んでいるようだ。


 全員がしばらく見惚れていた。

 砂漠の部分で、あまり隆起していない場所に三度目となる調査場所を作成する。

 ただ、砂の上に線を直接引くことや棒を立てることが良いかについては、ルストに確認をとった。

 特別危険な物を使っているわけではないが、庭園の外観を損なうとか言われたら別の方法を探さなくてはいけない。

 砂なので後で均せば大丈夫だとすんなり了承を得た。

 少し想定外だったのが、風属性の魔法陣を使うと砂が舞い上がることだろうか。

 いままでもそうだったけど、流石に風属性が強い土地ということで、初級とはいえ威力が増して多大に砂を巻き上げていた。

 後はオアシスの影響かもしれないが、水属性の魔法も若干威力が高い。

 それに気づいてから外で行うことも検討したが、証明の材料としては問題ないだろうということに落ち着いた。


 調査中、凄く興味深げにルストが視線を向けていたのは、今のところ気にしないおく。

 ルスト以外にも建物の方から見られている感じがした。と言うのは、ウィズとミリィの言葉だ。

 残すところ地属性の魔法陣だけとなった時、お昼を食べながら耳打ちされた言葉に顔が強張ったのは仕方がない。

 課外自習に出かける前に、監視がつく場合は詳しい話はしない、ということを決めていたので、今回、調査中にわかったことは話していない。

 ただ、もくもくと魔法陣を発動し、それを記録していくという形をとっているため、今までで一番早く進んでいる。


 昼食後、一時間もしないうちに調査が終わり、ルストに終了したことを伝える。

 すぐに次に行きたいので、今日中に出るという話をすると、キシャの場所まで送ってくれることになった。

 てっきり、ルカエルに調査報告をしなくてはいけないかと思っていたのだが、それはなかった。

 ただ、移動中にルストに説明することになり、ルカエルへは後で報告するらしい。

 一国の王様だから、そうそう会える物でもないみたいだ。


「ありがとうございます。ルストさん」

「いえ。道中はお気をつけくださいね」

「はい。では、また機会があれば」


 そんな話をしながらキシャに乗り込む。

 ちょうど、アニュキス側に行く商人たちが居たので、道中を一緒にさせてもらうことになった。

 エカトルタの門を出て、人が豆粒ぐらいに見えてから、やっと俺は深くため息をついた。


「大丈夫ですか?」

「ああいう、何を考えているかわからない大人の相手は慣れないな」


 呟いたのは、ルストのことだ。

 宿に迎えにきた時は、面倒事を押し付けられそうなおっとりしたタイプという印象だった。

 城からキシャまで送ってもらう馬車の中でされた質問は、まるで誘導されているようだった。

 ちょっと気を抜くとぽろりっと口を滑らしそうになるのだから、相当、相手の話を聞き出すことに慣れていると感じた。


 上司に付き合ってついて行った、大人の女性の居るお店を思い出した。

 たまたまいった店の女性たちは話術に長けていて、『話す』より『聞く』のが断然うまかった。

 ついつい失敗談なんかを気がつけば話していたが。

 それに、どこか似ていた。

 隊長という言葉が似合う、体格のとてもいい人だったのだが、意外と頭脳はなのかもしれない。


「何か、二人の話は聞いている方が疲れたわ」

「確かにな。見た目はにこやかに話しているのに、変な重圧があった」


 下手な言質をとられてもたまるか、と、意気込んでいたせいだろう。

 顔の筋肉が笑顔で固定されたみたいだ。


「誰の目があるかもわからないから、調査に関しての話は学院に帰ってからだな。周りに人が居ないとわからないとまずい」

「……条件が厳しくなっていますね」

「念には念をだ。今さら横から成果物だけ取られているとか、目も当てられない」


 同じような結論に至るかは不明だが。

 ここまでしっかり調査してきているのだから、できるだけ、類似のものは出したくない。

 続けた俺の言葉に、ネモアたちも納得していた。

 ネモアは俺の秘密を黙っている実績があるし、ファンは必要以上に話さない。ミリィは頭の回転が速いし、ウィズも言わないと決めているから大丈夫だろう。

 後は、資料を落とさないようにしないといけない。


 学院の学習発表会という、授業の一環でこれほどする必要があるのか、とふと思ったが。

 ルストの執拗な質問に、変な警戒心が働く。

 肝心の調査に対する結果などは、説明時も基本的に口頭にする方が良いかもしれない。となると、作成する資料は調査内容になるか。

 難しい顔で考え始めていた俺は、ネモアたちが夕食の準備を始めていることに気づかなかった。

 役立たずだと、リーダーを外されなければ良いが。

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