第2話 オケアノス学院。
ノシルフィの首都アニュキスには、オケアノス学院という世界最高峰の学び舎と呼び名の高い学院が存在する。
知識は国のためになると、第十四代カフォス王が法を制定し、それまで貴族や商家などの裕福な子供しか学ぶことができなかった学問を身分に関係なくその機会が与えられるようになる。
その一つが、後見人制度。
貴族などが後見人となり学業についての援助をする代わりに、将来はその後見人に仕えるというものだ。平民であれ、学業で功績をあげたものにはそれなりの地位が与えられ、その後見人にも褒美が渡される。
しかし、いくら後見人の制度があり将来有望であると判断された子供でも、平民は平民。貴族側の差別意識は少なくなく、同じ学び舎内ではいろいろと問題が発生した。
そこで国営として作られたのが、オケアノス学院。
各地の優秀な人材を身分問わず指導者として集め、学院長には当時の王の側近であったヒュペリオンがつくことになる。
後見を得た平民の学び舎として開校されたオケアノス学院ではあったが、指導者や設備の充実、様々な分野の学問を学べる場として、その後は貴族の入学者も増え続けている。
身分を一切意識しない実力主義の学院は、オケアノスに入学すれば間違いないとまで言われるほどに成長した。
『オケアノス学院の歴史』と書かれた本を閉じると、少し疲れを感じる目を指で揉み解しながら近くのテーブルに置かれた水に口をつける。
召喚されてから五日。
ネモアは俺を外部との交流が少ない小さな村から転移の魔法陣の誤作動で呼び出してしまった者として、グリサラーサ家に紹介した。
異世界人として報告していないのはネモアと話し合った結果だ。
「突然現れた異なる世界の人間という、異質に誰もがみな友好的とは考えられない」
という俺の主張に。
「協力者は多い方がいいです」
と主張するネモアの話し合いは長く続いたが。最終的に。
「信頼できる人には自分から話したい」
という俺の意志にネモアが納得した。
幸いなことに文字も言葉も日本語ではないのに理解はできたので、そう簡単に異世界の住人だろうという結論だ。また、黒髪黒目や少し黄色がかった肌は珍しくはあるが、イエルザの地方には近い人が存在する。
交流が少ない小さな村としたのは、世界の常識を知らないという先入観をつけ、また帰ろうにもどの辺りなのかわからないと認識させるためだ。
転移の魔法陣の誤作動による転移者はそれだけで保護の対象になるようで、グリサラーサ家の当主とその妻にまで深く頭を下げて謝罪をされた。そして、すぐに帰れないのであれば学びたいという俺の意志は快く受け入れられた。
こんなに順調に物事が運ぶと後が怖いような気もするが。
今は身を任せるしかない。
また、魔法が思っていたほど万能ではないことが、帰れないという点以外では現状を良い方に向けていた。
人の心を読んだり操ったりといった魔法は存在しない。その人の使える魔法の属性や、どれほどの魔力量を保持しているかを知る方法が存在しない。
使える魔法や魔力量はその個人の経験により知るもので、基本他者に手の内を見せるものではないというのが常識である。
魔力が個人情報として使用されることもなく、国や町によって住民という考え方も様々だ。身分というものは存在するがそれも国の間で決められたことで、貴族や商家以外にはあまり関係のないものが多い。
そのため後見人制度という形の学院入学は、グリサラーサ家の身分がはっきりとしているため俺の身分は問われなかったということになる。
ただ、後見人となったグリサラーサ家には俺が起こした事柄に対する責任が良い方にも悪い方にもついて回る。
「ケースケさん、そろそろ学院が見えますよ」
「ネモア、学院に入るのであればケースケと呼び捨てにした方が良いんじゃないか?」
エルコティアソフィアでは被後見人は基本的に後見人に仕える立場にあたる。
仕えられる対象のネモアが敬称付けで呼ぶのはどうかと考えた上での発言だったが。
