承
目覚めてから一週間が経った。
俺はヒュプノス症候群に罹り、二ヶ月眠っていたらしい。目覚めた場所は国立ヒュプノス研究所という、まだ新設されたばかりの小さな建物だった。
目覚めてからは俺が質問する暇もなく、精密検査が行われ、不調がないと分かるといなや実家に戻された。ずっと眠っていたせいで、体がおもうように動かない。大学にはまだ行かず、筋肉をつけるリハビリをしている。
曇天の下を傘をついて歩く。人影はないが、車の走る音、カラスの鳴き声、風の音が確かに聞こえる。それらはオネイロスにいたときにはなかったもので、確かに自分が現実世界に戻ってきたことがわかった。
自宅に戻されてから、ヒュプノス症候群について調べてみたが、オネイロスやらニュクスなんて言葉は一切出てこなかった。
しかし、あの出来事が夢だったとは思えない。国立ヒュプノス研究所のホームページには、第三者夢想可視化装置についての記述のみがあった。その夢想をオネイロスと名付けていることもじゅうぶん考えられる。
ただ、その先だ。ヒュプノス患者の心に住むニュクス、そしてそれを癒す介入者。アマネの存在。
ホームページによると、ヒュプノス症候群に対する治療は未だ確立されておらず、研究所は患者たちの夢想を見守ることで良好な精神状態を維持し、自然治癒を待つ場所とされておりアマネの存在はないものになっていた。
しかし、俺は知っている。患者たちを起こしたのはアマネだ。アマネが一人一人のに向き合ったから、患者たちは目覚めたのだ。
「あまねをタスけてクれ」
目玉の言葉が頭をよぎる。あいつが言ってたことは、この状況のことなのか?
足を止める。藍鼠色の空からしとしとと雨が降ってくる。夢の中ではいつも晴れていたのに。
雨粒は徐々に大きく、激しくなっていく。傘をさすと、眼前にはいくつもの水溜まりが出来上がっていた。
うつむくと、ガイコツがいた。驚いて目をしばたかせる。自分だった。頬はこけ、顔色が悪い。
すぐそばを自転車が通り過ぎていった。はねた水がジャージを濡らす。
こんなこと、前にもあったな。
あぜ道に落ちた時のことがフラッシュバックする。
俺は研究所へと向かった。
こじんまりとした、クリーム色の建物に入る。受付の女性は俺のことを覚えていた。
「あら、今日はどうしたの?どこか不調?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど…研究者の方に聞きたいことがあるんです。どなたかにつなげてもらえませんか」
「うーん…どうかしら…ちょっと待ってね、所長に問い合わせてみるから」
受付の女性はそう言うと、電話をとった。壁に張られたヒュプノス症候群についてのポスターを見る。
「鏑木恒…?」
声のする方を向くと、白衣を纏った女性が立っていた。ぱっちりした目に小さい唇。なめらかな髪を後ろで柔らかく結っている。見覚えのない人物だった。
「ごめんなさい、あなた、お名前なんだったかしら…」
受付の女性に問われ、答えようとすると、腕を強く引っ張られた。白衣の女性だ。そのまま研究所の外へ連れていかれる。
「ちょっと、なにするんですか!」
腕を振りほどくと、彼女が一気に距離を詰めてきた。そのまま耳元でささやく。
「ここは危険だ。質問には全部答えるから、今すぐここを離れるぞ」
女性の目は真面目そのもので、断ることができなかった。バスに乗り、研究所から二つ離れた駅のファミレスに入る。
席につくと、彼女はコップの水をあおり、大きく息をついた。
「はぁー…。まさかあんたの方から来るなんてな。所長に呼ばれてきたわけじゃないよな?」
「はい…」
もしかして、彼女は俺のネオイロスを監視していた研究者なのだろうか?
