メデューサさんは海が好き(2)


「海はいいなぁ……」


 メデューサさんは海の水に脚まで浸かりながら、腕を組み遠い遠い向こう側を見ている。まるで、何かを思い出しているように。複雑な表情を浮かべながら。


「ひゃっ! 冷た! な、何をするスズメ!」


「ボーッとしてるからですよー! ほーら、えいっえいっ!」


 スズメちゃんは無邪気に水をメデューサさんにかけている。


「や、やめ……ってひゃんっ! ちょ、蛙お前もか!」


「いやぁ、つい」


「つい、ではないだろう!」


 見ていると私もかけたくなってしまった。だって反応がいいからついやってしまうんです。


「ぐぬぬ、二人して……このメデュ……み、ミドリ様が直々に相手をしてやる!覚悟はいいな二人とも!」


「おー! やる気になってきましたね!ほーらほーら!」


「えーいえーい」


 私達の水かけに抵抗するメデューサさんだったけど、二体一という状況にほぼなす統べないみたいだ。


「や、やめっ……あんっ! くっ、我がこんなことで屈する……ものか! そぉら!」


「わっ! やりましたねー……これなら、どうだぁ!」


 スズメちゃんは拾った貝殻に水を入れ、途絶えることなくメデューサさんへ水をかけていく。メデューサさんは良い反応を見せながらやられっぱなしだ。


「おーい!そろそろ昼だ!戻ってこーい!」


 声のする方を見ると、クロさんが呼んでいる。そっか、もうそんな時間なのか。時間を気にせず遊んでいると、ほんとあっという間だ。


「はーい! 二人共行きましょ!」


「飯か! さっきから腹が減っていたところだ……行くぞ! たらふく食ってやろう!」


 戻ると、クロさんが海の家に行くと言うので、四人で向かうことになった。


「蛙、海の家とはなんだ? 肉は出るのか?」


「ご飯や飲み物出してくれるところ。肉は出るかも」


「ほう!それはまた、我の舌が唸るというも……な、な、なっ!」


 海の家に着くと、建物の上に大きな看板があり、そこにはコンビニ"ゴーサン"のマスコットキャラである剛さんがデカデカと描かれていた。


「お、おい……まさか、やつがここに……」


「いないよ多分。何かのコラボだよきっと」


「よ、よく分からんが、蛙が大丈夫というなら大丈夫なのだろう……」


「おーい! 何してるー、早く入るぞー!」


 クロさんに催促され、私達は中へと入り席についた。メデューサさんは以前コンビニで見せたように、絵の剛さんに警戒しながら入ってきた。


「ふ、ふぅ……いないみたいなら安心だ。さて! 肉はどこだ!」


「それを今から注文するんだよ馬鹿。さ、スズメと蛙ちゃんは何を食べたい?」


「焼きそば」


「焼きそば良いですね……お姉ちゃん! 私も焼きそば!」


「了解、私もそれでいいか。それで、雑草は肉って言ったよな?」


 そうだそうだ、と言っているように腕組みをしながら頷いている。なんて偉そうなんだ。


「なんかむかつくな……ま、肉ならこれでいいだろ。すいませーん!」


「そうか、こういう場では召使いを呼ぶのだったな。さて、どういうやつが来る…………か……な、に」


 ドスドスと大きな足音を立ててやってきたのは、水着のお姉さんでもなく、爽やかなイケメンでもなく、屈強な肉体を持ちテカテカな輝きを見せるーーーーー剛さん本人だった。


「どうもお!いらっしゃいませぇえ!ご注文はお決まりですかな?お嬢さん方」


「ほ、本物ですよお姉ちゃん!」


「あ、あぁ……コラボしているとは聞いていたが、まさか本人が店員として働いているとは」


「あんびりーばぼー」


 驚きつつも、クロさんは注文を依頼していく。見かけによらず紳士に、そして真面目に働く剛さんは、まさに宣伝塔であるマスコットキャラに相応しいと改めて思った。