「転移の魔法陣の誤作動ということを前面に出すので、逆にこのままの方が良いでしょう」
とネモアはあっさりと答える。
オケアノス学院はアニュキスの中心より少し離れた位置に建っている。
建物には通常の学び舎の他に、剣や魔法の実習をするための広場、調薬や鍛治を自習するための棟、職員及び学生の寮などを含めるのに広大な土地が必要なためだ。
食堂もあり日用品などは寮で支給されるため、この学院の建物内で生活できるといっても過言ではない。
ネモアは普段はこの学院の寮で生活をしていて、師匠を呼び出すという仕事さえなければ、遊びに行くぐらいでしか学院の外には出ていない。
その呼び出すという仕事も、陣の描き換えによる転移の魔法陣の誤作動により、しばらくはネモアに依頼が来ることはないだろうとの見解だ。
「ケースケさんのために頑張りますね!」
張り切るネモアの姿に胸が少し痛んだ。
「学院長、ネモア・グリサラーサです」
校舎の最上階にある大きな扉をノックしたネモアが中に呼びかける。
しばらくすると落ち着いた大人の男性が扉を開ける。
「新入生の件ですね。お待ちしておりました。グリサラーサ様」
そう言って頭を下げた男性に部屋の中へと案内される。部屋の奥には重厚な机に若い男性が座っていた。
社長室を思わせる雰囲気の部屋に、学院長が思われる男性が想像より若いことへの違和感があったが、それ以上に気になったのは男性の耳だ。
亜人や魔人がいるとは聞いてはいたが、移動は馬車がほとんどでグリサラーサ家の使用人たちはみんな人だったため、ここに来て初めて耳が尖っている人を見たのだ。
本当に異世界なのだと、改めて実感した瞬間でもある。
「エルフを見るのは初めてかい?」
「は? あ、すみません。じろじろと見てしまって……」
慌てて目線を外して頭を下げながら謝る俺に、学院長は柔らかく微笑みながら中央のソファーに座るように勧めた。
すぐに案内してくれた男性がお茶を入れテーブルへ並べる。落ち着くためにそれを口に含んだ。
ふわりと口内に広がる甘い香りに、小さく息が漏れる。
「学院長を務めている。ヘリオス・ジン・キュクロプスだ」
「ケースケ・ク・グリサラーサです。よろしくお願いします」
ク・グリサラーサにはグリサラーサ家の被後見人という意味がある。
一般的に家名は爵位や商家のものが広く使っており、後見人を持った場合はその後見人の家名を名乗るのがマナーとされている。
皆井も啓輔もどうしても日本語の発音になってしまうため、自己紹介はそのマナーに従うことになった。
「今回は災難だったね。転移の魔法陣の誤作動とは」
「はい……。でも、グリサラーサ家の方々には感謝しています。後見人にまでなって貰い、学院にまで通えるようにしていただいたので」
困ったように頷き、すぐに柔らかい笑みを浮かべるとネモアに軽く視線を向けながら言葉を続ける。
ネモアはいたく感激したように目元を緩ませ、ヘリオス学院長はその様子に「ほぉ」と息をついた。
「まだ、若いのにしっかりとしておるな」
その言葉に思考が一瞬停止する。
日本人は若く見られがちというが、それが当てはまっているのではないかと。
しかし、ここで否定するのは得策ではないと考え、ありがとうございます、と小さくお礼をいうだけにとどめる。
「学院の生活のことはネモア君に聞いた方が早いだろう。それで、学年の話だけど、通常入学は一年生からになる」
「はい」
「ネモア君は四年生だったな。できるだけ一緒の方が良いかと思ってね。編入試験を受けてみるつもりはないかい?」
「編入試験、ですか?」
ネモアから学院に入学する年代は様々だと聞いて、一年からといってもあまり目立たないだろうという説明を事前に受けていた。
……学年が違うことに特に不満はなかったが、一緒の方が何かあった時に心強いな。
オケアノス学院は初等学の六年、中等学の三年、高等学の三年と分けられている。日本でいうところの小学校が初等学の三年までにあたり、初等学の六年までが中学校、中等学の三年が高校、高等学の三年が大学となる。
