スズメちゃんは愛を伝えたい(4)
夕日は落ちかけ、空は橙色に染まっていく。人気も少なくなり、残るのは夕方にしか漂わない独特な草木の擦れた鼻を突く匂い。
公園も例外ではない。
『ミドリさん! 準備出来ました!』
「よぉし、あとはあいつを待つだけだな」
あいつ、とは勿論クロさんのこと。作戦もあとはクライマックスを迎えて感動のエンディングへと移行するだけとなっていた。
私達は部屋からではなく、直接事の顛末を見届けるため、スズメちゃんがいる場所の反対側にもある大木の裏に隠れている。間に滑り台等の遊具があり、余程のことが無い限りバレることはないだろう。
「……お、来たぞ!」
近くで止まっていた大量のカラスが空へと羽ばたくと同時に、クロさんは落ちてくる花びらのような黒羽に包まれてやってきた。なんか格好良い。
目には曇りがなく、ただ一点────スズメちゃんのみ視界に入っているようだ。
『き、来た! 来た!』
「落ち着けスズメ! 大丈夫だ、先ずは深呼吸をしろ。……ひっひっふー、ひっひっふー」
『ひっひっふー、ひっひっふー……さ、流石ミドリさん、私達がそこまで到達すると予想してこんな呼吸法を……はぁ、はぁ』
「へ? ま、まぁとにかく、しっかりとやれよ!」
『ふぁい!』
ラマーズ呼吸法を教えてどうするのよ。でもなんとか、多少落ち着きは取り戻し、スズメちゃんは近づいてくるクロさんに顔を向けている。
「スズメ、来たぞ」
「うん……お姉ちゃん」
大木に生えた無数の葉が影を作り、二人だけの空間を作り出しているよう。風は止み、あるのは緊張感が漂う重くも爽やかな空気。スズメちゃんの口は、自然と開いていく。
「お姉ちゃん……来てくれてありがと」
「いいんだ。それより、いったいどうしたんだ。こんな所に呼び出して」
「うん……あの」
「好きな人がいる────か?」
「────っ!」
まさか、自分から切り出してくるなんて。男らしさ全開なクロさんだ。
「なんだあいつは……スズメが告白しようとしているではないか先に言いおって……」
どうやら、この蛇さんにはあの格好よさに気付かないみたいだ。格が違いすぎて少し哀れな目で見てしまう。
「哀れな目ビームー」
「がっ! な、なんだその目は! それは我に効く! 止めてくれ!」
と、馬鹿なやり取りをしていると、二人は更に近づいていくようだ。
「お姉ちゃん! ……私、私!」
「スズメの気持ち、今ここで伝えてくれ。正直に、目を見て」
「うん……あのね、私……」
風が吹く。木々を揺らし、葉も風に乗り、桜吹雪が舞っているようだ。
二人は色づいた緑の葉に包まれていき、そして────。
「─────お姉ちゃん! 私っ!」
「─────っ!」
「好き」
「スズ、メ……」
「大好きなのっ! カラスお姉ちゃんのことがっ!」
「…………」
「血が繋がってる? 女同士? そんなの関係ないよ! 私……お姉ちゃんのこと好きで好きでしょうがない……」
「スズメ……それは」
「ねぇ……私の愛を、受け取ってほしい。ほんとに、真剣に」
「………………」
クロさんは、俯いた。これは否定しているのかまったく分からない。
スズメちゃんの愛の告白。果たして、クロさんはどう答えるのか。
「おぉおぉ! 蛙、蛙! ついに愛を伝えたぞあいつぅ! さぁさぁどうなるんだどうなるんだ!」
はしゃぐメデューサさんを見ていると、昼下がりに再放送の恋愛ドラマを見て興奮している主婦にしか見えない。
内心、似たような思いが私にも芽生えているけども。
「スズメ……私はな……」
「うん……」
「──────スズメのこと、私も好きだぞ」
「…………ふぇっ!?」
まさかの答えがクロさんの口から飛び出てきた。予想では、流石に断るだろうと思っていただけに、驚きで言葉を失う。
「………………」
……メデューサさんも同じように思っていたようだ。石化したように大口を開けて硬直している。つんつんしてもびくともしない。
「お姉ちゃん……やっと、想いが伝わっ────へ?」
クロさんはスズメちゃんの頭を突然掴み、自身の大きな胸に頭を強引に擦り付けた。
私達の目にも、何が起こっているのか分からない。何をしているんですかクロさん。
「お姉……ちゃん?」
「────お母さんになって、欲しかったんだな」
「「──────はぁ!?」」
とんでもないことを言い出したクロさんは、突然上半身の衣服をめくり上げ、下着越しの胸にスズメちゃんの顔をこれでもかと言うほど擦り付け始めた。
「ぼ、ぼえぇしゃん、な、なにしてぇ」
「いいんだいいんだ。スズメは、私の愛が足りないって言いたいんだろ? そう、まさに母親のような愛を」
「ち、ちが、わたじはぁ、ぼねえ、しゃんとぉ、つきあっ」
「あぁあぁ分かっている分かっている。今までスズメへの愛が足らなかったようだ。これからは、スズメのことを今まで以上に可愛がってやる。母親のように思ってくれ……」
「な、なにいって……で、でも……ぼねえしゃんのおっはいぃ……ふへへぇ」
「吸いたいのか? いいぞ、好きなだけ吸っていいぞ。気が済むまで、ありったけ」
「ぶふぉぁっ!」
クロさんの胸元に鼻血が泥でもぶっかけたように付着した。胸にナイフでも刺されたのかと勘違いしてしまうほどだ。
「……なぁ、蛙」
「ん?」
「あいつ、意外と頭のおかしいやつだったのだな」
「きっと、色々考えが飛躍して、暴走した結果だよ。しょうがないよ」
「……帰るか」
「うん。スズメちゃんも嬉しそうだし」
私達は踵を返し、夕焼けの空へと消えるように公園を出ていった。なんか疲れてしまったから。
幸せな表情を浮かべ気絶したスズメちゃんと、検討違いの天然クロさんを置いて────。
「えへぇ……えへ、あへぇ……」
「す、スズメ? な、なんで倒れるんだ!? おい! あ、なんか幸せそう。だが……スズメ起きろおおおおおおぉぉ!」
勘違いな叫びは、日暮れと共にかき消されていくのだった。
メデューサ?メデューサさんなら私の隣で寝ていますよ? 緑乃鴉 @takuan66
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。メデューサ?メデューサさんなら私の隣で寝ていますよ?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます