第15話 功績と地位。

 仕事の基本はホウレンソウ。

 報告、連絡、相談。どれにも共通して言えることだけど、後回しにしていいことなんてない。

 報告は時期を逃すほど言い出しにくくなるし、連絡は遅くなればなるほど致命的になりやすいし、相談はしなければいつまでたっても解決しない。

 迅速な対応と適確な判断力なんて、個人に備わっているのはたかが知れている。

 といっても、できる人間という奴はどこにでもいるだろうが、俺は自分ができる人間だとは思っていない。

 後回しにして、言い出しにくくなって、どうしようもなく勘違いをするなら、気になった時に聞いてしまった方が早い。


 ……まぁ、課長の受け売りだが。


 ネモアに夢に出てきていた仕事の話をした。

 課長とは一回り半程歳が離れていて、飲み会の席では実体験を元にした様々な仕事のいろはを教えてもらった。

 可愛がられていた方だと思う。

 話していてちょうど思い出した言葉だったので、一字一句言われた内容をそのままとは言えないが、少し熱く語ってしまた。


 何が言いたいかというと、お互いに色々と話すようにしようとしても、まだ踏み込める段階にまで信頼関係が築けていない。

 それが今回のように擦れ違いとして現れてしまったのだから、傷は浅いうちに抉りましょう……。いや、違う、聞きづらくなる前に聞いてしまおうということにしたわけだ。

 俺の場合は、ネモアの違和感に気付きながらも後回しにしたことで、ネモア自身に言い難い状況を作ってしまったことが原因だという結論だ。


 なんでもかんでも言える訳ではないから、ある程度の秘密は仕方がないが。

 奥歯に物が挟まったような言い回しではいつまでたっても真意が伝わらない。

 ネモアはまだまだ俺に負い目を感じていて、どうしても一歩引いて構えている部分があるしそれはすぐに改善できる感情ではない。しかし、最終的に困るのは俺かも知れないだろう、と、ヘランドの件を持ち出しながらなんとか納得してもらった。

 最初の俺の対応が、当初の予定通りネモアに大きな罪悪感を植えつけてしまっているために、胃が痛い。


「ヘランドみたいなことは今のところないんだな」

「ヘランドの件は、王家立ち会いのもとマルクさんとグリサラーサ家、グランヴィスタ家の間で取り決めは終わったようです。現状、他貴族からの反感もなく概ね順調だそうで」


 マルクが王様の前で緊張している姿が浮かんだが、意外といつも通りかも知れないと思いなおす。

 貴族を追い返すぐらいだからな。


「学習発表会の方は?」

「あの時は、すみません。気が立っていて……。ミリィ達のことなのでケースケさんの不利になることはないとわかっているのですが。問題があるといすれば、アロディーンですね」

「ああ、あの坊ちゃんか」


 エリオット・アロディーン。

 長く続く貴族家系に生まれた、根っからの貴族の坊々で、小さい頃からネモアに何かと対抗意識を持っていたらしい。

 理由はグリサラーサ家がアロディーン家より功績を上げている所為だとか。

 なんとも一方的な理由の様だが、同じアニュキスの貴族でかつ権力の差があまりないことから、夜会では笑顔の応酬が長く繰り広げられてきたらしい。

 学院入学時もエリオットとネモアが同学年ということもあり、目をつけられていたが、学年上位であるエリオットが一方的に嫌味を言い、ネモアが受け流すといったやりとりだったとか。


 その構図が崩れたのが、ミリィが編入してから。

 たまたま同じクラスになったネモアとミリィは、お互いに気があったこともありすぐに打ち解けた。

 ミリィは誰が見ても可愛くて、あと数年もすれば美人に成長するだろう。

 例のごとくネモアの動向を気にしていたエリオットがやってきて、ミリィに一目惚れ。

 その場で貴族夫人にしてやってもいいぞ、と上から目線な告白。

 ミリィの返事は言わずもがな、即答でお断り。

 エリオットも一度は落ち込んでいた様だが、すぐにあの残念な頭で振られた事実を照れているのだと覆い隠し、挙句のはてにはネモアが唆していると妄想する始末。

 今回は俺がうまく言いくるめたが、今後、ちょっかいをかけてくる可能性は高いらしい。


 チーム決めから一週間。

 学習発表に割り当てられる授業の時間は月に二時間だということをネモアに教えられて驚いた。

 卒業制作みたいに週の三分の一ぐらい割り当てられるのかと思っていたので、基本がチームメンバーでの自主活動になるとは思っていなかった。

 どおりで、やる人とやらない人に分かれるという話が上がるわけだ。

 授業として先生の目があれば、そういう人も自然と減るだろうが。


 学習発表自体が後見人制度のために作られたという経緯があるらしい。発表会は三日間かけて行われ、学院内だけでなく、様々な地方や分野から人があつまるとのこと。

 そこで良い発表を行えば名が売れる。名が売れれば、将来の選択の幅が広がるとのこと。スカウトなどもあるらしい。

 俺たちの学習発表の内容は、魔法陣について、で確定したが。

 魔法陣について、だと、範囲が広すぎるということで、発表内容の絞り込みを行うことにした。

 いつものように寮の自習室を借りようとしたのだけど、考えることはどこも同じでいつもはガラガラで閑古鳥が鳴いていると言っていいほど空いている自習室だったが。


「え? 五時間待ち?」


 驚きの返答が返ってきた。

 利用希望者一覧と書かれたシートにはずらりと名前が並んでいる。

 この時期の自習室の利用がは急激に増えるらしく、午前中から予約して、やっと夜遅くに借りられるといったことも少なくないらしい。

 その上、不利にならないよう、利用時間がチームあた一時間半と決められており、時間をすぎると強制退室となる。

 ネモア達は初等部の一年の時に学習発表を体験しているが、入学時点の度胸試しみたいなもののようで、自習室を使うほどではなかったようだ。

 聞いた限りでは夏休みの自由研究と行ったように感じた。


 ひとまず利用希望に名前だけは書いて、俺とネモアの部屋に集まることになった。

 寮部屋は日常の生活利用としてしか使用を許可されていないので、魔法等はご法度だ。

 何年か前に自室で魔法の練習をしていた生徒がいて、危うく火事になりかけたらしい。以降、寮の規則が厳しくなり、寮部屋で魔法を使用した場合はよくて停学、悪くて退学になる。