一般的には初等学の六年で卒業する者がほとんどで、被後見人などは中等学や高等学まで進み学者やその道のプロを目指すことになる。
一年から三年のうちは主に文字の読み書きと簡単な計算、礼儀作法や基礎体力作りがほとんどになる。
魔法や薬草学、民族学は四年以降に授業の割合が増えるようで、今年は始まってまだ一ヶ月しか経っていないため授業の遅れもすぐに取り戻せる段階であること。
ヘリオス学院長が編入試験を勧めたのは、俺の受け答えがしっかりとしていたため、ある程度の知識はあるのではとの考えからだった。
「……あまり、人と比べたことがないので、自分がどれほどできるかわかりませんが」
「なに、気楽に受けなさい。礼儀作法などの試験があるわけではないから、文字の読み書きや計算の筆記を受けてもらうことになるだけだ」
「はい」
計算についてはグリサラーサ家にいた時に調べた本で日本とさほど変わりがないことを確認していた。
文字については自動翻訳機能が働いているので、ある程度は大丈夫だと思う。
授業で習えない常識については、図書室やネモアを頼りにすればなんとかなりそうかと考え、編入試験を受けることにした。
初めは二桁や三桁の計算問題がほとんどで、掛け算や割り算はそのあとにあった。分数らしき問題が数問あり、面積や体積を求める文章問題などはなく。小学校低学年か中学年程度の知識である。
文字の方も自動翻訳でほとんどは問題なく、ことわざのような問題はよくわからなかったこと以外はそれほど問題がなかった。
しかし、中には他の問題に比べて明らかに難易度がおかしいものが数問入っていて、それについては回答をしないかあえて間違える。
もともとそういった問題なのか、わざわざ仕掛けているのかが判断ができなかったからだ。なんとなく、回答しない方が懸命な気がした。
試験自体は四十五分で終わり、すぐに採点をしてもらえたので全部で一時間もかからなかった。
無事、ヘリオス学院長から四年生の編入許可を貰い、寮に移動することになった。
寮は四階建ての建物で一部屋が二人部屋になっている。ネモアは師匠の関係で何かと面倒事があったため、今までは二人部屋を一人で使っていた。被後見人ということと、同じ学年ということでネモアと俺は同室になった。
寮の管理人は亜人の狼の耳を持ったタルタさんで、白い髭を生やしたおじいちゃんだ。
生徒からはタルタ爺と呼ばれていて、普段はとても優しくて温厚だが、一度怒るとすごいらしい。その怒りを目の当たりにした生徒が、一時期にタルタ様と言っていたことがあるとのこと。
「千二百五室。ケースケさんの名札は後でタルタ爺が用意してくれるので、夕食の帰りに取りに行きましょう」
「そうだな」
部屋は二段ベッドと勉強机が二つ。服を入れるタンスが二つに共有の棚が一つ置かれている。
台所はないがトイレと風呂は小さいながらもついていて、この世界に風呂の文化があっってよかったと内心で喜んでいた。
「ネモア、少し気になったんだけど。ヘリオス学院長は何歳なんだ?」
「ヘリオス学院長ですか? 確か四十五歳だったと思います」
ヘリオス学院長に言われてから気になっていたこと。もしかして、この世界の人は見た目通りの年齢が一致しない種族がいるのではないかということ。
ネモアは十五歳だと言っていたので予想通りだったが、ヘリオス学院長の年齢の違いに驚いた。二十代前半と言われてもおかしくないあの外見で、四十五歳。
「じゃぁ、学院長室を案内してくれた、あの、秘書? の人は?」
「セイルさんですか? 三十代ぐらいだと思いますよ」
「タルタ爺さんは?」
「タルタ爺は八十二歳です」
人はだいたい思っていた通りの年代だったが、ヘリオス学院長やタルタ爺のような亜人は二十歳ぐらい若く見える。もしかしたら、人より老化が始まるのが遅いのかもしれない。
「じゃぁ、俺って何歳に見える?」
