第12話 試験と販売権。

 一週間はあっという間に過ぎ、勉強会をすることで良い復習になった。

 仕事をしていたときは中々物事が覚えられなくて、歳かな? と思っていたが、単に興味が湧いていなかっただけのようだ。

 試験はどれも四十五分で一日に三教科から四教科。

 四日間かけて行われた筆記試験のあと、実技試験が二日間。

 筆記はどれも問題なく、実技については必修ではないので評価が悪くても進級には影響がないらしい。

 高等学に上がってからの選択の道が一つ減るようなものらしいが、もともと体力に自信がある若者でもないので、できればのんびり過ごしたい。

 剣筋はいいらしく、筋力と体力をつけろ、と言われた。


 ネモアは勉強会の成果か数学の手応えがいつもよりよかったと喜んでいた。数学の勉強ばかりしていたから、他は大丈夫なのかと聞くと、数学だけが駄目なのだと答えられた。

 逆に数学以外の筆記が全体的に駄目なウイズは、筆記試験の一日目から徐々にやつれていった。日に日に生気の薄くなっていくウィズだったが、筆記が終わり実技が始まると嘘のように生き生きしていたのが印象的だった。

 ミリィも今回は自信があるようで、彼女の場合は筆記も実技も問題ないので、学年でも上位に入り込むだろう。

 ファンは相変わらず試験の合間に本を広げていて、いつも通りでした、との感想を貰った。ネモア曰く、毎回筆記では上位10位以内に入っているとのこと。


 無事終わった試験の結果が出るのは一週間後で、明日から六日間は試験後休みと呼ばれるものらしい。

 六日間も休みがあることに驚いたが、初等学から高等学までの全ての学年でこの時期試験が行われ、先生方はその採点作業に追われるらしい。

 掛け持ちの少ない先生や手の早い先生は二日ぐらいでその作業も終わるようだが、ほぼ全学年を担当しているような先生になってくると助っ人を頼んでやっと終わるようだ。


「学習発表のチームを一緒に組みたいんだけど、ケースケは問題ない?」


 試験も終わり、寮に帰るだけだと鞄に荷物を入れていたら、ミリィに声をかけられた。

 生徒はすでにまばらで、ミリィ自身も帰る用意を済ませてきているようで、右肩に鞄がかけられている。


「学習発表って?」

「学年末に一年間の学習成果を色々な形で発表するんです。初等学は一年と四年と六年、中等学が一年と三年、高等学が三年の生徒が全学年の前で発表、または、成果を資料にして配ります」

「試験結果が返ってきたら、多分、二時間ほどチームわけに使われるんですけど、事前にチームを組んで申請しても良いんですよ」


 ファンの言葉を引き継ぐ形でネモアが俺の疑問に答える。

 いつのまに来たのか、ウィズも隣にいてとりあえず歩きながら話すことにした。


「チームって何人ぐらいなんだ?」

「一人からでも学習発表は問題ないわ。あまり多すぎると、発表内容によっては個別の評価が下がることもあるけど」

「できる奴に押し付けて、自分の手柄にしようって卑怯な奴らな」

「ウィズ、間違ってはいないけど。もう少し言い方ないの?」


 笑いながら言うウィズをミリィが力いっぱい殴りつける。

 俺としてはなるほどな、と納得してしまったために、笑って流すしかない。

 内容を聞く限り、高校時代の卒業制作に近いのだろう。あの時もクラスでチームを作って、一つの課題に取り組んで発表した。

 確か俺は平社員Aとかポジションを貰っていたような気がする。ノリで社長に課長、係長に係長補佐、平社員Bって完全に遊びだな。


「俺は別に構わないけど。というか、むしろ他のクラスメイトとやるよりは、気持ち的にも嬉しいかな」

「じゃぁ、問題ないわね。ネモアとウィズとファンもそれでいいわよね」

「俺は、ケースケさんと一緒なら」


 ネモアのどこぞの恋人のようなセリフが聞こえたが、ウィズとファンも問題ないと頷いた。

 申請をしておくと職員室に向かうミリィに任せて、俺達は久しぶりに自習室に寄らずに部屋へと帰った。

 流石に試験の後まで自習室で頭を使う気は誰にもなかった。

 俺は読みかけの本も残っているし、今日は読書に当てることにする。

 寮の食堂は試験休みということで、初日の今日から実家に帰っている生徒も多くいつもより空いていた。

 ウィズとミリィも今日の午後には出るようで、帰り支度をしている。

 俺は考えるまでもなく、ネモアもやることがあるらしいので寮で過ごす。寮の食堂は休暇中も開いているらしいので安心だ。

 ファンは寮に残って最近古本屋で見つけた掘り出し物を制覇するらしい。読み終わったら借りる約束をしている。


「ケースケさん、ヘランドへの資金提供の話ですけど」

「資金提供って、結局、販売権を買うのか?」


 この世界での商売の方法は、基本は貴族が資金を提供してその店の販売権を保有する。

 投資した店が儲かるほど貴族の名前も売れ、投資することで店の一切の販売権はその貴族のものとなる。

 貴族だけでなく、販売権を買えるだけの資金力をもっている人間なら誰でもでき、成功した商家が別の店の販売権を手にすることで権力を身につけ、貴族になることもあるとのこと。

 洗濯機の一件から、ヘランドの魔道具の評価はうなぎのぼりらしい。

 ネモア達が実家に送ったことで、貴族の間でその性能の良さが噂になっていると聞いていた。


「そうなんですけど。俺とファンが同時期に実家に送ったことで、ちょっと問題が出てきていまして」

「問題?」

「グリサラーサ家とグラヴィスタ家の両家が同時に話を持ちかけてしまって」

「すみません。俺の方から父には言ったのですが、元々は商家の出のためか、中々諦めきれないらしく」


 聞くところによると、資金提供は早い者勝ちのようだ。

 話はグラヴィスタ家の使者の方が早く着いたらしいが、突然の貴族の訪問に混乱したマルクが悩んでいる間にグリサラーサ家の使者も着いてしまった。

 今まで個人でやってきたマルクは資金提供と言われても何のことかわからず「勝手にしてくれ」と言ってしまったのがまずかったらしい。

 最初にヘランドの魔道具を見つけたのは俺とネモアになるのでグリサラーサ家だが、商売人のグラヴィスタ家の使者が先に着いたから、とどちらも譲らないようだ。

 平行線の攻防の中、他の貴族も名乗りを上げてきて、一層厄介になってきているとのこと。


「連日ヘランドに貴族の使者が押しかけるので、マルクさんも我慢の限界だったようで、遂には店を閉めてしまって」

「ちょっと待て、それっていつからだ?」

「俺が話を聞いたのは三日前です。店を閉めてから二週間になるようです」


 閉めたということは、商品開発はどうなっているんだ。

 マルクの作る魔道具は俺の世界に近いし、マルクの技術者としての腕も相当のものだ。

 それが貴族の押し売りの所為でなくなるなんて。


「それで、マルクさんからケースケさんに伝言がありまして」

「なんだ?」

「代わりに決めてくれ、だ、そうです」

「はぁ?」


 代わりにって、販売権を渡す貴族をか?

 眉間に深く皺が刻まれていることがわかる。

 その上、申し訳なさそうな顔をしているネモアとファンが目の前にいて、まだ何か問題がありそうな顔をしているものだから。

 いやな予感しかしない。


「……一般的に考えれば、俺はグリサラーサ家が後見人のわけだから、グリサラーサ家だよな」

「グラヴィスタ家がケースケさんの後見も、と言われてきているんです」

「後見って、何人からも受けられるものなのか?」

「いえ、グラヴィスタ家の後見を受けた場合、グリサラーサ家の後見は無くなります。それで、ケースケさんが転移の魔法陣の誤作動でグリサラーサ家が後見しているのを知って、父が選ばせる権利があると言って引かないんです」


 すみません。と頭を下げるファン。

 このままグリサラーサ家の後見だから、と推し進めても良いとは思うが、なんとなくそれだとグラヴィスタ家に角がたちそうだ。

 それがあるからネモアも困っているのだろう。

 グラヴィスタ家を納得させるには、一度ファンの父親と話をする必要があるかもしれない。

 その時は、グリサラーサ家、ネモアの父親も一緒にいる方が好ましいだろう。

 他の貴族には後出しということで諦めてもらおう。

 試験期間中にネモアとファンがこの話をしなかったのは、休暇に合わせたためか、単に試験中だったからか。

 早速話し合いの場を設けられないか確認して、二日後にヘランドに集まることになった。


 販売権とは資金提供者と、物品・技術などの製作の責任者との書面で交わされた契約により成り立つ。

 学業で功績をあげるのと同じく、新たな技術を生み出し世の中を豊かにした者にはそれなりの地位が与えられる。

 マルクの作った魔道具の製作方法は、新たな技術を生み出したと十分に言えるし、その魔道具の性能の良さは、使った者なら誰でも納得するものなので、世の中を豊かにすることは確実だろう。

 販売権を得るということは、その技術を管理することができ、技術を使用する際には相応のお願いが必要になる。

 また、類似の技術が出てきた際には、正式な手続きを行うことでその一切の販売を停止させることができ、または、多額の使用料の請求を行うことができる。


 ノートに資金提供と販売権についての内容をまとめた俺は何度もそれを読み返す。

 ネモアとファンに資料となる本を探してきてもらい、寝る時間を惜しんで隅々まで読み込んだ。

 どの資料も一番はじめに書かれているのが「販売権とは……」で始まる一文だ。

 次に続くのが正式な販売権の取得と資金提供についての書類の書き方。

 そして、まとめた内容がもっと専門的な言葉で書かれている。

 販売権について書かれた本自体はあまり多くはなかったが、どれも商売や流通、技術のことを知っている前提で書かれているので最初はなんのことかわからなかった。


 最終的にまとめると、日本で言うところの特許権のようなもので、思った以上に販売権の効力が強いということだ。

 類似だというだけで手続きさえ行えば、完全に違うという立証が行われない限り、裁判に勝ったようなものだからだ。

 マルクの作る魔道具は確実に新しい技術と言える。また確実に売れて、今後伸びると予想される技術なので販売権を求める人が多いのは必然だった。

 マルク自身にも貴族の地位が与えられるかもしれない程らしい。


 話し合いの前に少しでも情報を得ておこうと考えてまとめてみたが、わかったのはこの問題がとても厄介だという事実だ。

 最悪、グリサラーサ家が後見人だからとグラヴィスタ家に押し切ろうと考えていたが、本気で納得させないと後が怖い。

 夜道で人知れず、なんて光景が脳裏に浮かんでは消える。

 ネモアとファンと俺で馬車に揺られながら、話し合いの行われる場所へと向かっているのだが、会話は一切ない。

 重苦しい空気の中、何事もなく馬車は進み、予定の時刻より早くかすかな横揺れをして馬車は目的地の建物の前で止まった。


「城……」


 思わず呟いた俺は、目の前に悠然と建つ高い壁を見上げていた。

