第11話 試験週間。
魔法陣について一週間のうち一、二回の頻度で自習室を借りて実験を繰り返し、実験結果をノートにまとめていく。
俺とネモア、ウィズ達を含めた五人での作業になったため、再度、魔力切れを起こすことはなかった。
人数が増えたおかげで、色々な意見も聞けて概ね順調だ。
三ヶ月かけて、わかったことは五つ。
一つ目は魔法陣の大きさを変えると威力が変わるものがあること。
威力が変わる属性は、水属性と風属性の魔法陣。
どちらも初級の魔法陣では水と風の一要素しか描かれていないためだと思う。風属性の魔法陣の中でも留まらせる構成の魔法陣についての威力はあまり変化がなかった。
二つ目は魔力の量によって魔法の威力に変化がないこと。
各魔法陣には発動に必要な最低限の魔力がある。それ以下だと魔法は発動しないが、それ以上でも威力は変わらない。
これは魔法陣の大きさを変えた場合も同様で、小さい魔法陣でも大きい魔法陣でも必要な魔力量は一定だった。
まぁ、魔力量を完全に数値化しての確認はできていないので、多少の誤差はあるだろうが、大体は同じだろう。
三つ目は使用する場所によって威力が変わること。
地属性の初級の魔法陣は小さな土の塊ができるもの。
普段の授業や自習は基本的に室内で行われるが、室内で土の塊が出現することに違和感を覚えたのがきっかけだ。
まだ、水については空気中の水分があるからと考えていたが、土はどこからやってきたのか。
試しに地面に魔法陣を描いて発動すると、室内で行うよりスムーズにより頑丈なものが出現した。
これは他の火、水、風の属性に対しては直接描くことができなかったが、それでも、近い場所に置いておくと多少威力が上がったように感じる。
四つ目は複雑な魔法陣には繰り返し要素が含まれていること。
繰り返しといっても同じ模様が繰り返されているとか、そういうわけではないが。
例えば中級の風属性の魔法陣でいうと、風を起こす要素と風を回転させる要素が、徐々に複雑になりながら構成されている。
効果は小さな竜巻が発生する。
発動された時の動きをよく観察すると、起こして回転させてといった感じで風が動いていることに気づいた。何十回と行った観察のおかげだろう。
五つ目は基本と呼ばれる属性の魔法は火、水、風、地と木でないかということ。
これはまだ仮説でしかないが、火属性の魔法陣の大きさを変えた時に威力が変わらなかったことと、ヘランドでの洗濯機でもあったこの世界の常識について思うところがあったからだ。
火を燃やすと言った点で、可燃性のものとして最初に考えていた木。
風を止める魔法陣の境界線の部分。
木を扱う魔法陣が複合魔法と呼ばれる、高度な魔法陣だというこちらの常識。
まずは同じものと考えていた初級の火属性の魔法陣の三角形の部分と風属性の魔法陣の留まらせる境界線、これがまったくの別ものだった場合。
火属性の魔法陣に使われている三角形の部分が木属性の要素で、それは魔法陣の複雑さによって燃える時間や炎の大きさが違う場合。
火属性の魔法陣をいくら大きくしても、可燃性の部分の性能は変わらないので同じ威力の魔法が発動された。
また、木属性を構成させようとする魔法陣は、植物を実際に実装しなくては行けないため高度な魔法陣になっているのではないか。
そう考えると基本と呼ばれている属性に、木がもともと入っているのではないかという考えだ。
最後のものについては俺の思いつきで、確証もないのでまだ誰にも言っていない。
風属性の魔法陣の留まらせる境界線が何かと、他の火属性の魔法陣についても色々と観察していくのが当面の目標になる。
「試験?」
最近、日の落ちる時間が遅くなってきた。
日本で言うところの夏が近づいてきているらしいが、湿度はそんなに高くはなくノシルフィには梅雨が存在しないらしい。
逆にイエルザは一年中湿気に覆われていて、この時期は地獄だとウィズから話を聞いた。
いつも通り授業を受けて、担当教師がここまでが今回の試験範囲だと言う話に俺はしばらく固まった。
すぐ隣にいたファンに確認すると、一週間後が試験だという話。