 だけど、一人だけ敵意を向けているようだ。


「きぃぃぃいいいいいさまあぁああっ! な、ななななな、何故ここにっ!」


「はて、なんのことやら。はっはっは!」


 大人げないメデューサさんと、大人な剛さんを比べると、どう考えても剛さんの方に分があるだろう。


「虫遣いめがぁ……今ここで、勝負だ!」


 剛さんに指をさし、戦いを申し込む。うん、端からみたらただの変な人だ。


「おい! 雑草! 何してる馬鹿!」


「そうですよぉ! は、恥ずかしい……」


「ストップ、ミドリさん」


 制止する私達を余所に、剛さんはゆっくりと口を開いた。


「何を言っているかよく分かりませんが、私は貴女との面識をこれっぽっちも持ち合わせておりません。ですので、戦う理由はないかと。もし戦うというのなら、それはこの場にいるお客様も巻き込んでしまうというもの。ここで暴れれば、どうなるか……想像出来ませんか?」


「うっ……た、確かに、そう……だが」


「そうです。今は大人しく、ここで作られる絶品の数々をお召し上がり下さい。きっと、お腹が減っているから苛立ちが増して突拍子もない言動が自然と出たのでしょう」


「お、おぉ……」


「そういえば、お客様はここの限定肉料理をご注文でしたね。きっと、お客様の舌に合うこと間違いないでしょう」


「…………」


「気がすみましたかな。では、綺麗なお客様方、只今注文の品をお持ち致しますので、少々お待ちを……では。はーっはっは!」


 悠々と裏に戻る剛さんを見送ると、瞬間、海の家にいる客が一斉に歓声を上げた。


「剛さんかっけえな! 流石だわぁ」


「剛さんステキ……抱いて!」


 称賛の声が飛び交い、まるで祭りでも開かれてるみたいに騒がしい。一方で、メデューサさんに対してはというと。


「あの女だっせぇな! 笑えるわ!」


「美人だけど、残念すぎる美人だな」


 その言葉一つ一つが、メデューサさんの胸に視認出来るくらい突き刺さっていく。力が抜けていいき、一種の敗北を味わったメデューサさんは、テーブルに突っ伏しながら号泣しだした。


「うぅうううぉおおおお……あ、あんなやつにぃ……言葉で負けたぁ……ぉおおお」


「よしよし、泣かない泣かない」


「まったく、お前はどこまで馬鹿なんだか……スズメ、その呆れたような目は止めておけ。流石に追い討ちだ」


「あ、ごめん」


 喧騒冷めやらぬ中、早くも注文していた品がテーブルに並んだ。剛さんが片手で全て持ってきたようだ。


「焼きそば三つに……スペシャル剛さん骨付き肉!たんと召し上がれぃ!」


 骨付き肉は今回のコラボメニューらしい。非常に大きく、例えるならスイカ並。焼き上がったばかりなのか、湯気が吹き出し、肉汁が至るところから溢れ出している。


「うっ、ひっく……って、なんじゃこれわああああっ!」


「さ、これを食べて午後も遊んでいらしてください。疲れがぶっ飛びますよ!はっはっは!」


 そう言うと、剛さんは裏に戻っていった。


「……ゴクリ」


 あ、また全部一口に飲み込んじゃった。味分かるんだろうか。すると、プルプルと震えだして、メデューサさんは感極まって泣きながら叫んだ。



「ーーーーーうまぁぁぁぁぁぁああああああっいぃぃっ!」


 突然叫んだせいか、罵詈雑言がメデューサさんに向けられ、三人で謝り倒すことになってしまった。


「ったく……こいつ連れてくるんじゃなかった……」


「うん、鎖で繋いで牢に入れておけばよかったねお姉ちゃん」


「疲れた」


 私達は粛々と焼きそばを食べ、テンションが極端に下がりながら午後へ突入するのだった。

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