スズメちゃんは愛を伝えたい


「今日は! ご相談が! あります!」


「うん」


「な、なんだというのか……」


 なんでもない平和な今日、目の前の人は嵐のように騒がしく音をたててやってきた。

その名は───スズメちゃん。クロさんの妹さんで、今はクロさんと暮らしているとっても可愛い子。


 いつもは、こんな冷静さを失った獣みたいに息を荒くさせるキャラじゃない。元気で無邪気なお姉ちゃん子なはずだ。


「それが、ですね……」


「冷静になって、ね」


 安物のTバックで作った紅茶をスズメちゃんの前に置いた。


「あ、ありがとうございます────安物ですねこれ」


「し、失礼だなお前……いつものスズメではないようだぞ」


「えぇ……今日はいつものスズメちゃんじゃないんです……」


 自分で自分の名前にちゃん付けし始めた。これはただ事ではなさそうだ。大事件だ。


「……蛙、ワクワクするな」


「バレた?」


「そんなキラキラした目させておれば嫌でも分かるわ!」


 面白そうと思ってしまっていた。こんなスズメちゃん初めて見るから。

 紅茶を飲み干すと、スズメちゃんは決意に満ちた表情で口を開いた。


「私! スズメは!」


「…………」


 ごくり、と生唾を二人で飲んだ。いったい何を言い出すのか。わざわざここに来て、いったい何を相談したいのか。

 期待と不安が入り乱れる中、それはついに正体を現した。





「─────お姉ちゃんに愛を伝えて付き合いたいです! どうすればいいですかぁぁぁぁぁぁああああっ!」





 ……空気が硬直していく。周りが全て凍りついていき、逃げ場のない空間が着実に出来上がりつつある。


 メデューサさんも顔が固まり、石化しているようだ。無論、私も同じように動けない。


 この子はいったい何を口にしたんだ、と。想像を絶する相談に、私達の口は接着剤でくっついたように開かなくなってしまった。


「あ、あのぉ……もしもーし。お二方ー?」





「─────はぁぁぁぁぁああああっ!?」


 遅れてやってきたメデューサさんの絶叫は、固まっていた空気をガラスが割られるように破壊していった。











「つ、つまり、あいつに対する愛が溢れすぎて我慢出来なくなり、いっそそういう関係になりたいから協力してくれ……と」


「はい!」


「はい!……ではないだろアホかお前は!」


 まさかスズメちゃんがクロさんによこしまな目で見ていたなんて。いや、本当に好きなら、よこしまではないのかな?


「まず、お前らは姉妹であり家族だろう。我がかつていた地では日常茶飯事だったが……流石にこの時代にそれは不味いだろう」


 久しぶりにメデューサさんがまともなこと言ってる。昼の番組に出てくるご意見番みたいだ。


「関係ないです! もう私の愛は止まりません! やっと一緒に暮らし初めたのに……姉妹という関係性ゆえに手が出せない!」


「まともな頭なのか狂った頭なのかはっきりせぃ!」


「クロさんには好きだって伝えたの?」


「それが……」


 苦虫を噛み潰したような顔になるスズメちゃん。人差し指をテーブルに置き、円をなぞるようにくねくねしている。

 スズメちゃんには申し訳ないけど、気持ち悪い。


「何度も何度も気持ちは伝えています。好きだ、って」


「あいつのことだ、冗談か姉として好きだと思われているんだろう」


「そうなんです! 超絶そうなんです!」


 クロさんは常識人だ。妹から愛の告白を受けても、きっと軽くあしらって終わるだろう。


 愛を伝えるにはかなり苦労しそう。ましてや妹だし。


「一緒にお風呂に入った時胸を揉みまくったり、寝静まった時枕元に'貴女は妹が好き'と書いた紙を置いたり、唾液の口移しで水分補給しようとしたり……色々やったのに! 振り向いてくれない!」


「嫌がらせばかりではないかっ!」


 おぉう。スズメちゃんは変態さんだったのか。よし、メモっておこう。


「そこ! 変なことメモらない!」


「うわぁぁぁぁぁあああんっ! どうしたらいいのぉぉぉぉおおおおっ!」


 泣き喚くスズメちゃんは、鼻水と涙を撒き散らしながらテーブルに突っ伏した。あぁ、もう滅茶苦茶だよ。


「それで、私達は何をすればいいの?」


「そうだ、いったい我らが何を協力しろと」


 顔を上げたスズメちゃんは、鼻水が口の回りに付着して、くしゃくしゃに丸めた紙のような顔をしている。


 可愛いとは言えない。これはグロいと言える。




「ひっく……あの……それは……」


 聞き耳を立てる。最初は期待もあったけど、今は不安しかない。頭の中の天使が、「聞いてはいけない蛙!」と言っている。

 メデューサさんの不安そうな表情を見ると、同じ心境なんだろうな。






「────お姉ちゃんが私の愛に気付いてくれるよう、色々サポートしてほしいんです……どんな手を使ってもいいので」



「「……………」」


 お互いに顔を合わせる。答えは同じようだ。





「「却下」」


「そこをなんとかぁぁぁぁぁあああっ!」


「ち、地に頭をつけ懇願するなど! 貴様に誇りはないのか!」


「だって……だって……」



 見ていると、流石に可愛そうになってきた。

 私はメデューサさんの耳元で「やってあげよ」と囁いた。それを聞いた途端、嫌そうな顔を向けてきた。


「はぁ……分かった分かった。協力してやろう……まったく」


「ほんとですか!? よっしゃあぁぁぁぁっ!」


 男勝りなガニ股でガッツポーズを取るスズメちゃんを見ていると、あの可愛かった頃の姿が燃やされていくような気がした。


「それで、先ずは何をするのだ?」


「先ずは……」


 最初は難しくなく簡単なことだろう。


 そう思っていた私は、とても浅はかだった。この後の言葉で、スズメちゃんのヤバさを思い知らされることになったのだ。





「──────先ずは髪の毛ですね」


「…………は?」


「それから爪の垢。それに唾液も少々。あとは血液……あぁまぁそれは私のでいいか。薔薇のエキスに蝋燭も必要ですね。……さぁ! 皆で集めましょー!」


「───黒魔術は駄目だろお馬鹿ぁぁぁああっ!」


「ぐへぇ!」


 メデューサさんの鉄拳が、スズメちゃんの頬を歪ませ、体ごと吹き飛ばせた。


「はぁ……はぁ……普通の方法だぞ! いいな!」


「ふぁ、ふぁい……」


 こうして、スズメちゃんの禁断の愛を成就させるため、私達は渋々協力することになったのだった。

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