 学習発表前の自習室の利用が増えたのは、この所為もあるみたいだ。

 試験前にある程度ネタ的なものは集めていたので、資料の作成次第では実際に魔法陣を書いて発動しての検証は少なくて済むかもしれない。

 月一の学習発表用に割り当てられた授業は、学年でずらして行っているので、その時間だけは優先的に自習室や実験室が借りられるようで、やることをまとめておくのがいいか。


 ネモアと二人ではそこそこ広いと思っていた寮部屋だが、流石に五人も集まると少々狭苦しい。

 ウィズが自室に眠っていた折りたたみ式のテーブルを持ってきてくれたので、それを部屋に中央に置いているが。

 片側をベッドにくっつけて、なんとか全員が座れる状態だ。

 長方形だったので、横に広い方に二人座れて、誕生日席に一人。ミリィに誕生日席に座ってもらい、ベッド側から俺とファン、ネモアとウィズの順番で座る。

 俺がベッド側に植わったのはベッドの上に色々と資料を置いているからだったりする。

 黒板とかベッドから吊るせたらいいんだけど、今はないのでこの間俺が書いたものを元に、ファンに議事録をお願いした。


「すでに話した通り、あまり詰め込み過ぎても内容が薄くなる可能性が高いから、重点をまとめて発表した方が良いと思うんだけど、皆はどう思う?」


 俺の問いかけにそれぞれがしばらく考えた後、賛同する声が上がる。


「確かに、魔法陣と言っても、今はケースケの思いつきを色々確かめているだけね」

「俺は、言われるままに手伝っているけど、よくわからない部分も多いぜ」

「僕もケースケさんに詳しく聞きたいところがあります」


 続いて上がった三人の言葉に気づいたが、ミリィ達は基本的に俺の指示通りに動いていただけで、意見もこちらが求めたことに答えていただけの時が多かった。

 ファンなどはほんの知識からよく意見を出す方だったが、検証結果については俺の中で納得して終わっている部分がほとんどだったと思い返す。

 これが、ネモアの言っていた、俺の功績というところなのだろう。

 チームということで、俺の提案で発表内容について話し合う前に、全員の認識をある程度揃えるところから始めることになった。

 手分けして作業をしようにも、何をやっているかを理解できていなかったら、自分で行動することも、新たな考えが浮かぶことも少なくなってしまうと思ったからだ。

 俺個人の研究結果としてなら、助手という位置付けでも良いかもしれないが、助手をつける器量も度胸もない。


 学習発表自体は年明けに行われるので、期間としては六ヶ月ある。

 最初に急いで決めなくても、色々と知ってから内容とか話し合う方が良いかもしれない。

 俺が説明するための資料を作る時間として二日をもらうことにして、今日は解散となった。各自、気になることをまとめておくように、お願いすることも忘れない。

 ウィズが持ってきたテーブルは、折りたたんで、壁と引き出しの間に立てかけてある。部屋で使っていなかった物なので、ここに置いて欲しいと言われたためだ。


「何か手伝いましょうか?」

「んー、じゃぁ、このノートの中から火属性の魔法陣が描かれているページを切り取ってくれるか?」

「切り取ってしまって良いのですか?」


 ノートを差し出して言うと、ネモアが疑問を投げかけてくる。

 学院で使っているのは、少し分厚い紙の左側を金具でとめられたものだ。

 文字を書くのにインクが使われるためか、裏面に滲みださない様に、表面にはすべすべとして加工が施してある。

 その加工の所為か、全体的に色は茶色がかっているが、上質であることは確かだ。

 生徒の中にはノートになっていない紙をバラバラで書類ケースの様な物に入れて持ち運んでいる人がいる。

 あれはあれで使い勝手がよさそうなので、密かに憧れていたりするが、何枚かなくしそうなので今のところは諦めている。


「この機会だから、溜まっている資料の整理をしようと思ってな」


 気づいたことや疑問点がノートのいたるところに書いてある。

 忘れっぽいので、急いだいるときは適当に開いてメモ程度に走りがいているものもあるため、一度整理しないと書いた自分でも何だったのか思い出せなくなりそうだ。

 一枚一枚ページを確認して、必要な部分を切り取って記号を端に書く。

 疑問系ならQ、解答系ならA、よくわからないメモはW。

 黙々と作業をする俺を確認すると、ネモアも隣で魔法陣の切り出しを始めた。

 色々と見返していると、精霊や魔獣について調べた内容が書かれているページがあった。


 きっかけはヘランドの魔道具だった。

 召喚されてこの世界の常識を知れば知るほど、ゲームや小説の知識からの魔法という、一種の幻想とは異なるものだと認めるしかなかった。