「ケースケさんですか?」
俺の言葉にネモアはじっとこちらを見つめてくる。
しばらく考えた後。
「十九歳ぐらいでしょうか?」
就職して四年。最初の一年学生気分も抜けず、スーツに着られている感じが前面に出ていて就活中の学生と見分けがつかないぐらいだった。面接を受けに着た子に突然話しかけられるぐらいにはあか抜けていなかった。
それが二年、三年と上司から絞られ、顧客から絞られると、パリパリだった就活スーツはいい具合によれよれに。ボーナスで買ったどこかのブランドスーツも、社会人を思わせるぐらいにはいいくたびれようだった。
同期の飲み会では、今、若者にお金を要求されたらそれは「カツアゲ」か「おやじ狩り」かなんて訳のわからないことで盛り上がっていた。
最終的に若者目線では「おやじ狩り」だという話で落ち着いたが、その後何度か開かれる飲み会でも話題に上がり、回を重ねるごとに「おやじ狩り」派が増えていった。
……俺は最初から「おやじ狩り」派だったな。
五歳も若く見られたことに、つい、過去の馬鹿な話を思い出していた。
ギリギリとはいえ、十代。成人式を終えて何年かたつ自分が十代に見られているのだ。
今は髪も整えていないし、横に流しているからなおのこと若く見えている可能性がある。髪を上げるとそれだけで、大人びた気がした時にはあった。
正当な理由を求めるように、いくつかの屁理屈を考えたいた。
しかし、ネモアは若く見られたことに悩んでいるとは思っていなかったようで。
小さく呟いた後の俺の態度に、逆の意味で落ち込んでいると考えていた。
「あの、やっぱり違いますよね! ケースケさんがしっかりされていたので、見た目より年上なのかなっと思って……」
「ストップ」
「すと……?」
自動翻訳機能には、名前以外にもうまく翻訳されない部分があるようだ。
結果的にネモアの言葉が止まったので、翻訳できない言葉について後回しにすることに決めた。
「……俺の見た目は、何歳ぐらいに見えるんだ?」
事態は考えているより重大かもしれない。
年下か年上か、俺が落ち込まないような答えを考えている様子のネモアではあったが、真剣な目で問いかけているのに気づくと、表情を引き締めて本当のことをいうことに決めたようだ。
「顔つきだけで言えば十七歳、身長が高いので後ろから見れば十八歳。でも、成長の速い人もいるので十七歳や十六歳と言われても違和感はないです」
異世界人と周りにばれる最有力候補が、身体的特徴だという。
グリサラーサ家の人も今思えば高身長だった。ネモアの母親が俺と同じぐらいの身長だったし、使用人の女性も俺と同じぐらいか俺より少し高い人もいたぐらいだ。大人の女性の平均身長なのだろう。
ネモアの父親に至っては、俺より頭一つ分大きかった。外国人と接している感覚だったので、特に違和感は感じなかったが。状況を判断する力のなさに呆れる。
「……二十四歳」
信じられないといった表情で、こちらをじっと見つめてくるネモアに居心地の悪さを感じる。
あのまま、十八歳で通してしまってもよかったのだが、今後のことを考えるとこの世界の常識を知っているネモアに何かいい案はないかと、実年齢を告げた。
「十六、十七歳の子供が仕事して、妻子がいるって変だと思わなかったか?」
「仕事はこちらでは十二歳ぐらいの子もできますし、結婚は十五歳からなので早くにされたのだとしか……」
最初につけた設定をさらりと持ち出したのに、ネモアは動揺もせずにそう答えた。
しっかりと覚えている様子を確認すると、あまり一貫性のない設定は追加すると自分の首を締めることになると改めて頭に刻む。
「まぁ、もともと日本人は童顔が多いから若く見られるのは仕方がないんだろうが。このまま、身長が伸びないのはこちらの人の感覚ではどうなんだ?」
「そうですね……。十七歳にしてしまうと成長期ですし、たとえ十九歳としてもまだまだ伸び盛りです。場合によっては、身長が全く変わらないというのは目立つかもしれません」
