第7話 実習と実験。
魔法陣の授業は基本的に実習になる。
実際に魔法陣を描いて発動するかどうかを確認する。化学の実験に近い。
授業で教えてもらえるのは、魔法陣の描き順とその効果。最初に教師が黒板に魔法陣を描き。各自が魔晶石を溶かした液体で木版に描き込む。
魔晶石を溶かした液体は魔法液やマジックインクと呼ばれている。
今までの授業では教えられるままに魔法陣を描いていた。
先生もそういうものだという教え方しかしなかったし、授業数が多すぎて考える余力がなかった、と言い訳じみたことを考える。
よくよく考えると、描き順や描くモノが決まっているのだから、そこには何かしらの法則があるはずだ。
早々にこの授業の分の魔法陣を描いて確認を終えると、今までに教えてもらった魔法陣を見返す。
魔法陣のほとんどが円で囲まれている。
最初に円を描き、内側に色々な模様を描き加えていく。
模様と言っているが、文字や記号らしきものが崩れて繋がったようなもので。自動翻訳機能を通しても翻訳されないということで模様と呼んでいる。
簡単なものであれば、小さな火を起こす魔法陣で、円の中に三角形を描き上から水滴を落としたようなものだ。
一瞬しか火は発動しないが、魔法陣の実習で始めに習うのがこれだ。
威力や強さ、効果が複雑になるに従って、魔法陣の模様も複雑になっていく。その上、描き順を一つでも間違うと魔法が発動しないのだから覚えるだけでも大仕事だ。
まずは法則性を探すために似ている部分を順に分解していく。
円、四角形、三角形、文字とノートに分解前の魔法陣と効果が近いもの、分解後の各部分が近いものと表を作っていく。
黙々とその作業を続けていたが、隣から視線を感じて頭を上げた。
「……何か用事か?」
「何しているのかなって、思ったのよ」
いつのまにきたのか、隣の席に座っていたミリィは俺のノートを覗き込んできた。
「魔法陣よね? バラバラだけど」
「ああ、それぞれの意味がわかったら、理解もしやすいんじゃないかと思って」
「意味って、魔法陣の効果のこと?」
「魔法陣を組み立てているそれぞれの模様の意味」
どう説明していいかわからずに、簡潔に述べるとミリィは眉を寄せ首を傾げる。
何をどうしたいのかと聞かれても、今まで魔法陣に法則性を求めた人がいたのか、そういう考え方があるのかがわからない。
今やっている作業をそのまま伝えると、ミリィは再度、色々な表を書いたノートを覗き込んだ。
「法則ね。面白いこと考えるわね」
「そう言った考え方ってないのか?」
「魔法技師とかならそういったことを研究しているかもしれないけど。一般ではすでにできた魔法陣を使うから構造的なこととかは考えないのよ」
授業で説明がないのもそのためだという。
もっと学年が上がれば魔法技師を目指す生徒も出てくるから、そういったことを教える授業もあるらしいが、中等学に上がってからだという。
ミリィはそれ以上の興味がないのか、自分の課題に戻っていった。
実習中に魔法陣の分解と表作りを終えた俺は、もっとも形式が多い火属性の魔法陣について重点的に調べることにした。
座学の合間を見つけては、自分なりに資料を作成していく。
火属性の魔法陣には、必ずと言って良いほど火種になる部分がある。
水滴のようなものだったり、渦を巻いているものだったり、文字らしきものもある。発動時の威力が強い順に並べると、文字、渦、水滴といったところだ。
あくまで火種であり、マッチかライターかバーナーかという違いという印象だ。
燃えている時間や、炎の大きさ、熱量などは可燃性の要素によって異なっている。
火を燃やすという点で、一番はじめに思い浮かんだのは木だった。
初級の火の魔法陣がマッチで火をつけたような感じだったので、三角形の部分は木を表しているのではないかと考えた。
しかし、基本と呼ばれる魔法の属性は、火、水、風、地で。木を扱う魔法は複合魔法と呼ばれる属性であり、高度な魔法陣を必要とする。
火種となる部分が簡単であるために、可燃性の要素の属性が複合とは到底思えず、次に考えたのが空気だ。
基本の属性の中に風が含まれるため、風属性の魔法陣についても表をまとめる。
風属性の魔法陣には、二通りの構成方法があった。
風を起こすものと、留まらせるものだ。
起こすものの多くは、風が流れる方向を記号で表しているものだった。緩やかな曲線はそよ風、唐草模様が複雑に組み合わさっているのは強風。
留まらせるものは、起こすものに加えて遮るべき境界線が描かれている。境界線といっても、起こすか風の強弱によって、ただの一本線であったり、複雑な模様であったりする。
初級の火の魔法陣の三角形の部分を、風を留まらせる境界線と考えるとする。
境界線で区切られた空白の部分に空気があると仮定すると、火種はその中の空気を使い切る間燃えることになる。
ということは、この空間が広ければ広いほど、火の燃える時間が長くなるか、炎の勢が大きくなるはずだ。
「ネモア、準備はいいか?」
「はい、こちらは大丈夫です」
授業を終えた俺とネモアは、考えた仮説を証明するために、寮にある自習室にきていた。