 だけど、その常識が違うのかも知れない、そう思うと、魔法の可能性が気になった。

 世界は違うけど、物は重力にしたがって落ち、金属は熱を通す、荷車は押すと動く。何事にも法則はある。

 地球で言うところの物理法則が、魔法エネルギーによって起こされていると言うのであれば、それはそれで魔法エネルギーの法則と言えるだろう。

 ……この世界の魔法に対する常識。

 ……それが、固定概念を作り上げているのだとすれば……。


「ケースケさん、終わりましたよ。一応、初級の魔法陣から順に並べています」

「……ありがとう、助かるよ」

「いえ、他のものも同じですか?」

「ああ、次は風属性の魔法陣を頼む」


 ネモアに声をかけられて、頭の中にあった感情がだんだんと薄れていく。

 焦るな。

 心の中で唱えながら、深く息を吸い込む。

 一度頭を振って、少し前に入れてもらったコーヒーを飲み込むと、切り抜かれた火属性の魔法陣の確認を始めた。


 授業を終えた俺は、珍しく一人で図書室にきていた。

 寮の部屋とか移動中に一人ということはあったが、基本的にはネモアがいたし、図書室は主にファンと一緒に資料を探していた。

 そのネモアとファンは家からの呼び出しを受けて、午後の授業が始まる前に帰っていった。

 ウィズは図書室自体が苦手だし、ミリィは買いたいものがあるようで、他の女の子と一緒に街に出かけていった。

 ミリィに買い物に誘われたが女の子ばかりで、俺は説明のための資料作成を進めてしまいたかったので断った。

 そのとき一緒にいた女の子達が、少し残念そうに声をあげたのには驚いた。

 ウィズに図書室にくるか聞いてみたが、いても邪魔をしそうだと、どこかに体を動かしに行くといっていた。


 最初は寮の部屋で作業をしようと思っていたが、気になったことがあったので、資料がすぐに探せる図書室ですることにした。

 図書室は本を読むためのスペースがいくつか設けられている。

 六人掛けぐらいのテーブルと椅子が置かれた場所と、漫画喫茶やネットカフェなどの個室に板で区切られた場所と、本棚の間にソファだけが置かれている場所。

 必要な本を借りてすぐに寮の部屋に戻っていた俺とファンはあまり活用したことがなかったが、調べものをするにはとても良い環境だ。

 集中したい人用から一人用の個室にドアがついた場所まであり、受付で申請を出すと使用できるみたいだ。

 俺はそのまま六人掛けのテーブルに向かおうとして足を止める。


「お前は……。お前も、図書室で調べ物か?」


 テーブルの上にほんのタワーを二本建てたエリオットの姿がそこにあった。

 ちょうど目が疲れて上を向いたところだったのだろう。顔をあげたエリオットとばっちりと目があってしまっていた。


「はい。すごい量の資料ですね」

「ああ。……そういえば、確かお前はヘランドの代理人をしていたな」

「え? あ、はい」


 しばらく考えたエリオットは思い出したかのように確認をしてくる。

 突然のヘランドの話に反応が遅れたが、エリオットは気にした様子もなく逆に向かいの椅子を指さされた。

 多分、座れということなのだろう。

 仕方なく椅子を引いて腰掛けると、こちらを確かめる様にみてくるエリオットの視線に居心地が悪い。


「……グリサラーサ家の被後見人と思うと腹がたつな」

「それは、ちょっと、俺にはどうしようもないです」


 眉を寄せたかと思うとネモアの愚痴で、若干嫌な気分になったが、なんとか眉を下げるだけに留めた。

 変に機嫌を損ねて、今以上に目をつけられても困る。

 そんな俺の態度にまたしばらく考えたエリオットは、眉間の皺を揉みほぐすと改めてこちらに視線を向けてきた。

 怒鳴っているか、人の話を聞かないか、ちょっと変な雰囲気のときのエリオットしかみていなかったので、今、真剣な目でこちらを見てくる彼の姿が不気味に思える。


「ヘランドの魔道具についてだが、最初に見つけたのはお前だと聞いている。何故、あれが魔道具だと思った」


 こちらが答えるのが当然といった態度のエリオットは、質問のはずなのに語尾は上がらない。

 声から感じるのは命令で、どこまでも嫌なイメージ通りの貴族だ。

 グリサラーサ家への敵愾心と、貴族でない被後見人である俺を見下す気持ちが、一欠片ほども隠しもせずに向けられる。

 隠したである俺に聞くことすら嫌だが、自分が態々聞いてやっているんだから答えろ。

 目がそう訴えてきていた。

 出そうになるため息をなんとか飲み込むと、顔に笑顔を貼り付ける。


「俺が転移の魔法陣でこちらにきたことはご存知ですよね? 前にいた場所で魔法を見たことがなかったので、魔道具がどういったものかわからなかった。というのが、理由ですね」