授業は基本的に休まずに出席していたし、朝に行われる先生の連絡事項もちゃんと聞いていた。
聞き漏らしていたのだろうか? と確認すると、毎年恒例なので、事前にお知らせはないとのこと。
いやいや、試験勉強とかどうするんだよ。
「試験といっても、普段授業でやっている内容の確認ですから。特に気を張る必要はないのですよ」
「そうなのか」
「そんなわけあるか!」
ファンの言葉にそう難しいものでもないのかと納得しかけた俺にウィズが素晴らしい速さでツッコミをいれる。
隣でミリィも苦笑いを浮かべていることから、どうやら、中学や高校でいうところの中間試験みたいなものだろうとあたりをつける。
今まで授業中に小テストとか実施されなかったから、定期試験とかはないものかと思ったが。
意外にしっかりとしているらしい。
ネモアに目を向けると、どこか蒼い顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「……試験?」
「え? ネモア、もしかして忘れていたの?」
ミリィの言葉に顔色の悪いネモアは緩く首を縦に振る。
普段のネモアを見ている限り、極端に勉強ができないようには見えないが、何かまずいことでもあるのだろうか。
首を傾げていると俺の様子に気づいたネモアは何度か口を開閉して結局何も言わずに黙り込んだ。
事情を知っているかと他へ目を向けるが、気まずげに目をそらすウィズとミリィ、何のことかわからないといった感じのファンがいるだけだった。
ウィズ達と別れて部屋でネモアと二人になった俺は、いまだに顔色の冴えないネモアが心配になる。
定期試験のようなものだと軽く考えていたが、もしかして、時間のかかる事前準備などがあるのだろうか。
「ネモア、試験のことだけど」
「はい……」
「何か特別なことをしないといけないのか?」
恐るおそる質問すると、ネモアはしばらく瞬きしたあとゆるゆると首を横に振る。
それじゃ、どちらの意味かわからないんだが。
首を傾げると、少し悩んだネモアは大きく息を吐き出すとこちらに向き直った。
「試験は基本的に筆記です。剣術とかの実技は通常授業の評価点が使用されるので試験自体がないです。実習は実際に作成した課題を提出するものがあるので、来週提出の薬草学の課題がそれにあたります」
「そんなに難しいものなのか?」
「筆記試験は、ケースケさんの普段の学力を見る限り、しっかりと復習さえしていれば問題ないかと」
「ネモアはなんでそんなに落ち込んでいるんだ?」
「それは……」
視線を左右に迷わせた後に、心を決めたのか真剣な目がこちらを見つめてくる。
それほど意気込まなくてはいけない内容なのだろうか。
「今まで隠していましたけど、俺……っ」
そこでまた言葉を切ったネモア。
そのまま、何度か、俺、俺と繰り返すネモアによほどのことなのかと緊張が漂う。
俺に関係あることか? いや、それならウィズやミリィが何か知っている様子だった理由がわからない。
一体何をいわれるのか。そうぐるぐると思考を飛ばし始めていた俺にネモアは強い視線で半ば睨みつけ。
「俺! 数学ができないんです!」
「……へ?」
「だから、試験はいつも一ヶ月前から勉強していたのに。忘れているなんて、その上、ケースケさんにも試験があることを言っていないとは……。本当にすみません」
頭を下げるネモアに想像の斜めを上をいく内容に、しばらく頭が真っ白になった。
なんとか回転し始めた頭でネモアを再度見ると、この世の終わりのような顔をしていて、本当に数学がでいないのだろう。
言ってはなんだが、今やっている数学は小学校高学年で覚えるような内容だ。
薬草学や民族学、魔法学などが充実している一方。数学や語学といった分野はあまり発達していないこの世界では、確かに教えられている内容もどこか周りくどい。
すでに勉強しているから俺には問題ないが、確かに他のクラスメイトなどは必死に授業内容のメモをしていた記憶がある。
ネモアもそうなのだろう。
確かにあの授業内容じゃ、わかるものもわかり辛くなっているような。