「……どうするかな」
身長の伸びない違和感に気づかれる前に学院を去るか。
だが、その後の生活が問題になってくる。どこに行っても、長期間生活することができないのであれば、いずれ居場所がなくなってしまう。
二人で頭を悩ませ始めたが、身体の件については一時保留することになった。
すぐに良い案が浮かばないことと、寮についてからそれなりの時間が経っていて、部屋の窓から入る光は赤く染まり始めていたため、夕食を食べに行くことになった。
最悪、一年ぐらいは身長が変わらなくても、気づくほどではないだろうということ。一年あれば、それなりの案ができているかもしれない。
寮には食堂が用意されている。
基本的には朝と夜は寮の食堂で食事をとり、昼は校舎の食堂でとるか売店のような場所で買って食べることになる。
食事についてだが、グリサラーサ家について始めて出された料理が見たことも聞いたこともないものだったため、最初手がつけられなかった。
いくら同じ人の見た目でも、異世界の食べ物。自分にとって毒になるかもしれないと思うと、慎重になるのは仕方がなかった。
食べるか食べないかで悩んでいたが、会社帰りに突然呼ばれたため、夕食もまだだったことから空腹がだんだんと進んでいく。意を決して、一つ一つ口に運び、その味が問題ないこととしばらくしても体に異変がないことを確認して、それでもいつもより少ない量の食事で済ませていた。
それも三日目をすぎたあたりからは、蓄積系の毒があったとしても、長期的にこちらで生活するのだから避けては通れないことと思い至り、深く考えないようにした。
どうせ、食べても食べなくても危険なことに変わりはないのだ。
生の食材を見たことはないが、出来上がりの料理自体の見た目には特に問題はなく。お金持ちの家の食事ということで、至極美味しいことから楽しまないと勿体無く感じたのもある。
「ケースケさん。食堂についたら俺の友達を紹介しますね」
「……ネモア、俺のことは」
「わかっています。ケースケさんが言いたいと思うまで、俺とだけの秘密にします。命に誓いましたからね、意志に背くことはしません」
笑顔の中にも真剣な瞳で伝えてくるネモアに、自身の心の狭さに苦笑いする。
……疑いすぎ、だよな。
それでも、十五歳のネモアはとてもしっかりとしている。
学院の子供達もこのように大人びているのかと思うと、気を引き締め直す必要がある。
今日は明日のためのいい予行演習だと思うことにして、寮の中を案内しながら進むネモアについていった。
食堂には六人か八人掛けの長方形の机がいくつも並べられていた。
すでに寮で暮らしている生徒が何人も座って食事をとっていて、大学の食堂をイメージしていたためあまりの人の多さに一瞬足を止める。
それに気づいたネモアがすぐに先導してくれたが、入り口で止まってしまったために、下手をすると後ろが渋滞する可能性があった。
種族も様々で、見える範囲では全身毛で覆われた熊が直立で歩いていたり、身長が腰のあたりまでしかない髭を生やしたおっさん顔が横を通り過ぎたり、耳が魚の鰭のようになった人もいた。
寮にくるときは授業中であったためか、ほとんど人に会わなかったが、こんなに生活しているとは思わなかった。いや建物の大きさからすると、当たり前かもしれない。
ざっと見ただけで机が五十ほど埋まっていることから、最低でも三百人はここにいることになる。
最初に初等学の寮だという説明があったため、学院の全校生徒を足すとどれほどの規模になるのか。あまりの人の多さに人酔いしそうだ。
食事はカウンターで貰う方式で、日替わりで十種類の中から選ぶことができる。
これは様々な種族が集まっていることを考慮していて、肉中心のものや野菜中心のもの、肉と野菜をバランスよく含んだものと後は民族料理風のものが置いてある。
ネモアと同じものを注文すると、魚を煮たものとパン、それに野菜のスープがついてきた。品数は少ないが量が結構あり、お代わりも自由となっている。
