メデューサさんは頑張る
「ゴホッ、ゴホッ」
メデューサさんに色々とバレ、泣きに泣いて気分がスッキリした日を越えた朝。
私は、絶賛風邪が悪化してしまったようだ。
「だ、大丈夫か蛙……」
メデューサさんはベッドに手をついて、私の顔を前のめりに覗き込んでいる。目は潤んで心配そうだ。
「メデューサさんは風邪引かないんだね」
「当たり前だ! そんな人間の病など我に効くわけない!」
いいなぁ。私もメデューサさんみたいになれば風邪引かなくて済むのかな。
そんなつまらないことを考えていると、メデューサさんは立ち上がり、目の奥に火がついた。
「よぉし! 我が面倒をみてやろう! 看病というやつだ!」
「いらない」
「えぇ……」
だって、不安で不安でしょうがないから。個人的には、側にいてもらえるだけでいいんだけどな。
最悪、スズメちゃんかクロさんを呼ばないと。枕元にある携帯へ手を伸ばすと、メデューサさんに取られてしまった。
「あいつらを呼ぶ気だろう? させん! 我が面倒見るのぉ!」
子供だ。ここに大きな子供がいる。立派なのはその図体だけかな。
「ま! 蛙はここでゆっくり寝ていることだ! しっかり家事をこなして、次戻る時は食事を持ってきてやるからな」
そう言うと、胸を張りながら鼻息を荒くし、ワクワクしているような表情で寝室を出ていった。
───寝よう。考えたら疲れるだけだ。
私は枕に顔を埋め、目を瞑った。
◇
「掃除なんて容易いものだ! はっはっは!」
この『そおじき』というやつでゴミを吸いとるのだろう。蛙がやっているのを何度も見ているからなぁ。
さて、取手を持ち、あとは『すいっち』を入れればブイーンと動き出すはずだ。
「さぁ! 我の指先でその産声を上げよ! 動き出すのだ……『そおじき』よ!─────」
──────動かん。なんだこれ。
「わ、我の命令が聞けぬというか! 動け! ほら!」
くっ、ブンブン振り回してもまったく動いてくれない。主は蛙と決めているのだろうか。
「ふんっ、ならば仕方ない。蛙の部下なら、我に従えない訳も重々理解出来よう」
我は『そおじき』を投げ捨て、雑巾を手にした。やはり、これがしっくりくるなぁ。
桶に水を入れ、あとは水拭きをするだけの簡単な仕事だ!
「ゆくぞ─────我、発進っ!」
床に雑巾を置き、両手で支え、四つん這いになりながら我は駆けた。往復していると、床の汚れがなくなりキラキラと輝いているように見える。
ふっ、我にかかればこんなもの───。
「『そおじき』! 貴様の出番は次に取っておくことにしよう」
……返事くらいしてもらわないと寂しいな。
まぁ! いいだろう! さて、次は……。
「洗濯、か」
昔やったことはあるが、全て手動だ。今の機械による洗濯などまったく分からん。
「えーと、どれを押せば起動するのか……」
蛙がやっていた通り見よう見真似で、槽に汚れた衣服を放り込んだが……どこを押せば動き出すか検討がつかん。
数々の『すいっち』が我の頭を混乱させそうだ。蛙に聞いておくべきだったな……。
「だがしかし! 我には力がある! 人間は機械を頼るだろうが、我は自身の力で洗濯してみせよう!」
さっそく力を使い、槽に水を発生させた。ゼロから生まれる水流は、渦を巻いて沸き出てきた。あっという間に水で満たされたようだ。
あとは回転させるだけだが、何か足りん気がする……。
「そうか、衣の臭いを消す薬を使うのだったな。だが……」
────無い。どこにもない。
蛙のやつ、切らしていたな。ったく、だらしないやつだ。
よし、ならとりあえず我の唾液を入れておこう。きっと、我の満たされた愛で汚れや臭いなど消え失せるだろう!
「さて、終わるまでにやることは……飯作りだな!」
ふっふっふ……。既に昨日スズメが作ったオカユは食べ終わった。つまり、自身で作らねばならない。
だが! 昨日スズメから作り方を教わっていたのだ! 蛙、待っていろ! すぐに最高傑作のオカユを作ってもっていってやるからな!
「なんだ、これは」
目の前の黒い液体はなんだ。なんかグツグツいってるし。
スズメに教わった通り作ったはずが、こんな出来損ないのスライムみたいになってしまった。あれか、隠し味に我の牙を入れたのが原因か。毒が良いスパイスになるかと思ったのだが……。
「た、食べてみるか……」
我は舌を出し、恐る恐る舌先を液体に付着させた。
「────う、美味いっ!」
これは、今まで味わったことのない未知の味だ!
口内を槍で刺されるような特別な刺激、ぬめっとしたまろやかな舌触り、ちゅるっと通る喉越し……パーフェクトではないか!
「くっふっふ……やはり、我に、不可能の文字はまったく……ないっ! はーっはっはっは!」
◇
……なんだか嫌な予感がして起きてしまった。
寝いってしまう前はドタドタと五月蝿かったけど、今は静かだ。これは杞憂だったかな。じゃあ、もう少し寝てよう。
「蛙っ! 食事だ!」
部屋が一瞬振動するくらい扉が勢いよく開かれ、笑顔のメデューサさんが現れた。
「ほれ! 我が丹精込めて作った傑作だぞぉ? 是非心行くまで味わうがいい! はっはっはぁ!」
「いらない」
「ふぁああっ!?」
だって、なにこの黒いの。マグマみたいにグツグツいってるし、ドロッとしてて不味そうなんだもん。というか、食べたら無事じゃ済まなそう。
「これなに?」
「お、オカユだ! 昨日食べたではないか!」
これがお粥というのなら、毒沼はお粥の湖に違いない。
「むぅ……せっかく作ったというのに」
メデューサさんは唇を突き出していじけている。つまらなそうにしている子供のように。
「───ど、どうした? 蛙」
私はメデューサさんの頭を撫でた。優しく、感謝を込めて。
「ありがとね。あとは、側にいてくれるだけでいいから」
「そ、そうか……」
いつもダラダラしてるメデューサさんが、こんなに頑張ったんだもん。色々失敗はあったみたいだけど、とっても嬉しい。
「ふふ、あとは蛙の側で─────あ」
「どうしたの?」
「……洗濯の水、回しっぱなしだ」
「それが何か不味いの?」
「うむ、我の力を使っての水だからな。水流の力は段々と大きくなっていき……」
その時、部屋に水浸しになるくらいのたくさんの水が流れ込んできた。
あー、これはひどい。
「うわぁ」
「な、な、な……と、止めていなかったからか……か、蛙さん、どうしたら」
涙目で訴えかけてくるメデューサさんに、私は真顔で答えた。
「────片付け」
「はい!」
一生懸命、涙を流しながら水を片付けていくメデューサさんを見ていると、これからもバタバタするんだろうな……と、思った。
「せっかく────掃除したのにぃぃぃいいいいいっ!」
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