第19話 メウテスロ。

 日の昇っていない薄暗い空が窓の外に広がる。時間を確認すると三時になったところだった。

 後、半時間は寝ているつもりだったが、自然と目が覚めたのでそのまま顔を洗いにいくことにする。

 ネモア達はまだ寝ているが、時間はあるので起こさないように注意しながら移動した。

 洗面所で顔を洗うと、窓のドアを開けて部屋の空気を入れ替える。朝のまだ冷たい風が体を包み込む。

 先に着替えておこう。そう思って、荷物の置いてある部屋の隅に向かった。

 そこで自分のカバンから何か光が漏れているのが見えた。

 慎重に近づき、ゆっくりとカバンを開ける。赤い光と青い光を放っている杖が、荷物の一番上に置かれていた。

 杖の先についていた二つの石が、日の光を溜め込んだようにぼんやりと光っている。

 恐るおそる指先で触れてみるが、特に変わった様子はなく、熱くもなかった。

 しばらく見ていると光はだんだんと弱まり、最後は元通り光らなくなってしまう。光を溜め込む蛍光塗料みたいだ。


「ケースケ、早いわね」

「ミリィ。おはよう」

「おはよう。顔を洗ってくるわ。ついでに服も着替えるから、その間にネモア達を起こしておいて」

「わかった」


 そう言って洗面所に向かうミリィを見送ると、カバンの奥に杖を片付ける。

 調べるにしても、学院に帰ってからの方が良いだろう。

 ウィズとファンは寝起きはいいみたいで、一度声をかけるとすぐにベッドから起き上がり行動を始めた。

 ネモアは相変わらずで、体を揺すってなんとか起こしたが、ぼんやりとどこかを見ている。


「相変わらず、寝起き悪いな」


 ウィズが笑いながら言うと、洗面所から出てきたミリィと替わり、ネモアを洗面所に押し込む。

 顔を洗ってスッキリしたネモアが準備を整えるのを待って、皆で部屋を出た。

 宿の廊下には既に他の客が何人か起きてきていて、意外と早い時間から行動をするのだな、と疑問に思っていた。

 食堂で朝食をとると、一度部屋に帰り荷物を持って外に出る。

 自分たち以外の客もちらほらと見えたが、皆、荷物はほぼ持っていなかった。どこに行くのか気になって近くの人に尋ねると、朝日で有名な観光スポットがあるらしい。

 少し興味を引かれたが、目的通りメウテスロ行きの定期便へと乗り込んだ。


 メウテスロまでの山道は結構な悪路だった。

 定期便が出ているぐらいなので、馬車が通れるようには整備されていたが、がたがたと激しく揺れる。

 木の箱で作られた簡易の椅子に座ると振動が尻の骨に響く。

 じっと座っているだけでも、固い木の感触に尻が痛い。

 立っていようかとも思ったが揺れが激しく、つり革とかがあるわけでもないので、諦めて座ったまま過ごした。


 一時間後。

 馬車がゆっくりと止まると、人が降り始める。

 俺たち以外の人は採掘者らしい人と、商人らしい人がほとんどで、乗車の時には乗る馬車を間違っているぞ、と何度も確認された。

 学院の課題でメウテスロに用事があるのだと、簡単に説明すると納得してくれたが。

 降りるときに多少ふらふらしていた俺をネモアが支えてくれた。


 荷物を持ち直すと村長さんの家に向かう。今から、調査をします、と報告をしておくためだ。

 課外自習の際には学院から紹介状が準備され、街や村で何か作業をするときは、それを渡す決まりがある。

 何か事故が起こった時の対処であったり、むやみに揉め事を起こさないためへの予防でもある。

 オケアノス学院というネームバリューがあるからこそ、できることでもある。

 こちらに着いたのが六時だったので、朝が少し早いかと思ったが、村の人はほとんど活動を始めていて、村長さんにもすんなりと会うことができた。


 紹介状と事情を説明し、調査の際の注意事項などを確認する。