「専門店に行ったらしいじゃないか」

「はい、行きました。他に魔道具を扱っている店を聞きました」

「妙だな、店長は粗悪な店を聞かれたと言っていたぞ」


 何故、そんなことを調べているのか。

 エリオットの視線の意味が読み取れなくて、握った手の平に汗が浮かぶ。

 表情だけは笑顔だが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。


「ええ、俺は魔道具がどう言ったものかわからないので。一番良い物と一番悪い物を見ておこうと思ったので」

「それで、悪い物が実は良い物だった、とでも言うのか」

「そうとしか、言えないですね」


 こちらを探るように見つめてくるエリオットに俺は笑顔を向けることしかできない。

 表情筋を少しでも崩してはいけない様な気がしていた。

 ちょっと痛い貴族の坊々だと思っていたのに、この追い詰められる様な感覚はなんだろう。

 積み上げられている本の題名は、魔道具や魔法陣について書かれたものばかりだった。いくつか俺が読んだ本が入っている。

 背中に嫌な汗が流れる。


 俺の言葉を最後に黙ったままのエリオットは何かを考えている様だが、こちらを探る様な目は俺から視線を外さない。

 周りでは他の生徒が行き交い話す声がしていると言うのに、ここだけは静かだった。

 二人しかいないと、錯覚してしまうほど、何時間にも感じた沈黙は、たった一、二分のことだった。


「本当にお前が見つけたんだな」


 もう一度同じ質問をされる。

 一瞬、頭を横に振ろうかと思ったが、嘘をついても得はないと思いとどまる。


「はい。間違い無いです」

「……グリサラーサの奴に言われたとかではないんだな」

「ネモアに……ですか? 言われたとは何をですか?」


 ネモアが何を言って、俺が見つけたことになるんだ。

 疑問がそのまま口をついて出て、それを見たエリオットは何故か一人で納得した様に頷いている。

 俺の疑問には答えるつもりがないようで、さっさと視線を外すと、本に目を落としてしまった。

 気になることはあるが、エリオットが話すつもりがないのであれば、俺はここにいる意味がない。

 と言うよりは、これ以上ここにいて、先ほどの様な状況になりたくはない。

 背中も服が張り付いている様で気持ちが悪い。


「……では、俺はこれで」


 一応断りは入れてみたが、エリオットが本から顔を上げることはなかった。

 それにどこかほっとしながら、当初の目的である資料作成をすることもなく、寮の部屋へと急いで帰った。

 気持ちが焦り、小走りになっていたが、今はそれを気にする余裕はなかった。

 部屋に入るとドアを背に、ずるずると床に座り込む。


 たった、十五、六歳の子供に追い詰められたことが情けなかった。

 それ以上に、これからも彼に探られるのかと思うと。

 いつかばれてしまうのではないかという不安で、体が小刻みに震えているのに気づいた。

 何故彼は、専門店に行っていることを知っていた? 他に何を知られている?

 暗い思考に引き摺り込まれそうになったとき、後頭部に強烈な衝撃が走った。

 前のめりに倒れ込んだ俺は、痛みを訴える頭を抱え込み、必死で出そうになる声を押しとどめていた。


「ケースケさん? えっ、すみません! 大丈夫ですか?」

「……いや、悪い。俺がこんなところに座っていたからだ」


 今日ほど、内開きの寮部屋のドアを憎く思ったことはないだろう。

 ネモアに後頭部を確認してもらうとたんこぶができていた。

 水で濡らした布を渡されて、おとなしくそれで頭を押さえる。冷たい感触が、少し熱を持って痛みを訴えるそこに心地よかった。


「早かったな、用事なんだったんだ?」

「ヘランドの販売権の話でした。最近、どこかから探られているみたいで、グラヴィスタ家と一緒にその確認と対策を」

「アロディーン家か……」

「え? 何故、そのことを?」


 ネモアの疑問に俺は図書室であったことを話す。

 異世界人だということがばれているのではないかという不安も一緒に。

 黙って俺の言う話を聞いていたネモア。


「……多分、アロディーンが調べているのは魔道具の方でしょう。その中で、ケースケさんが出てきたから調べたという経緯だと思います」


 ネモアは俺のことについて、転移の魔法陣の誤作動で喚び出された人間、という情報しかわからなかったはずだ。と断言した。

 誰にも話していないことを強く答えてくれた。

 エリオットの件については情報が入り次第逐一報告をしてもらうことになった。

 俺の不安が消えたわけではないが、今の時点ではなんとも判断できないので、後回しにするしかない。

 何とかネモアと二人で残っていた資料作成を終わらせると、早めに就寝する。

 ネモアに顔色が悪いと訴えられ、半ば強制的にベッドに押し込まれた。

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