メデューサさんは、いつも側に


 ーーーーーここは、どこ。


 暗くて暗くて、何にも触れられない。辺りが闇に包まれ、自分の体さえ見ることが出来ない。


 どうして、なんで。私は海にいたはずだ。クロさん、スズメちゃん……そして、メデューサさん。皆で海に来ていた。


 なのに、私の視界は真っ暗で、海と呼べる要素は一つもない。


「ーーーーー」


 声が出ない。口を開いても、音は闇に消えていく。


 まるで、私は幽霊にでもなったよう。


 しばらくすると、場面が切り替わった。見覚えのある踏切、そして歩いてくる女性と子供。


 あれはーーーー高校生の私と……母さんだ。


「ーーーーー」


 やっぱり声は出ない。例え呼び掛けているつもりでも、届いていない。


 二人は踏切の前で立ち止まった。白髪混じりの髪が懐かしさを感じる。


 学生の私は楽しそうに母さんへ話しかけている。とっても、幸せそうに。


 様子を見ていると、電車の音が近づいてきていることに気づいた。次第に音は大きくなり、間もなく通りすぎそうだ。




「ーーーーーっ!」


 呼び掛けても反応しない。必死に叫んでも、触ろうとしても、何をしても無駄だった。


 私は、この後に起こることを知っている。必死に忘れようとした思い出したくない記憶。





 ーーーーーそれは、一瞬だった。


 母さんは私の目の前で、線路へ飛び込んだのだ。車掌も気づいたのか、急ブレーキをかけ耳障りな音を鳴り響かせる。でも、もう遅い。既にもう、遅いんだ。




 全部、バラバラになっちゃたんだからーーーー。


 私は、散らばった欠片を広い集めた。泣きもせず、表情も変えず、ただただ、広い集めた。突然すぎる出来事に、心が追い付いていなかったから。


 全て集めれば、きっとパズルみたいに完成されるはずだ。そう、自分に言い聞かせ。


 手が、血塗れになろうともーーーーー。


「ーーーーーーーーっ!ーーーー!」



 叫んでも叫んでも、拒んでも拒んでも、この光景は消え失せない。


 見たくない、見たくない。もう、見たくない。忘れたいから、当時の私を殺して、今の私が出来上がったのに。




「ーーーぇる」


空から光が射し込む。まるで天国からお迎えが来たような。大袈裟かな?


今の私にはこの光が救いにしか見えなかった。天使、それか神様からの救済なんだって。


手を光に向かって伸ばすと、宙に浮きゆっくりと上昇していく。


やっと、この真っ黒の世界から抜け出せるんだーーーーー。


そして、私の体は光に包まれていった。






「ーーーーー蛙っ!」



「……ここ、は」


気がつくと、見覚えのある天井とメデューサさんが目に入った。メデューサさんの目は真っ赤で、また泣いちゃったのかと思った。


「メデューサさん、大丈夫?」


「それはーーーこっちの台詞だ!」


不意に、私の体はメデューサさんに包まれた。抱き寄せられる力は強く、離れるにも離れられない程だ。


「どうしたの?」


頭を撫でる。顔は見えないけど、泣いているように感じたから。


「安心したのだ……本当に……良かった」


肩に大粒の水が落ちていく。そんなに、心配してくれてたんだ。


「蛙、お前は熱というものに侵されていたようだ。きっと、海で冷えた風を受けて体を壊したんだろう。……ゴキブリ女が言っていた」


熱……そっか。風邪引いちゃったんだ、私。


「ずっと、隣にいてくれたの?」


「あぁ……当たり前だ」


声はとても優しくて、なんでも甘えてしまいそうになってしまう。


クロさんやスズメちゃんには悪いことしたかな。後でお礼言わないと。


「スズメやゴキブリ女のことは気にするな。礼を言うのは、完全に治ってからだ。そら、スズメが作ってくれたオカユというものもある。腹が減っているなら、すぐに……」


離れようとしたメデューサさんの手を、私は握った。まだ、側にいてほしいから。あんな夢を見てしまったから。


「……安心しろ。蛙の気が済むまで、抱き締めててやる。ーーーー悪夢のこともあるだろうからな」


ーーーーなんで知ってるんだろう。


「見たの?」


「あぁ……うなされていたのでな。悪夢から抜け出せるよう力を使ったまでだ」


ーーーーどこまで見たんだろう。


「どう、して」


「…………」


知られたくない、思い出したくない過去を、見られてしまった。


どうして、どうして、どうしてーーーー。





「ーーーどうして!?」


私は叫んだ。メデューサさんは何も悪くないのに。


「ねぇ……どうして……どうしてぇ!?」


涙が溢れてくる。止まることのない涙は、ボロボロとメデューサさんの手に落ちる。


「母さんは……母さんは……なんで!?」




ーーーーーっ!


唇に柔らかい感触が広がる。初めてで、よく分からないけれど、なんだか気持ち良い感覚が私を満たしていく。気持ちは段々と落ち着いていく。


これはーーーーキス、か。


「油断しているからだぞ、蛙」


そう言うと、私の隣に寝転がり、強引に抱き寄せられてしまった。


「お前の願いは、母の蘇生。それは、ここで会った時に見ていた。当時の光景もな」


「全部、見てたんだ」


「あぁ、全てな。お前のことは全て、知っている」


そっか、なら……。


「私が、メデューサさんを母さんに重ねていたのも?」


「無論だ。それはまぁ、ここに住みはじめてしばらくした時から気付いたが」


やっぱり……全部、全部、バレていたんだ。


あぁ……もう駄目だ。涙が自然と溢れてくる。さっきまでとは比べ物にならないくらい。


「…………」


「怖かったろう。訳が分からなかったろう。全てを忘れていたかったろう」


「うん……うん……」


「我は蛙の母親にはなれない。蘇生も……出来ない。だが、我はいつでも側にいることが出来る。どんな時だって、……親のようにな」


「うん……」


「今は、気が済むまで我の胸で泣いていろ。全部受け止めてやる」


「いい、の?」




「我は最強のメデューサ様だぞ? これくらい受け止められなくてなんだと言うのだ。それに、我は蛙ーーーお前のことを愛している。お前の母親に負けないくらい、力強くな」


 その言葉一つ一つがきっかけで、涙を止めていた栓は自然と抜けてしまった。


「ーーーーうぅ……ぁぁああああああっ……メデュ……サ、さん……ひっく、ぅぅ……」


 今まで溜め込んでいたものが一気に溢れだし、涙が止まらなくなった。


「あぁ、泣け泣け。お前の傷は、我が癒してやる。いつまでも、これからも……」


 私が落ち着くまで、メデューサさんはずっと、ずっと……抱き締めてくれていた。


 暖かくて、良い匂いがして、まるでーーーーかつての母さんのように。


 あぁーーーー私の願いは、メデューサさんと出会った時から既に……叶っていたんだーーー。

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