第21話 パリアカ。

 残っていた風属性と地属性の魔法陣の調査はウィズ達で順調に進められた。

 一日目のような雨も降らず、三人体制だったため、それぞれの回数は増えたみたいだがその日のうちに終わることができた。

 風属性の魔法陣の効果は特に変化はなかった。

 地属性の魔法陣で発動した、土の壁の大きさは変わらなかったが、強度が少し脆かったという話だ。


 調査が終わったので、次の目的地に移動したいところだったが。

 さすがに傷がふさがっていないうちは、無理に動かないようにと医者に言われているため、俺がいくら大丈夫だと言ってもネモアが許さなかった。

 ファンは俺を犠牲にして助かってしまた、と思っているのか、俺が少しでも動こうとすると自分の所為でと落ち込み始める。

 涙を浮かべながら何度も謝ってくるファンをなんとか落ち着かせる。


 そして、一息ついたと思ったらミリィのお説教だ。

 足のそれも神経に関係ないところだったからよかったものの、首に噛み付かれていたら助からなかったのよ、と。

 いつの間にか普段の生活まで注意されて、ぐったりとしたところに、最後。

 まぁ、大人しくしてろ。と言いながら、ウィズが肩を叩くものだから、苦笑いしか浮かばない。

 そのウィズに背負われながら揺れのひどい定期馬車でヴァカンフに戻ると、医者に進められた温泉巡りが始まった。

 巡りといっても、傷口がふさがっているわけではないので、実際にお湯に浸かることはしない。

 温泉を桶に汲んで足首まで浸かったり、温泉で体を拭いたりする程度だ。

 温泉が切り傷に効くかどうかはわからないが、傷口周辺をこまめに洗浄、消毒しているので悪くはない、と思いたい。


「大分、ふさがってきたな」


 傷口を丁寧に拭き、消毒液と塗り薬を塗り込む作業を繰り返し。

 精霊と言っても、野生動物に噛まれたことによる炎症や腫れもおこらず、綺麗にピンク色の新しい肌ができ始めていた。

 ヴァカンフの宿に戻ってから三日も経ってしまったけど。

 包帯を巻いたネモアを見ると、まだ心配そうだ。

 確かに、できたばかりの肌は薄く、指の腹で触ると柔らかいけど、しっかりとくっついている。


 少し多めに見積もっていたと言っても、最初の目的地から予定が遅れるとは考えていなかったので、俺個人としては焦っている。

 ネモアの提案で、一度学院に帰ることも検討されたが、俺の希望でこのまま調査を続けることになった。

 ネモア達に迷惑をかけることになるけど、メウテスロでの調査で俺の仮説が正しかったことから、このまま調査結果をまとめたかったのだ。

 あとは、怪我をして戻ると、次の課外実習許可が下りないかもしれないと思っているところも原因の一つだ。

 診察してもらった医者に、後遺症もないと言われたのだから、尚のことこのチャンスを逃したくなかった。


「予定より早く調査は終わったので。完全に塞がるまでは……」

「完全にだと、大分かかるだろ。次のパリアカはここから近いし、迷惑だとは思うけど、移動中はじっとしているから」


 気分的には、母親にお願いをしている子供時代に戻ったようだ。

 しばらくネモアとの見つめ合いが続いたあと。

 そばで様子を見ていたウィズが、移動は俺が運んでやるよ。の一言で明日の朝、出発することが決まった。

 決まった後の行動は早く。

 移動中の食糧と水、メウテスロの医者からさらに二週間分の傷薬と塗り薬を貰い、明日に備えて早めの就寝。

 朝起きて、預けていたキシャを受け取りパリアカへと向けて出発した。


 予想外だったのは、ウィズの運んでやる、という言葉の実際の状態。

 俺は運ばれるわけだから、俺が持っていた鞄の荷物はミリィが持つことになり、ウィズは自分の鞄を背中に背負う。

 この時点でどこか嫌な予感はしていたのだが。

 傷口に触らないように、膝裏と背中に腕を入れられ、持ち上げられた姿は、よく言うお姫様抱っこだった。

 奇しくも、その日は俺の誕生日だった。

 二十五歳のおっさんがお姫様抱っこで運ばれる姿は、自分で想像したくなかった。


 ヴァカンフを出て一日半。

 大人しくキシャの中で過ごした俺は、傷が開くこともなくパリアカに到着することができた。

 食事の準備ぐらいは手伝おうと思っていたが、外に出ようとすることすらネモアから禁止されて、更にファンまで止めてくるので本当に寝て過ごした。

 二十代を半分過ぎた男としては、食べては寝て、寝ては食べては完全なるメタボへの進化を遂げるルートでしかないのだが。

 文句を言うわけにもいかず、いまですら迷惑をかけているのに、無理をして傷が開いた時には目も当てられない。


 ヴァカンフと同様にキシャを預けると、パリアカの街を進んでいく。

 パリアカでは水揚げされた魚が店先に並び、船での貿易もあるのか、あまり見たことのない果物とかが置いてあった。

 本来なら、それらをのんびりと見たいところだけど。

 今の俺は一刻も早く宿に入りたい。

 完全に傷が塞がるまでは、自分で動くことを禁止されている俺は、一番体力のあるウィズに運ばれることになる。

 ヴァカンフを出る時にもやっていた、お姫様抱っこでだ。

 確かに荷物は背負った方が楽だし、ウィズ曰く、俺は軽いからこの運び方で問題ない、と言うのはわかる。

 運ばれている俺が全く不安定さを感じないのだから、本当に軽いのだろう。


 でも、しかし、だけど、だ。

 おっさんがお姫様抱っこ、は精神的にきつい。

 こちらの人には、俺の見た目は十八歳前後に見えるのでおっさんという構図ではないのだろうが。

 運ばれている俺の足に丁寧に包帯が巻かれているので、周りが気にした雰囲気はない。

 実は結婚式では自分のお嫁さんをお姫様抱っこしたいとかいう、ささやかな夢があったのだけど。俺の精神的疲労は、お嫁さんの立場が自分になってしまったことへの情けなさというか恥ずかしさというか。

 俺はお姫様抱っこがしたかったんです。されたかったんじゃないんです。

 パリアカに着いてから、ウィズの肩に米俵のように担ぐ方法を提案してみたけど、俺の腹部へのダメージと安定感が悪いことから却下されてしまった。

 それほど時間がかかったわけではないが、俺の感覚ではやっと着いた宿に荷物を置いて、そのまま寝てしまいたかったが。


 メウテスロ同様、紹介状を渡しに行く必要があるため、更に街の中を移動する。

 パリアカで調査場所として有効なのは入り江だ。

 古くから人魚のいる入り江として有名らしく、恋人と訪れると別れないと言うジンクスもあり、デートスポットとして広く開放されている。

 そのため、入り江に行くこと自体は問題ないのだが、調査となると魔法を使うため、一般人が居る中で魔法を発動するわけにはいかない。

 入り江のどこか一角を借りられるのが一番いいのだが。


「それなら、双子岩の奥がいいでしょう」


 と、あっさりと使用許可と場所を教えてもらえた。

 あまりにも簡単にいってしまったので、驚きと疑問が顔に出てしまっていた。

 許可を出してくれたのがパリアカの管理をしているライドさんと言うのだが、ライドさんはオケアノス学院の卒業生だった。

 貿易や観光に興味を持ったライドさんは、パリアカを拠点としている貴族の目に留まり、後見人としてオケアノス学院を卒業。以降、パリアカの管理に努めているとのこと。

 そのため、オケアノス学院の学習発表会や課外自習に理解があり、使用する魔法の威力も問題ないとのこと。


「学習発表頑張ってね。あと、怪我には気をつけること」


 俺の足元をみながら、快く送り出された。

 その日はそのまま宿に戻り、明日に備えて寝ることにした。

 入り江は宿から三十分程度のところにあるので、疲れを取るために昼前に出ることになった。


「んー、時間が悪かったか」


 少し遅めに起きて、昼前に宿を出た。

 入り江に着いたのはちょうどお昼頃で、教えられた双子岩の奥にはちょうど良いスペースがあった。

 ライドさんの話では、観光用に整備がされていないので滅多に人は来ないが、特に危険はないとのこと。

 順調に火属性の魔法陣、水属性の魔法陣と進めていったが。

 観察に条件を合わせるために、メウテスロで行なった一メートルの場所に木の棒を立てて、更に一メートル離れる。

 直線距離にすると四メートルが必要になるわけだが。

 十分に余裕のあったその範囲は、日が少し傾き始めた頃に中断せざる負えなくなっていた。

 海面が上がってきたのである。


「一時間ほどで満潮みたいです。満潮になるとあと一メートルは海面が上がるみたいです」


 地元の人に確認い行っていたファンが帰ってきて報告する。

 更に、この時期は昼過ぎから海面が上昇してくるようで、事前に確認して朝早くに出ていれば今日中に終わったな、と苦笑いしか出てこない。

 残りを明日に回すことに決め、宿に戻る。

 ただ、明日の調査は昼前には終わりそうなので、午後には次のエカトルタに旅立つことにした。

 ネモアとファンとミリィで買い出しに向かう。

 ウィズは俺を運ばなくてはいけないので、一緒に宿へ帰ることに。


「悪いな、迷惑かけて」

「気にするなよ。ケースケは全然重くないし」


 部屋に二人になったので、流石にずっと運んでもらうのが申し訳なく思って謝る。

 ウィズは気をつけわせないために、重くないと行ったのだろうとは思うけど。男としてその言葉に、喜んでいいものか、少し複雑な気持ちになった。


「ケースケ、俺、この調査の説明をもう一回してほしいんだけど」


 俺の地味な落ち込みには気づかず、自分の荷物を探っていたウィズはノートを取り出すと近づいてくる。

 ネモア達は当分帰ってこないだろうし、特に予定もないのでウィズとの勉強会が始まった。

 ウィズは課外実習に行くきっかけとなった俺の講義の内容をノートに書き留めていたみたいで、その中から今回の調査の部分を説明していく。


「なんかさ、前聞いた時はよくわかんなかったけど。今ならわかりそうな気がするんだよな」


 どこか嬉しそうなウィズは、張り切って色々と質問してくる。

 ウィズはもともと差額が苦手だが、実験は結構好きみたいで、今回の調査は楽しいという。

 俺の説明もわかりやすくて、聞きやすいと褒められた。

 面と向かって言われるものだから、頬が熱くなったのは、仕方がない。

 勉強会はネモア達が帰ってくるまで続けられた。


 買った荷物はキシャのところに預けてきたようで、思いのほか身軽だったネモア達は、部屋に入ると熱く討論しあう俺とウィズにびっくりしていた。

 勉強嫌いのウィズが自分から勉強したいと行ったことに、ミリィが一番驚いていた。

 満潮を避けるために朝から調査に向かった俺たちは、無事に残りを終わらせた。

 ライドさんに報告を終わらせると、昼ごはんを食べてから次のエカトルタに向かう。

 ヴァカンフの調査では予定より二日ほど遅れてしまったが、エカトルタでその二日を回収できた形だ。

 旅は概ね、予定通りだ。

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