 村からの監視がつくかと思っていたが、事細かに調査方法などを説明したためか、一日毎に報告にきてくれればいいと、とても動きやすい環境ができた。

 ついでとばかりに、村に伝わる昔話などを聞き、七時に村長さんの家を出ることになった。

 俺たちは山道をひたすら登っていた。

 メウテスロからは採掘場の入り口に向かう道と火山の山頂へ向かう道とが分かれている。

 火山の山頂へと向かう道があるのは、定期的に火山の状態を確認に向かっているかららしい。

 地震などがあるとすぐに火口付近に確認に向かうとのこと。


 道無き道を進む覚悟があったために、幾分か拍子抜けだったが、道といっても人がよく通る場所の草が生えていなかったりという程度だ。

 もともと、火口付近まで行く予定ではないので、岩肌むき出しの場所まで登りに行くわけではないが。

 その一歩手前までを目指している。

 パイストス山の中腹あたり。丁度、森と岩肌の境目にあたる部分では、チコと呼ばれる精霊が多く見られる。

 チコは火属性の魔法を得意とする精霊で、見た目は狼のようだ。

 『パイストス山の神狼』として様々な話に出てくる妖精でもある。


 その昔、パイストス山で小規模な火山の噴火が起こった。

 青年はパイストス山の山頂を目指していて、突然起きた大きな揺れと、火口から噴き出す真っ赤な熱を呆然と見つめることしかできなかった。

 青年が危険に気づいて慌てて逃げようと思った時には、目の前に迫る炎の塊。

 教務に体がすくみ上がり、死を覚悟した青年は、突如現れた炎のように燃える体をしたそれに目を奪われた。

 青年に迫っていた炎を自らの身体で押しのけると、優雅に地上に降り立った。その姿は堂々として、こちらを見つめる紅の瞳は、青年を射抜いていた。

 その後、青年を背に乗せ山を降りたチコは何事もなかったかのように戻っていった。

 そしてしばらくすると火山の噴火はおさまったという、話だ。

 また、大規模な火山噴火が起きる前には、人里に現れて危険を知らせたことがあるなど。

 そのためか、よくチコが目撃される、森と岩肌の境目にはチコの石像が建てられていて、定期的にお供え物を供えるのだと言うのは、村長さんから聞いた話だ。


 ひとまず目指しているのは、そのチコの石像が建てられている場所で、森を抜けた場所になる。

 チコが森を抜けた場所でよく見られていると言うことは、火属性が強いのは岩肌の部分ということになる。

 否応無しに火口が一番強いのだろうが。そんな場所で調査をするのは危険だし、万が一魔法が噴火に影響しないとも考えられない。


「……きついな」


 山道を登る経験が今までになかったことと、調査のためにと詰められた最低限の荷物。それが結構重たい。

 登頂するのが目的ではないので、本当に最低限だが。

 それでもカバンの半分を埋める道具と、午後に食べる食事に水分補給の水とナルト、なかなかの重さになる。

 こちらには登山靴なんてものはなかったので、分厚い革靴なのも原因だとは思う。

 ウィズやミリィは平気そうだが、インドア派の俺とネモアとファンにはつらい。ネモアはまだ少し余裕がありそうだが。

 俺とファンは歩くたびにふらふらとしている。


「村長さんにもらった地図だと、あと半時間は登らないといけないけど。ここで一旦休憩にする?」

「いや、半時間なら一気に登った方がいいだろう」


 今座り込むと次に立ち上がれない自信があったので、ミリィの言葉に返す。

 ファンの方を確認すると、こちらも同じ気持ちなのか、苦笑いしながら頷いてくれた。

 気合いを入れ直して足を踏み出し、踏み出し、半時間を少しすぎて、なんとか木々が開けているのを見ることができた。

 それを視界に捉えてからの俺の行動は早く、あそこまで登れば休めるとばかりに足を前に出す。


「つ、いた……」

「はぁ、ふぅ……、着きました……」


 荷物を下ろすと、そのまま斜面に横になる。

