スズメちゃんは愛を伝えたい(3)


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


「ん? なんだスズメ」


 早朝。鏡の前で並ぶ二人は、髪を整えている。クロさんの髪は長く、セットにも時間がかかっているみたいだ。スズメちゃんは既に終わり、声をかけている。


「夕方……時間ある?」


「買い出し終わったらあと暇だからなぁ……一応あるよ」


「そっか……あの、ね? 公園にある大きい木の下で、日が沈みだす頃……その、待っててほしいの」


「あぁ……あのやたらでかい木な。いいけど……何かあるのか?」


「と、特に変なことは……ないけど……ちょっと、ね!」


「そ、そうか……」


 クロさんはどうみても不思議がっている。いつものスズメじゃない、と。

 実際、スズメちゃんの顔からは滝のような汗が流れ落ちている。誰がどうみてもおかしいのだ。


 不振に思われながらも特に目立った動きはなく、あっという間に時間は過ぎていった。

そして、買い出しへ行く昼過ぎに────。


「なぁ、本当に大丈夫か?」


「大丈夫だよ!」


「いや、だって……鼻から赤いのが出たり入ったりしてるし……」


 スズメちゃんの鼻穴から、鼻血が出入りを繰り返している。これじゃモグラ叩きゲームに出てくるモグラみたいだ。

 汗も止まらず、緊張しているのがよく分かる。いや、興奮というのかなあれは。


「こ、これは!……タラコだから気にしないで」


「タラコ!? 鼻から……タラコ!?」


「い、いいから! 早く!」


「わ、分かったよ。あ、待ち合わせちゃんと行くからな」


「うん!……ねぇ、お姉ちゃん……私」


「どうした?」




「────ううん……行ってらっしゃい!」


「……い、行ってきます」


 クロさんは頭を悩ませながら、買い出しへ出掛けていった。それを追うように、小さい物体も飛んでいった。





「──────ミドリさんっ! やり遂げましたよぉ!」


『うむ! 上出来だったぞ! た、タラコは無理があったが……まぁいい!』


 なんで二人の様子が分かるかというと、メデューサさんの力で空飛ぶ小型ヘビを召喚して、それを遠隔ドローンのように現場の様子を盗撮しているからだ。映像はメデューサさんの力で出現させた靄のようなスクリーンで映し出されている。