「あの」
尋ねようと口を開くと、彼女はそれを手で制した。
「私、左山侑李。あんたの…鏑木恒クンの担当監視官をしていた」
思った通りだ。
左山さんは結った髪をほどくと、頬杖をついた。
「それで?聞きたいことがあってきたんだろ?」
可愛らしい外見とは異なり、話し方はだいぶ粗暴だ。
「はい…俺はオネ、ヒュプノスで寝ているとき、人に会ったんです。その人が俺を起こしてくれたんですけど…」
左山さんの顔をうかがうと、彼女はじいっと俺をみていた。
「…もしかしたら、と思ってたけど、覚えてるんだな。彼のこと」
この反応。やはり、アマネは存在するんだ。俺は興奮を押さえ、口を開いた。
「はい。俺はアマネと何人かのネオイロスに介入し、患者を起こしてきました。それは、夢なんかじゃないんですよね?アマネは存在するんですよね?」
聞くと、左山さんはうつむいた。コーヒーとココアが店員によって運ばれてくる。俺はコーヒーを彼女に押し出した。彼女はコーヒーに触れることなく、話し始めた。
「彼は、研究所で作り出したAIだ」
「AI…」
息を飲んだ。その可能性を考えなかったわけではないが、実際にあれだけ行動を共にした相手がAIだと言うことに驚きを隠せない。
「…と、もしものときは説明しろと言われている」
「は?」
左山さんを見る。
「彼はれっきとした人間。周秀一クン。ヒュプノス患者のオネイロスに介入することで患者を癒す介入者で、ヒュプノス症候群最初の発病者」
「…ヒュプノス、患者?」
「ああ」
「ど、どうしてヒュプノス患者が他のヒュプノス患者を助けてるんですか?え?じゃあアマネは…」
「眠っている」
「な、なんでアマネを助けないんですか!?」
思わず大きな声を出してしまった。周囲の視線がいたい。わざと視界に入っていないふりをし、ココアを一気に飲み干す。胸が熱くなった。
「もちろん、一番初めに治そうとしたのは彼だった。第三者夢想可視化装置を最初に試したのも彼。そこで、予想外のことが起こったんだ」
「予想外のこと?」
「周は自らが監視されていることに気づいたんだ。そんなこと、他の患者では今もない。これが、何を意味しているかわかるか?」
「…アマネは、自分が夢を見ていると知っていたってことですか?」
「そう。彼は自らの世界が偽物であるということに気がついていた。だから監視されていることにも気づいた。それから、私たちは彼を通じてネオイロスを研究した。そして、彼の協力があって完成したのが第三者夢想介入装置」
「それで…アマネは他人のネオイロスに介入するようになった?」
「そうだ」
なんとなくわかってきた。つまり、第三者夢想介入装置で他人のネオイロスに介入できるのは同じヒュプノス症候群患者のみなのではないだろうか。そして、介入は患者を起こすためには必要だ。だから、研究所は患者を起こすためアマネを起こすことなく、ずっとヒュプノス症候群のままにしているのではないか。
そのことを左山さんに伝えると、彼女は頷いた。
「でも、それなら俺も他人のネオイロスに介入させてたのはなぜなんですか」
「それは…あんたがヒュプノスになった原因…ニュクスが特殊だったからだ」
ヒュプノス症候群はストレスが一定値を越えることによって発病する。ストレスは人によって様々だが、引き金となるストレス、ニュクスは患者の悩みに直結している。オネイロスはそんな患者が健やかに過ごせるよう、問題が全く起きない世界になっているようだ。患者はオネイロスで過ごすことによって抱えたストレスを軽減されているらしい。しかし、オネイロスでもニュクスを取り除くことはできない。ニュクスの存在があるかぎり患者は目覚めない。
「俺のニュクスはなんだったんですか?」
「あんたは人を救いたいという強い使命感に縛られていた。そうなったのは…あんた自身が一番わかってるだろうけど、わたしたちの調査結果は家庭環境だな。ずっと家族のためにと生活してきたあんたは、ある日突然その役を下ろされた。そんなあんたには人をすくうことへの執着が残った。しかし、その気持ちが純粋に人のためを思ってのことなのか、はたまた、いままでの生活で外部から貼り付けられたものなのかなやんだあんたはヒュプノスになった。そして人を救うというニュクスはオネイロスという穏やかな環境で反対にストレスを感じ続けていたんだ。あんたの人に優しいニュクスは介入を拒むことはなかったけど、介入によって癒すこともできなかった」
「それで…俺に人助けの片棒を担がせた?」
「ああ…」
左山さんはそれだけ言うと、コーヒーに手を伸ばした。俺は手元のココアを見つめる。