 ごつごつとした石が背中に当たって痛いが、今は起き上がれなかった。

 七時に出て目的の場所についたのが八時半。約一時間半の道のりだ。

 帰りも同じぐらいかかると考えて、下山は四時ごろになるだろうか。

 山を登るのに思った以上に時間がかかったが、始発の定期便に乗ってきていて正解だった。一便遅らせると七時になるので、昼についていたかどうか怪しいところだ。

 乱れた息が落ち着くのを待って、水分補給をしたあと、チコの石像を見にいった。


 チコの石像は想像以上に立派なもので、揺らぐように掘られた毛に、瞳には赤い宝石らしきものがはめ込まれていた。

 全長は両手を広げても届かないほど大きく、立っている俺と同じぐらいに高い。

 青年はこの背に乗ったのか、と考えると羨ましくなった。

 チコの好物だと教えられたキュシャという、ナスビのような形をした桃色の果物を台座に供えるとしばらく手を合わせる。


「何をしているんですか?」

「お供え物」

「いえ、その手を合わせている、やつですけど」


 ネモアに言われて、こちらではやらないのかと思いながら、なんとなく、と返した。

 森への入り口に近い部分で調査のための魔法を発動するわけにもいかないので、俺たちは少し離れた、他より傾斜がなだらかになっているところに移動する。

 崩れる心配がないかどうか周りを一通り確認すると、早速始めることにする。

 調査の方法は各、火属性、水属性、風属性、地属性の初級の魔法を発動して、その威力や効果を観察するといった形である。

 初級の魔法陣に限定するのは、周りへの影響を考慮したことと、初級の魔法の方が効果が単純で比較がしやすいといったことからだ。


 各属性を一通り試すのにもきちんと理由があり、魔法の授業をする際に属性の相性や相克といったものが説明されていなかったことに関係する。

 あくまで地球知識だが、火属性と水属性は相互に抑制しあうので、パイストス山では水属性の魔法の威力が下がるのではないかと考えているからだ。

 気温的に魔法は生活をより便利に役立てるために使用されているため、今の学年の授業では魔法を使っての攻撃とかを行う授業は少ない。

 というより、魔法を使って攻撃をするとなると、まず魔法陣を描いて魔力を込めてと手順を踏まなくてはならないため、魔法だけの実践練習という授業がないのである。


 となると実際の戦いにおいても、魔法は後方支援になるといったところだろう。

 相手が火属性の魔法を使ったら水属性で対抗する。

 そういったことをするには瞬発力に欠けるため、最終的にどの属性でも威力が高い魔法が勝つという常識ができているようだ。

 地によって属性の威力が左右されるとなれば、同じ威力の魔法でも、属性を選択することによって優位が決まることになる。


 ここまで考えて、攻撃主体で魔法のことを考えている自分が、ゲームのしすぎだと思ったが。エレイ先生との自習の歴史で、過去に戦争があったから、今後俺のいる間に起こらないとは限らない。

 そもそも同じ人とう種族しかいない地球でさえ戦争があるのだから、多種族が生きるこの場所の方がそういったことがあったとしてもおかしくないだろう。

 暗くなりかけた思考に気付き頭を振って飛ばすと、準備に集中した。


「じゃぁ、さっきの説明の通りにな。ウィズが発動して、俺たちは観察」


 ウィズは魔法陣が発動できる魔力を注げる位置にいて、俺たちは少し離れた場所から観察する。

 魔法を発動する位置から一メートルの場所に木の棒が立ててあり、それが四方向。そこからさらに一メートル離れた位置に基準となる線を引き、観察を行う。

 立てた棒には等間隔に目立つ目印をつけていて、大体の大きさの基準がわかるようになっている。表現の仕方が人それぞれになっても困るので、木の棒で何番目の目盛と統一できるようにした。

