第18話 ヴァカンフ。

 初めての野営から二日。大きな門が見えてきた。

 ヴァカンフに着いたようだ。

 一日目の夜、俺は中々寝付けずに夢と現実を行ったり来たりしていて、やっと寝始めたのが朝になってからだった。

 少しして、朝食の時間になったのか、誰かに起こされたが。睡魔には勝てず、そのまま寝続けていた。

 起きたら夕方になっていて、かなり焦った。


「慣れないと最初はそんなものよ」


 そう言ってミリィ達に慰められたが、自分で自分が情けないというか。

 その日もキシャで寝るように言われたが、無理を言って見張りをさせてもらった。

 早めに慣れたかったし、半日も寝て過ごしたのだから起きていられると思ったからだ。

 ウィズと一緒に見張りをすることになり、その際、旅の心得的なものをいくつも聞くことができた。

 ただ、何故、十五、六歳のウィズ達がこれほど旅に慣れているのか、と疑問に思って聞いてみると。


「俺もミリィも実家が学院から遠いから、来る時は一人旅だったし。ファンは家の商売上、外に出ることが多かったらしいぜ。ネモアは無理矢理連れ出されていたな」


 街から一歩も出ずに一生を終える人も少なくないと言っていたが、この旅は一ヶ月もあるわけで。

 改めて気持ちを引き締めて見張りに当たった。

 その夜は運良く何事もなく、朝食を食べ損ねることもなかった。

 昼は眠たくて大変だったが。

 特に移動が遅れることもなく、予定していた三日の内にヴァカンフに着けたので、幸先は上々といったところだろう。

 今はネモアとミリィが入場料を門番に払いに行っていて、ウィズが御者台にいる。俺はファンに指示されるままに荷物の整理を行なっている。

 キシャを拠点に預ける際は、荷台の荷物はそのままで良いので、貴重品と必要なものを分けているのだ。


「キシャは入って東側で預けられるらしいわ」

「おかえりミリィ。ネモアは?」

「先に宿を取りに行ってもらったの」


 そろそろ三時を回るところ。大人数になるとそれだけ部屋も取りにくくなる。

 特にヴァカンフは観光都市でもあるため、温泉などがついている宿は予約をしないと泊まれない。

 事前に予約をしなかったのは、何かあった場合にその日に付けない可能性があるからだ。

 ファンがキシャを預ける手続きをしている間、俺とウィズとミリィで荷物番をする。

 宿を取りに行ったネモアとはここで待ち合わせをするとのこと。変に探し回って人混みに紛れてしまうことを避けるためだった。

 しばらくすると手続きの終わったファンも加わり、四人でネモアを待つ。

 今更ながら、ネモアを一人で向かわせて大丈夫だったのだろうか。

 いくら旅慣れないとはいえ、全てを年下に任せている現状に、自分の能力のなさに落ち込む。

 図書室の専門書なども読んで理解できるようになってきたが、理解するのと行動を起こすのは別物だと痛感した。

 一人反省している間にネモアは帰ってきて、宿に荷物を置きに向かうことになった。


 宿は、一階が酒場……なんてこともなく、小綺麗な受付カウンターが設置されていた。

 雰囲気は民宿というよりビジネスホテルに近いだろうか。

 部屋が六人部屋で、ミリィも同じ部屋と聞いた時、ネモアに小声で四人部屋と一人部屋じゃダメだったのか確認したが。

 二つ部屋を借りるより大部屋を借りた方が安く、女の子を一人部屋にすると何かと危険だと教えられる。

 確かに、言われるとそうだ、と納得した。

 ミリィ自体も気にした風もなく、ウィズ達も普段通りだ。

 子供相手に意識しすぎだな、俺が。


「メウテスロへの定期便は、朝五時が始発らしいです。メウテスロには大人数が泊まれるような宿がないようなので、夜七時の最終では帰ってくる方がいいですね」

「調査自体はダラダラやっても仕方がないから、予定は二日を考えている。何かあった場合は多少前後するけど」

「この部屋も二日で宿泊を取っています。延長は可能なので大丈夫です」

「じゃぁ、早めに休んで始発に出るのね」

「帰りは六時ごろの方が良いと思います。移動に一時間程度かかるので」

「そうだな、飯だけ食って寝るか」


 明日の予定が決まり、夕食を食べに行くことになった。

 宿に食堂もあるらしいが、せっかく観光地にきているのだから、外食しようというミリィの言葉に異論はなかったので、外で食べることに。

 宿の人におすすめを聞いて、朝食を四時に作ってもらえるようにお願いして、人の溢れるヴァカンフの街に繰り出した。

 様々な露店が立ち並び、アニュキスでは見たこともない食材や、お土産物屋であろう店を楽しんでいたわけだが。


「……まずい、非常にまずい」


 辺りを見回すが、人、人、人。

 しかも大人が多いので、人が壁のように見える。

 右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても。ネモア達の姿が見当たらない。

 これは、完全にはぐれた。


 雑貨屋の前を通りかかった時、不思議な形をした杖を見つけて、思わず立ち止まってしまった。

 普段使っている杖は、杖と行っても見た目が木の棒なので、最初指揮棒かと思ったぐらいにシンプルなものだ。

 店に並べられたいた品の中に、蔓がまきついたような棒があり、持ち手の部分に小さな赤い石と青い石がはめ込まれていた。

 まさしく、杖。


 値段は日本円で三百円ほどで、ただのおもちゃなのかもしれないが、今まで見たことがなかったので、単純に欲しいと思ってしまった。

 俺は財布など持っていないから、ネモアにお願いしようと振り返るとそこには誰もいなかったわけだ。

 どうしようかと、未だ握っている杖を見下ろしたわけだが。


「買うのかい?」

「え? あ、欲しいんですけど……。友達とはぐれてしまって、そちらに荷物を預けているので」


 店のおばさんの声に苦笑いをしながら答えると、あらまぁと行った声をあげていた。

 大丈夫? とか、お友達見つけられる? とか聞かれながら心配されて、迷子センターにきたような気分になった。

 身長はおばさんと同じぐらいだが、顔が童顔のせいか、この世界的には随分子供っぽく見えているようだ、と少し落ち込む。


「えっと……、また後できます」


 そういって杖を元の位置に戻すと、隣からスッと手が伸びてきた。

 あっと思っている内に台に置いた杖が取られてしまう。


「俺の、杖が……」


 小さく漏れた声と共に、杖を手に取った人に顔を向けると、そこには長い銀髪の女性が手にした杖をまじまじと見ていた。

 すらっと伸びた身長と、思わず視線のいってしまう胸、暑いためか七分の袖からは白い腕が伸びていて。その先にある白く細い指のついた手が、杖を持っていた。

 そのスタイルの良さに見惚れたが、視線を顔に向けて言葉を失った。

 白銀の神は光を反射して輝き、瞳は翡翠色をしていた。目元を飾るまつげは長く上を向いていて、適度に高い鼻と、薄いのにどこか艶めいた唇が魅力的だった。

 綺麗だと、ただその顔を見つめる。


「これ、欲しいの?」

「え? あ? は、はい」


 見られていることに気づいた女性が、こちらと視線を合わせた瞬間、心臓が跳ね上がる。

 やばい、うるさいぐらいにどくどくと脈打っている。

 女性は俺より少し背が高かった。頭半分ほど見上げなければいけない。

 声をかけられて、変にどもってしまい、頬が熱くなるのがわかる。

 それに小さく微笑んだ女性は、店のおばちゃんにお金を払うと、杖を差し出してきた。

 俺はとっさに目の前に出された杖を受け取ってしまい、それを確認すると女性は手を離して人混みの方へと歩いていく。


「えっ! ちょっと、これっ!」


 慌てて呼び止めると、こちらを振り返った女性は口元に弧を描いて。


「あげるわ。大事にしてね」


 そう言いながら小さく手を振ると、そのまま人混みの中へと消えてしまった。

 追いかけようかと思ったが、すでに人の壁ができていて、追いつけるとは思えない。

 お礼を言い損ねたと気づいたが彼女の名前も知らないので、どうすることもできず、ただ、手の中にある杖を見つめる。


「ケースケさんっ!」


 しばらくぼうつと杖だけを見ていた俺だったが、ネモアの声が聞こえて顔をあげる。

 泣きそうな顔でネモアが走ってきていて、その後ろからは、機嫌の悪いミリィと、笑っているウィズと、ホッと顔を緩めるファンがついてきていた。

 ミリィからの説教に今から怯えながらも、どんっと突撃してきたネモアをなんとか受け止める。

 体格があまり変わらなくなってきているから、踏ん張るのが大変だ。


「わるい、心配かけた」

「後ろ、見たら居ないから。俺は、慌てたんですからね!」

「ケースケ、お前この歳で迷子とか」


 こちらを指差しながら笑うウィズの言葉が胸の中心に深く突き刺さる。

 ウィズ自体は同じ歳という意味合いでからかったのだろうが。

 思わず胸を抑えた俺に気づいたネモアが、一瞬不思議そうにした後、俺が落ち込んでいる理由に気づいたのか心配そうな目を向けられる。

 ごめん、その目を向けられて余計になさせなくなった。

 ミリィに説教をうけながら、今度は逸れないようにしっかりとついていく。

 ネモアからの手を繋ごうという提案は、何度も何度も頭を下げて、お断りすることに成功した。


 左右をミリィとネモアに挟まれた状態での移動は、俺が悪いので何も言いません。

 そろそろ俺の左耳がミリィの説教で限界に近づいてきた時、やっと目当ての店についた。

 出された食事はどれも美味しく、ついつい食べ過ぎながらも、まだ時間が早かったので露店の串焼きとかを食べたりして。

 宿に戻った時には、目に見えるほど腹が膨れていた。

 順番に風呂に入り、ベッドに横になると一気に体が重く感じる。

 久しぶりの柔らかい布団に気がつけば意識は夢の中だ。

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