ひどく、自分が情けなく感じた。俺は、誰かを救う真似事をしていたに過ぎなかったのだ。アマネたちは、ヒーローごっこをさせて、俺が満足するのを待っていたのだ。
ため息が聞こえた。顔をあげると、左山さんが顔をしかめてこちらをみていた。
「おまえ、いま介入は自分を満足させるために行われた出来レースだったって、思っただろう?」
「だって…実際そうだったんでしょう?」
「そりゃあ、周と一緒だったからな。おまえたちの介入が失敗することはないと思ってた。でもな」
左山さんは苦い表情のまま、とても優しい目を向けた。
「正直、おまえがあんなに活躍してくれると思わなかった。周のそばで、誰かを助ける現場を見せることが出来ればじゅうぶんだろうってな…でもあんたは違った。あんたは必死に患者たちを助けようとしていた。周の無茶ぶりもあったけどな」
左山さんは柔らかく笑う。
「なにより…おまえは周を救った」
「アマネを?」
「ああ。私たちは周が発病してからずっと彼を見てきた。そして、可視化装置によって彼とコンタクトをとって…もう十年。彼の笑顔を見たことがなかった」
「え…」
俺が見てきたアマネは、いつも笑顔だった。初めて出会ったときも、そして最後の時も。
「一度、彼に聞いたことがある。どうしていつもそんなにむすっとしてるのかって。オネイロスは患者のための空間だ。どんなに現実で心を閉ざしたやつだって、オネイロスではのほほんとしている。それが、周はちがった。だから気になってな。そしたら」
「…そしたら?」
「周、それに気がついてなかった。自分の表情なんか、興味なかったんだ。そうしたら…私の同僚が、そんなんじゃ友達も恋人もできないわよーなんて言って。あいつ、そのときは気にしてないみたいだったけど、その同僚がいなくなったとたん、私に笑顔ってどうやるんだって聞いてきたんだ。そんなの、私より同僚のほうが得意なこと知ってるはずなのにな」
無表情のアマネ。俺は最後の介入を思い出した。あのときのアマネは笑ってこそいなかったものの、不機嫌には見えなかった。
「…じゃあ、俺といるときはいつも気を張ってたんですね」
「ああ…最初はな、そうだったみたいだ。でも…そうじゃなくなってた」
「…なんでそう思うんです?」
「言ったんだ、周に。笑顔上手になったなって。そうしたらあいつ驚いて…あれが、彼の自然な笑顔だったんだな。おまえといるのが、本当に楽しかったんだ。」
左山さんはそう言うと、両手で顔をおおった。
「さ、左山さん…?」
「あいつ、もう長くないんだ」
「え?」
「人の心に、記憶に、介入しすぎた。他の人の記憶に影響を受けすぎて、もうあいつ自身のオネイロスが消滅してしまう」
「オネイロスが消滅って…そうしたら、アマネは起きるんじゃ?」
「言ったろ。起きるのにはニュクスを消すことが必要だ。だが周のニュクスは存在したまま。だから…」
「アマネは目覚めない…?」
「それどころか、あいつの唯一動いていた思考まで止まるんだ」
その先は言われるまでもなかった。
「そ、そんな…どうするんですか!?」
左山さんは真っ赤になった瞳をこちらに向けた。
「どうしようもない…あいつ以外、他人のオネイロスに介入出来る人間はいない」
「俺は!?俺は、アマネとオネイロスに介入してきました!」
「あんたはもう起きてるだろ」
目の前がぼやける。俺を、俺たちを救ってきたアマネを、誰も助けることができないなんて…。
アマネは、ずっとあの場所で一人でいるのか。
そして、誰にも触れることなく消えるのか。
「…俺が、もう一度ヒュプノス症候群になれば…」
呟くと、左山さんはハッと目を開いた。
「そうですよね?起きているのなら、もう一度ヒュプノスになればいい。そうすれば…」
「私たちがその可能性に気づいてないと思ったか?」
彼女は低い声で言った。
「あんたがヒュプノスになったら、誰があんたを救う?」
「…それは」
「言わなきゃならないことがある。私があんたを研究所から遠ざけた理由だ」
目元をナプキンでぬぐうと、彼女はこちらに向き直った。
「研究所は、おまえをヒュプノスにしようとしている」
「え…」
「でもそれは周を救うためじゃない。あんたを第二の周にするためだ」
「第二の?」
「周はもうすぐ死ぬ。そうすれば当然、ヒュプノス患者を目覚めさせることができなくなる。研究所は患者を目覚めさせなければいけない。だから、あんたをヒュプノスにして、周の介入を引き継がせるつもりだ」
「つまり…研究所は、俺に死ぬまで人助けをさせようとしてるってことですか?」
「そう」
俺がアマネの代わりになる…。そんなことがうまくいくのか?いや、それよりも、本当にこのままアマネを見殺しにするつもりなのか?