 場所を詳しく聞かされていなくて、迎えにきたグリサラーサ家の使いだという人の馬車に乗り込んだが。

 まさか城に連れてこられるとは思ってはいなかった。

 精々、グリサラーサ家かグラヴィスタ家の屋敷で行うのだと思っていたのに、格好は小綺麗とはいえ正装ではない。

 それは一緒にきていたネモアとファンも同様で、呆然と城を見上げている。


「王家が介入するほどに、凄い技術ということですか」

「介入って……」

「マルクさんに何らかの地位が与えられるのは、確実といったところですね」


 馬車を降りてすぐにやってきた案内人の人に連れられ城の中を歩く。

 ネモアとファンの話によると、国の名だたる貴族が販売権を求め、ヘランドに押し寄せていたらしい。

 考えられることとしては。

 どうにも収集がつかなくなりそうだったときに、マルクの俺に一任するという言葉。

 当然、後見人であるグリサラーサ家に話がまとまるかと思えば、転移の魔法陣の誤作動によることが知れ渡り話がややこしくなった。

 そこに俺がグリサラーサ家とグラヴィスタ家に話し合いを持ちかけたことで、他の貴族の心は穏やかではなかったのではないかとのこと。


「ケースケ・ク・グリサラーサ様、ならびにネモア・グリサラーサ様、シィスファ・グラヴィスタ様がおつきです」


 両側に鎧をきた兵士が対面する大きな扉の前で、案内役の人の声が響き渡る。

 しばらくして内側から開けられた扉の中は会議室のようで、すでに集まっていた二十人ほどの人の視線が一斉にこちらへと向けられた。

 その中にファンの父親を見つけるが、安心などできない。いますぐここから立ち去りたい。


「入れ」


 一番奥に座っている人の声で、軽く頭を一度下げ、中に入る。

 案内されるままその人と正面から向き合う形で、入り口に近い場所の席の隣に立った。


「カルディナだ。現在、この国の王をやっている。貴殿がヘランドの店主の代理か?」

「はい。ケースケ・ク・グリサラーサです」

「グリサラーサ家とグラヴィスタ家に話し合いを持ちかけたそうだが、貴殿はグリサラーサ家の後見であったな。それは何故だ?」

「ヘランドの店主、マルクさんに私は代理を頼まれました。頼まれたということは、信頼されたと言うことでしょう。なれば、少しでも彼の為になるように行動しようと思った次第です」


 実際に信頼されているかどうかは別問題だが、マルクの製作意欲をそぐ今の状態ははっきり言っていただけない。

 この状況をどうにかするためには、一刻も早く資金提供者を決めればいい。


「では、他の貴族を呼ばなかったのは何故だ?」

「販売権の契約についてはどなたにもあることは理解しております。ですが、早いものに譲られるのが、暗黙の了解と聞いております。ヘランドの技術に気づいたのは私なので技術を発見したのはグリサラーサ家が先です。ですが、実際に契約を持ちかけたのはグラヴィスタ家が先になります。そして、話が広まってから動かれたということで、申し訳ないですが他の方は候補から外させていただきました」


 言い切ると室内に集まっていた貴族がかすかにざわめく。ただ、販売権の契約について早い者勝ちというのは誰もが知っている半ば常識のようなものになっているので、渋い顔をしながらも反論の声は上がってこなかった。

