スズメちゃんは愛を伝えたい(2)


「───お姉ちゃん」


「スズメ────」


 夕焼け空が見下ろす大木の下で、二人は互いに恍惚な目で向き合う。張り裂けそうになる想いを抱きながら───。

 二人を邪魔するものは誰一人としていない。唯一周りで取り巻くものは、目には見えない愛の天使達だろう。


「お姉ちゃん……私っ!」


「─────っ!」


 歩み寄る恋する乙女。それに呼応し、自然と引き寄せられる黒の麗しい王子様。女だけど。

 緩慢と近づく体と体。手と手は蔦のように絡み合い決して解れない。


 そして乙女は、禁断の恋を成就させるため、ついに言い放つ。そこに恥はない。ただ、本能に従うままに───。


「お姉ちゃんのこと、ずっと前から─────」








「作戦はこうだ」


 メデューサさんは空中に自分の考えていることを映像として念写させ、プロジェクターで映しているように表示させた。

 私、スズメちゃん、メデューサさん、クロさんがマスコットキャラのように等身が低い駒として映っている。


「なんで私の分身は蛙そのものなの?」


「細かいことは気にするな!」


「えぇ」


 納得いかない。頬を膨らませた私を無視し、メデューサさんは話を切り出した。


「先ずは明日の朝、スズメがゴキブリ女を公園に誘う。日が沈み出す頃、公園の大きい木の下に来て、と。そこが告白までの最初の起点だ」


「はい先生!」


 スズメちゃんがすっかり生徒になっている。目は血走り真剣そのもので怖い。

 というか、この状況を突っ込まない彼女は感覚が麻痺しているのか必死なのかよく分からない。


「ゴキブリ女は明日買い出しに行くんだよな。出掛ける前、スズメは何か言いたそうな素振りを見せながら送り出せ」


「素振り?」


「あぁ……可愛く、寂しさを演出しながらな。きっと妹を大事にしているあいつのことだ、かなり気にしながら出掛けることになるだろう。いったい何を言い出そうとしたのか、私に何か伝えることがあるのか、とな」


「なるほど……頑張ってみます!」


 おや、メデューサさんが急に眼鏡をかけた。調子に乗ってきた証拠だな。


「ふんっ! 素直でよろしい! そして、送り出した後は……我々の出番だ!」


「なにするの?」


「まぁ聞いていろ。先ずは我がゴキブリ女とバッタリ会う。勿論、先回りしてやってきたタイミングで自然と現れてな」


 映像では、クロさんの目の前にメデューサさんが脅かすように現れている。自然とは程遠い気がしてならない。


「自然とはいったい……」


「い、イメージだからいいのだ! そ、それで! 我がこう言う……『スズメには好きな人がいるらしいなぁ』とな」


「おぉ」


「流石のあいつも、妹のこととなれば気が気ではなくなってしまうだろう。いったい誰が好きなんだ、と」


 スズメちゃんの顔を見ると、何やら興奮しているようだ。鼻から牛のように荒く空気を吹き、息すらも荒くなっている。


「そして! 次は蛙の出番だ!」


「私?」


「そう! 蛙も我のように待ち伏せしてもらう。バッタリ出会う場所……そこは買い出し先のスーパーだ!」


「す、すすす、スーパーで今度は何を吹き込むのですか師匠!」


 先生から師匠にランクアップしたみたいだ。歪んだ尊敬の念が、メデューサさんに対して段々上昇しているのだろう。

 それに相乗して、ツバメちゃんの気持ち悪さも上昇していくようだ。


「ふっふっふ。先ずは世間話で華を咲かせ、不意に蛙は言うのだ。『スズメは夕方、公園の木の下で好きな人に愛を伝えるみたい』とな!」


「おおぉぉほおおおおぉぉぉぉおおっ!」


 隣にいるスズメちゃんが暴れすぎて怖い。唾と汗を常に振り撒いている。私にも生暖かいヌメッとした水滴がペタペタと肌に付着していく。


「それを聞いたあいつは……あれ、もしかして夕方待ち合わせしていたのは、愛の告白を見届けてもらい、成功した時交際を許可してもらうよう居てほしいってことじゃ……と、考えるわけだ!」


「それって……それって……」


「そう……そして、悶々と悩ませた頭で待ち合わせ場所に来ると────スズメが一人、木の下で佇んでいるのだ」


「うほおおおおおおぉぉぉぉぉっ! うほっうほおおおぉぉ!」


 ついにゴリラのように胸を叩き出してしまった。今はスズメちゃんではなく、ゴリラちゃんと呼んでいよう。


「スズメはこう言うのだ……『私、お姉ちゃんに伝えたいことがあるの』と」


「くらいまっくすだぁ」


「そうだ! あいつは気付くのだ……もしかして、好きな人って私? 今まで好き好き言われてきたのは、本当の意味の……となぁ!」


「あぁぁぁ……ぁぁぁああああっ……」


 今度は嗚咽しながら、泣き崩れた。テーブルに尋常ではない涎が滴っている。きっと、これが最終形態だろう。


「二人は木の下で向かい合い、頬を赤く染める。ゴキブリ女はスズメを真の意味での女として、スズメはゴキブリ女を絶対的な愛の対象として……そして────」


「あぁ……あぁぁあ……」






「『好きです、お姉ちゃん。付き合ってください』……真の告白を受け取ったゴキブリ女は、心を据えて言うのだ……『───うん、私も好き。ずっと、一緒に、お婆ちゃんになるまで愛しあおうな』────となっ!」




「ぶぎゃっ!」



 スズメちゃんは、豪快に鼻血を噴射させながら後ろに倒れてしまった。倒れてもなお出る鼻血は、雨のように私達に降り注ぐ。


 あぁ、どんどん部屋が赤く染まっていくよ。



「さぁ! 作戦は決まった! 我の練りに練ったこの作戦……必ず成功するはずだ!」


「が、がびざばぁ……あぁ……あぁぁあ」


 メデューサさんがスズメちゃんにとって神のような存在になったらしい。一応、本当に神様なんだけどね。


「よぉし! お前ら! 明日は必ず成功させるぞぉ!」


「おー」


「おぉぉおおっ……」


 いったい明日、どうなることやら───。

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