 声はメデューサさんがスズメちゃんの脳に念力を飛ばして送っているらしい。


 クロさんにバレたら怒られるだろうなぁ。


『さて……次は私だな!』


「神様! あとは任せました!」


『うむ! 大船に乗って待っておれ!』


 泥船になりそうだ。


「行ってらっしゃい」


「行ってくる! 我が帰るまで、我の勇姿を見届けるがいい! はぁーっはっはっはぁ!」


 そう戯れ言を言って、メデューサさんは風のように行ってしまった。

 映像には、クロさんが何か考えながら歩いている様子が映し出されている。


「スズメのやつ、どうしたんだ? 何か悩み事か?」


「おい! 奇遇だなゴキブリ女!」


 そんなクロさんの前に、アホ……メデューサさんが現れた。


「お前か……奇遇とか言ってるけど、どうみても待ち伏せしてたろ。道の真ん中で仁王立ちしてるくらいだからな」


「なぁっ!? ふっ、まぁいい細かいことは気にするな」


 図星だねメデューサさん。あからさまに図星だね。


「それより、どこへ行くんだ?」


「買い物だよ。店用と家用でな。……そんなの聞いてどうするんだ」


「────ど、どうするんだろうなぁ」


 ノープランだったー。何も考えずに話を切り出したやつだー。


「そ、そういえば! スーパーに蛙がいるぞ!」


「そ、そうか。……で?」


「え、えぇっと……そ、そうだなぁ……」


 駄目だ、メデューサさんの頭は爆発寸前だ。話題の一つも浮かばず、切り出す言葉に悩みまくっている。




「あ! スズメには好きな人がいるんだってぇ!」


「────はぁ?」


 全て開き直ったようなアホ面をしたメデューサさんは、予定していた台詞をかなり不自然に切り出してしまった。

 もう限界だったんだね、そうなんだね。


「…………では、さらばだゴキブリぃ! はぁーっはっはっは!」


「あ、おい! 今のどういうこと……行っちまった……」




 映像を眺めていると、バタバタと騒がしい物音が聞こえてきた。

 きっと、作戦失敗したお馬鹿さんだろう。



「蛙ぅ! どうだ! 我の勇姿は見てくれ……あんっ!」


 私は、勢いよく扉を開けて帰ってきたメデューサさんにクッションを投げつけた。


「お馬鹿」


「だ、だって……楽勝だと思ったんだもん……思ったんだもん我!」


 自然とため息が生成されていく。これは、私が人肌脱ぐしかないみたいだね。


「私におまかせ」


「い、今の蛙は後光が射して神のようだぞぉ

……」









「なんなんだあいつは!」


 いきなり現れては意味不明なこと言い出して、ばつが悪そうな表情になったと思ったら……スズメには好きな人がいる、だぁ!


「むっかつくなほんと!」


 はぁ……怒っても仕方ない。今は目の前のスーパーに入って買い物を始めるとしよう。



 スズメには好きな人がいる────。


 さっきから本当なのか分からない信用性の低い言葉で頭がいっぱいだ。買い物どころではない。


「じゃがいも……スズメ……人参……スズメ……卵……スズメ、スズメ、スズメ……」


 駄目だ、スズメが買い物リストを侵食しだしてきやがった! いったいどうしたら……。


「クロさん」


「ん? あぁ、蛙ちゃんか」


 そういえばあいつが言っていたな。なんとも不自然だったが……。


「買い物か?」


「はい。クロさんも?」


「そんなところだ」


 こう見ると、海に行って倒れた日から、少し顔色が良くなったみたいだ。何かにスッキリして、しがらみが消えたみたいに。

 母親のことだろうか……。


「もう大丈夫そうだな」


「ん?」


「なんでもないよ。さ、買い物の続き続き!」


「クロさん、スズメちゃんに好きな人がいるって本当?」


「…………お前もか」


 蛙ちゃんが言うってことは……本当なのか? いやでも、まさかスズメが……。


「なんか、今日の夕方に公園で待ち合わせしているその好きな人に告白するらしいですよ」


「────え」


 嘘だろ、あのスズメが? 本当に好きな人がいる……のか。


「な、なぁ、その好きな人って誰か分かるか?」


「ううん、分かんない。でもすっごくすっごく愛してる人らしいですよ」


「なんだとぉ!?」


 いかん。つい身を乗り出してしまった。

 そうか、そこまで愛する人が……。スズメもそういう歳になったってことなんだろうか。


「クロさん、私の頭に手を置かないでー。支え手にしないでー」


 あぁ……スズメだって、恋をする時期なんだ。 だったら、ショックを受けてないで応援するべきなんじゃ。今思えば、今朝も行く時も様子がおかしかった。あの時言いかけた言葉は……このことなのか?


「…………」


 赤ん坊用品コーナーを見る。あんなに小さかったのに、甘えん坊だったのに、好き好き言っていたのに……時間の流れとは早いもんだな。

 涙が自然と溢れてくる。あぁ、今日の夕方には、大人の階段を上っているのか……そうかぁ。



 ────ん? 夕方?



「蛙ちゃん、その約束の時間っていつだっけ?」


「このあと。日が沈み出す頃」




 ──────約束の時間じゃないか!? 


 え、いやまさか、そんな……そんなまさかありえないってば、そうだよ、うん。



「それと、その人とは公園の大きい木の下で会うんだって」


「そ、それって……」





 もしかして、好きな人って──────────私!?

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