第16話 講義と調査。

「まず、注意事項。今から話すことは俺の考えであって、正解とかじゃないかもしれないってことを頭に入れておくこと」

「あれだけ実験と検証を繰り返しておいて、何でそんなに消極的なのよ?」


 俺の言葉にミリィがツッコミを入れる。

 週末、学校が休みということもあって、朝から説明をすることになった。

 二日前に今日が休日だと気づいていなかった俺だが、ミリィ達は休日だから選んだのかと思っていたらしい。

 他のチームを休みを有効活用しているようで、今日も自習室の予約は満員だった。

 説明は実際に魔法を見せた方がいいかとも思ったが、実験中に何度か見ているので、口頭と資料で説明することになった。


「正解だって思ったら、新たな答えが出てこないだろ」

「……ケースケさんの考えが間違っているということでしょうか?」

「今の時点では俺の中で一番良い答えだと思っているけど、今後、別の考え方が浮かぶと、そっちが一番良い答えになるかもしれない。とは思っている」


 ファンの疑問に言葉を返すが、あまり納得していないのか、他の三人も難しい顔をしている。

 授業内容がこれはこう、という断定的な物が多いので、大概お生徒はそういう考え方になってしまっているのかもしれない。

 何故、そうなのですか? という疑問を求める授業はあまり体験したことがなかった。

 それは初等学の授業だからそうなのであって、中等学や高等学では違うのかもしれないが、小さいうちからそう言う考え方ができないと難しいと思う。

 どう説明すれば納得してもらえるか。


 しばらく悩んだ俺は、サイコロを作り始める。

 一から六まで書かれた立方体は、対になる面の合計が七になる。

 即席で作ったため、形は少々歪だが、サイコロと呼べるものができた。

 不思議そうに作業を見守っていたネモア達の目の高さに、サイコロを差し出す。


「ミリィ、なんて書いてある」

「一」

「ファンは?」

「二です」

「俺は、五だな」


 ウィズは質問する前に答えていた。

 それに苦笑いをしながらそれぞれの顔を見ると、先ほどよりは理解していると言ったところだろう。


「一方向から見える答えが必ずしも正しいとは限らない。ミリィから見れば一が正解で、ファンから見れば二、ウィズから見れば五が正解だ。だけど、それ以外の場所は? まだ見えてない正解があるかもしれない」