「俺でよかったら教えようか?」
あまりにも落ち込むネモアについついそんな言葉をかけていた。
一時期、親戚の子供の家庭教師をやっていたので、教えられないことはないだろう。
さっそく次の日からネモアに数学を教えることになった。
最初は二人でやるため部屋で行う予定だったが、ウィズ達もテスト勉強をするらしく、それなら自習室を借りて皆でやろうということになった。
発案者はミリィだ。
午前中は授業で夕方からは自習室で勉強会、寮の部屋には寝に帰っているようなものだと最近感じる。
ファンは早々に課題を終わらせて本を読んでいる。
たまにウィズやミリィの質問に答えているが基本的には読書が中心だ。
記憶力が良いらしく授業中にしっかり聞いてさえいれば、直前に確認する程度で大丈夫なのだという。
ファン曰く、本を読む時間が欲しかったらしい。
逆にウィズは典型的な体育会系で、普段のネモアと同様に一ヶ月前から試験勉強を始めているとのこと。
勉強方法はひたすら書いて覚える。
授業中にとったノートを別の紙に書いては消しての繰り返しをやっているようだ。
今は詰めの段階のようで、覚えた内容があっているか順番に問題を解いている。
暗記が一番苦手なのがミリィだ。
文章などから問題の答えを読み解くことは得意のようだが、歴史や種族の特性とかとなると中々覚えられないらしい。
なんとか覚えようと紙を紐で束ねた手作りの暗記帳を見たときは、そういった商品は売ってないのか? と聞いてしまった。
ネモアはなんというか。
「ケースケさん、何故、三分の一掛ける二分の一が六分の一なんですか?」
納得できないと覚えられない分類なのだろう。
ちなみに、これを授業でやったときは、下の部分は下の部分で、上の部分は上の部分で掛けるといった簡単な説明だった。
確かに、解き方はそうなるのだけど。
教科書にも解き方は書いてあるが、そちらの説明はよくわからなかった。
分数自体の説明では、三等分したうちの一つとか、リンゴに似たククアの絵で説明が書かれていたのに、計算問題になると途端にこういった説明が多くなる。
「まず、ククアを三等分するだろ、掛けるだから、その一切れを今度は二等分する。これで、三分の一にしたものをさらに二分の一にした」
実際に持ってきていたククアを目の前で切り分けながら説明する。
こういったものは実際にそうなったところを見た方が早い。
「三等分したものを二等分するわけだから、残りの二切れも同じく二等分すると、六等分したことになるだろ。だから、三分の一掛ける二分の一は六分の一になる」
「あ、なるほど……。」
「で、約分の場合だが。例えば、三分の二掛ける二分の一の場合、三等分した二切れを二等分して、それぞれから一切れとるわけだから、六等分した内の二つってことになるよな」
「はい」
「でもって、この二つをくっつけると、三等分したやつの一切れと同じになる。だから、約分すると三分の一となる」
「確かに……」
切り分けたククアをくっつけながら言うと納得できたのか、早速問題を解き始めている。
もっとわかりやすい説明の方法もあるだろうが、ネモアが納得するためには事細かに難しいことを言うより視覚的な方がわかりやすいみたいだ。
家庭教師をしていた親戚が同じタイプだったので、思った以上に教えやすい。
たまに説明を始めるとウィズも聞きにくるので、評判は上々のようだ。
俺自身は学生時代に公式をひたすら覚えるだけだったので、何でそうなるのか、については深く考えたことは少なかった。
日本の教科書は公式の成り立ちの部分まで細かく説明が書かれているので、そういうものなのだ、という認識しかなかった所為なのかもしれない。
今更、大学で覚えた数学の公式とか思い出そうとしても無理だと思うが、小学校から高校ぐらいの間のものなら大まかではあるが何とかなる。
問題が解けて年相応に喜んでいるネモアを見ながら、教師になるのも悪くないかもな、と調子の良いことを考えてしまう。
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