自習室は実践練習をするために用意された部屋で、何もなく広く他の部屋より頑丈に作られた部屋だ。
広い部屋の床に魔法陣を描く用の大きな紙を広げて、火の魔法陣を描いた。
もし、炎の勢いが強すぎて火事になると困るので、ネモアにはすぐに消火できるように効果の強い水の魔法陣を前にスタンバイをしてもらっている。
自習室は申請を行えば誰でも使用可能なので、今は俺とネモアの二人だけだ。
長く深呼吸をすると、気持ちを落ち着ける。
魔法陣に魔力を注ぐ場合、杖などを使って体内エネルギーを一点に集中させることから始める。
体の中を循環させる感じで集中すると熱のようなものがだんだんと手の平から杖に集まっていくのがわかる。
実際に魔法が使えるのか最初は不安だったが、魔道具が支えている時点で魔法は使えると知ったのは魔法陣の実習が始まってからだ。
魔道具に使われている魔法陣に求められる性能は、普段無意識に体の周りにある体内エネルギーで無理なく起動できることらしい。
それを意図的に杖に循環させる感覚は、慣れるまでは大変だったが、何度か練習することで普通程度には使えるようになっていた。
魔法陣に杖を向けると、一気に放出する。
ポッ……。
音にするとそんな感じで、時間にすると一瞬。
二人しかない室内では音がなくなった。
まぁ、なんというか。実験には失敗がつきものだ。
あの後、大きさの異なる火の魔法陣をいくつか描いて、魔法を発動させてみた。
その結果、火の魔方陣だと視覚的に判断できれば、かなり小さいものまで魔法は発動し、効果もマッチの火程度だった。
魔力量も調整してみたが、量による効果の差はなく、その代わりに発動には最低限必要な魔力量があることがわかった。
「ケースケさん、顔色が悪いですよ」
ネモアが水を差し出しながら、心配そうに眉を寄せる。
受け取ろうと腕を伸ばすが、思ったよりゆっくりと上がっていくそれに、自分が想像以上に疲れていることに気づいた。
魔力は体内エネルギーを使用する。
実際、この体内エネルギーが何をさしているのか、詳しいところはわかっていないが、魔法を使うたび、体の中から何かが抜けていく感覚がある。
使い続けると運動をした後のように、体が重くなっていく。
今はその疲労がピークに達する寸前のようで、ネモアがいう通り顔色は相当悪いのだろう。
「ちょと、一気に確認しすぎたか」
「あれだけ魔法を支えば、こうなることは予想できたのに。止められずにすみません」
「いや、離れていたし。気づかなくてもおかしくはない」
自分の体のことだから、疲れたと感じた時に適度に休憩を挟めばよかったのだ。
普段授業でもここまで魔法を駆使することはないので、この充電切れの状態になった体内エネルギーはどうすれば元に戻るのだろう。
「ネモア、体内エネルギーってなんだ?」
「……えっと、体内エネルギーは体内エネルギーですよね?」
「言い方が悪かった。体内エネルギーってどうやったら回復するんだ?」
問い直すとネモアは難しい顔をする。
「休息をとってしっかり体を休めると回復しています」
「体力と同じようなものか? だったら、マッサージとかすれば早く回復するとか?」
「そう言ったことは、考えたことがなかったので。ただ、人によって回復にかかる時間が違うことは確かです」
人によって回復にかかる時間が違う。
魔力量も人によって違う。
記録していた実験のノートを開く。
火の魔法陣に最低限必要な魔力量を一とすると、俺がこの実験で使用した魔力量はだいたい六十だ。
この数字が大きいか小さいかはわからないが、何度か充電切れまで魔法を使い続けると、自分の魔力量がある程度正確にわかるだろう。
ただ怖いのは、体内エネルギーが体力と同じようなものだとして、人は疲れていると病気になりやすい。
免疫力の低下や体力の良し悪しで、病気に対抗できるかどうかに関わってくる。
体内エネルギーと言われているが、これが生命エネルギーならば、今の俺はぎりぎり生きている状態になる。
「魔法の使いすぎで亡くなった人はいるのか?」
「……亡くなった、とは聞いたことがありません」
一瞬言葉に詰まったネモアに視線を向ける。
次をいうのをためらっているネモアに、目で続きを促すと、口をしばらく開閉させた後小さく息をついた。
「魔力が中々回復せずに、寝たきりになった話は年に一人か二人は聞いています」
ということは、今の俺の状態は結構な死活問題だ。
このまま回復しないとなると、一生ベッドから起き上がれなくなるかもしれない。
「ケースケさんは、とりあえず休まれた方が良いかと」
「そうだな……、ひとまず部屋に戻って……」
状況を正確に理解することで、さらに青くなったのであろう自分の顔に、ネモアの言葉を聞き部屋に戻ろうとしたのだが。
立ち上がろうと力を入れた足は情けないぐらいに震え、一歩踏み出そうものなら、前方に倒れる映像が容易にイメージできた。
歩けない様子の俺をネモアが背負って部屋まで運んでくれたのだが。
この年になって、年下の身長差が結構ある少年におんぶされるとは夢にも思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます