第6話 魔道具。

 オケアノス学院には週に一度の休日がある。一週間は七日で日本でいう日曜日が休日だ。

 休日と言っても全寮制の学校のため、寮の食堂は開いているし、校舎で勉強や実習をしている生徒や先生もいる。

 寮に入ってからの休日はネモアに勉強を教えてもらうか、図書室で借りてきた本を読む事がほとんどだった。


「街で買い物でもしませんか?」


 昨夜遅くまで話していたため、二人とも昼過ぎに目が覚めた。

 借りてきていた本は昨日のうちに読んでしまっていたし、何をしようかと考えていたところへのネモアの提案だった。

 街と聞いて、最初学院にきた時に見た通りを思い出す。


「買い物か」

「ケースケさんに言われた物は俺が用意していますけど、買い物に行くことってまだないですよね。今日は一緒にどうですか?」


 言われて確かにこちらにきてから、自分で買い物などしたことがなかったな、と思う。

 授業で物や値段や貨幣価値などはなんとなくわかっているが、実際にそれを使った買い物はしたことがない。

 いまだに料理で出てくる食材も見たことがない。


 ネモアが気を使って息抜きに誘っているのだとわかって、今日の予定は買い物に決まった。

 日用品の買い出しもあるらしいので、それは最後に行くことにして、まずは昼食を外で食べるためにさっそく街にくりだした。


「人が多いな」

「休日ですからね。俺たちと同じで学院の生徒もいますよ」


 歩けないほど人が密集しているわけではないが、気をぬくとすれ違う時に肩がぶつかりそうな程には人がいる。

 店からは元気な呼び声と人々の話し声が聞こえる。

 はぐれたら大変だと、ネモアを常に視界の端に入れながら、周りを観察する。

 昔ながらの商店街といった雰囲気だ。


「ケースケさん、ここにしましょう」


 言われるまま一軒の食べ物屋に入った。

 中は昼時とあってか客は多いが、どこか全体的に気品が漂う感じがした。

 他にもちらほらと見える食べ物屋がファーストフード店とするならば、この店はレストランと言ったところだろうか。

 メニューを見てもどう言った料理かがわからないので、ネモアにお願いして、自分は窓から見える景色を楽しんだ。


「店を見ていて思ったんだが、機械とかはあまり置いていないのか?」

「機械ですか?」

「湯沸かし器とか洗濯機とか、学院でよく見かけるものが並んでいないなと」

「ああ、魔道具のことですね。あれはそれなりに値段が高い物なので、露天には並べられていないですね。工房とか取扱店に行けばありますよ」


 魔道具、授業で簡単に説明された内容だと、魔法陣に魔力を流すことで動く道具。

 魔法陣の部分が動力源になっている。


「魔道具じゃない湯沸かし器とかって、どこで見れるんだ?」

「……えっと、湯沸かし器は魔道具ですよ?」


 俺の問いかけにネモアは不思議そうに首を傾げる。

 もしかして魔法があるためにあまり科学の部分が発達しなかったのか? 授業でも確かに科学や化学について詳しくやっていた授業はなかったなと改めて思う。

 魔法の基礎の授業も火、水、風、地を基本要素とは言っているが、それを化学的に説明している部分はなかった。


 昼食をとったあと、ネモアの要望もあり魔道具を取り扱っている店に行くことになった。

 食事中に話した魔法を使わない道具という俺の話に興味を持ったからだ。

 ネモア自身は小さい頃から家庭に魔道具があり、オケアノス学院でも普通に魔道具が使われていたので、一般家庭にはどういうものがあるということまではわからないらしい。

 ならば、実際に取り扱っている店で確かめてみるのが早いだろう、という話になった。


「いらっしゃいませ、何をお探しで」


 にっこりと営業スマイルで話しかけてくる、少し小太りの男性。

 店に入った瞬間にこちらをちらりと確認して、服や身につけている物の質を上から下まで見ていたのに気づいた。

 ネモアに連れられてきたのは、この街で一番有名な魔道具を専門に取り扱っている店らしい。

 店内には魔道具がディスプレイされていて、奥には倉庫も用意されているようだ。ネモアの言っていた魔道具が高いというのも、この男性店員。いや、店主の態度からも理解できた。


「えっと、魔道具について聞きたいのですが」

「はい、なんでございましょう?」

「魔法を使わずに魔道具と同じような動きをするものってありますか?」

「は?」


 ネモアの質問に男性の眉が顰められる。

 ほんの一瞬のことだったので、ネモアが話している後ろから男性を観察していた俺はなんとか気づいた程度だったが、明らかに男性の雰囲気が怠慢な物になるのを感じた。


「魔法を使わない、ですか? ここは魔道具専門店でして、そういったものは、ちょっと」

「あ……、そうですか」

「はい、申し訳ありません」


 にこやかに返事をしているが、どこか見下したような態度が気に障る。

 店で人を接客する者の態度だろうか、と内心で毒づく。

 どうしましょう? とこちらを見てくるネモアに、小さく笑みを返す。


「すみません。私たち、オケアノス学院に通っている者でして」

「ああ、あの学院の生徒さんですか」

「寮などにつけられている湯沸かし器、とても良い品で。もしかして、こちらで取り扱っている物ですか?」

「はい。当店で納品させていただいています。当店の品は一級品ばかりで、そりゃぁ、良い品ですよ」


 寮や校舎内にも設置されているので、そこそこ大きな店が納品しているだろうと思っての発言だが、気を良くした男性は嬉しそうに店内を案内する。

 店内には様々な魔道具が並べられているが、ほとんどが箱型で一見するとそれがなんだかわからない。

 寮で見た湯沸かし器と同じような魔道具の前に連れてこられるが、箱型の上に水を貯めるべき場所とそれを出す蛇口を取り付けるような場所が作られたごくシンプルな作りだ。


「こちらは最新式でして、熱効率をあげた物になっております」

「熱効率とは具体的にどう言った形で?」

「はい、実は、中に描かれている魔法陣が最新式でして。今までの倍のスピードで温度が上がります」

「魔法陣以外の部分は何か違いがありますか?」

「魔法陣以外ですか? こちらは現在寮にあるものと同様ですが、あちらは素材にこだわっていますよ」


 俺の質問に、少しずれた答えを返す男性に、こちらも営業スマイルを作りながら相槌を返す。

 ネモアも不思議そうにしていたが、男性とのやりとりを見守っているだけだ。


「この最新式と一つ前の型とでは、どれぐらいの値段に差があるのでしょう?」

「そうですね、一つ前が二万円でして。こちらの最新式は十万円になります」

「え? 魔法陣が違うだけでそれだけ値段が違うのですか?」

「ええ。何せ最新式の魔法陣は使える魔術技師が限られていますからね。生徒さんと言えど、魔法陣を専門に勉強していないと解読などできないでしょう? その所為です」


 続けられた言葉に、頭の中に最近やった授業の話が浮かぶ。

 魔法陣には描き順があり、描き順が異なっていると魔法は発動しない。その授業を受けた時に思ったのは、電気機器などの回路だった。

 描き順が違うということは、回路が異なるということ。プラスの端子にマイナスの電気を流したらショートする。回路によって明るさも違えば使用する電気量も違う。


 この男性のいう解読とは、ただ魔法陣を書き写しても効果はないですよ。と、言いたいわけだ。

 そして、その方法はこの店が握っているのだと。

 湯沸かし器のあともいくつかの魔道具について説明を受ける。

 そのどれもが魔法陣のできの良さで性能が決まっていて、周りの部分はほとんは木などで作られている。

 自慢げに話す男性に、適度に相槌を打ちながら聞き手に回る。


「どれも素晴らしいですね」

「貴方は価値をわかっていらっしゃる」

「もう一つだけ、質問しても良いですか?」

「はい。私に答えられることなら何なりと」

「この街で一番性能の低い物を扱っている店はどこですか?」

「は? 性能の低い物ですか?」


 何を言われたのかわからないと言った顔で、こちらを見明してくる男性。

 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、次の言葉を続けた。


「ええ。間違えて入って無駄な時間を過ごすことがないようにと、参考までにお聞きしたいと思いまして」

「ああ、なるほど。それでしたら、街の南にある店ですね。店名までは覚えておりませんが、店というよりは露店で倉庫みたいな場所に魔道具が積んであるので見ただけでわかりますよ。お抱えの魔法技師もいないでしょうし、一般的な魔法陣ぐらいしか扱えないでしょうね」

「そうですか。お忙しい中、色々教えていただきありがとうございます」

「いえいえ、魔道具をお求めの際はぜひいらしてください。多少なら安くして差し上げますよ」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 機嫌よく手を降って見送ってくれた男性。

 しばらく歩くと一度振り返って小さく会釈をして、横道に入る。

 店内では俺と男性と話し始めてから一度も会話に参加してきていなかったネモアが、少し不機嫌な顔でそっぽを向いている。

 男性を持ち上げるような喋り方をしていた時に、何度か不満気な視線を向けてきていたが、その時は男性の相手で手がいっぱいだった。


「欲しいなら俺があの店で買いますよ」


 いつもの落ち着いたネモアの声ではなく、刺々しい感じを隠しもせずに、じとっとこちらを睨みながら言ってくる。

 それに苦笑いをしながら、放っておいて本当にあの店で何かを買われてしまっては困るので首を降る。


「あの店の魔道具はいらないな。大した魅力もなかったし」

「……興味津々だったじゃないですか」

「興味があるのは、今から行く方の店だな」


 言いながら先ほど男性に教えてもらった店を目指す。

 街には道のところどころに通りの名前が書かれた板が立っていて、その上に方角の書かれた札がのっている。

 ネモアは意味がわからないと言った形で黙っていたが、俺が南に向かっているのに気づいたのか、不思議そうに首を傾げる。


「露店……に行くのですか?」

「ああ。多分、さっきの店よりは面白いと思うよ」


 自然とはやる気持ちからか、歩みがいつもより早い。

 店にいた時間が長かったため、昼前に出たというのに三時ぐらいになっていた。もう少し早く切り上げてもよかったのだが、中々最後の質問をするタイミングが掴めなかった。

 話の腰を折るのは中々難しい。

 しばらくしてついた街の南は、街の中心より離れているためか人通りは少なく、見える露店もどこか暗い。

 南と言っても建物は街の中心に向けて立っているため、影になり並べられた商品を照らす領域が少ない。

 ただ日の当たる場所より、本屋や雑貨屋といった、太陽の光で色変わりするような商品が店の外に並べられていた。

 その中でも暗く、一見ガラクタが置いてあるのかと思われる店が奥の方にあった。


「へランド?」


 ネモアの声の通り、店の屋根は随分と擦れて草臥れた癖のある文字で書かれた看板があった。

 外から見る限りでは店主はいないようで、周りに人の気配もない。


「……ここ、魔道具の店ですよね」

「たぶんね。でも、どちらかと言えば機械に近い」


 様々な大きさの乱雑に積み上げられたそれらを見ながら、地球にあったものに近いものがあるのに気づいた。

 洗濯機というものだが。

 ただ、よく見ると二層式で、昭和といった雰囲気だ。

 中を見ると左側にはプロペラのようなものが置いてあり、もう片方には側面や底に複数穴が開けられている。

 ボタンなどはついていないから、多分魔力を注いで使うのだろうけど、どのように動かすのかがわからない。

 洗濯機を色々な角度から観察していると、店内を見回していたネモアが近くに来ていた。


「それはなんですか?」

「んー、洗濯機。多分」

「洗濯機ですか? これが? 何故、二つも入れるところがあるのですか?」


 ネモアの疑問に、専門店で紹介された洗濯機を思い出す。

 他の魔道具と同様に少し大きめの木の箱で、上部が取り外し可能になっているものだった。

 中には魔法陣が描かれているだけのただの箱で、俺にとってはあちらの方が洗濯機と言われてもいまいち納得できなかった。

 ただ、学院でよく見るのはどれも箱型で、中の魔法陣が違うだけの見分ける方法は大きさとか周りについている部品ぐらいなので、魔道具とはそういうものなのだろう。


「俺の予想だと、左側で洗濯して、右側で脱水や乾燥ができるんだと思う」

「乾燥ですか? 洗濯機なのに?」

「ああ。よくある洗濯機はそうじゃないのか?」

「えっと、乾燥機はありますが。どうしても水と火の要素を組み合わせるのはうまくいかないようで」

「相剋の作用があるからな」


 最後のつぶやきはネモアにはよく聞こえていなかったようで、首を傾げている。

 どうやら相性が悪いという認識はあるが、それがどうしてというところまではたどり着いていないような。

 日常生活で考えれば、水は火を消し、火は水を蒸発させるのだから対立しているのはわかりそうなものだけど。

 魔法となると普段の法則は無視されている感じがある。


「うーん、多分、底の方に何か仕掛けがあるんだと思うんだけど」

「見ているだけですね?」

「もし触って壊れたら困るだろう。今日、完成したところ、とかだったら俺は後悔しかできない」


 授業で魔力は使おうという意思がなければ、むやみに魔法陣が発動することはないと教えられたが、動いているところを見たいと思っている時点で触れない。

 動かす前に何をする必要があるのかわからないし、壊れる可能性がないとは言い切れない。

 それでも日本を思い出させる洗濯機の形状に、自然と気持ちは高揚する。


「誰だ、そこにいるのは」


 飽きもせずに洗濯機を色々と見ていたところに、店の外から声がかかる。

 目を向けると通りの方に柔道やレスリング部を思わせる体格の良い男がいた。手には食材らしきものを持っていて、買い物帰りなのだろう。


「この店の方ですか?」

「そうだが、何かようか?」


 どこか不機嫌なその男に、ネモアは少し腰が引けている。

 この人が、この洗濯機を! 頭の中にあったのはそれだった。

 はやる気持ちと共に自然と駆け寄っていた。


「ああ、よかった! 早速で申し訳ないんですけど、あの洗濯機を動かしてください!」

「は? お、おい、ちょっと待て」


 抱きつかん勢いで詰め寄って、男の腕をとっていた。

 驚いた、という良いリハかなり引いているのに気づいて、慌てて手を放す。


「すみません、突然……。あ、俺、オケアノス学院で学生をしていますケースケです」

「あ、ああ、オケアノスの学生さんか。珍しいな」


 軽く頭を下げながら手を差し出すと、戸惑いながらも握り返してくれた。

 近づいてわかったが、男はとても大きい。俺と並ぶと成人男性と学生ぐらいの差がある。握手をする手は男の手に完全に隠れてしまっている。

 その手の平はがさついていて、ところどころマメがある。


「えっと、貴方の名前をお聞きしても?」

「ん? 俺のか?」


 不思議そうに首をひねった男は、じっと見つめる俺に苦笑いを返す。


「このへランドの店主兼魔道具の作成をしている。マルクだ」

「マルクさん」

「さん? いやいや、マルクか店長ぐらいにしといてくれ。てれくせぇ」

「では、マルク店長。あの洗濯機は貴方の作品ですか?」


 先ほどまで飽きもせずに見ていた洗濯機を指差しながら問いかける。

 マルクはああ、と頷く。

 やっぱりこの手が! とまた変なテンションが上がりかけた俺の肩を遠慮がちに叩く手があった。

 振り返ると申し訳なさそうに眉を下げるネモアの姿。


「すみません、ケースケさん。そろそろ帰らないと」

「え? もうそんな時間か?」


 外を見ると空は紅くに染まり始めていた。

 日用品もまだ買っていないし、そう考えると少し遅いぐらいだ。


「あの店に、長くいすぎたか……」


 小さく毒づくとネモアが苦笑いする。


「あの、マルク店長。来週もきていいですか?」

「ああ、別に構わないが。変わったやつだな……」

「あっ、俺はネモアって言います。よろしくお願いします」


 名前を名乗っていなかったことに気づいたネモアが、丁寧に頭を下げながら挨拶をする。

 マルクは一瞬固まりながらも「変わった奴らだ」と言い直していた。

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