「何となく、わかったわ」


 ミリィの言葉に他も首を縦に振る。

 まぁ、すぐに考え方を変えるのは難しいだろうけど、頭の片隅にでも残っているだけで随分と違うものだと思う。

 今から話す内容が、今ある魔法陣の考え方と違う可能性があるから、俺はそういう見方をしたという考え方が大事だ。

 実験と検証をしていて、同じ現象を見ていたウィズ達が、俺と同じ考え方に至らなかったのは、今の魔法陣の常識をウィズ達が知っている面も影響していると感じている。


 ヒュペリオン著の『魔力について』では、魔力について様々な仮説が立てられている。

 一番印象的なものが、魔力は自然エネルギーだけで構成されているのではないかというものだ。

 自然エネルギーの扱いに長けている、精霊や魔物の特殊性がこの仮説の根底だ。

 彼らには死という概念がなく、自然エネルギーとして消滅と共にエネルギーになっているのだという考え方だ。

 この仮説から派生して、精霊や魔物の使う魔力と、人などが使う魔力がまったく異なる物だという仮説もある。

 人などが使っている魔力とは、生命力で魔法を使えば使うほど寿命が縮まるという考え方だ。

 人などには本来、魔法を使う能力は備わっておらず、無理に自然エネルギーから魔力を作り出そうとして体内エネルギー。生命力をその対価として支払っているのだと。

 その対価の影響が魔力切れによる抵抗力の低下であり、力のある魔法使いが早死にするという噂話だったりする。


 どちらも照明はされていないが、俺は間違ってはいないのだろうと思っている。

 魔力とは自然エネルギーのことで、人などが魔力を発動する場合、体内エネルギーによる指示を加えているのではないかと。

 魔法陣はその負荷を軽減し、より正確な指示を行うための制御装置ではないかと。

 単純な魔法ほど、こちらから与える指示も単純で済む。

 難しい魔法になればなるほど、魔法陣も複雑になり、指示として使用する体内エネルギーの量も増加するのだろう。

 そう考えた場合に、今ある魔法陣にはどう言った制御が設定されているのか。

 実験結果から、魔法陣の特性として次のようなことが上げられる。


 一つ、使用する場所によって威力が変わる。

 一つ、魔力の量によって魔法の威力は変わらない。

 一つ、複雑な魔法陣には繰り返し要素が含まれる。

 一つ、魔法陣の大きさを変えると威力が変わるものがある。


 使用する場所によって威力が変わるのは、自然エネルギーが魔力だから、ではないかと思う。

 自然エネルギーはその要素によって存在する場所や濃度が異なるのではないか。

 一番わかりやすいのが地属性である土。

 土のない室内で地属性である魔法陣を発動させる場合、まず土を生成しなくてはいけない。地属性の魔法陣には、土を生成して形成するという制御が描かれているのだろう。

 同じように土のある場所で地属性の魔法陣を発動した場合。すでに土自体は存在するのだから、地属性の魔法陣は形成するという制御を実行すればいいだけになる。

 ただ、地面が窪んだり削れたりという現象は怒らなかったので、実際には土は生成されているが、近くに現物があるのでそれを複写しているのではないかというのが濃厚だ。


 魔力の量によって魔法の威力が変わらないのは、魔法陣にそう設定がされているからだろう。

 魔道具に使用される魔法陣が、普段無意識に放出されている体内エネルギーによる指示だけで発動できているのが良い証拠だと思う。

 これだけのエネルギーを投入してくれたら起動します、と言ったところなのだろう。

 このことから、高性能な魔道具に使用されている魔法陣は、相当に高度なものだと考えられる。

 魔法陣は、魔法陣で記述式れていない部分を、体内エネルギーの指示によって補っているのだろう。

 つまりは、少ない量の体内エネルギーで複雑なことをさせるには、細かく順序立てた制御を描く必要がある。

 使用者はただボタンを押すだけで、内部的には全てのことをしなくてはいけないからだ。


 複雑な魔法陣には繰り返し要素が含まれるのは、これは先ほどの話と関連するが、細かく順序立てた制御のことだ。

 水を回転させるんにはどうすれば良いか。

 バケツに入れた水に腕を突っ込んでかき回せば、回転させられる。

 器があって、一定量の力で、水を動かすのだ。バケツに入れた水に行う分には簡単だが、それが魔法となると話は別だ。

 水を発生させ、留まらせ、回転させ、より大きな効果を生むために、だんだんと回転を大きくする必要がある。


 魔法陣の大きさを変えると威力が変わるものについては、一属性のみで単純に発生するものについて威力が変わることがある。

 水属性の水を出す初級の魔法陣と、風属性の風を起こす初級の魔法陣は、それぞれ水と風の要素しか描かれていない。

 逆に、火属性の火を燃やす初級の魔法陣には、火を燃やすために別の要素が存在し。地属性の土を成す初級の魔法陣は、土を生成し形成するという動作になっている。

 一属性のみでただ起こす魔法陣は、魔法陣が描かれた範囲内で発生される。

 ただし、どちらも元の威力自体が小さいので、範囲が広がった程度で、止まる要素もないので発生して終わり。


「と、いうのが俺の魔法陣についての見解」


 途中何度か質問を挟みながらも、一気に説明を終えた俺は一息つく。

 作った資料はそれぞれの特性ごとに束ねられているだけで、実験結果と俺のメモ書きがまとめてある程度だ。

 本当は一度結果としてまとめようかと思ったが、学習発表でどう言った内容を発表するのかもわからないので、その作業自体をみんなで分担すれば良いだろうと後回しにした。

 到底、二日ではまとめられない量だったというのが正直なところだが。

 見渡すと、皆眉間に皺を寄せて、難しい顔をしている。


「ケースケが何を考えているのか、は、聞けたってところね」

「理解には程遠いです」


 ミリィの言葉にファンが苦笑いをしながら続ける。

 ファンの場合は事前の魔法という知識が色々ありすぎて、変に混ざってわからなくなってしまっているらしい。


「俺としては、これらの特性から魔法陣の法則を調べて行きたいんだけど」

「法則ねぇ。そもそも、法則ってなんだよ?」


 ウィズの疑問に他の三人も首を傾げる。

 質問されて俺も、法則とはなんだろうと悩んでいた。

 俺は魔法陣について、構成する要素と組み合わせによって、効果や威力が変わっているのだろうと考えている。

 その要素と組み合わせによって、本当に効果や威力が変わるのであれば、それは魔法陣の法則になるかもしれない。


「悪い、特性と法則という言葉自体が間違いだな」

「は? どういうことだ?」

「講義とか言って生意気に俺の意見は述べたけど、どれも、言い切れるだけの裏付けがない」


 どれも、今まで俺が知っていることと合わせて、そうではないかと思っているだけで、まだ仮説の域を超えていない。

 そう言った俺の言葉に、どこか納得したようにファンが呟いた。


「決定打に欠けていたから、どこか違和感があったんですね」


 話し合いの結果、自然エネルギーが魔法陣に影響があるのかを調べることになった。

 土属性のように魔法陣を使用する場所による、威力の変化を確かめるため、俺達は学院の許可を得て課外自習に出ることにした。

 自習室で調べるには限度があるし、場所によって自然エネルギーの質が異なるのか、ということも合わせて調べたかったからだ。


 最初は課外自習ができるなんて知らなかったから、学校内にそう言った場所がないか、エレイ先生に相談に行ったのがきっかけだ。

 学習発表内容によっては、地質調査をする人もいたり、薬草の分布を調べたり、精霊や魔物を調べたりするチームもあるようで、行く場所の申請さえすれば、よほど危険な場所ではない限り許可が下りるらしい。