「…さっきは勢いで言いましたけど、人為的にヒュプノス患者をつくることができるんですか?」
「ヒュプノス症候群はだれでもなるものじゃない。二十代以下の、限られた人間がなるもの。それが誰なのかはわからないけど、一度ヒュプノスになった人間ならその素質があるということがわかっている。その人間の生活や思考をさぐり、ニュクスとなるものを見つける。そのあとは簡単。どんなものでもいい、ストレスを与え続ける。それだけだ」
つまり俺は、これから研究所に弱味を見つけられればすぐにアマネの後継者としてオネイロスに閉じ込められるということか。
「本当に、どんなものでもいいんですか」
「ああ。でもニュクスにひっかかるストレスだと拘束力が強いな」
「なら…俺はヒュプノスになります」
「…周の跡を継ぐ気か?」
「違います。アマネを救うためです」
言うと、左山さんはため息をついた。
「だから、お前をヒュプノスから起こす人はいないんだぞ?お前はどうするんだよ」
「自力で起きます」
左山さんは目をまんまるくして俺を見た。
「…自力で目覚めた人はいままでいない」
「アマネだって、ヒュプノスなんて名前が出来る前に眠ったんですよ。俺だって、自分で起きて名前つけてやりますよ」
自分でいっていて訳がわからなくなってきた。左山さんは意気込む俺をじっと見ると、吹き出した。しかしそれは一瞬で、すぐにその表情は引き締まる。
「…根拠は?」
「根拠?」
「あんたが起きられるっていう根拠。さすがに、誰かを救うために違う誰かを犠牲にするような作戦に賛成できない。お前が確実に戻ってくるという根拠を言え」
左山さんは真面目な表情になると、まっすぐ俺を見た。負けじと彼女を見つめ返す。
「…俺のニュクスは人助けがしたいというものでした。もう一度そのニュクスでヒュプノスになれば…。俺、アマネを救うことが出来たら、きっと起きます」
左山さんの目をじっと見つめる。彼女は上目使いに俺を見ている。数十秒はそうしていただろうか。やがて彼女は目をそっとそらした。
「…確実な根拠って言っただろ」
「…俺は、必ず起きます」
左山さんは大きくため息をついた。
「おまえがそんなに馬鹿だとは思ってなかった…」
呆れたような声。ちらりと左山さんの様子を伺うと、彼女ははこちらに右手を差し出した。
「協力する」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、まずはあんたが本当にヒュプノスになれるかが問題だ」
彼女はぐっと身体をテーブルの上に乗り出した。
「私がが出来ることは一つだけ。ヒュプノスになったおまえを周のオネイロスに介入させること。それ以上期待しても無駄だぞ」
「じゅうぶんです」
その後、俺たちは具体的な計画を話し合い、別れた。万が一のため、お互いの連絡先は交換していない。左山さんと個人的に接触したことがばれれば、計画はおじゃんになるかもしれない。
「…最後に、これだけ確認させて」
「なんですか」
「この計画が失敗すれば、あんたはほぼ確実に第二の周になる。まさに、ミイラ取りがミイラにってことだ。その覚悟はできてる?」
佐山さんはじっと俺の目を見据えた。彼女をしっかり見つめ返す。
「必ず成功させます」
「…本当ばかだな」
彼女はふっと笑うと席をたった。
数日後、俺は研究所に単身侵入した。
暗い廊下を足音を殺して進む。左山さんの予備の白衣を身に付けているが、ばれるのは時間の問題だろう。俺は左山さんのまつ病室に急いだ。
備品庫とかかれた扉をそっと開く。さまざまな器具のなかで、左山さんがこちらを見た。
「…おそい!」
「す、すみません」
「じゃ、ここに横になって」
彼女が示したのは白い台だった。よく見ると、なが机にシーツが被せてあるだけだ。
彼女をそっと見ると、何も言わずになが机をトントンと指でたたく。俺はそこに横たわった。