「ネモア!」
「ウィズ!」
右の奥からネモアに向けて手を振る少年がいた。
椅子に座ったまま少し背を伸ばしている所為だろうが、それでも周りより背が高いことがわかる。
「ケースケさん。行きましょう」
「ああ」
ネモアの後ろについていきながら、その六人掛けのテーブルに向かう。
座っているのは三人で、先ほど手を振っていたウィズという少年は耳が黒く尖っている。よく見ると椅子の後ろで同じ色の尻尾がゆるゆると揺れていた。
その隣に座ってこちらを見ているのが、薄い桃色の髪をした少女。目が金色で瞳孔は爬虫類を思わせる。
その向かいには線の細い少年が座っている。顔からはみ出しそうなくらい大きな丸い眼鏡を掛けていて、髪を横に流して紐でまとめている。
三人ともネモアの友人らしく、ネモアの後ろをついて歩く俺に注目していた。
敵意がある、という訳ではないか。
席についてすぐに始まると思っていた友人紹介は、俺とネモアが食事を食べ終わるまで待ってくれた。
湯気の上がる食事を前にすると、今まで気づいていなかった空腹に我慢ができなくなっていた。
すでに席についていたウィズたちはあらかた食べ終わっていたが、急かされている訳でもない様子だったので、ゆっくりと魚を味わう。
箸はなくフォークとナイフで食べるのには少し慣れが必要だったが、パンとスープによくあっていた。日替わりでメニューが違うらしいので、明日の献立が楽しみだ。
「……美味しそうに食べるなぁ」
俺の口元は自然と緩んでいた。
ちょうど斜め向かいになっていたウィズに見られていて、聞こえてきた声に視線をあげる。無意識だったのか、ウィズは目があったとたん慌ててそらす。
「わるい、つい……」
「いえ、気にしていないです」
ウィズの気恥ずかしそうな表情に、親戚の子供を思い出してつい口元が緩む。
食事もひと段落ついたので、ネモアを確認すると軽く頷いた。
「ケースケさん、紹介しますね。俺の友人で同級生のウィズとミリィとファンです」
順番に指差しながらそう行ったネモアに小さく苦笑いを返す。
流石に簡潔すぎではないだろうか。
そう思っていてのは俺だけではなかったようで。
「ネモア、紹介するんならちゃんとしてくれよ」
すかさず、ウィズの声が上がっていた。
「ああ、忘れていました。同じクラスです」
「そういうことじゃないだろ」
ウィズの右手がネモアの頭を軽くチョップする。
仕方がないなぁと、態とらしくため息をついて見せたウィズは、俺が正面に見えるように座り直すと小さく咳払いをする。
「じゃぁ、俺から。ウィズスタン・ストハサム。得意なことは剣術、苦手なのは座学。実験とかは好きだけどな! ウィズって呼んでくれ」
差し出された手を握りながら、よろしくと頭を下げる。
手を放すとすぐ隣から次の手に握られる。
「ファミリア・シルファナーン。魔術学に興味があっって、一年前に編入してきたの。ミリィでいいわ」
にこりと微笑みながらの挨拶は、細くなった事により鋭く見える蛇のような瞳孔の所為か。少し強めに握られた手の所為か、一瞬反応が遅れた。
笑い返そうとしている間に、隣からすっと手が伸びてくる。
「座学は全体的に得意です。シィスファ・グラヴィスタ。ファンって呼ばれています。趣味は読書なので、興味があったら聞いてください。よろしくお願いします」
きっちりと頭を下げたファンは少しずれた眼鏡を押し上げた。笑顔はないが、全体的に柔らかい雰囲気がある。
「こちらこそ、よろしく。ケースケ・ク・グリサラーサ、明日から編入する事になるので、色々教えてもらえると助かる。ケースケと呼んでくれると嬉しい」
ニコリと笑顔で閉めると、腰を落ち着ける。
ウィズは見たままのスポーツ少年で、ミリィには警戒されているようだ、あとでおすすめの歴史書でもないかファンに聞いてみるか。
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