 それと合わせて、木の棒の立ててある位置には垂直に線が引いてあり、これも等間隔で目印をつけてある。

 同一の魔法を何度か発動し、高さや幅、その他の効果について観察することになる。


「ウィズ、準備ができたら声をかけてくれ。十数えるうちに、俺たちから声がかからなかったら発動」

「了解。んじゃ、いいか?」


 ウィズの言葉に誰も声をあげなかった。

 心の中で十を数えたとき。

 ウィズの杖の先から放たれた魔力が、中央に置かれた魔法陣に注がれる。

 本来なら小さな炎があがるだけのその魔法は、俺の予想通り、一つ上位の魔法陣で起こせる魔法と同程度の威力の炎が上がる。

 大きさの差としては、一.五倍程度だろうか。

 事前に俺が説明していたといっても、普段と違うそれに、魔法を使ったウィズは驚きを隠せていない。

 俺の正面で観察していたミリィも口をぽかんと開けている。

 学院で場所による観察をしていた時は、本当に些細な変化だったので、これほどまでに威力が違うことに驚いているのだろう。

 ネモアとファンの様子も観察すると、同様に驚いているようだ。

 俺はまともに観察ができていなかったであろう、ネモア達に声を掛けると、ウィズに調査の続きを指示した。


 火属性の魔法陣に続き、水属性の魔法陣の観察を終えた。

 予想通り、水属性の魔法陣の威力は通常の五割程度だった。

 続けて風属性の観察に入ろうとしたが、魔法陣を発動させていたウィズから休憩の声がかかる。

 初級の魔法陣といえど、すでに十回前後続けて魔法を使用していて、結構疲労が溜まってきているとのこと。

 ネモアと観察を変わることになったが、時間もちょうどよく十二時をさしていたので、先にお昼を食べることにした。


 お昼は宿で用意してもらったお弁当だ。

 ヴァカンフは観光都市だけあって、別料金を払えばお弁当を作ってくれる宿がほとんどだという。

 ふっくらとしたパンに甘辛いタレに漬け込んだ厚切りの肉と、数種類の野菜を挟んだサンドイッチ。

 別容器に入っている肉と野菜がドロドロに溶けるまで煮込んだ濃い味のスープは、硬めのパンですくって食べる。

 ポテトサラダもついていて、保温容器に入った甘めの紅茶までついている。

 ボリューム満点のサンドイッチを頬張りながら、遮る物の何もない空を見上げると、そこは雲ひとつない青空。


「ケースケは凄いわね」

「ん? 何が?」


 紅茶を飲みながら言うミリィの言葉に、口いっぱいにサンドイッチを入れていた俺は、間の抜けた返事をする。

 視線を空からミリィへと戻すと、小さくため息をつかれた。


「そういうところを見ると、凄いのかどうか考えちゃうけど」

「だから、何が凄いって?」

「魔道具のこととか、魔法の属性のこととかだろ。俺でもケースケが凄いのはわかるぜ」


 呆れたようにいうミリィに、からかい混じりにウィズが続ける。

 凄い、と言われても、俺には素直に頷くことはできなかった。

 そもそもの前提条件、常識の部分が違うのだから、ウィズ達からしたら俺は凄い考えの持ち主なのかもしれない。

 でも、行き過ぎた凄さは、いずれ打たれる。

 ヘランドの魔道具がいい例だ。

 あれほどまでに既存の中で問題が大きくなったのは、ヘランドの魔道具がすご過ぎたからだ。


「あっ! ケースケさん、あれっ!」


 ぼんやりと考え込んでいると、ファンの慌てた声がかかる。

 慌てているのに極力声を抑えようとしているのか、片手で口を押さえ、もう片方の手で俺の後方を指差していた。

 俺の後方は森の入り口がある方向で。

 ゆっくりと振り返った俺は、ファンがなぜ慌てていたのか気づいた。

 チコだ。

 『パイストス山の神狼』を聞いた時から、一目見てみたいと思っていた。

 青年を背に乗せられるぐらいに大きな狼。石像をみて、さらに実際のチコをみてみたいと思っていたのだ。


 チコの石像のところで、俺の供えたキュシャを口にくわえてこちらを見ている、二つの紅の瞳。

 燃えるようとは、よく表現されていると思う。

 風に揺れる赤く薄く色づいた毛が、炎を撒き散らしているようだ。

 口に入れたパンをそのままに、じっと目に焼き付ける。

 しばらくこちらを見ていたチコは、キュシャを口にくわえたまま、山の斜面を颯爽と登っていってしまった。


 もっと、持ってきておけばよかったかもしれない。

 その場で食べずに持って行ったということは、子供とかがいるのだろうか。

 狼の子供だから、子犬みたいに可愛いかもしれない。

 自然と口元が緩んでくるが、そこは仕方がない。

 頭の中では小さいふわふわ薄桃色の綿毛が、可愛らしく固まっている映像であふれているのだから。


「すごいですね。本当にいるんですね」

「チコは火属性の精霊だろうな。火の要素が強いところに、同じような精霊がいるちう記述もあるし」


 残っていたパンを口に押し込むと、紅茶を一気飲みする。

 チコも見れて、テンションの上がった俺は、足取り軽く風属性の魔法の調査の準備にとりかかるのだった。

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