「周の方には私の同僚がいて、あんたがヒュプノスになったらすぐに周のオネイロスに介入できるようにして待ってる」
「左山さんはなにをするんです?」
「私はあんたを送り出す役目」
後は俺がヒュプノスになるだけだ。俺は目を閉じ、アマネのことを考えた。
アマネがどのような経緯でヒュプノスになったのか、俺はわざと調べなかった。俺は、あいつの言葉から、記憶から、直接ニュクスを判断したい。
人のことばかり救って自分のことを救えないあいつを、俺が助けたい。助けなきゃならない。俺にしか出来ない。
そのとき、耳をつんざくブザーの音が響いた。
「まずい、ばれたか」
左山さんが言った。
「所長が来たら、あんたの介入は阻止されてしまう。そのまえにはやく!」
俺は目をつぶったまま頷く。はやく、はやく。
ブザーが鳴り響く。もうじゅうぶんストレスじゃないか。どうしてもう一度なれないんだ。
俺はアマネを救う。俺が、俺が。
救う、救う、救う、すくう、すくう…。
真っ暗な世界の中に、ポツンと赤い光が見える。それは一瞬にして広がると、視界が真っ赤に染まった。
そして、何も聞こえなくなった。
「…コウ?」
目を覚ます。アマネの顔がそこにはあった。
「アマネ!」
起き上がると、アマネが態勢をずらした。
「わっ…そんな勢いで起きたら頭ぶつける」
「あ、悪い…」
「そんなことより、なんでここにいるの?コウは起きたはずじゃん」
アマネは俺のとなりに座りながらこちらを見ている。この前別れたときと何も変わっていなかった。
「それは…」
言おうとして、俺は口をつぐんだ。俺とアマネがいる場所は天も地も存在しなかった。見上げると川が流れ、地面から解放された木やビルがふわふわと宙を漂う。俺たちは船の上に乗っており、その下では星がチラチラ輝いている。それらの景色のなかに、俺が介入に同行したオネイロスの風景も混ざっている。
「コウ?」
「…俺は、お前を起こしに来たんだよ」
告げると、アマネはため息をつき、頬を膨らませた。
「どーせサヤマさん辺りでしょ。お節介だって言ってるのに」
「左山さんもそうだけど、俺がそうしたかったんだよ」
言うと、アマネはこくびをかしげた。
「なんで?」
「なんでって…」
「おれは、ここから出たいなんて思ってないよ?」
アマネは船の外に両足を放り出し、ぶらぶらさせている。
「お前…このままじゃ死ぬぞ?」
「うん。だめ?」
想像外の回答に言葉が続かなかった。こいつ、自分が死ぬことをしっていたのか?
「だめっていうか…」
「ここで、おれはスーパーヒーローだよ。誰の記憶にも残らないけど…あ、コウは覚えてたね。人を救うって、素晴らしいことだよ。おれは自分のしてることに誇りを持ってる。オネイロスではおれの嫌なことは何もないし、ここで自分のしたいことをして一生を終えるなら本望だ」
アマネはそう言った。とても嘘には聞こえない。アマネは風を受けるように目をつむる。
俺はアマネを助けたくて来た。しかし、当の本人はそう思っていない。俺が助けたいという気持ちは、自己満足にすぎないのではないだろうか?
視線を落とす。アマネの腰回りにはなにもない。メガホンも、目玉も。
「目玉は?」
「ああ…最近ちょいちょいいないんだよ。まぁ、四六時中一緒にいる訳じゃないから」
目玉が言った、アマネを助けろという言葉。あれは、あれも、俺と同じようにお節介にすぎなかったのだろうか。
「探しにいっていいか?」
「いーよー。…でも、たぶんもうだいぶ時間がないから、キリのいいところで帰りなよ」
アマネは空を眺めたままだ。
「…あとで来るから、ここで待ってて」
「しょーがないなぁ」
アマネはこちらを見なかった。俺は背を向けて歩いた。
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