 危険な場所だったとしても、確固たる理由があり、教師または傭兵などが同伴であれば、許可が下りることもあるらしい。


 また、長期になる場合は、許可が下りている期間内であれば、各授業担当から与えられた課題を提出することで出席扱いになるとのこと。

 課外自習に行くと決まったのは良いが、問題は場所になる。

 あてもなく旅をするとなると、当然長期の許可は下りるはずもないし、そもそも申請の必須条件が場所になるので却下される。


 まずは手分けをして基本属性の自然エネルギーに特化していると思われる場所を探すことにした。

 全員で図書室に行き、各地の地形や気象、伝承や神話などを重点的に探すように指示を出す。

 伝承や神話には、その地に住む精霊や魔物の話が書かれていることが多い。

 自然エネルギーの扱いに長ける精霊や魔物の属性がある程度まとまっていれば、その土地はその属性が強いと考えられるからだ。

 普段、図書室には寄り付かないウィズに向けた指示ではあったが、ファンとミリィが地形や気象、俺とネモアとウィズが伝承や神話について調べることになった。

 調べた内容は属性別に箇条書き程度絵まとめる。


「図書室で調べ物って聞いて、俺は完全なお荷物だと思ったけど。こういう調べ方なら俺でも少しは役に立つな」


 ウィズが『世界の童話集』というタイトルの本に目を落としながらしみじみと呟く。

 図書室に行こうといったときに、ミリィから釘を刺されていたのだ。


「もしも、寝たりなんかしたら。……わかっているでしょうね?」


 あの時のミリィは怖かった。

 無表情で首を傾げられながら問いかけられたウィズは、外れるんじゃないかというほど激しく首を縦に振っていた。

 聞くところによると難しい本とか、特に専門書などの文字だけのものとかを見ると、自然とまぶたが下がってくるらしい。

 授業中も何度か船を漕いでいるのを見ていたが、流石に他の仲間が調べているのに寝るわけにはいかないとウィズ自身も悩んでいたみたいだ。


 で、俺が渡したのは子供用の童話集。

 比較的文字数が少なく、挿絵も描かれているため、さらっと読める。その上、子供用に作られているので内容がわかりやすく、難しい言い回しも出てこないので中々楽しい。

 ウィズに渡した時に子供用ということに苦笑いをされたが、童話には、優しい精霊や、悪戯好きの魔物など、有効な情報が詰まっている。

 説明を聞いて納得したウィズは、すでに一冊目を読み終え、二冊目に入ろうとしていた。

 ちなみに『世界の童話集』は現在第十二回まで出版されている。


「ウィズ、読むだけじゃなくて、気になったところを書き留めてくれ」

「あ、忘れてた。つい、面白くて」

「はは、ウィズらしい」


 俺の言葉に慌ててノートを開くと、読み終えた本を再度開く。

 いくつか気になるところがあったみたいで、ページをめくりながらノートが埋められていく。

 その隣でネモアは『やってはいけない常識』を読みながら、しっかりと必要な部分をまとめている。

 日常で使っている常識は、場所が変われば非常識になることがある。

 それは過去から伝えられた古い考えであったり、土地柄によるものの要素が多く含まれる。


「楽しそうね」


 笑っているネモアの隣に重い音を立てながら本の束が重ねられた。

 椅子に座っているネモアの頭を少し超える高さの本は、音もさることながら、その見た目で重そうなのがわかる。

 一見、ミリィの腕は女の子のほっそりとしたもので、どこにそれだけの力があるのか疑ってしまうが。

 剣術でウィズと互角にやりあうその腕は、今は服の布で遮られているが、しなやかな筋肉がついている。

 また、竜人は全体的に身体能力が高く、見た目以上の力を持っていることが多い。


「すごい量だな」

「ある程度、絞ってはきたんですけど。じっくりと確認したいものだけ、持ってきました」


 続いて机には先ほどの三分の一の量の本が積まれる。

 運んでいる時から腕が震えていたファンは、痺れたのか手首と腕を軽く回していた。

 先ほどのミリィに比べると、随分と少ないように感じるが、ファンには限界だろう。

 俺も筋肉はついてきたと思うが、ファンと同じぐらい持てればいい方だ。

 図書室の本を制覇する勢いで読んでいるファンが厳選したぐらいだから、どれも中々の資料であることがわかる。

 その後もミリィがウィズの子供用の本を見てからかったり、ファンと本の内容について話したり、ネモアの声で休憩を挟んだりしながら、比較的穏やかで楽しく作業が進んだ。

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