 カルディナ王が顎に手を当てしばらく考えると、再度こちらをみてくる。


「ケースケと言ったな、貴殿は転移の魔法陣による誤作動でこちらにきて、グリサラーサ家が後見をしていると聞いているが間違いはないか」

「間違いありません」

「では、グラヴィスタ家の後見を受けるつもりか?」

「受けるつもりはありません」

「では、グリサラーサ家とグラヴィスタ家に話し合いを持ちかけた真意は?」


 息つく暇もなく問いかけられるカルディナ王からの質問。

 間を空けずに答えていた俺だったが、最後の質問に着いては三者で話し合いながら解決しようと考えていたので、真意などあるはずがない。

 しかし、それをないと答えていいものか、カルディナ王の探るような視線に小さく息をつくと、一つ瞬きをして見つめ返した。


「それを話し合うために、です」


 嘘を言っても仕方がない。

 その場しのぎの言葉はすぐに崩れるものだ。

 それも一国の王様に対して、嘘を突き通すことなんでできる技量が自分にあるとは到底思えなかった。

 しばらく見つめあったあと「うむ」と満足そうに頷いたカルディナ王は、グリサラーサ家とグラヴィスタ家以外の貴族に退室を命じた。

 大人しく部屋を出て行く彼らに少し安堵を感じながら、話し合いをするためにまだ一度も座っていない席に腰を落ち着けるのだった。


 楕円形の大きな机と周りに並べられた十数もの椅子。

 部屋の入り口の角に、四角い机がひとつずつ置かれ、ペンとインクが机の上に配置されていることから議事録を取る場所なのだと予測する。

 右側の壁には黒板が、左側の壁には材質の違う板が貼られていて、よく見るとところどころに穴が空いている。

 会議室と思われる部屋の中には、机などを除けば百人ぐらいならなんとか入りそうなほど広い。

 メインとなる中央の楕円形の机も今は十数しか椅子は置かれていないが、その感覚は広く、間に二、三個は椅子が並べられそうだ。


 そんな中に残っているのは、カルディナ王、グリサラーサ家当主ダンガル、グラヴィスタ家当主ジーダン、ネモア、ファン、俺の六人と、従者数名。

 カルディナ王の左右には騎士が立っていて、各当主の斜め後ろには従者が立っている。

 ネモアとファンはそれぞれ父親に呼ばれて、隣に座っているから、俺の側にいるのはここまで案内してくれた人だけだ。

 すぐ後ろに入ってきた扉がある。

 今なら逃げられるのではないだろうか、と逃避が頭に浮かぶ。


「さて、今回のヘランドの販売権についてだが、代理人である貴殿の考えをまずは述べてもらおうか」


 いきなり始まったカルディナ王の言葉に、どうやって逃げようかと思考していた俺は、改めて会議の席に着いた人たちを見つめる。

 グリサラーサ家当主、ネモアの父のダンガルには学院にくる前に会っていたが、こういう場所で会うのとは雰囲気が違う。優しく物腰柔らかな感じだったのに、今は貴族の当主らしく威厳たっぷりで真一文字に結ばれた口に変なプレッシャーを案じる。

 対するグラヴィスタ家当主、ファンの父のジーダンだが、インドアで丁寧な委員長系のファンに対して、肌は健康的に焼けてがっしりとした太い腕が服の上からもわかる姿は、海の男を思い起こさせた。

 目の前に座るカルディナ王は、意思の強い瞳をまっすぐにこちらに向けている。質問一つにしても、嘘を許さない鋭い目に見つめられると、睨まれている訳でもないのに勝手に筋肉が硬くなってしまう。

 三対六つの強い視線がこちらに向けられ、なおかつこちら側にいて欲しかったネモアとファンの四つの視線が加わるとちょうど十の目。

 企画会議などでも向けられたことのない、真剣なその視線にゆっくりと深呼吸をして緊張を落ち着かせる。


「まず、こういった場での礼儀などの勉強不足で、至らないところがあるかと思いますが、お許しください」

「そうかしこまらずでもよい。貴殿の事情はグリサラーサ家とオケアノス学院からも話に聞いておる」

「ありがとうございます。それでは、私の考えを述べる前にいくつか質問をさせてください。販売権については、本で得た知識しかありませんので」


 カルディナ王とダンガル、ジーダンの同意を受けてヘランドの技術と販売権についての確認を行う。

 まずは、マルクの作った魔道具についてでが、彼に聞いた話では、三年前から開発を始めていたと聞いていたので、何故、今まで公に出てこなかったのかという疑問。

 ジーダン曰く、使用している魔法陣が最低ランクであることと、一見、魔道具に見えないためガラクタだと思われていたとのこと。

 貴族はより良い魔道具はより良い魔法陣という意識が強いため、マルクの魔道具を買うことがない。逆に一般家庭においては、いくら最低ランクとはいえ魔道具はそう簡単に手が出るほど安いものではない。

 ましては、最低ランクの魔法陣の通常の魔道具よりマルクの魔道具は高いため余計に買い手が少ない。

 いままでの良く言えばシンプルな見た目の魔道具しかなかったため、同業者からはガラクタと呼ばれる始末。

 何故、あれほど素晴らしい魔道具だとわかったのか、とジーダンかあ質問が上がり、事情を知るネモア以外の視線が集まる。


「私は、転移の魔法陣で喚び寄せられるまで、魔法を見たことがなかったので、魔道具がただの箱だったことの方が不思議でした」


 授業で魔法陣を作るのが難しく、魔法が複雑だと思っていたので、余計に他で工夫をした方が良いのではないかと思ったことを付け加える。

 それに対してはマルクの技術を目の当たりにした後の所為か、言われてみれば、といった形なのだろう。全員が納得をしていた。

 その後も魔道具についていくつか質問をして、わかったことはマルクの技術がどれほど現在の常識の枠を超えていたかと言うこと。

 青天の霹靂、コペルニクス的転回。

 衝撃的でかつ今までの常識をひっくり返した。


「ヘランドの店主には、相応の地位が必要だろう。すでに国も動き始めておる」

「ならば、マルクさん自身が販売権を所有することは可能でしょうか?」

「販売権という原理的には問題がないが、いつ他の者に乗っ取られるかわからん。そうなれば彼自身に危険がおよぶ可能性がある」


 販売権は有能な者を守る防壁になっている。

 名のある貴族であればあるほど、その防壁は確固たるものになるだろう。

 だが、今回の場合は、今までにない技術、誰もが欲しがる技術。最初に集まっていた貴族たちもそれぞれがグリサラーサ家やグラヴィスタ家に並ぶか、それ以上の家だろう。


「グリサラーサ家にしてもグラヴィスタ家にしても、今回の販売権を得るということは大変危険なことではないですか?」


 俺の言葉に解ってはいたのだろう、両家の当主とカルディナ王の表情が固いものとなる。

 ネモアとファンも気づいてはいたのか、顔色が悪い。


「販売権について確認なのですが」


 重苦しい空気に包まれた中、俺はここまでのやりとりで思いついたことを頭の中でまとめ始めた。


「販売権をグリサラーサ家とグラヴィスタ家で持つことはできないのですか?」


 色々と調べている時も、現在の話し合いの中でも、販売権の所有者の立場の危うさを感じていた。

 所有者がなくなりその後継者がいない場合、別の者が販売権を得ることが可能だったからだ。

 集まっていた貴族があっさりと引いたのは、なんとかすれば、後からでも手に入れることができるという考えがあるからだろう。

 グリサラーサ家もグラヴィスタ家も権力を持つ貴族、とはいえ、多勢に無勢となる。


 ならば、その狙われるリスクを分散してしまえはいいのではないか。

 一人をどうにかすることは簡単でも、それが二人となると話はややこしくなる。片方の権利を奪っても、もう片方が中に浮いた権利を使用することができる。

 まぁ、奪う側が両方同時や複数人でくるという可能性もあるだろうが、それでも一人で管理しているよりは危険性は下がるはずだ。


 仮にもし権利が奪われたとしても、分散して持たないといけないと最初から取り決めをしておけば、以降も力が集中することを防げるだろう。

 そして、今後同じようなケースの問題が発生することを考慮して、販売権を分散する場合は王家が立ち会うという決まりを作る。

 勝手に分散契約して、貴族同士の問題がでる可能性があるからだ。

 王家はあくまで監視者としての位置付けで、あえて、販売権を保有しないことで貴族からの反発を防ぐ。


「なるほど、面白い考え方だ」


 ただの案でしかないので、それぞれに付随する問題点は多々出てくることだろうが。

 販売権を得るための資金提供と聞いて、一時期興味を持っていた株のことを思い出した。

 大学時代に先輩が株で大儲けした、という話を聞いて、色々と調べてはみたが、結局面倒になり行動に移すことはしなかった。

 こちらの世界では、販売権についても後見人制度についても、なんらかの投資をするのは大半が貴族だ。


「資金の提供学や利益の分配については、マルクさんと権利保有者のグリサラーサ家とグラヴィスタ家で話し合って決めてください」

「代理人の貴殿が今決めたら良いのではないのか?」

「私はあくまでも、販売権についての代理だと認識しているので。それ以外については、決めるつもりはありません」


 本音はお金の話をされてもどれほどが妥当なのかわからないし、これ以上厄介ごとに関わりたくない。

 王家と貴族という、国の役員と呼ばれるべき方々と対峙しているこの状況は、精神的にとても疲れる。

 その上、こちらの常識はまだ勉強中で、どこで勘違い非常識を出してしまうかと話す内容に気を使うため、常に話すだけで頭は処理能力過多で壊れそうだ。

 資金や利益については、マルクと権利者とで後日話し合いの場ば設けられることになった。

 続いて始まった分散についての書類や、販売権の新たな規則についての内容に、カルディナ王の許可を得て退室する。

 流石に国の法律や政治に参加したい訳ではない。

 精神的疲労で今すぐにでもベッドに入って寝てしまいたい。


 部屋から出てきたネモアとファンと共に、行きと同じく馬車に揺られながら、俺はいつの間にか寝てしまっていた。

 小さい頃からあまり夢を見たことがなかった。

 実際に夢を見る時も、起きた時には楽しかったとか悲しかったとか漠然とした感覚しかなくて、夢自体の内容を覚えていることはなかった。


「皆井、遅れるぞ」

「課長……?」


 机と椅子しかない、窓の外はビル壁に囲まれた殺風景な室内。

 せめてもの癒しにと観葉植物が壁際に飾られているが、あれが作り物なので水やりは必要ないと入社後すぐに教えてもらった。

 少し型の古いパソコンの画面を眺めていると、後ろから声が掛けられた。


「何呆けているんだ。先方さん、お待ちだぞ」


 言いながら資料を渡されて、今提案中の案件名がそこに書かれていた。

 慌てて自分の鞄を持って、ネクタイを軽く締め直す。

 室内に残る同僚や先輩後輩に軽く挨拶をして、先に外に出た課長の後を追いかける。


「お前もそろそろお得意先の一つや二つぐらい作らないとな。今回はいい機会だ。リーダーとして色々やってもらうからな」

「はい」

「たく、返事だけは良いんだからな」


 笑いながら言う課長は俺がまだ新人だった頃からなんども怒鳴られた怖い先輩だ。それは今でも変わらないが、落ち込むと飲みに連れて行ってくれるし、大きなミスをしてしまった時には一緒に頭を下げて回ってくれた。

 いつか、こんな人生の先輩に俺もなりたい。

 そう思うほどには憧れを持つ人だ。本人に言ったことはないが。

 今日のお客さんは会社から二駅のところにある中堅企業だ。

 コストカットを目的に、一部紙媒体で行われている業務をシステム化したいという要望を受けている。

 その提案を前から続けていて、打ち合わせもすでに何度か行なっている。

 駅のホームで課長とたわいない話をしながら、俺は電車がくるのを待っていた。


「皆井。お前に言っておかなくちゃいけないことがある」

「なんですか?」


 突然フランクだった話し方から、真剣な話をするとき特有の少し低い落ち着いた声になた課長に顔を向ける。

 じっと向かいのホームを見つめている課長の横顔には、渋い皺が刻まれていて、でも仕事のできる男の後ろに撫で付けられた髪が年齢を若く見せている。

 こんな距離で課長の真剣な横顔を見ることなんて滅多にない。

 そんなことを考えながらも、声と共に真剣な顔の課長の次の言葉を黙って待つ。


「今の若い奴はすぐに諦めて辞めてしまう。でも、お前は俺の古臭い説教もしっかり聞いて、自分で判断した上で行動できる奴だ。たまに間違えることもあるが、次に生かせる奴だ。……けどな、俺は少し聞き分けが良すぎるとも思っている」

「……なんですか、突然」

「いまどき珍しく、素直な奴だぞ、皆井は。しかし、少しは我を通してもいいんじゃないか?」


 そう言って振り返った課長の顔には、滅多に見せない笑顔が浮かんでいた。

 目元を少し下げ、口元が緩やかに上がっているだけだったが、普段は厳しい顔をしていることが多い課長にとってはとても柔らかい微笑みだった。


 その瞬間、俺は思い出す。

 これは、入社一年目の忘年会で課長に言われたことだ。

 あの時に初めて俺は課長のこの微笑みを見たのだと。

 ホームで人が行き交う雑音や、鮮やかだった周りの景色がだんだんと遠ざかっていく。

 滑り込んできた電車のドアが開き課長が乗り込む。俺はただそれを眺めていた。

 閉まったドアを見つめていると、ゆっくりと電車が発車する。それとともに景色はタイルが一枚ずつ剥がれ落ちるように崩れていく。

 ある程度小さくなると、最後はガラスが割れたように崩壊し、世界は黒一色で埋め尽くされていた。


 なんでいまさら、日常の夢なんて見たんだろう。

 なんでいまさら、課長の言葉なんて思い出しんたんだろう。


「ケースケさん?」


 ゆっくりと開けた目の前には、ネモアの不思議そうに首を傾げた姿が映った。

 いまだ馬車は揺れていて、窓に映る景色を見るに、俺が寝ていた時間は二十分から三十分ぐらいだと予測できた。

 そんな短時間で夢など見れただろうか、と思考を飛ばしながら、頬を何かが伝うのを感じた。

 何かではなく涙だったのだが。


 驚いた顔で一瞬固まるネモアに、隣に座っていたファンも息を呑んでいた。

 子供の前でいい大人が情けない。

 そう思うのに、嗚咽もなく流れ続ける涙の止め方がわからないまま、また、瞼を閉じた。

 もう一度、夢を見れるだろうか、そう思いながら。

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